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2章
2-1 新しい生活のはじまり(1) 飲んだくれシスターとの遭遇
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私が入ることになった女子修道院のある、聖アルメヌアス教会は、辺り一帯を治めるローテルマン公の領地はおろか、サウスティカ王国の中でも五本の指に入るほど有名な教会である。
けれど聖アルメヌアス教会と一口に言っても、建物は一つではない。
教会敷地の真ん中にある大聖堂、その脇にある男子修道院と女子修道院、一般礼拝者のための小教会、礼拝堂など、合計二十五もある教会施設を高い木柵で囲んだ教会群、その総称が聖アルメヌアス教会なのだ。
そして、教会敷地の中には使用人を含めて千人以上の人々が暮らしていて、各施設は石畳の道でつながっており、小さな街と言っても良いほど規模が大きい。
これは少し余談だけれど、教会の規模の大きさは、そっくりそのまま、その領地を持っている貴族の権力の大きさに比例している。
この大陸において教会の権威は絶大だ。教会は、神の名において貴族が人々を統べる正当性を保証する役割を担っている。その代わりに、貴族達は彼らを保護する。そして、競い合うようにして教会に寄付をしたり、より大きな教会を建造してみせることで、神と教会への忠誠を示し、領民や他の貴族達に自分が正当なる統治者であることを誇示するのである。
パカラパカラ、と馬の蹄鉄が石畳に当たる小気味良い乾いた音を鳴らしながら、私と私の荷物が載った荷馬車は軽快に道を進んでいく。
道の両脇には、建造に何十年もかかったであろう重厚で荘厳な教会群。
そんな光景に、いつの間にか私は寒さを忘れて目を奪われ続けてしまっていた。
やがて荷馬車は、女子修道院の前へと辿り着いた。
私がこれから住むことになる女子修道院は、石造りで五階建ての、まるで小さな城のようなひときわ大きな建物だった。
修道院の正面入口までやって来たところで、ここまで護衛をしてくれた兵の一人が馬を下りて修道院へと入り、私の到着を伝えに行く。
私は彼が帰ってくるのを待たずに荷馬車を下り、入り口の上の庇にあった天使の彫刻を眺めていた。
「オーレリア・アブドゥナー嬢ですね?」
女性の、少ししゃがれた低い声が私を呼んだ。
声のした方へ振り返ってみると、入り口の扉が開いていて、そこに黒と白の修道服を身にまとう、痩せた中年の女性が立っていた。
「はい」
私は彼女に答えた。
「よろしい。私はシスター・アメル。この女子修道院の長をしています。よろしく、シスター・オーレリア」
シスター・アメルは、無表情で自己紹介をした。
彼女は私の痘痕をちらっと見たけれど、それについても全く表情を変えなかった。
「今日からよろしくおねがいします、シスター・アメル」
「部屋へ案内します。ついてきなさい、シスター・オーレリア」
シスター・アメルはきびきびとした口調でそう言うと、私の返事も待たずに振り返って修道院の中へと入った。
私は慌てて護衛の兵達に荷物を下ろしておくように頼み、自分も小さな木箱を一つ抱えてシスター・アメルのあとをついていく。
修道院の玄関ロビーに入ると、まず正面に見えたのは大きな昇り階段だった。その左右は廊下になっていた。
厳しい外観から修道院の中は薄暗そうだと私は勝手に想像していたけれど、全くそんなことはなかった。太陽の光があちこちに差し込んでいて、開放的な印象すら感じる。
階段をのぼっていくシスター・アメルに付いて二階へのぼったところで、私はその理由がわかった。
二階の窓から見える広い中庭。この修道院は中庭を囲む回廊型の建物なのだ。
中庭の芝生の上では、数人の若いシスターが歌の練習をしていた。
私は一瞬、楽しそうな彼女達の様子に目を留めてしまった。……けれど、そんな私を一切無視して階段をのぼっていくシスター・アメルの足音で我にかえり、急いで彼女を追いかける。
階段をさらにのぼって三階まで来たところで、シスター・アメルは階段を離れて廊下へと進んでいった。
と、その時、一人のシスターがあくびをしながら、部屋の扉を開けて廊下へと出てきた。
今まで一切止まることのなかったシスター・アメルの足がぴたっと止まる。
「シスター・アーニャ! なんですか、その格好は!」
廊下にシスター・アメルの怒声が響いた。
シスター・アメルに追いついた私が足を止めて、怒られたシスターの姿を見やると、彼女の修道服は胸元が大きくはだけていて、彼女の胸の谷間までもが見えていた。
そして……、少しお酒くさい?
「あははは。申し訳ありません。昨晩、少々飲みすぎてしまいまして」
ヘラヘラと笑うシスター・アーニャ。
たぶん年齢は三十代前後。お酒のにおいに驚いてすぐに気付かなかったけれど、肌に白粉がついていて、目元と唇もうっすら化粧をしているようだった。
「せめて安息日以外は飲まないようにと、先日注意をしたはずですが?」
シスター・アメルは殺気すらこもっているような視線を向けて、陽気に微笑むシスター・アーニャをにらみながら言った。
「……ごめんなさい。飲んじゃいました」
もはや言い訳ですらない回答を、シスター・アーニャは口にした。
「シスター・アーニャ。滞在者だからといってあまりに規律を乱すようであれば、司教様に言いつけますよ」
「ああ、それは勘弁してください。反省してます。ごめんなさい」
全然反省してない様子のシスター・アーニャの謝罪を聞き、とうとうシスター・アメルは溜め息をついて諦めた。
「シスター・オーレリア、行きますよ。あまりその方を見ないように。この修道院で一番の悪い見本です」
歩き出すシスター・アメル。
私は笑顔で手を振るシスター・アーニャに小さく会釈をした後、再びシスター・アメルの後ろをついて行った。
「シスター・アメル、滞在者とはなんですか?」
私は尋ねた。シスター・アメルが無表情で返す。
「その名の通りです。滞在賃を払って修道院に滞在している貴族。あの方はトレゾーニ伯爵の奥方です」
「え……、けれど、トレゾーニ伯爵は確かまだご存命だったはずでは?」
「ですから、滞在者なのです。厳密に言えば、あの方はシスターではありません。そのような責任を問われない立場であることを口実にして、周囲への影響も全く考えずに規律を平気で破り、好き放題をしているのです」
眉間に大きなしわをつくり、顔をゆがめながらシスター・アメルは言った。
もう少し詳しく聞きたかったけれど、これ以上彼女の機嫌を損ねるのは良くないと思い、私はそこで口を閉じることにした。
けれど聖アルメヌアス教会と一口に言っても、建物は一つではない。
教会敷地の真ん中にある大聖堂、その脇にある男子修道院と女子修道院、一般礼拝者のための小教会、礼拝堂など、合計二十五もある教会施設を高い木柵で囲んだ教会群、その総称が聖アルメヌアス教会なのだ。
そして、教会敷地の中には使用人を含めて千人以上の人々が暮らしていて、各施設は石畳の道でつながっており、小さな街と言っても良いほど規模が大きい。
これは少し余談だけれど、教会の規模の大きさは、そっくりそのまま、その領地を持っている貴族の権力の大きさに比例している。
この大陸において教会の権威は絶大だ。教会は、神の名において貴族が人々を統べる正当性を保証する役割を担っている。その代わりに、貴族達は彼らを保護する。そして、競い合うようにして教会に寄付をしたり、より大きな教会を建造してみせることで、神と教会への忠誠を示し、領民や他の貴族達に自分が正当なる統治者であることを誇示するのである。
パカラパカラ、と馬の蹄鉄が石畳に当たる小気味良い乾いた音を鳴らしながら、私と私の荷物が載った荷馬車は軽快に道を進んでいく。
道の両脇には、建造に何十年もかかったであろう重厚で荘厳な教会群。
そんな光景に、いつの間にか私は寒さを忘れて目を奪われ続けてしまっていた。
やがて荷馬車は、女子修道院の前へと辿り着いた。
私がこれから住むことになる女子修道院は、石造りで五階建ての、まるで小さな城のようなひときわ大きな建物だった。
修道院の正面入口までやって来たところで、ここまで護衛をしてくれた兵の一人が馬を下りて修道院へと入り、私の到着を伝えに行く。
私は彼が帰ってくるのを待たずに荷馬車を下り、入り口の上の庇にあった天使の彫刻を眺めていた。
「オーレリア・アブドゥナー嬢ですね?」
女性の、少ししゃがれた低い声が私を呼んだ。
声のした方へ振り返ってみると、入り口の扉が開いていて、そこに黒と白の修道服を身にまとう、痩せた中年の女性が立っていた。
「はい」
私は彼女に答えた。
「よろしい。私はシスター・アメル。この女子修道院の長をしています。よろしく、シスター・オーレリア」
シスター・アメルは、無表情で自己紹介をした。
彼女は私の痘痕をちらっと見たけれど、それについても全く表情を変えなかった。
「今日からよろしくおねがいします、シスター・アメル」
「部屋へ案内します。ついてきなさい、シスター・オーレリア」
シスター・アメルはきびきびとした口調でそう言うと、私の返事も待たずに振り返って修道院の中へと入った。
私は慌てて護衛の兵達に荷物を下ろしておくように頼み、自分も小さな木箱を一つ抱えてシスター・アメルのあとをついていく。
修道院の玄関ロビーに入ると、まず正面に見えたのは大きな昇り階段だった。その左右は廊下になっていた。
厳しい外観から修道院の中は薄暗そうだと私は勝手に想像していたけれど、全くそんなことはなかった。太陽の光があちこちに差し込んでいて、開放的な印象すら感じる。
階段をのぼっていくシスター・アメルに付いて二階へのぼったところで、私はその理由がわかった。
二階の窓から見える広い中庭。この修道院は中庭を囲む回廊型の建物なのだ。
中庭の芝生の上では、数人の若いシスターが歌の練習をしていた。
私は一瞬、楽しそうな彼女達の様子に目を留めてしまった。……けれど、そんな私を一切無視して階段をのぼっていくシスター・アメルの足音で我にかえり、急いで彼女を追いかける。
階段をさらにのぼって三階まで来たところで、シスター・アメルは階段を離れて廊下へと進んでいった。
と、その時、一人のシスターがあくびをしながら、部屋の扉を開けて廊下へと出てきた。
今まで一切止まることのなかったシスター・アメルの足がぴたっと止まる。
「シスター・アーニャ! なんですか、その格好は!」
廊下にシスター・アメルの怒声が響いた。
シスター・アメルに追いついた私が足を止めて、怒られたシスターの姿を見やると、彼女の修道服は胸元が大きくはだけていて、彼女の胸の谷間までもが見えていた。
そして……、少しお酒くさい?
「あははは。申し訳ありません。昨晩、少々飲みすぎてしまいまして」
ヘラヘラと笑うシスター・アーニャ。
たぶん年齢は三十代前後。お酒のにおいに驚いてすぐに気付かなかったけれど、肌に白粉がついていて、目元と唇もうっすら化粧をしているようだった。
「せめて安息日以外は飲まないようにと、先日注意をしたはずですが?」
シスター・アメルは殺気すらこもっているような視線を向けて、陽気に微笑むシスター・アーニャをにらみながら言った。
「……ごめんなさい。飲んじゃいました」
もはや言い訳ですらない回答を、シスター・アーニャは口にした。
「シスター・アーニャ。滞在者だからといってあまりに規律を乱すようであれば、司教様に言いつけますよ」
「ああ、それは勘弁してください。反省してます。ごめんなさい」
全然反省してない様子のシスター・アーニャの謝罪を聞き、とうとうシスター・アメルは溜め息をついて諦めた。
「シスター・オーレリア、行きますよ。あまりその方を見ないように。この修道院で一番の悪い見本です」
歩き出すシスター・アメル。
私は笑顔で手を振るシスター・アーニャに小さく会釈をした後、再びシスター・アメルの後ろをついて行った。
「シスター・アメル、滞在者とはなんですか?」
私は尋ねた。シスター・アメルが無表情で返す。
「その名の通りです。滞在賃を払って修道院に滞在している貴族。あの方はトレゾーニ伯爵の奥方です」
「え……、けれど、トレゾーニ伯爵は確かまだご存命だったはずでは?」
「ですから、滞在者なのです。厳密に言えば、あの方はシスターではありません。そのような責任を問われない立場であることを口実にして、周囲への影響も全く考えずに規律を平気で破り、好き放題をしているのです」
眉間に大きなしわをつくり、顔をゆがめながらシスター・アメルは言った。
もう少し詳しく聞きたかったけれど、これ以上彼女の機嫌を損ねるのは良くないと思い、私はそこで口を閉じることにした。
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