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4章
4-4 5年ぶりの再会(4) レーアとアル
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「……それで、レーア様はシスター・マドレーヌの共犯者になられたんですか?」
私は椅子に腰かけているファリンダに向けて、首を横に振った。
「いいえ、ならなかった」
「では……」
ファリンダが、私のベッドの上でごろごろしているシスター・マドレーヌを指さす。
「――なんであの方がここにいらっしゃるんですか?」
「は? 私がどこに居ようと、あなたの知ったことじゃないでしょ」
後輩で身分も下のファリンダに指をさされて苛立ったのか、シスター・マドレーヌは眉をしかめて言葉を返した。
「だって、私だけ秘密を握られているなんて公平じゃないでしょ! 弱みを握られているようで嫌なのよ! シスター・オーレリアなんかに!」
「……ずいぶんストレートに言う方ですね」
ファリンダは私に言った。
「悪い子ではないと思うんだけれどね」
私は自分に言い聞かせるように言った。
「いい? こうなったら、無理やりでもあなたとブラザー・アルバートをくっつけてやるんだから。そうすれば、あなたも否応なしに共犯者でしょ」
すごく悪そうな顔をして言ったシスター・マドレーヌ。
すると、ファリンダはその言葉にうなずき、再び私を見た。
「いいんじゃないですか。くっつけてもらえば」
「え?」
「だってレーア様は奥手だし、このままじゃ何の進展もないじゃないですか」
……忘れていた。
ファリンダも私に対してだけは、シスター・マドレーヌ並にはっきりと意見を言ってくるのだ。
「ちょっと待って。まだ、ブラザー・アルバートが私のことを好きだと言っているわけでもないんだし、無理やりくっつけるだなんて乱暴な……」
シスター・マドレーヌが鼻で笑う。
「あのねぇ、ちょっとあなたは恋愛に夢を見すぎよ。恋愛なんて豚の見合いと同じなの。とりあえず近づけてみて、反応が良ければつがいにさせればいいし、悪ければ別の雄を使って同じことをすればいいのよ。その繰り返し」
「……今のシスター・マドレーヌの発言には賛同できませんが、何にせよ、レーア様は、アルバート様ともっとちゃんとお話をされるべきだと思います」
ファリンダは言った。
ファリンダとシスター・マドレーヌは、私の反応を待ってじっと見つめた。
そんな二人に、私は溜め息を返した。
「……ごめんなさい。正直に言うと、私は怖いのよ」
『怖い?』
二人が口を揃えて、同時に首をかしげる。
「……だって、彼が私に優しくしてくれたのは、自分の兄が私に失礼なことを言ったと思っているからなのよ。彼と実際に仲良くなって、もし『私はあなたを恋愛する相手としては見られません』なんて言われたら、きっと私は立ち直れなくなってしまうと思う」
私は二人に言った。
二人は同時に眉をしかめた。そして、同時に叫んだ。
『会う前からそんなことを気にしていたら、一生前に進まないでしょうが!』
地下書庫には誰にも来ない。そのうえ、入るのには鍵が必要で、鍵を持っているのは司教様など限られた人物だけ……、密会場所としてこれ以上に適している場所はない。
『けれど、書庫に人がたくさん入ると、湿度が……』
アルバートとの密会場所としてその場所を選んだ二人に、私は地下書庫番として意見を伝えた。
『それはレーア様がなんとかしてください』
ファリンダは、そんな一言で私の意見を一蹴した。
そして、その日はやって来た。
私が地下書庫で待っているので時間が空いた時に来てほしい、という旨の伝言を、シスター・マドレーヌが恋人のブラザーを通じて、アルバートへ伝えてくれる手はずになっている。
あとは私が地下書庫で待っていれば、自然とアルバートがやって来るという手筈である。
何もしないで待つというのはいささか落ち着かなかったので、私は写本をしながらアルバートを待つことにした。
大陸歴史書全四十冊。この一ヶ月ほど、王室に献上をするために私が複本を行っていた、大陸でもたったの三組しか現存しない、貴重な歴史資料である。
私がひたすら写字に没頭していると、やがて書庫の扉がノックされた。
私は椅子から立ち上がり、扉を開ける。
そこには、アルバートがいた。
「ごめんなさい。急に呼び出したりして」
私はアルバートの姿を見た瞬間、彼に謝った。
アルバートは首を振った。
「いえ、むしろ私は嬉しかったです。シスター・オーレリアが普段仕事をしている場所を見られる上、そこが貴重な本がたくさんある書庫だなんて。おかげで写字がずいぶん捗りました」
「……まさか、まだ写本の労働時間中?」
「ええ。休憩をすると言って出てきました。しかし、安心して下さい。神父様から文句を言われない程度には写しましたから」
アルバートは微笑みながら言った。
そういえば四年前、私が写本の手伝いをしていた時に、ずいぶん長いこと休憩に行くブラザーがいた。彼が労働をサボっているのではないかと、いつも私は心のなかで目くじらを立てていたが――、なるほど、こういうことだったのか。
そんなちょっとした謎の真相がわかり、私は笑った。
「どうぞ。あまり居心地の良い場所ではないですけれど」
私は地下書庫の中へとアルバートを招き入れる。
書庫の中に入ったアルバートは、その蔵書の数に目を輝かせた。
「……素晴らしい」
アルバートはゆっくりと本棚の方へと近づいた。
「シスター・オーレリア、手にとって読んでもよろしいですか?」
「どうぞ。そのための本ですから」
私は笑顔を向けて言った。
すると、アルバートは本棚から本を一冊手に取り、我を忘れてそれを読み始めた。
私にこの地下書庫を任せた神学者のサイード様は、私を『こちら側』の人間だと言ったが、彼もどうやら『こちら側』の人間らしかった。
私はアルバートが夢中で本を読む姿を眺めているうち、自然と口元がゆるんだ。
その時、アルバートはようやく、自分が一緒に部屋にいる相手をないがしろにしていることに気がつき、慌てて本を閉じた。
「あっ、申し訳ありません。シスター・オーレリア」
「構いません。ブラザー・アルバートも本が好きなのですね。手紙では一度もそんなことを言ってくれませんでした」
私は苦笑いをして見せながら言った。
「それは。女性は本を好きな男など、あまり好まないかと思いまして……」
「そんなことはないです。他の女性はどうか知りませんが、私は好きですよ。私が教会で一番尊敬しているサイード様は、寝る時以外は本を読んでいるくらいの読書家ですし……」
アルバートは手紙の内容を思い出したのか、ああ、と小さくつぶやいた。
そして、私達はそれきりお互いに黙ってしまった。
私達は四年も手紙でやり取りを続けてきた。お互いのことはたいてい何でも知っている。
けれど、私が知っているのは手紙に書かれたアルバートの語るアルバートで、アルバート自身のことは何も知らないと思った。
きっとそう思っていたのは、アルバートも同じだった。
私達はお互い、に四年の間につくりあげたお互いの幻想に恋をしていたのだ。
そう考えて、私は途端に怖くなった。
アルバートが今見ているのは、手紙の中で美化された私ではなく現実の私だ。
彼にはいったい、私がどう見えているのだろうか。
私に彼がそう見えているように、彼は私を一個の尊敬できる相手として見てくれているのだろうか。
やがて、私がしばらく口を閉じたままでいると、アルバートは私を見て言った。
「オーレリア」
彼はそう私を呼んだ。
「私は君をずっとこう呼びたかった。私の帽子を君が自ら池の中に入って取ってくれたあの日から、私は君と対等に話がしたいと思っていた。しかし、私の方が身分が下だからと、君をそう呼ぶことが出来なかった」
「……」
「……私は君をそう呼んでもいいだろうか?」
アルバートはじっと私を見つめながら尋ねた。
私はしばらく考え、答える。
「ダメです」
「えっ……?」
「私はレーアと呼ばれたい。私と親しい者は皆、そう呼んでくれるから。あなたにもそう呼ばれたい」
私は微笑みながら言った。
アルバートはうなずいた。
「レーア。では、俺のこともアルと呼んでくれ。理由は君と同じだ」
アルバートは笑った。
そんな彼の姿を見て、私も笑った。
その日から、アルバートはたまにふらっと地下書庫に本を読みにやって来て、私と話をするようになった。
私達の話題はいつも、歴史や政治の話ばかりだ。
シスター・マドレーヌ達のような恋人らしいことは何もしなかった。
けれど、それでもいいと私は思った。
私達はお互いを知っているようでいて何も知らない。
これから長い時間を一緒に過ごして、自分達の関係がどうあるべきなのかを見つけていけばいい。
私とアルバートは二人で話し合い、そう決めたのだった。
私は椅子に腰かけているファリンダに向けて、首を横に振った。
「いいえ、ならなかった」
「では……」
ファリンダが、私のベッドの上でごろごろしているシスター・マドレーヌを指さす。
「――なんであの方がここにいらっしゃるんですか?」
「は? 私がどこに居ようと、あなたの知ったことじゃないでしょ」
後輩で身分も下のファリンダに指をさされて苛立ったのか、シスター・マドレーヌは眉をしかめて言葉を返した。
「だって、私だけ秘密を握られているなんて公平じゃないでしょ! 弱みを握られているようで嫌なのよ! シスター・オーレリアなんかに!」
「……ずいぶんストレートに言う方ですね」
ファリンダは私に言った。
「悪い子ではないと思うんだけれどね」
私は自分に言い聞かせるように言った。
「いい? こうなったら、無理やりでもあなたとブラザー・アルバートをくっつけてやるんだから。そうすれば、あなたも否応なしに共犯者でしょ」
すごく悪そうな顔をして言ったシスター・マドレーヌ。
すると、ファリンダはその言葉にうなずき、再び私を見た。
「いいんじゃないですか。くっつけてもらえば」
「え?」
「だってレーア様は奥手だし、このままじゃ何の進展もないじゃないですか」
……忘れていた。
ファリンダも私に対してだけは、シスター・マドレーヌ並にはっきりと意見を言ってくるのだ。
「ちょっと待って。まだ、ブラザー・アルバートが私のことを好きだと言っているわけでもないんだし、無理やりくっつけるだなんて乱暴な……」
シスター・マドレーヌが鼻で笑う。
「あのねぇ、ちょっとあなたは恋愛に夢を見すぎよ。恋愛なんて豚の見合いと同じなの。とりあえず近づけてみて、反応が良ければつがいにさせればいいし、悪ければ別の雄を使って同じことをすればいいのよ。その繰り返し」
「……今のシスター・マドレーヌの発言には賛同できませんが、何にせよ、レーア様は、アルバート様ともっとちゃんとお話をされるべきだと思います」
ファリンダは言った。
ファリンダとシスター・マドレーヌは、私の反応を待ってじっと見つめた。
そんな二人に、私は溜め息を返した。
「……ごめんなさい。正直に言うと、私は怖いのよ」
『怖い?』
二人が口を揃えて、同時に首をかしげる。
「……だって、彼が私に優しくしてくれたのは、自分の兄が私に失礼なことを言ったと思っているからなのよ。彼と実際に仲良くなって、もし『私はあなたを恋愛する相手としては見られません』なんて言われたら、きっと私は立ち直れなくなってしまうと思う」
私は二人に言った。
二人は同時に眉をしかめた。そして、同時に叫んだ。
『会う前からそんなことを気にしていたら、一生前に進まないでしょうが!』
地下書庫には誰にも来ない。そのうえ、入るのには鍵が必要で、鍵を持っているのは司教様など限られた人物だけ……、密会場所としてこれ以上に適している場所はない。
『けれど、書庫に人がたくさん入ると、湿度が……』
アルバートとの密会場所としてその場所を選んだ二人に、私は地下書庫番として意見を伝えた。
『それはレーア様がなんとかしてください』
ファリンダは、そんな一言で私の意見を一蹴した。
そして、その日はやって来た。
私が地下書庫で待っているので時間が空いた時に来てほしい、という旨の伝言を、シスター・マドレーヌが恋人のブラザーを通じて、アルバートへ伝えてくれる手はずになっている。
あとは私が地下書庫で待っていれば、自然とアルバートがやって来るという手筈である。
何もしないで待つというのはいささか落ち着かなかったので、私は写本をしながらアルバートを待つことにした。
大陸歴史書全四十冊。この一ヶ月ほど、王室に献上をするために私が複本を行っていた、大陸でもたったの三組しか現存しない、貴重な歴史資料である。
私がひたすら写字に没頭していると、やがて書庫の扉がノックされた。
私は椅子から立ち上がり、扉を開ける。
そこには、アルバートがいた。
「ごめんなさい。急に呼び出したりして」
私はアルバートの姿を見た瞬間、彼に謝った。
アルバートは首を振った。
「いえ、むしろ私は嬉しかったです。シスター・オーレリアが普段仕事をしている場所を見られる上、そこが貴重な本がたくさんある書庫だなんて。おかげで写字がずいぶん捗りました」
「……まさか、まだ写本の労働時間中?」
「ええ。休憩をすると言って出てきました。しかし、安心して下さい。神父様から文句を言われない程度には写しましたから」
アルバートは微笑みながら言った。
そういえば四年前、私が写本の手伝いをしていた時に、ずいぶん長いこと休憩に行くブラザーがいた。彼が労働をサボっているのではないかと、いつも私は心のなかで目くじらを立てていたが――、なるほど、こういうことだったのか。
そんなちょっとした謎の真相がわかり、私は笑った。
「どうぞ。あまり居心地の良い場所ではないですけれど」
私は地下書庫の中へとアルバートを招き入れる。
書庫の中に入ったアルバートは、その蔵書の数に目を輝かせた。
「……素晴らしい」
アルバートはゆっくりと本棚の方へと近づいた。
「シスター・オーレリア、手にとって読んでもよろしいですか?」
「どうぞ。そのための本ですから」
私は笑顔を向けて言った。
すると、アルバートは本棚から本を一冊手に取り、我を忘れてそれを読み始めた。
私にこの地下書庫を任せた神学者のサイード様は、私を『こちら側』の人間だと言ったが、彼もどうやら『こちら側』の人間らしかった。
私はアルバートが夢中で本を読む姿を眺めているうち、自然と口元がゆるんだ。
その時、アルバートはようやく、自分が一緒に部屋にいる相手をないがしろにしていることに気がつき、慌てて本を閉じた。
「あっ、申し訳ありません。シスター・オーレリア」
「構いません。ブラザー・アルバートも本が好きなのですね。手紙では一度もそんなことを言ってくれませんでした」
私は苦笑いをして見せながら言った。
「それは。女性は本を好きな男など、あまり好まないかと思いまして……」
「そんなことはないです。他の女性はどうか知りませんが、私は好きですよ。私が教会で一番尊敬しているサイード様は、寝る時以外は本を読んでいるくらいの読書家ですし……」
アルバートは手紙の内容を思い出したのか、ああ、と小さくつぶやいた。
そして、私達はそれきりお互いに黙ってしまった。
私達は四年も手紙でやり取りを続けてきた。お互いのことはたいてい何でも知っている。
けれど、私が知っているのは手紙に書かれたアルバートの語るアルバートで、アルバート自身のことは何も知らないと思った。
きっとそう思っていたのは、アルバートも同じだった。
私達はお互い、に四年の間につくりあげたお互いの幻想に恋をしていたのだ。
そう考えて、私は途端に怖くなった。
アルバートが今見ているのは、手紙の中で美化された私ではなく現実の私だ。
彼にはいったい、私がどう見えているのだろうか。
私に彼がそう見えているように、彼は私を一個の尊敬できる相手として見てくれているのだろうか。
やがて、私がしばらく口を閉じたままでいると、アルバートは私を見て言った。
「オーレリア」
彼はそう私を呼んだ。
「私は君をずっとこう呼びたかった。私の帽子を君が自ら池の中に入って取ってくれたあの日から、私は君と対等に話がしたいと思っていた。しかし、私の方が身分が下だからと、君をそう呼ぶことが出来なかった」
「……」
「……私は君をそう呼んでもいいだろうか?」
アルバートはじっと私を見つめながら尋ねた。
私はしばらく考え、答える。
「ダメです」
「えっ……?」
「私はレーアと呼ばれたい。私と親しい者は皆、そう呼んでくれるから。あなたにもそう呼ばれたい」
私は微笑みながら言った。
アルバートはうなずいた。
「レーア。では、俺のこともアルと呼んでくれ。理由は君と同じだ」
アルバートは笑った。
そんな彼の姿を見て、私も笑った。
その日から、アルバートはたまにふらっと地下書庫に本を読みにやって来て、私と話をするようになった。
私達の話題はいつも、歴史や政治の話ばかりだ。
シスター・マドレーヌ達のような恋人らしいことは何もしなかった。
けれど、それでもいいと私は思った。
私達はお互いを知っているようでいて何も知らない。
これから長い時間を一緒に過ごして、自分達の関係がどうあるべきなのかを見つけていけばいい。
私とアルバートは二人で話し合い、そう決めたのだった。
応援ありがとうございます!
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