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しおりを挟む「男の子かな?女の子かな?」
母は少し膨らんだ自分のお腹を撫でながら鼻歌を歌うように言った。
父はその様子を春の陽気のような暖かい表情で眺めている。
「名前は?」
「男の子ならカナト、女の子ならカナコ」
「女の子とは言われてるけど、男の子の可能性もあるから断言できないんだって。どっちがいい?」
「どっちでも楽しみだ」
「どんな子になってほしい?」
「心の優しい子だな」
「そうね。あたしも心の綺麗な子になってほしい。サンカヨウの花みたいな」
「サンカヨウは綺麗だもんな」
サンカヨウとは俺の両親が好きな花である。
「ええ、あの花のように澄んだ心の持ち主になりますように」
これが俺の人生を苦しめる呪いの言葉になるとは父も母も思わなかっただろう。
始まりは分娩室からだった。
分娩台で苦しんでいる母親の叫び声が響く中、産科医達の間には緊迫した空気が流れていた。
「産道は開いていますが赤ちゃんが出てきません!」
「どういう事だ!?なぜこんなに開いているのに出てこないんだ!?」
医師の苛立ちが混ざった声は母の神経を刺激した。
「出てるって!絶対頭出てるって!早く早く」
乱暴にがなり立てる母と、困惑する医師と看護師。
母の産道からは、血と体液で形取られた無色透明の何かグロテスクなものが確かに出てきていた。
悲鳴を上げそうな看護師の隣で、医師は覚悟を決めたような顔をした。
「とりあえずこの物体を取ろう。これが詰まっていて赤ん坊が出てこないのかもしれない」
医師は長年の経験を頼りに震える手で見えない何かを取り上げた。
彼の医師人生の中でもこんな気持ちの悪いものを取り上げたことはないだろう。
取り上げたものは感触から人間のようだと分かった。
そしてその証拠に、臍の緒が繋がっている。
看護師が顔を背けながら医師から物体を受け取り、タオルで包むと、物体は産声を上げた。
分娩室は赤ん坊と思われるものの産声のみが響き渡り、看護師や医師は言葉を発せられずにいた。
医師はとりあえずタオルで包まれた物体と繋がった臍の緒を切った。
「橘さん!たぶん生まれました!」
「たぶんってどういう事?早く会わせて」
長い陣痛に耐え切った母はか細い声で言った。
「えーっと、その」
歯切れの悪い医師に母は苛立った。
しかしその理由を母はすぐに理解した。
看護師が抱いていたタオルを母の近くに寄せると、母は言葉を失った。
言葉だけでなく意識を失いかけた。
タオルの中には何もなかった。
ただ大きな泣き声が聞こえてくるだけだった。
意識朦朧の中、母はタオルから目を離せずに、恐る恐る手を伸ばした。
伸ばした手がタオルに触れそうになった瞬間、タオルのなかから急に赤ん坊が現れた。
母は完全に気を失った。
これが俺の誕生、世にも奇妙な出産だったらしい。
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