初陣

火吹き石

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19.助け

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 しばし、二人は黙ったまま、抱き合っていた。互いに頭を擦り寄せ、身を重ねていた。互いの吐息だけが耳に聞こえていた。

 小さい、とタイヨウは思った。カワラの体は小さい。背丈はタイヨウよりも少し高いが、小柄な部類だった。タイヨウのように鍛えているわけでもなかったから、体は薄く、いっそう小さく感じられた。もっとも、それは比べてのことであって、カワラは決して痩せすぎているというわけではなかった。

 くすり、とカワラが笑った。タイヨウが不審に思って顔を上げると、友人はにっこりとしていた。

「お前、やっぱ重いなあ。」

「そうか?」

 タイヨウはうれしく思いつつ、肘と膝をついて体を支えた。カワラは短躯の戦士の背に回した手で、ゆっくりと穏やかに撫でた。

「うん、重い。すげえなあ。かっこいい。可愛い。」うっとりとした声で言ってから、恥ずかしそうに訊ねる。「もっと触っていい?」

 タイヨウは黙って頷くと起き上がり、腰帯を解いて短衣を脱いだ。カワラも起きると、逞しい戦士の体に両手を置いた。

「すげえ。いい体だよなあ。」

 カワラは上擦った声を上げる。両の二の腕を揉み、太い肩や首を撫でる。そのあいだに、タイヨウは手早く履物を脱いだ。これで残るは下着だけだったが、それはまだ脱ぐ気にならなかった。

 ほとんど裸になってしまうと、タイヨウは筋肉に力を入れた。膨らんだ腕や胸を、カワラは喜んで触った。

「あー、めちゃくちゃ色っぽい。可愛い。」そう囁いて身を寄せる。「もっと触っていい?」

「いいよ。すきにしろよ。」

 タイヨウが許すと、カワラはひしと抱きついた。タイヨウも相手の背に腕を回す。カワラは興奮に息を荒らげていた。タイヨウは欲望を剥き出しにしたカワラに触れられ、不思議な高揚感を覚えた。

「お前も脱いだらどうだ。おれだけ裸じゃないか。」

 そう言って、友人の短衣の裾を引っ張った。カワラは身を離すと、急いだ様子で帯を解き、服を脱いだ。そのまま下着も解き、履物も脱いでしまった。タイヨウも下着を解いた。

 これで、二人とも素っ裸になってしまった。二人は互いに見つめ合った。部屋は暗くて、輪郭の他はほとんど分からなかった。

 カワラが手を伸ばし、タイヨウの腕に触れた。ぴくりと戦士は身を震わせた。カワラは驚いたように手を引っ込めた。

「タイヨウ、大丈夫?」

「いい、大丈夫。」

 タイヨウは答えた。カワラがふたたび肌に触れる。触れられたところから、ぴりっと痺れるような感覚が体に広がった。体がひどく敏感になっているようだった。思わず、小さく声が漏れた。

「タイヨウ、気持ちいい?」

 訊ねながら、カワラの手は肩から腕へと滑っていった。タイヨウは答えられなかった。甘い疼きが体に染み込んで、痺れたように感じられた。

 カワラはゆっくりと両腕を広げると、戦士を抱擁した。タイヨウの口から熱い溜め息が漏れた。

「すごく気持ちいい」と、カワラは耳元で囁いた。「暖かい。熱い。タイヨウの肌、すごく熱い。」

「おれも、気持ちいい。」

 タイヨウは吐息混じりの声で答えた。人と肌を触れ合わせるのは、初めてではない。訓練のときなど、裸で組み合うのはしょっちゅうだった。それにもかかわらず、こうしてカワラと肌を重ねると、これまでに感じたことがない甘美さを感じさせた。

 タイヨウはゆっくりと腕を上げると、カワラの背を回した。

 二人はただ抱き締めあった。ときおり背を撫でるだけで、愛撫もなかった。カワラの体は緊張して固くなっていたし、タイヨウもこれからどうすればいいかわからなかった。どうやら二人して初めてのようだった。

 しかし、タイヨウは急がなかった。ただ肌を重ねているだけで、何か満たされる感じがした。

 やがて、二人の肌の間が汗で湿りはじめた。カワラはもじもじと下半身を動かしていたが、思い切ったように足を動かすと、タイヨウの腰あたりをがっしりと足で抱きついた。肌を一つにすることを求めるように、腕と足とに力を入れて締め付ける。カワラの固くなった得物が、タイヨウのそれに押し当てられた。

 タイヨウは溜め息を零した。カワラが全身で自分を求めているのが感じられた。それがたまらなく愛おしく、焼けるような気持ちにさせた。体の芯まで震えるような喜びが走り、腹の底から熱い昂ぶりが込み上げてくる。だが、四肢は甘い毒に冒されたように痺れていた。

 カワラがくすくすと囁くように笑った。

「タァ、すごく可愛い。」

 言って、軽くタイヨウの体に重みをかけた。タイヨウは体から力が抜けており、二人の体重を支えられず、寝台に倒れ込んだ。

 カワラは両手をついて、軽く身を起こした。そして正面からタイヨウの顔を見下ろして、うれしそうに笑った。

「すごく可愛い。」

 ふたたび囁くと、タイヨウに覆いかぶさった。それから腰を動かし、二人の熱り立った性器を擦り合わせた。腰を振るたびに、カワラの口から、はっ、はっ、と興奮した息が漏れた。

「あっ、あっ、あっ……。」

 タイヨウは小さく喘いだ。性器が擦れるたびに、刺激が体中を駆け巡る。喘いでしまうのが気恥ずかしいが、体中が痺れ、頭の中がふわふわとしていて、口を閉ざしておくこともできなかった。

 カワラがふたたび顔を起こした。その顔には、勝ち気な笑みが浮かんでいた。

「タァ、すごく可愛いな。あんあん言って、気持ちいいんだ。」

 そう言いながら、タイヨウの頬を撫でる。ただそれだけで、タイヨウは体をぴくっと震わせ、切ない吐息を漏らした。体中が敏感で、どうしようもなかった。

 カワラはタイヨウの腿のあたりに跨ったまま、体を起こした。そして二人の勃起を手で束ねるようにして、両手で握る。軽く扱くと、二本の竿から汁が滲み出て、ねちゃねちゃと音を立てた。カワラはうっとりと艶めかしく吐息を漏らした。

「お前のもん、やっぱりでけえなあ。」

 カワラは甘い声で囁いた。タイヨウは首を少し起こして、カワラの手の中のものを見た。タイヨウの得物のほうが、たしかに一回りほど大きい。

 だが、タイヨウのものは、実際にはそう大きいというわけではなかった。団員とは裸の付き合いもあるし、少年時代にはふざけて比べることもあったが、人並みより少し大きいかという程度だった。大きく見えるのは、背丈が少年並みだからだろう。

 そのせいもあって、性器が大きいと言われることが、どうしても背丈の低さを指摘されているように聞こえ、たいていは居心地が悪いのだった。だが、いまはどうしてだかそんなふうには感じなかった。カワラがうれしそうに、物欲しそうにしているからかもしれなかった。

 カワラは束ねた性器を軽く扱いた。痺れるような快感に、タイヨウは軽く背を仰け反らせた。タイヨウもカワラも、吐息は興奮して乱れていた。

「どうしたい、タイヨウ。どんなふうにしたい。」

「わかんないよ。」

 タイヨウは震える声で答えた。震えているのは声だけではない。体も細かく震えていた。カワラとこうしているのは、気持ちよくて、幸せで、それでいて、何か恐ろしかった。

 カワラはくすくす笑って、タイヨウに覆いかぶさった。

「可愛い。」

 そう耳元で囁くと、カワラは耳に口付けした。それから頬を髪に擦り付けながら、少し顔を起こす。今度は頬に唇を落とした。優しくくすぐったい感触に、タイヨウの腰までぴりりとした感覚が走った。

「口にしてもいい?」

 そうカワラは訊ねながら、答えも聞かずに口を近づけた。タイヨウも言葉では答えなかった。二人の唇が、すぐに触れ合った。柔らかな感触がたまらなく甘美で、タイヨウは思わず声が漏らした。

 唇を離すと、カワラは切なげな息を吐き、タイヨウの肩にしがみついた。頬を触れ合わせ、耳元で囁く。

「本当に、お前、初めて?」

「うん。お前もだろ。」

「初めて同士かあ。大変だなあ。」カワラは苦笑した。「戦士団の先輩方に、しっぽり仕込まれてると思ってたんだけどなあ。」

「そんな暇なかったんだよ。ずっと忙しかったんだから。」そう言って、カワラに頬ずりした。「そういうお前だって、ミナモさんに仕込まれてたっておかしくないのによ。それとも、お客に手ぇ出されたりとかさ。」

「やっぱり子どもっぽいからかなあ、お客に手を出されたことはないなあ。酌をしたりとかはもちろんあるけどさ。」

 カワラは不満げに言って顔を上げた。暗くてよく見えないが、不貞腐れた幼顔がタイヨウの目に浮かぶようだった。童顔であることにはタイヨウも変わりないが、体のほうをよく鍛えているぶん、そうそう少年と間違えられることはなかった。

 それから、また沈黙が降りた。カワラは小さく甘い吐息を零しながら、腰と腰、頬と頬を擦り付けた。タイヨウは与えられる甘美な感覚に、ただただ喜んだ。それをしばらく続けると、甘い感触に興奮は高まり、触れ合った体は熱くなり、肌は汗に湿った。

 やがてカワラは顔を上げると、恥ずかしそうに囁いた。

「あのさ、おれたち経験がないだろ?」

 タイヨウは頷いた。

「ミナモさん、呼んだらだめかな。」

 タイヨウはもう一度頷くと、笑いながら囁き返した。

「うん、いいよ。おれもちょっと、どうすればいいか分かんなかったんだ。」

 タイヨウの経験と言えば、手淫くらいしかない。少年時代には仲間と一緒になってしたことはあるが、それはちょっとした遊びの範疇でしかなく、触れ合ったこともなかった。だから先輩たちの噂話くらいしか、タイヨウには色事の知識がなかった。本当なら先輩から手ほどきしてもらってもいいところだろうが、あいにくそうした機会もなかったのだった。

 もしもこれから先もこうして遊べるのなら、このまま続けてもいい。たどたどしく触れ合うだけでも楽しいだろう。だが、今回が二人にとって最初で最後だった。だからタイヨウとしては、できる限り満足できる経験をカワラにしてもらいたかった。
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