【完結】不細工聖女ですが清く図太く生きていきます

葉霧 星

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1章

1-2 婚約破棄(2)

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 応接間で私と母を待っていたのは三人の殿方達だった。

 一人は私の父、カスマン・アブドゥナー辺境伯。
 もう一人は、長い灰色の髭をたくわえたニコラウス・ディアック伯爵。

 そして、そんなディアック伯のそばに座っている、金色の髪を肩まで伸ばした若い御仁が、どうやら私の婚約者であるレオノール・ディアック様のようだった。

「おお。ようやく来たか」

 応接間にやって来た私達の姿を見て、父が声をあげた。

「紹介しよう。これが我が娘のオーレリアだ」

 私の方へと振り返るディアック父子。
 彼らに向かって、私は会釈をする。

「オーレリア・アブドゥナーです。お忙しい中、わざわざご足労いただいたことを心より感謝いたします」

 私は言った。ディアック伯が私に微笑む。

「おお。お久しぶりですな、オーレリア嬢。ご丁寧な挨拶、誠に痛み入ります」

 ディアック伯はそう言って、息子のレオノール様を見た。
 私も視線をレオノール様へ向ける。
 レオノール様は、少しちぢれた金髪と険しく鋭い目つきをしていて、どこか獅子のような勇ましい印象がする御仁だと私は感じた。
 彼は私と目が合った途端、私の顔をじろじろと眺めた後、小さく鼻で笑った。

「ニコラウス・ディアック伯爵の長子、レオノール・ディアックです」

 レオノール様は口元をゆるませながら言った。
 彼は笑った。
 彼の目は、私を嘲笑っていた。

 私の姿を見て、彼は一瞬で察したのだ。
 自分と私、どちらの立場が上か、ということを。……そして、彼は私を見下した。

 私は奥歯を噛みしめ、拳を静かに握りしめた。

(容姿を馬鹿にされることは慣れている。けど、私はこんな他人をすぐに値踏みするような人間と、これから生きていかなければならないの!?)

 私の怒りに気付いた母は、私の腕を思い切り強くつかんで、怒りをこらえるように無言で促した。
 それから、私達は席に着いて世間話を始めた――のだけれど、私はそこで何を話したのかはあまり良く覚えていない。

 私はただただ怒りを押し殺し、父と母の言うことに対し、人形のように従った。


 お互いの紹介がひとしきり終わった後、私とレオノール様は応接間を追い出された。

 あとは本人同士で仲良くして、という軽い話では、もちろんない。
 ここからは持参金や財産の分与、子どもが生まれた場合の相続権といったお家同士の話をするのだ。そんな話をするならば、本人達がいない方がよっぽど話が早く進む。

 心の中で自分を見下している相手と二人きり。
 最悪な気分だった。

 とはいえ、相手は次期伯爵だ。父より身分は下とはいえ、粗相があれば家同士の問題に発展する。
 私はレオノール様に聞かれないよう、小さく息を吐いて怒りをしずめ、

「いかがいたしましょうか。もしよろしければ、城の中を案内いたします」

 精一杯のつくり笑いを浮かべて、レオノール様に尋ねた。

 すると私の願いが届いたのか、彼は首を横に振った。

「いや、それは不要です。私は少し休憩をしてまいります。オーレリア嬢はお好きにお過ごしください」
 レオノール様は、私同樣、つくり笑いを浮かべて言った。

 つくり笑いとつくり笑い。
 これが夫婦になるということなんだろうか、と十二歳の私は心の中で辟易へきえきする。

「休憩であれば、私もご一緒しましょう」

「いえ、オーレリア嬢はご自由になさってください」

「いえ、客人をもてなさずに放っておいては、私が母に叱られます」

 と、私が言った時、
 レオノール様がまた、私を嘲笑うような視線をした。

「男の休憩に、ご婦人を同行するわけにはいきません。……どうか、これでお察しいただきたい」

 私はレオノール様の言葉の意味と意図にすぐ気づき、彼から視線を外す。

 つまり、用を足しに行くからついてくるな、ということだ。それが本当のことか、私と一緒に居たくないための口実なのかはわからない。たぶん後者だったけれど、彼と一緒に居たくないのは私も同じだ。
 はははは、と演劇の悪役みたいな笑い声をあげながら、レオノール様は去っていく。
 私は一切、彼を引き止めなかった。

(……とはいえ、自由にしろと言ったって)

 応接間ではまだ、大人達が生臭い話を続けている真っ最中なので、あまり遠くに行くわけにいかない。

 仕方なく私は、応接間の近くにある、城の中庭で時間を潰そうと考えた。

 中庭は私のお気に入りの場所だった。
 庭の中心には大きな噴水があって、そのまわりを緑豊かな庭園が囲んでいる。
 メリッサお姉様が公爵家へ嫁がれるまでは、よく庭園の芝生の上に並んで座って読書をしたものだ。私の読書という数少ない趣味も、お姉様とそうした時間を過ごしたという影響がかなり強いように思う。

 ……お姉様、今も元気でやってるかな、
 そんなことをぼうっと考えながら中庭を歩いていると、中央にある噴水の前に渡しと同い年くらいで少し背の高い、貴族の服を着た短髪の少年がいるのが目に入った。

 近づいて見に行ってみると、彼は長い棒を必死で噴水の池の中へと突っ込んでいるようだった。

「……何をしているのですか? その池には魚はいないですけれど」

 私が声をかけてみると、少年は棒を手に握ったまま、私の方を向いた。まだあどけない印象だったものの、とても誠実そうな顔立ちをしていた。

「いえ、魚をとろうとしているわけではありません。帽子をとろうとしているのです」

 そう言って、少年は池の真ん中を指さす。
 すると、風で飛ばされてしまったのだろうか、池の真ん中に羽飾りのついた男性もの帽子がぷかぷかと浮かんでいた。

「ああ。あの帽子。でも、あれをその棒で取るのは難しいと思います」
 私は言った。

「どうしてでしょうか?」

 少年が棒を引き上げながら尋ねた。
 私は身振り手振りを使って少年に説明を始める。

「ちょうどあの帽子の真下に排水口があるのです。そして、外側から噴水の水が流れているので、外側から真ん中に向かって水が流れています……」

 少年はうなずいた。

「ああ、水流がそうなっているのですね」

「そう、水流です。だから、もっと長い棒を探してくるか、噴水を止めるかしないと、帽子は取れないと思います。もしよろしければ、庭師を呼んで噴水を止めさせましょうか?」

「それにはどれくらい時間がかかりますか?」

「ええと……、私もそれほど詳しくないので、はっきりとは申し上げられませんが、元栓は地下にありますのでそれなりかかると思います」

 そう私が言うと、少年は棒を池から取り出し、長槍のように地面に立てた。

「では仕方ありません。あきらめましょう。もうすぐ父上と兄上が私を呼びに来るかと思いますので」

「父上……、兄上……?」

 私は首をかしげる。
 少年は私に微笑んで言った。

「申し遅れました。私はニコラウス・ディアックの三番目の息子、アルバート・ディアックです。以後、お見知りおきを。……将来の我が義姉上、オーレリア・アブドゥナー様」

 アルバートと名乗った少年は、私に柔らかな表情でにっこりと笑った。

 私は彼の笑みにつられ、つい口元をゆるませてしまった
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