秘術師見習い

火吹き石

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7.甘美

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 しばらくして、梯子が軋んだ。

 コガタナは目を開け、何気なくそちらを見た。そこには、ヒスイの先輩が顔を覗かせていた。その手には湯気を立てている椀がある。

 先輩は部屋にまで上がってこようとしたが、二人が寝床で裸で抱き合っているのを見ると、少し驚いたように眉を上げた。

「こりゃ、悪かったな。」

 それだけ言うと、先輩は降りていった。コガタナはふたたび目を閉じ、ヒスイの胸に頬を寄せた。そのヒスイはといえば、顔を真っ赤にしていたが、コガタナはそれに気づかなかった。

 また少しして、梯子が軋むのが聞こえて、コガタナは目を覚ました。今度は、コガタナの先輩がいた。その手には小さな袋があった。

 ヒスイは慌てて飛び起き、毛布で体を隠しながら言った。

「こ、これは違うんです。おれ、なにもしてません。こいつが――こいつが、一緒に寝てくれって――」

 取り乱したヒスイを、秘術師は手を上げて制して、それから言った。

「邪魔をして悪いが、ちょっと急ぎなんでな。」

 秘術師は遠慮もなく部屋に上がり込んだ。そして顔を真っ赤にしているヒスイを尻目に、秘術師は寝台のそばに立って、コガタナを見つめた。それから、ヒスイに言った。

「こいつ、泣かなかったか?」

 ヒスイはおずおずと答えた。

「泣いて、いました。」

「それで、お前さんが泣き止ませたのか? 手際がいいな。前に一度消尽した時には、手がつけられなかったんだが。」

「消尽?」

 ヒスイは小首を傾げた。

「力を使い果たしたということだ。」

 簡単にそう答えてから、秘術師は袋からなにかを取り出して、コガタナに差し出した。

「食べろ。」

 先輩にそう言われて、コガタナは身を起こしてそれを手にすると、しげしげと見つめた。それは小さな飴玉だった。見習いはそれを口に入れると、黙って舐めはじめた。口の中に強い甘味が広がると、胸の空白がまた少し小さくなるのを感じた。

 先輩はしばらく見習いを見つめてから、言った。

「分かりきったことだからきつくは言わんが、これからは気をつけろよ。あんなに派手な幻術を使ったらどうなるかくらい、分かっていただろう。」

 それだけ言うと、先輩は飴玉の袋を、ヒスイに渡した。

「そいつがこれを欲しがったら、食わせてくれ。精気の消耗には、甘いものが一番なんだ。しばらくすれば、元気になるだろう。」

 そう言って先輩は二人に背を向けると、梯子から降りようとしたが、振り返ってヒスイに顔を向けた。

「お前さんがいてくれて、助かったよ。ありがとう。これからも、そいつのことをよろしく頼むよ。」

 そして、秘術師は部屋から出ていった。

 ヒスイはしばらく固まっていたが、ほっと息をつくと、ふたたび横になった。

 コガタナはがりがりと飴玉を噛み砕くと、ヒスイに顔を向け、甘えた声を上げた。

「なあ、もう一個ちょうだい。」

 ヒスイは笑い半分、大げさに溜め息をついた。

「贅沢者め。高いだろ、砂糖なんて。」

 そう言いながら、ヒスイは飴玉を一つコガタナに食べさせた。コガタナはにこにこと笑って、飴を口の中で転がした。甘い味が口いっぱいに広がると、気持ちもずいぶんと落ち着いた。

 しばらく、コガタナは黙って甘みを堪能しながら、うつらうつらとしていた。

 階下で、人がどやどやと店になだれ込む音が聞こえた。いくつもの足音が騒がしく、喋り声と笑い声が混じり合っている。コガタナはそれをどこか遠くのこととして聞いていて、何度か若い仲間が梯子を登って顔を覗かせ、ヒスイに追い払われたことにも、それほど気を留めなかった。

 しかし少しずつ元気を取り戻すと、やがて頭の中にかかっていた霧が晴れたような気がした。そうすると、ふと、自分が術を使ってからのことが鮮やかに思い出された。

 それでコガタナはたまらず、わっと叫んで飛び起きた。ヒスイは目を丸くして、友人を見た。

「どうしたんだよ、急に。」

「お――おれ、めちゃくちゃ泣いてた?」

「泣いてたよ。赤ん坊かってくらいに泣いてた。」

 そう言って、ヒスイはくすっと笑った。コガタナは頭を抱えた。

「おれ、吐かなかったっけ?」

「吐いたよ。げえげえ吐いてた。大変だったな。――あ、おい!」

 急に立ち上がり、逃げ出そうとしたコガタナの腕を、ヒスイは掴まえた。そして笑いながら言った。

「どこに行こうってんだ! そんなかっこうで下に行ったらまずいだろ!」

 それでコガタナは、自分が素っ裸であることに気がついた。まったくどうしてこうなっているか分からず、気が動転し、寝台にうずくまった。ヒスイはその背中を乱暴に揺すった。

「どうしたんだよ。なんだよ、恥ずかしくなったのか?」

「は――恥ずかしいさ! なんで、おれたち、裸で――先輩にも――あいつらにも――うう――あんなに泣いて――吐いて――おれ――おれ――おれ、お前にかっこいいところ見せたかったのに!」

 コガタナはとりとめもなく喚くと、毛布を頭から被った。ヒスイはふざけて笑いながら、コガタナの背に覆いかぶさるようにしてうずくまった。

「かっこよかったよ。さっきの、すごかったな。」

「……本当か?」

 と、毛布の下から、コガタナは恐る恐るたずねた。

「ああ。それに、元気になってよかった。さっきまではひどい有様だったからな。心配したんだからな。」

 コガタナはこわごわと毛布から顔を出した。

「……ごめんよ。」

 そう言って、また頭を毛布の下に隠した。すると、ヒスイは笑いながら、毛布を引き剥がした。

「恥ずかしいからって、隠れるな! おれだって恥ずかしかったんだぜ。おれの先輩にも、お前の先輩にも、こんなところを見られてよ。」

「だってよう――だって――だってよう。」

 コガタナは続けられず、裸のまま、寝床でうずくまった。ヒスイは隣で横になり、二人の体に毛布をかけた。それから、さっきまでの明るい調子からは打って変わって、気遣わしげな声で言った。

「もうすっかり元気か?」

「だいたいは。そりゃ、まだ疲れてるし、術は何日か使えないだろうけど……。」

「死にそうとか、そんなふうにはなってないよな?」

 ヒスイの真剣な声に、コガタナは顔を上げた。

「……ごめんな、心配かけて。おれ、もう、そんなふうにはならないから。」

 それから、しばらく二人は黙ったまま、寝床でじっとしていた。

 コガタナは、ヒスイの体の温度や息遣いを感じながら、階下で騒ぐ若者たちの声を聞いていた。この小部屋にある小さな窓の鎧戸から、うっすらと白い光が差し込んできていた。たぶん若者たちは、このまま昼まで浮かれ騒ぎ、それから死んだように眠ることだろう。

 コガタナは囁いた。

「……下に行くか?」

「どうしたい? 下に行きたいか?」

 ヒスイの問いかけに、コガタナは答えなかった。

 すると、ヒスイはコガタナを抱き寄せた。太い腕で胴をしっかりと抱き締め、コガタナの髪に口を押し付ける。コガタナはどきどきと心臓が高鳴った。そして、ふと、自分がこの夜明けに、晴れて大人の仲間入りをしたということを思い出した。

 コガタナは顔を上げ、ヒスイと目を合わせて言った。

「……すきだ、お前のこと。ヒスイのこと、すきだ。」

 それから、顔を伏せた。どうせ前々から周りの人も知っていたことだったが、改めて言うのは、どこか気恥ずかしかった。

 ヒスイはくすくす笑って囁いた。

「おれもすきだよ。愛してる、コガタナ。」

 コガタナはまた顔を上げた。ヒスイは幸せそうに微笑んでいた。見つめ合っていると、ヒスイは顔を近づけてきた。恥ずかしくなって、コガタナは目を瞑った。

 すぐに、二人の唇は触れ合った。甘美な感触に、コガタナは鼻から息を漏らした。
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