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5章
5-1 オーレリアの選択(1)
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「フェルナン兄上が死んだらしい」
使用人宿舎の近くの木陰に座り込みながら、アルバートは沈痛な表情を浮かべてそう言った。
「亡くなった? 病気?」
私は立ったまま、アルバートを見下ろすような格好で尋ねた。
「違う。毒殺だそうだ。殺ったのはレオノール兄上だという。おそらく、戦争になれば負けるかもしれないと踏んだのだろう」
「現当主が、実の弟を毒殺……」
それは王国内でも例がないわけではない。
しかし、戦争に負けそうだからといって相手方の要人を暗殺するという行為は、騎士道に背くだけでなく、貴族の間でもタブーとされる行為だ。それが許されてしまえば、多くの貴族は常に命を脅かされることになる。
アルバートは続ける。
「それでレオノール兄上は、フェルナン兄上を殺した後、フェルナン兄上に協力的だった者を治安維持と称して襲撃し始めたらしい。彼らはその生き残りだ。行く当てもなく、私を頼ってここに来たそうだ」
アルバートは、重たい表情をしながら井戸の傍で乾パンをかじっている兵士達を見ながら言った。
「……彼らは私に兵を挙げて、レオノール兄上と戦って欲しいらしい」
兵達を眺めたまま、静かに溜め息をついて黙るアルバート。
私は呆然としてしまい、しばらく何も言えなかった。
頭が真っ白になりかける。
けれど、ファリンダがそんな私の手を強く握ってくれ、私は何とか平静を保った。
「……それで、あなたはどうする気?」
私は言った。
アルバートは私に微笑んで答える。
「どうもしないさ。どのみち、この兵力ではレオノール兄上の軍には勝てない。兵を挙げて戦ったところで、一層領民が苦しむだけだ」
「けれど、アル。あなたがここで兵を挙げなければ、きっと多くの人々はあなたを臆病者だと言って後ろ指をさすと思う」
私はいつもの彼との議論のように、客観的な意見を述べた。
私があえてそう言ったのは、彼が冷静であると思ったからだ。……けれど、私の推測は外れていた。
アルバートは立ち上がって小さく溜め息をつくと、やがて眉をしかめ、
「じゃあ君は、俺が死ねばいいと思っているのか!? この兵達にも! 戦えば実際に死人が出るんだぞ!」
初めて私に向かって、怒鳴り声をあげた。
私は彼に近寄り、彼の顔を見上げながら弁解する。
「そういうつもりで言ったんじゃない! 私はただ、あなたにちゃんと考えてから決めて欲しいと思っただけ!」
アルバートは溜め息をついてうなずく。
「わかっている。君は俺よりも頭が良いからな。君からすれば、俺が愚かな決断をしそうで怖いのだろう?」
「そんなこと一言も言っていないでしょう。少し落ち着いて、アル」
「落ち着けるわけがないだろう! フェルナン兄さんが死んだ。殺したのはレオノール兄さんだ。そして、今度は俺がレオノール兄さんを殺せと頼まれている。君にとって二人はただの名前かもしれないけれど、俺にとっては二人とも大切な兄弟なんだよ」
そう言ったアルバートは目から涙をこぼしていた。
私はそんな彼の涙をそっと拭う。
「ごめんなさい。いきなりこんな状況の中に放り込まれて、冷静でなんていられるわけないわよね」
「……どうしたらいいと思う? 教えてくれ、レーア」
アルバートは言った。
不安な表情を浮かべる彼の姿に、私は彼を助けなくてはと強く思った。
「そうね。まずは、司教様にしばらくこの方達を逗留させるための許可をもらわなくては。その後、私とあなたのツテを使って、この方達の亡命先を探しましょう」
私が言うと、彼はしばらく考えた。
「そうだな。俺もその考えが今は妥当なように思える」
そう言って微笑んだアルバートの表情は、いつもの彼の表情だった。
「わかった。では、ここから先は俺の仕事だ。レーア、君達は労働に戻ってくれ」
「でも」
アルバートは私の手を握った。
「これ以上、君に頼ると俺は情けなくて君と一緒に居られなくなってしまう。大丈夫。君のおかげで頭は冷やせた。ありがとう」
そして、私の肩を軽く叩くと、アルバートは兵達に一言、二言伝えてから、大聖堂の方へと歩いていった。
一方、私の方へはずっと様子を眺めていたファリンダが近寄ってくる。
「ここはいったん、アルバート様に任せましょう。傍から見ていた私に言わせてもらえば、レーア様だって全然冷静なように見えませんでしたよ」
ファリンダは私を不安そうに見ながら言った。
私は否定せずにうなずいた。
この四年間、ずっと一緒にいるファリンダが言うなら、それは間違いがなかった。
「ファリンダ」
「何でしょう?」
私はアルバートが向かった大聖堂の方を向いた。
「私がこの四年間で得たものは、きっとこういう時のために得たものなのだと思う。私は私の持てる全てのものを使って、アルを支えたいと思っている」
「……それは違うと思います」
ファリンダは首を振って言った。
「レーア様がこの四年間、ご苦労をされて得た全てのものは、レーア様が幸せになるために得たものですよ。もちろん、私も含めて」
そして、ファリンダは私の手を握った。
「何かに思いつめて、勝手にどこかに居なくならないでくださいね。レーア様がアルバート様を幸せにしてあげたいと思っている以上に、私はレーア様を幸せにしてあげたいと思っているのですから」
微笑みながら、ファリンダは言った。
私は笑う。
「言うようになったわね、ファリンダも」
「……全部、レーア様のせいです」
使用人宿舎の近くの木陰に座り込みながら、アルバートは沈痛な表情を浮かべてそう言った。
「亡くなった? 病気?」
私は立ったまま、アルバートを見下ろすような格好で尋ねた。
「違う。毒殺だそうだ。殺ったのはレオノール兄上だという。おそらく、戦争になれば負けるかもしれないと踏んだのだろう」
「現当主が、実の弟を毒殺……」
それは王国内でも例がないわけではない。
しかし、戦争に負けそうだからといって相手方の要人を暗殺するという行為は、騎士道に背くだけでなく、貴族の間でもタブーとされる行為だ。それが許されてしまえば、多くの貴族は常に命を脅かされることになる。
アルバートは続ける。
「それでレオノール兄上は、フェルナン兄上を殺した後、フェルナン兄上に協力的だった者を治安維持と称して襲撃し始めたらしい。彼らはその生き残りだ。行く当てもなく、私を頼ってここに来たそうだ」
アルバートは、重たい表情をしながら井戸の傍で乾パンをかじっている兵士達を見ながら言った。
「……彼らは私に兵を挙げて、レオノール兄上と戦って欲しいらしい」
兵達を眺めたまま、静かに溜め息をついて黙るアルバート。
私は呆然としてしまい、しばらく何も言えなかった。
頭が真っ白になりかける。
けれど、ファリンダがそんな私の手を強く握ってくれ、私は何とか平静を保った。
「……それで、あなたはどうする気?」
私は言った。
アルバートは私に微笑んで答える。
「どうもしないさ。どのみち、この兵力ではレオノール兄上の軍には勝てない。兵を挙げて戦ったところで、一層領民が苦しむだけだ」
「けれど、アル。あなたがここで兵を挙げなければ、きっと多くの人々はあなたを臆病者だと言って後ろ指をさすと思う」
私はいつもの彼との議論のように、客観的な意見を述べた。
私があえてそう言ったのは、彼が冷静であると思ったからだ。……けれど、私の推測は外れていた。
アルバートは立ち上がって小さく溜め息をつくと、やがて眉をしかめ、
「じゃあ君は、俺が死ねばいいと思っているのか!? この兵達にも! 戦えば実際に死人が出るんだぞ!」
初めて私に向かって、怒鳴り声をあげた。
私は彼に近寄り、彼の顔を見上げながら弁解する。
「そういうつもりで言ったんじゃない! 私はただ、あなたにちゃんと考えてから決めて欲しいと思っただけ!」
アルバートは溜め息をついてうなずく。
「わかっている。君は俺よりも頭が良いからな。君からすれば、俺が愚かな決断をしそうで怖いのだろう?」
「そんなこと一言も言っていないでしょう。少し落ち着いて、アル」
「落ち着けるわけがないだろう! フェルナン兄さんが死んだ。殺したのはレオノール兄さんだ。そして、今度は俺がレオノール兄さんを殺せと頼まれている。君にとって二人はただの名前かもしれないけれど、俺にとっては二人とも大切な兄弟なんだよ」
そう言ったアルバートは目から涙をこぼしていた。
私はそんな彼の涙をそっと拭う。
「ごめんなさい。いきなりこんな状況の中に放り込まれて、冷静でなんていられるわけないわよね」
「……どうしたらいいと思う? 教えてくれ、レーア」
アルバートは言った。
不安な表情を浮かべる彼の姿に、私は彼を助けなくてはと強く思った。
「そうね。まずは、司教様にしばらくこの方達を逗留させるための許可をもらわなくては。その後、私とあなたのツテを使って、この方達の亡命先を探しましょう」
私が言うと、彼はしばらく考えた。
「そうだな。俺もその考えが今は妥当なように思える」
そう言って微笑んだアルバートの表情は、いつもの彼の表情だった。
「わかった。では、ここから先は俺の仕事だ。レーア、君達は労働に戻ってくれ」
「でも」
アルバートは私の手を握った。
「これ以上、君に頼ると俺は情けなくて君と一緒に居られなくなってしまう。大丈夫。君のおかげで頭は冷やせた。ありがとう」
そして、私の肩を軽く叩くと、アルバートは兵達に一言、二言伝えてから、大聖堂の方へと歩いていった。
一方、私の方へはずっと様子を眺めていたファリンダが近寄ってくる。
「ここはいったん、アルバート様に任せましょう。傍から見ていた私に言わせてもらえば、レーア様だって全然冷静なように見えませんでしたよ」
ファリンダは私を不安そうに見ながら言った。
私は否定せずにうなずいた。
この四年間、ずっと一緒にいるファリンダが言うなら、それは間違いがなかった。
「ファリンダ」
「何でしょう?」
私はアルバートが向かった大聖堂の方を向いた。
「私がこの四年間で得たものは、きっとこういう時のために得たものなのだと思う。私は私の持てる全てのものを使って、アルを支えたいと思っている」
「……それは違うと思います」
ファリンダは首を振って言った。
「レーア様がこの四年間、ご苦労をされて得た全てのものは、レーア様が幸せになるために得たものですよ。もちろん、私も含めて」
そして、ファリンダは私の手を握った。
「何かに思いつめて、勝手にどこかに居なくならないでくださいね。レーア様がアルバート様を幸せにしてあげたいと思っている以上に、私はレーア様を幸せにしてあげたいと思っているのですから」
微笑みながら、ファリンダは言った。
私は笑う。
「言うようになったわね、ファリンダも」
「……全部、レーア様のせいです」
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