【完結】不細工聖女ですが清く図太く生きていきます

葉霧 星

文字の大きさ
25 / 32
5章

5-1 オーレリアの選択(1) 

しおりを挟む
「フェルナン兄上が死んだらしい」

 使用人宿舎の近くの木陰に座り込みながら、アルバートは沈痛な表情を浮かべてそう言った。

「亡くなった? 病気?」

 私は立ったまま、アルバートを見下ろすような格好で尋ねた。

「違う。毒殺だそうだ。殺ったのはレオノール兄上だという。おそらく、戦争になれば負けるかもしれないと踏んだのだろう」

「現当主が、実の弟を毒殺……」

 それは王国内でも例がないわけではない。
 しかし、戦争に負けそうだからといって相手方の要人を暗殺するという行為は、騎士道に背くだけでなく、貴族の間でもタブーとされる行為だ。それが許されてしまえば、多くの貴族は常に命を脅かされることになる。

 アルバートは続ける。

「それでレオノール兄上は、フェルナン兄上を殺した後、フェルナン兄上に協力的だった者を治安維持と称して襲撃し始めたらしい。彼らはその生き残りだ。行く当てもなく、私を頼ってここに来たそうだ」

 アルバートは、重たい表情をしながら井戸の傍で乾パンをかじっている兵士達を見ながら言った。

「……彼らは私に兵を挙げて、レオノール兄上と戦って欲しいらしい」

 兵達を眺めたまま、静かに溜め息をついて黙るアルバート。
 私は呆然としてしまい、しばらく何も言えなかった。

 頭が真っ白になりかける。
 けれど、ファリンダがそんな私の手を強く握ってくれ、私は何とか平静を保った。

「……それで、あなたはどうする気?」

 私は言った。
 アルバートは私に微笑んで答える。

「どうもしないさ。どのみち、この兵力ではレオノール兄上の軍には勝てない。兵を挙げて戦ったところで、一層領民が苦しむだけだ」

「けれど、アル。あなたがここで兵を挙げなければ、きっと多くの人々はあなたを臆病者だと言って後ろ指をさすと思う」

 私はいつもの彼との議論のように、客観的な意見を述べた。
 私があえてそう言ったのは、彼が冷静であると思ったからだ。……けれど、私の推測は外れていた。

 アルバートは立ち上がって小さく溜め息をつくと、やがて眉をしかめ、

「じゃあ君は、俺が死ねばいいと思っているのか!? この兵達にも! 戦えば実際に死人が出るんだぞ!」

 初めて私に向かって、怒鳴り声をあげた。
 私は彼に近寄り、彼の顔を見上げながら弁解する。

「そういうつもりで言ったんじゃない! 私はただ、あなたにちゃんと考えてから決めて欲しいと思っただけ!」

 アルバートは溜め息をついてうなずく。

「わかっている。君は俺よりも頭が良いからな。君からすれば、俺が愚かな決断をしそうで怖いのだろう?」

「そんなこと一言も言っていないでしょう。少し落ち着いて、アル」

「落ち着けるわけがないだろう! フェルナン兄さんが死んだ。殺したのはレオノール兄さんだ。そして、今度は俺がレオノール兄さんを殺せと頼まれている。君にとって二人はただの名前かもしれないけれど、俺にとっては二人とも大切な兄弟なんだよ」

 そう言ったアルバートは目から涙をこぼしていた。
 私はそんな彼の涙をそっと拭う。

「ごめんなさい。いきなりこんな状況の中に放り込まれて、冷静でなんていられるわけないわよね」

「……どうしたらいいと思う? 教えてくれ、レーア」

 アルバートは言った。
 不安な表情を浮かべる彼の姿に、私は彼を助けなくてはと強く思った。

「そうね。まずは、司教様にしばらくこの方達を逗留とうりゅうさせるための許可をもらわなくては。その後、私とあなたのツテを使って、この方達の亡命先を探しましょう」

 私が言うと、彼はしばらく考えた。

「そうだな。俺もその考えが今は妥当なように思える」

 そう言って微笑んだアルバートの表情は、いつもの彼の表情だった。

「わかった。では、ここから先は俺の仕事だ。レーア、君達は労働に戻ってくれ」

「でも」

 アルバートは私の手を握った。

「これ以上、君に頼ると俺は情けなくて君と一緒に居られなくなってしまう。大丈夫。君のおかげで頭は冷やせた。ありがとう」

 そして、私の肩を軽く叩くと、アルバートは兵達に一言、二言伝えてから、大聖堂の方へと歩いていった。
 一方、私の方へはずっと様子を眺めていたファリンダが近寄ってくる。

「ここはいったん、アルバート様に任せましょう。傍から見ていた私に言わせてもらえば、レーア様だって全然冷静なように見えませんでしたよ」

 ファリンダは私を不安そうに見ながら言った。

 私は否定せずにうなずいた。
 この四年間、ずっと一緒にいるファリンダが言うなら、それは間違いがなかった。

「ファリンダ」

「何でしょう?」

 私はアルバートが向かった大聖堂の方を向いた。

「私がこの四年間で得たものは、きっとこういう時のために得たものなのだと思う。私は私の持てる全てのものを使って、アルを支えたいと思っている」

「……それは違うと思います」

 ファリンダは首を振って言った。

「レーア様がこの四年間、ご苦労をされて得た全てのものは、レーア様が幸せになるために得たものですよ。もちろん、私も含めて」

 そして、ファリンダは私の手を握った。

「何かに思いつめて、勝手にどこかに居なくならないでくださいね。レーア様がアルバート様を幸せにしてあげたいと思っている以上に、私はレーア様を幸せにしてあげたいと思っているのですから」

 微笑みながら、ファリンダは言った。
 私は笑う。

「言うようになったわね、ファリンダも」

「……全部、レーア様のせいです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

【完結】悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました

あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。 そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。 平民出身のヒロインの「善意」、 王太子の「優しさ」、 そしてそれらが生み出す無数の歪み。 感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。 やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。 それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。 なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。 これは、 「断罪される側」が最後まで正しかった物語。 そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

処理中です...