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4章
4-5 5年ぶりの再会(5) 来訪者
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アルバートは、わりとロマンチストだった。
彼が地下書庫へやってくるようになって二ヶ月、最近の彼は、私のいる地下書庫にやってくる度に自分の夢を語るようになった。
『将来は自領の政治にたずさわり、下水道と街道の整備に力を入れたい、領民達がもっと良い暮らしができるようにしたい』
……これが彼の夢。
普通の女性ならば、ここで『へー、素敵』などと適当に流し、恋人が夢を語り終えてくれるまで相槌を打って、適度なところで恋人らしい話題へ持っていくのだろう。
が。
私は地下書庫番である。読んだことのある本の数は、そこいらの学者を名乗る貴族達よりもはるかに多い。相槌を打つ前に、どうしても過去の事例や政策の有効性の問題が頭に浮かんでしまうのだ。
『下水道の建築ということなら、旧ロマール王朝に事例があったわ。その時は、奴隷が五千人も使われるほどの国家的大事業だったらしいけれど、ディアック伯領でそれを実施するなら、それなりに重い税金を取らなければ建設は難しいんじゃないかしら』
頭の中ではダメだと思いながらも、ついそんなコメントをしてしまう私。
そして、楽しいゴツゴツとした骨太の議論が始まる。
議論がちょうど一段落したところで休憩時間が終わり、満足した様子で帰るアルバート。
彼の去った後、地下書庫で一人頭を抱える私。
これが、私達の新しい日常――。
「……どうなの、それ」
シスター・マドレーヌが眉をしかめ、テーブルに肩肘をつきながらコメントした。
最近、彼女は夕方のお祈りの後、私の部屋へとよくやって来る。
彼女いわく、共犯者になったからだということだったが、私は全くそんなつもりはなかった。
「せっかく私が苦労してくっつけてあげたんだから、ちょっとは自分達のやりたいことやりなさいよ」
「やってるわよ。建設的で実りある議論、これが私達のやりたいことなの」
私は嘘をついた。
そんな私のわかりやすい嘘を、シスター・マドレーヌは鼻で笑って一蹴した。
「シスター・マドレーヌ。あまりレーア様をいじめないでやってください。これでも、この方からすれば精一杯頑張っているのですから」
テーブルの上に本と紙を置いて写字を続けながら言ったファリンダ。彼女が私の部屋で写本の内職をするのはいつものこと。
そんなファリンダの発言にはかまわず、シスター・マドレーヌは続ける。
「シスター・オーレリア、いい? 人の命なんていうのは、流行病にかかったくらいですぐに終わるものなのよ。あなたやあなたの恋人が明日死ぬことだってないわけじゃないんだからね。今日やりたいことをやっておかないと、明日は出来ないかもしれないのよ」
「いや、アルは恋人じゃないから」
私はシスター・マドレーヌの言葉に突っ込んだ。
「じゃあ何よ」
「……何だろう……一番大事な、人?」
「同じでしょうが」
そう短く言って、シスター・マドレーヌは溜め息をついた。
そんな彼女の様子を横目で見て、ファリンダがつぶやくように小さく言った。
「なんだかレーア様と一緒にいるシスター・マドレーヌ、どことなくシスター・アーニャを思い出しますね」
微笑するファリンダ。
「は? あんな人と一緒にしないでよ! これでも私は将来を嘱望されているシスターなのよ!?」
「……はいはい」
ファリンダのぞんざいな対応に、シスター・マドレーヌは怒り始める。
やがて、シスター・マドレーヌとファリンダの犬がじゃれ合うような口喧嘩が始まり、私はかやの外になってしまった。
私はベッドの上に座り、一息ついて思わずつぶやいた。
「平和だなぁ……」
アルバートとの関係がどうなるかはまだわからない。
正直なところ、私がどうしたいかよりも彼がどう生きていきたいかが重要だ。
聖職者となりたいならば、このままの関係で彼を支えていけばいい。
修道士を辞めて騎士や官僚になりたいならば、彼が望んでくれるなら一緒に修道院を出て共に生きていこう。
地下書庫の仕事はファリンダに引き継げば良い。最近よく本を読むようになってきたし、彼女なら私がいなくても十分やっていけるだろう。必要ならば、修道院の外から私が支援をしてやればいいだけだ。
そんなことを考えていると、ゲスト二人が口論を白熱させているせいか、少し部屋が暑くなってきたのを私は感じ、ベッドを下りて部屋の木窓を開けた。
外は暗闇に包まれていた。雲があるのか、星も全く見えなかった。
そんな時だ。
窓の外をじっと眺めていると、遠くにいくつかの小さい赤い光が見えた。
「……なんだろう、あれ」
私がつぶやくと、シスター・マドレーヌとファリンダの二人がそろって私のところへとやって来て、私の横から窓の外を見た。
「誰かが持っている松明の光かしら……? 教会関係者ではないわね。教会の人間だったら、ほとんどがランタンを使うもの」
シスター・マドレーヌは言った。
私とファリンダはうなずく。
松明は安価で持ち運びしやすい照明器具だ。しかし、ススが出るのが難点で、彫刻や壁画などにススが付くと清掃が大変であることから、教会の人間はほとんどランタンを使うようにしている。
「シスター・アメルに伝えた方がよろしいでしょうか?」
ファリンダは言った。
私は答える。
「一応、そうしましょうか。万が一、野盗か何かだったら、報告が遅れると手遅れになるわ」
「それでは私が行ってきます」
「ええ。お願い」
私が言うと、ファリンダは足早に部屋の扉を開けて去っていった。
それから、私とシスター・マドレーヌはじっと、闇夜に浮かぶ松明の光を観察し続けていた。
翌日。
シスター・アメルに様子を見に行くように頼まれた私とファリンダが、昨晩松明の光が留まった使用人宿舎の方へ行ってみると、光の正体達が井戸から少し離れた場所で野営をしていた。
ボロボロになった革鎧、鎖帷子、折れた槍……、彼らの身なりは明らかに敗残兵といった様子だった。
そして、そこには長衣を着たアルバートの姿があった。
敗残兵のおそらくリーダーのような人物が、アルバートに対し膝をついて話をしていた。
その様子を見て、私はすぐに彼らがディアック伯領の兵士であると理解した。
彼が地下書庫へやってくるようになって二ヶ月、最近の彼は、私のいる地下書庫にやってくる度に自分の夢を語るようになった。
『将来は自領の政治にたずさわり、下水道と街道の整備に力を入れたい、領民達がもっと良い暮らしができるようにしたい』
……これが彼の夢。
普通の女性ならば、ここで『へー、素敵』などと適当に流し、恋人が夢を語り終えてくれるまで相槌を打って、適度なところで恋人らしい話題へ持っていくのだろう。
が。
私は地下書庫番である。読んだことのある本の数は、そこいらの学者を名乗る貴族達よりもはるかに多い。相槌を打つ前に、どうしても過去の事例や政策の有効性の問題が頭に浮かんでしまうのだ。
『下水道の建築ということなら、旧ロマール王朝に事例があったわ。その時は、奴隷が五千人も使われるほどの国家的大事業だったらしいけれど、ディアック伯領でそれを実施するなら、それなりに重い税金を取らなければ建設は難しいんじゃないかしら』
頭の中ではダメだと思いながらも、ついそんなコメントをしてしまう私。
そして、楽しいゴツゴツとした骨太の議論が始まる。
議論がちょうど一段落したところで休憩時間が終わり、満足した様子で帰るアルバート。
彼の去った後、地下書庫で一人頭を抱える私。
これが、私達の新しい日常――。
「……どうなの、それ」
シスター・マドレーヌが眉をしかめ、テーブルに肩肘をつきながらコメントした。
最近、彼女は夕方のお祈りの後、私の部屋へとよくやって来る。
彼女いわく、共犯者になったからだということだったが、私は全くそんなつもりはなかった。
「せっかく私が苦労してくっつけてあげたんだから、ちょっとは自分達のやりたいことやりなさいよ」
「やってるわよ。建設的で実りある議論、これが私達のやりたいことなの」
私は嘘をついた。
そんな私のわかりやすい嘘を、シスター・マドレーヌは鼻で笑って一蹴した。
「シスター・マドレーヌ。あまりレーア様をいじめないでやってください。これでも、この方からすれば精一杯頑張っているのですから」
テーブルの上に本と紙を置いて写字を続けながら言ったファリンダ。彼女が私の部屋で写本の内職をするのはいつものこと。
そんなファリンダの発言にはかまわず、シスター・マドレーヌは続ける。
「シスター・オーレリア、いい? 人の命なんていうのは、流行病にかかったくらいですぐに終わるものなのよ。あなたやあなたの恋人が明日死ぬことだってないわけじゃないんだからね。今日やりたいことをやっておかないと、明日は出来ないかもしれないのよ」
「いや、アルは恋人じゃないから」
私はシスター・マドレーヌの言葉に突っ込んだ。
「じゃあ何よ」
「……何だろう……一番大事な、人?」
「同じでしょうが」
そう短く言って、シスター・マドレーヌは溜め息をついた。
そんな彼女の様子を横目で見て、ファリンダがつぶやくように小さく言った。
「なんだかレーア様と一緒にいるシスター・マドレーヌ、どことなくシスター・アーニャを思い出しますね」
微笑するファリンダ。
「は? あんな人と一緒にしないでよ! これでも私は将来を嘱望されているシスターなのよ!?」
「……はいはい」
ファリンダのぞんざいな対応に、シスター・マドレーヌは怒り始める。
やがて、シスター・マドレーヌとファリンダの犬がじゃれ合うような口喧嘩が始まり、私はかやの外になってしまった。
私はベッドの上に座り、一息ついて思わずつぶやいた。
「平和だなぁ……」
アルバートとの関係がどうなるかはまだわからない。
正直なところ、私がどうしたいかよりも彼がどう生きていきたいかが重要だ。
聖職者となりたいならば、このままの関係で彼を支えていけばいい。
修道士を辞めて騎士や官僚になりたいならば、彼が望んでくれるなら一緒に修道院を出て共に生きていこう。
地下書庫の仕事はファリンダに引き継げば良い。最近よく本を読むようになってきたし、彼女なら私がいなくても十分やっていけるだろう。必要ならば、修道院の外から私が支援をしてやればいいだけだ。
そんなことを考えていると、ゲスト二人が口論を白熱させているせいか、少し部屋が暑くなってきたのを私は感じ、ベッドを下りて部屋の木窓を開けた。
外は暗闇に包まれていた。雲があるのか、星も全く見えなかった。
そんな時だ。
窓の外をじっと眺めていると、遠くにいくつかの小さい赤い光が見えた。
「……なんだろう、あれ」
私がつぶやくと、シスター・マドレーヌとファリンダの二人がそろって私のところへとやって来て、私の横から窓の外を見た。
「誰かが持っている松明の光かしら……? 教会関係者ではないわね。教会の人間だったら、ほとんどがランタンを使うもの」
シスター・マドレーヌは言った。
私とファリンダはうなずく。
松明は安価で持ち運びしやすい照明器具だ。しかし、ススが出るのが難点で、彫刻や壁画などにススが付くと清掃が大変であることから、教会の人間はほとんどランタンを使うようにしている。
「シスター・アメルに伝えた方がよろしいでしょうか?」
ファリンダは言った。
私は答える。
「一応、そうしましょうか。万が一、野盗か何かだったら、報告が遅れると手遅れになるわ」
「それでは私が行ってきます」
「ええ。お願い」
私が言うと、ファリンダは足早に部屋の扉を開けて去っていった。
それから、私とシスター・マドレーヌはじっと、闇夜に浮かぶ松明の光を観察し続けていた。
翌日。
シスター・アメルに様子を見に行くように頼まれた私とファリンダが、昨晩松明の光が留まった使用人宿舎の方へ行ってみると、光の正体達が井戸から少し離れた場所で野営をしていた。
ボロボロになった革鎧、鎖帷子、折れた槍……、彼らの身なりは明らかに敗残兵といった様子だった。
そして、そこには長衣を着たアルバートの姿があった。
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その様子を見て、私はすぐに彼らがディアック伯領の兵士であると理解した。
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