1 / 6
1
しおりを挟む
『至高のおっぱいとは、誰のおっぱいか』
うーむ、難しい問いである。
しかしそんな命題に対し、私――大島菜津はこう即答する。
それはすなわち、ミケランジェロのダビデ像のおっぱいである、と。
私が、彼――ミケランジェロのダビデ像を初めて見たのは、小学校六年生の時、生まれて初めての海外旅行で、イタリアのヴェネツィアに家族で行った時のことだった。
ヴェネツィアにせっかく来たのだから、有名なダビデ像はぜひ見ておきたい。
そんな美術館めぐりが趣味の母の要望もあり、私達家族はカラッと乾いたヴェネツィアの夏の炎天下の中、小一時間行列に並び、ようやくアカデミア美術館の中に展示されてあるダビデ像の前に立った。
ダビデ像を初めて見た、十二歳の私の感想は、一言、
『デカッ』
……だった。
彼の股の付け根についているソレは、一般的に全身の比率と比べればショートサイズと言われることが多い。
しかし、彼の全長は六メートルである。自分の顔ほどの大きさもあるソレを、当時思春期が始まったばかりだった私は直視できず、思わず視線を上へとそらしてしまった。
そうして、私の視界に飛び込んできたのは、彼の引き締まった見事なおっぱいだった。
運慶・快慶作の金剛力士像に見られる、ガシッ、ミシッとした肉感バリバリの屈強なレスラーのような高インパクトなおっぱいでもなく、ヴェルベデーレのアポロン像に見られるような高潔さを感じさせる控えめおっぱいでもなく、――周囲の筋肉と調和しつつも、確かな存在感を放つダビデ様のおっぱいに……その時の私は思わず目を奪われ続けてしまったのだ。
それからというもの、私は親に隠れて、ネットでダビデ様の画像を漁り、彼のおっぱいをひたすら模写し続けた。
最初の私の模写は、平らな上半身に丸い乳首が描かれているだけという、あまりに粗末なおっぱい画だった。描いても描いても、あの素晴らしいダビデ様のおっぱいを描いたとは恥ずかしくて到底言えない、不出来なおっぱいしか描けなかった。
自分のあまりの不甲斐なさに、私は悔し涙を流した。
いつかヴェネツィアで見た、あのダビデ様の崇高なおっぱいを描くには、もっとちゃんと描画技術の勉強をしないとダメなんだ。……そう確信した私は中学に進学した後、美術部に入ることに決めたのである。
中学の美術室には、ご存知のとおり石膏の胸像がある。
私の通っていた中学には、ダビデ様はいなかったけれど、代わりにアポロン様がいた。
ちなみに、アポロン様のおっぱいはあまり私の好みではなかったけれど、他の美術部女子達はダビデ様よりもアポロン様のおっぱいの方が好きのようだった。手に入らない遠くの男よりも、手に入る近場の男というわけである。……違うか。
指導をしてくれる先生、全方向からおっぱいを描かせてくれる控えめイケメンのアポロン様、そして男性のおっぱいについて熱く語り合える友を得た私は、ぐんぐんとドローイングの技術を上達させていった。
中学三年間、私の青春はひたすら男性のおっぱいを描き続けた青春だったといっても過言ではない。
私はそんな青春に一片の悔いもなかった。
……ごめんなさい、嘘をつきました。
本当は恋愛だって興味がなかったわけじゃなかった。
気になっていた男子だっていた。
けれど、石膏像のおっぱいを描くのに夢中になっている美術部女子なんて、男子からモテるわけがなかったのだ。
卒業式の日、私は美術部の後輩達から卒業祝いだと言われて、男性の胸像写真ばかりが載った彫刻集をプレゼントされた。
『高校に行っても、男性のおっぱいを描くのが大好きな、優しくて面白い先輩でいてください』
後輩達は満面の笑顔で言った。
私は家に帰って、涙で枕を濡らした。
高校ではもっとお洒落をして、同性との会話で鉄板ネタとして使っている男性のおっぱい話を封印し、もっとキラキラした高校生活を送ってやるんだ。
その時、私はそう心に固く誓ったのだ。
とはいえ、好きなものというのはそう簡単には変えられない。
私のおっぱい好きも、高校に進学したところで変わるわけもなかった。
変わったことと言えば、おっぱいを描くのが異常に上手い美術部のエースから、デッサンがすごく上手い美術部のルーキーと呼ばれるようになったこと、……それから、ダビデ様のおっぱいの他に、どうしても描いてみたいおっぱいが私の目の前に現れたことだ。
野球部の敷島くんのおっぱい。
それが、そのおっぱいの名前だった。
うーむ、難しい問いである。
しかしそんな命題に対し、私――大島菜津はこう即答する。
それはすなわち、ミケランジェロのダビデ像のおっぱいである、と。
私が、彼――ミケランジェロのダビデ像を初めて見たのは、小学校六年生の時、生まれて初めての海外旅行で、イタリアのヴェネツィアに家族で行った時のことだった。
ヴェネツィアにせっかく来たのだから、有名なダビデ像はぜひ見ておきたい。
そんな美術館めぐりが趣味の母の要望もあり、私達家族はカラッと乾いたヴェネツィアの夏の炎天下の中、小一時間行列に並び、ようやくアカデミア美術館の中に展示されてあるダビデ像の前に立った。
ダビデ像を初めて見た、十二歳の私の感想は、一言、
『デカッ』
……だった。
彼の股の付け根についているソレは、一般的に全身の比率と比べればショートサイズと言われることが多い。
しかし、彼の全長は六メートルである。自分の顔ほどの大きさもあるソレを、当時思春期が始まったばかりだった私は直視できず、思わず視線を上へとそらしてしまった。
そうして、私の視界に飛び込んできたのは、彼の引き締まった見事なおっぱいだった。
運慶・快慶作の金剛力士像に見られる、ガシッ、ミシッとした肉感バリバリの屈強なレスラーのような高インパクトなおっぱいでもなく、ヴェルベデーレのアポロン像に見られるような高潔さを感じさせる控えめおっぱいでもなく、――周囲の筋肉と調和しつつも、確かな存在感を放つダビデ様のおっぱいに……その時の私は思わず目を奪われ続けてしまったのだ。
それからというもの、私は親に隠れて、ネットでダビデ様の画像を漁り、彼のおっぱいをひたすら模写し続けた。
最初の私の模写は、平らな上半身に丸い乳首が描かれているだけという、あまりに粗末なおっぱい画だった。描いても描いても、あの素晴らしいダビデ様のおっぱいを描いたとは恥ずかしくて到底言えない、不出来なおっぱいしか描けなかった。
自分のあまりの不甲斐なさに、私は悔し涙を流した。
いつかヴェネツィアで見た、あのダビデ様の崇高なおっぱいを描くには、もっとちゃんと描画技術の勉強をしないとダメなんだ。……そう確信した私は中学に進学した後、美術部に入ることに決めたのである。
中学の美術室には、ご存知のとおり石膏の胸像がある。
私の通っていた中学には、ダビデ様はいなかったけれど、代わりにアポロン様がいた。
ちなみに、アポロン様のおっぱいはあまり私の好みではなかったけれど、他の美術部女子達はダビデ様よりもアポロン様のおっぱいの方が好きのようだった。手に入らない遠くの男よりも、手に入る近場の男というわけである。……違うか。
指導をしてくれる先生、全方向からおっぱいを描かせてくれる控えめイケメンのアポロン様、そして男性のおっぱいについて熱く語り合える友を得た私は、ぐんぐんとドローイングの技術を上達させていった。
中学三年間、私の青春はひたすら男性のおっぱいを描き続けた青春だったといっても過言ではない。
私はそんな青春に一片の悔いもなかった。
……ごめんなさい、嘘をつきました。
本当は恋愛だって興味がなかったわけじゃなかった。
気になっていた男子だっていた。
けれど、石膏像のおっぱいを描くのに夢中になっている美術部女子なんて、男子からモテるわけがなかったのだ。
卒業式の日、私は美術部の後輩達から卒業祝いだと言われて、男性の胸像写真ばかりが載った彫刻集をプレゼントされた。
『高校に行っても、男性のおっぱいを描くのが大好きな、優しくて面白い先輩でいてください』
後輩達は満面の笑顔で言った。
私は家に帰って、涙で枕を濡らした。
高校ではもっとお洒落をして、同性との会話で鉄板ネタとして使っている男性のおっぱい話を封印し、もっとキラキラした高校生活を送ってやるんだ。
その時、私はそう心に固く誓ったのだ。
とはいえ、好きなものというのはそう簡単には変えられない。
私のおっぱい好きも、高校に進学したところで変わるわけもなかった。
変わったことと言えば、おっぱいを描くのが異常に上手い美術部のエースから、デッサンがすごく上手い美術部のルーキーと呼ばれるようになったこと、……それから、ダビデ様のおっぱいの他に、どうしても描いてみたいおっぱいが私の目の前に現れたことだ。
野球部の敷島くんのおっぱい。
それが、そのおっぱいの名前だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる