こんな私がヒロインなんて!!

葉霧 星

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第1話 桜技附属高演劇同好会、発足!

1-4 ご都合主義万歳

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「部? 同好会のことか?」

「はい。まあ、どっちでも」

「それならこの紙に、設立する同好会の名前と目的、責任者の名前、会員の名前を書いて、顧問の先生に渡せばいい」

 そう言いながら担任の先生は、職員室の引き出しから『同好会設立届』と題字されたA4の半分くらいの大きさの紙を取り出し、都古に渡した。

「顧問? 同好会をつくるには、顧問の先生が必要なんですか?」

「当たり前だろ。生徒だけで課外活動をさせたら、何かあった時に責任を取れる人間がいなくなる」

「……はあ」

 都古は設立届を受け取りながら、職員室をざっと見渡した。
 乱雑に書類が積まれた机、せわしなく仕事をしている先生達、電話対応をしている教頭……、同好会の顧問を引き受けてくれそうな先生は一人もいなさそうだ。

「それで、何の同好会をつくるつもりなんだ?」

 担任の先生は尋ねた。

「演劇同好会です」

「ああ、なるほど。そういえば、うちの学校はなかったな、演劇部」

 ふむ、と担任の先生は口のあたりに指を当てて考える。

「……だったら、英語科の松木まつき花絵はなえ先生に頼むといい。松木先生、シェイクスピアとか、ブロードウェイのミュージカルとかが好きだったはずだったから、もしかしたら引き受けてくれるかもしれないぞ」

「……はあ」

 そう教えてくれた後、先生は自分の役目は終えたと言わんばかりに、パソコンに向かって自分の仕事を始めた。



 英語科の松木花絵先生。
 彼女は都古達のクラスの教科担任だ。

 三十二歳独身。帰国子女らしく英語の発音が非常に上手い――のだけれど、アメリカナイズされた彼女の授業は、独特のノリで進んでいくことで非常に有名で、教師の物真似を得意とする男子の中には、彼女の真似がレパートリーに入っていない男子はいないというほどである。

 そして、都古はそんな松木先生が非常に苦手だった。
 
 ……という時点で、物語の展開としてはフラグが立ちまくっていたわけなのだけれど、担任に紹介されてしまった以上、声をかけないわけにはいかない。
 その日の放課後、都古は英語科準備室を尋ねてみることにした。

 英語科準備室に入ってみると、そこに居たのは松木先生一人だった。

「オゥ、ミヤコ! ワッツアップ?」

 都古の姿に気づくなり、英語で陽気に話しかけてきた松木先生。

「すみません。松木先生。今、お時間よろしいですか?」

「オッケーイ! どうしたの?」

 松木先生が笑顔で答えた。都古は続ける。

「あのー……、私は今、演劇同好会をつくろうかと考えているんですけど、もしつくるとしたら、松木先生に顧問になっていただくことは出来ますか?」

 その時、気のせいかもしれないけれど、一瞬、松木先生の目が、キラン、と光ったように見えた。

「そういえばミヤコ、中学まで演劇部にスリーイヤーズ居たって、クラスレッスンでイントロデュース・ユア・セルフしてたよね。……演劇ってもしかして、ミュージカル?」

「え、いや……あの、ミュージカルはさすがにちょっと……」

 都古は言った。
 すると、松木先生は都古が手に持っていた同好会設立届の紙に目を向け、「レット・ミー・シー・ザット」と言って都古からそれを取りあげると、机の上に置いて眺め始める。

「ミヤコ。クラブメンバーは、他には?」

「えっと、会員はこれから募集をしようと思って……」

「オッケー。じゃ、会長はミヤコだね」

「はい?」

 都古が視線を向けると、彼女は設立届に、同好会の名前や都古の名前、顧問の名前を書き込み始めていた。
 戸惑う都古を無視して、松木先生は次々に項目を埋めていく。
 そして、そうこうしているうちに、一番下にあった顧問の欄に自分の名前をアルファベットで書き終えた。

「ザッツ・イット! じゃあ、これは私から生徒会の子たちに提出しておくわね」

 おもむろに都古に向かって親指を突き立てて見せ、微笑む松木先生。

「じゃあ頑張ってね、ミヤコ! グッドラック!」

「……」

 ――この人、絶対にいつかミュージカルやらせようと思ってるな。
 都古は不意に確信した。

 とはいえ、そんな彼女の様子を見て、一人で抵抗しても無駄だと悟った都古は、仕方なく英語科準備室から出ていこうとした。

 その時。

 準備室の扉が、がらっと音を立てて開いて、一人の男子が現れた。

『あ』

 都古はその男子と目が合い、おもわず声をあげてしまった。

 それは彼も同じだった。

 なぜなら、準備室に入ってきたその彼は、先週の日曜日に一人で市民劇場にキャッツを観に来ていた、あの黒髪のイケメンだった。
 私服と制服という違いはあったけれど、すらりと伸びた長身、少しパーマのかかった黒髪、クールに見えるけれど、どこか柔和な印象も感じさせる奥二重の目……間違いなく彼だった。
 ふと彼の手を見ると、都古が松木先生に奪われたものと同じ、同好会設立届の用紙があった。

「もしかして――」

 黒髪の男子が設立届を見た都古を指差し、微笑みながら口を開いた。
 都古は言葉を続ける。

「……演劇同好会?」

 すると黒髪の男子はうなずき、そっと自分の手を都古に差し出した。

「二年の黒澤くろさわ侑真ゆうまだ。よろしくな」
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