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1章
1-1 婚約破棄(1)
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「――オーレリア! オーレリアは!?」
城の礼拝堂に母の甲高い声が響いた。
祈りをささげていた私は、声の鳴る方へと振り返る。
礼拝堂の入り口に、青いドレスを着た母の姿があった。
「オーレリア! 伯爵様がご到着されました。すぐにいらっしゃい!」
母は強い調子で私に言った。
「はい、お母様」
私は立ち上がり、ドレスのすそをつかみながら入り口へと歩いていく。
歩いてきた私の顔をじっと眺めながら、母はつぶやいた。
「あら、白粉がずいぶん取れてしまっているわね。また塗り直さないと」
「……ですが」
「なに?」
不意に口を開いた私に、母はそれをとがめるような視線を向けた。
けれど、私はそのまま続ける。
「ですがお母様、これから結婚をするという方に対し、かように顔をごまかしてお会いするのは失礼なのではないでしょうか?」
私は言った。
母は一度軽くうなずいて、私の頬をぴしゃりと打った。
「何を馬鹿なことを言っているの!?」
打たれた頬を押さえる私の右腕を、母はぐいっと引っ張る。
「あなたのその顔で、まともな殿方との縁なんてあると思っているの? せめて、その顔の右側にある痘痕だけでも隠さなければ……」
母は私の手を引きながら、つかつかと靴音を軽快に鳴らしながら廊下を進んでいく。
「しかし、隠したところで、いずれわかってしまうことでしょう?」
私は言った。
母はかまわず歩き続けた。
「相手はしょせん伯爵子息よ。気づかれる前に後戻り出来ないところまで話を進めてしまえば、向こうから婚約を破棄されることはまずありえないわ。お父上のディアック伯だって、子息とあなたの婚約には乗り気だったのだから、子息本人さえ黙らせておけば滞りなく話は進むわ」
そうやって私に言い聞かせるように、淡々と母は言った。
……結婚相手は親が決める、これがこの世界の常識だ。
そのため、婚約相手を選ぶ時は、残酷なくらい客観的な評価が優先される。
家柄、資産、経歴、能力、コネクション、将来性、年齢、健康状態……そして、容姿――それらを土台として、その時の家族の状況を加味した評価点を基準に結婚相手を選ぶのだ。
そして、お互いの親が、お互いの子供を妥当な結婚相手だと判断した時に婚約が決まる。
あくまでも結婚は、本人同士ではなく、家同士の契約なのである。
だから、婚約が決まった後でも婚約者同士が一度も会ったことがないということなんて日常茶飯事だ。
その時十二歳になったばかりの私――オーレリア・アブドゥナーもまた、半年前に婚約した八歳年上の婚約者である伯爵子息、レオノール・ディアックと会うのは、その日が初めてだった。
「オーレリア、わかっているわね? あなたのあばたはこれから成長していくたびに、どんどんと醜くなっていくかもしれないの。結婚するなら今しかないのよ。くれぐれも伯爵子息に粗相のないように」
「……はい」
侍女が私の顔を白粉で真っ白に塗りつぶす。
首から上を全部白く塗れば、低く潰れたように見える鼻も、整っているとは言いづらい顔のラインも目立たなくなる。
「いいわ。これで今日一日はなんとかごまかせるでしょう」
鏡に映ったのっぺりした私の顔を見て、母は満足した表情を浮かべた。
「さあ、それでは行きましょうか、オーレリア。殿方達が政治と戦争の話に夢中になる前に」
鏡越しに笑いかける母。
「……はい、お母様」
鏡に映る母の姿に、私は小さく返事をした。
城の礼拝堂に母の甲高い声が響いた。
祈りをささげていた私は、声の鳴る方へと振り返る。
礼拝堂の入り口に、青いドレスを着た母の姿があった。
「オーレリア! 伯爵様がご到着されました。すぐにいらっしゃい!」
母は強い調子で私に言った。
「はい、お母様」
私は立ち上がり、ドレスのすそをつかみながら入り口へと歩いていく。
歩いてきた私の顔をじっと眺めながら、母はつぶやいた。
「あら、白粉がずいぶん取れてしまっているわね。また塗り直さないと」
「……ですが」
「なに?」
不意に口を開いた私に、母はそれをとがめるような視線を向けた。
けれど、私はそのまま続ける。
「ですがお母様、これから結婚をするという方に対し、かように顔をごまかしてお会いするのは失礼なのではないでしょうか?」
私は言った。
母は一度軽くうなずいて、私の頬をぴしゃりと打った。
「何を馬鹿なことを言っているの!?」
打たれた頬を押さえる私の右腕を、母はぐいっと引っ張る。
「あなたのその顔で、まともな殿方との縁なんてあると思っているの? せめて、その顔の右側にある痘痕だけでも隠さなければ……」
母は私の手を引きながら、つかつかと靴音を軽快に鳴らしながら廊下を進んでいく。
「しかし、隠したところで、いずれわかってしまうことでしょう?」
私は言った。
母はかまわず歩き続けた。
「相手はしょせん伯爵子息よ。気づかれる前に後戻り出来ないところまで話を進めてしまえば、向こうから婚約を破棄されることはまずありえないわ。お父上のディアック伯だって、子息とあなたの婚約には乗り気だったのだから、子息本人さえ黙らせておけば滞りなく話は進むわ」
そうやって私に言い聞かせるように、淡々と母は言った。
……結婚相手は親が決める、これがこの世界の常識だ。
そのため、婚約相手を選ぶ時は、残酷なくらい客観的な評価が優先される。
家柄、資産、経歴、能力、コネクション、将来性、年齢、健康状態……そして、容姿――それらを土台として、その時の家族の状況を加味した評価点を基準に結婚相手を選ぶのだ。
そして、お互いの親が、お互いの子供を妥当な結婚相手だと判断した時に婚約が決まる。
あくまでも結婚は、本人同士ではなく、家同士の契約なのである。
だから、婚約が決まった後でも婚約者同士が一度も会ったことがないということなんて日常茶飯事だ。
その時十二歳になったばかりの私――オーレリア・アブドゥナーもまた、半年前に婚約した八歳年上の婚約者である伯爵子息、レオノール・ディアックと会うのは、その日が初めてだった。
「オーレリア、わかっているわね? あなたのあばたはこれから成長していくたびに、どんどんと醜くなっていくかもしれないの。結婚するなら今しかないのよ。くれぐれも伯爵子息に粗相のないように」
「……はい」
侍女が私の顔を白粉で真っ白に塗りつぶす。
首から上を全部白く塗れば、低く潰れたように見える鼻も、整っているとは言いづらい顔のラインも目立たなくなる。
「いいわ。これで今日一日はなんとかごまかせるでしょう」
鏡に映ったのっぺりした私の顔を見て、母は満足した表情を浮かべた。
「さあ、それでは行きましょうか、オーレリア。殿方達が政治と戦争の話に夢中になる前に」
鏡越しに笑いかける母。
「……はい、お母様」
鏡に映る母の姿に、私は小さく返事をした。
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