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しおりを挟むシャープペンが紙を擦る音が鳴り止まない。
日の光が全く入らないクーラーが寒いほど効いた教室の中で、十数人の生徒が問題用紙と向き合っていた。
俺はアルファベットの羅列を眺めながら、この文字の群集が意味をなしている事を不思議に思っていた。
A4一枚を埋め尽くす程のアルファベット。
一つの物語らしいのだが、文字を追っていくだけで肝心の話が入ってこない。
問われている内容もまったく分からないので、適当な選択肢を解答用紙に記入した。
「解答をやめてください」
試験官の合図でシャープペンを机に置く音が次々と鳴った。
中には往生際悪く解答を書き続けている生徒もいたが、試験官に注意されて渋々ペンを置いた。
たかだか模試にそこまでの執念を持てる事に驚き、羨ましさも感じていた。
後ろの席から解答用紙が回って来て、俺も自分の解答用紙を裏返して束の一番下に置き、前の席の生徒に渡した。
今回の模試も手応えはなし。
高校受験を来年に控えた夏休み、模試がこんな具合では志望校合格は期待できない。
俺はやけっぱちになってペンケースに筆記用具を乱暴にしまった。
がっくりと肩を落とした俺の席に、学校で同じクラスの 檜山が来て声をかけた。
「 流! 模試も終わったし、この後カラオケでも行こうぜ!」
檜山は俺の肩に手を回した。
身長が俺より小さいので俺は少し前屈みになって目線を合わせた。
「今回は遠慮しとくよ」
檜山は何か悪いことでも企んでいるように声をひそめた。
「女子も呼ぶぜ」
「尚更行きたくない」
檜山は俺を解放し、大袈裟に溜息を吐いた。
「流もさー、彼女の一人や二人作っといた方がいいぜ? 中学校生活最後の夏だしよー」
「二人はダメだろ」
「言葉のあやだよ。お前結婚願望とかないわけ?」
「無い。それに中学での恋愛がそのまま結婚に結びつくとも限らないだろう」
「そんなに捻くれてると身体も捻じ曲がっちまうぜ?」
「水泳をしてたおかげで姿勢はいいんだ」
「屁理屈言うなよ。冷めてんなー」
捨て台詞を吐いて檜山は去った。
檜山は悪いやつではないのだが、彼女を作れとしつこく言ってくるところはいただけない。
彼女なんていらない。
恋なんてしない。
恋愛なんてくだらないことに割いている時間はないのだ。
今は受験勉強を頑張らなければいけないのだから。
前回の模試の結果、志望校はC判定。
もう少しでB判定というところでストップしてしまった。
父は大学教授なのにどうして俺はこんなに勉強ができないのだろう。
本当は部活の大会で活躍して推薦入学を狙おうとしたが、肝心の大会の日は熱を出して結果は散々。
水泳にかけてきた俺の青春は呆気なく終わった。
どうしてこうもから回ってばかりなのか、自分自身に呆れる。
こんなに不器用な人間は世界で俺だけなのではないか。
マイナス思考が加速したため、俺はリュックから数通の手紙を取り出した。
綺麗な便箋に綺麗な文字で一言だけ書いてある。
「諦めなければ夢は叶う」
「努力は必ず報われる」
俺は便箋の端の『ヒオリ』という文字を指で撫でた。
ヒオリさんの言葉はいつも俺に力を与えてくれる。
ヒオリさんの字は俺を落ち着かせてくれる。
だから幾度となく俺はヒオリさんの手紙を眺めてしまう。
最近もらった手紙にはこう書いてあった。
「時には休息も必要。一流は休むのも上手」
なんだか今の現状を見透かされているようだった。
手紙をしまい、スマホを見ると、メッセージが来ていた。
同じクラスの莉奈からだ。
『やっほー。良かったら今日、花笠見に行かない?』
クマの絵文字が添えられたそのメッセージを見て俺は溜息をついた。
どうして皆夏になると浮き足立つのだろう。
先ほど檜山が言ったように、中学生活最後の夏休みを恋愛面で有意義にさせようと必死なのだろうか?
莉奈が手当たり次第彼女のいない男に声をかけていることは知っている。
俺が断ったところで別に困らないだろう。
『ごめん、模試の結果が悪かったから勉強しないといけない。』
要件だけ書いて返信した。
わざと絵文字も何もないそっけない文章にした。
俺に気持ちがないことを莉奈が気づいてくれればいいが。
女なんて皆同じだ。
女なんて、よりいい男がいたら簡単に愛した人間を捨てるような自分勝手な生物だ。
母さんが俺と父さんを捨てたように。
さて、今日の昼ご飯は何にしようか。
暑いからそうめんかな。
でも料理や洗い物をしている時間があったら勉強するべきじゃないのか。
家にブロックタイプのバランス栄養食があるからそれを食べながら英単語でも覚えるか。
そういえば夜も一人だな。
今日、父さんは大学の研究室の飲み会があるらしく、帰りが遅くなると言っていた。
「たまには学生の話を聞くことも大切だからね。流には苦労をかけてすまないけど、行ってもいいかな?」
父さんは俺の機嫌を伺うように言った。
俺は寂しがるような妻でも幼い子供でもないんだから気にしないで行ってきなよと言ったら笑っていた。
父さんは俺を一人で育ててくれた。
保育園に預けられない日は大学に連れて行ってまで面倒を見てくれた。
そんな父さんに俺は感謝している。
だから、尚更父さんを捨てた母さんが許せなかった。
父さんのように苦しむくらいなら恋愛なんてしない。
俺は荷物をまとめて塾を後にした。
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