ELYSIUM

久保 ちはろ

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Part 1-2

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 高校はまどかの実家から徒歩二十分ほどだ。海を隔てる防風林の脇の道を、毎日自転車で通学した。
 まどかは、メールに記された約束の時間より少し遅れて高校の門をくぐった。
 有吉らしい人影はない。
 カーン、キーンと、グランドの方から野球部のノックする音が響いている。まどかは本館の渡り廊下を通り抜け、ナイターの光の方へ進んだ。
 廊下を過ぎると、ぱっと目の前にグラウンドが広がった。昼間なら水平線も見える。
 グラウンドはすり鉢状に、校舎はその上に構えているので教室からは海を見渡せる。まどかが周りを見渡すと、スタンドを兼ねる石階段に座って、野球部の練習を見ている有吉を見つけた。
 テニスコートではまだ部員がラケットを振っている。
「有吉?」
 階段を三段下りたところで、有吉の背中に声をかけた。
 有吉は振り向いてニヤッと笑うと、「こっち」と、自分の横の石段をぱんぱんと叩いた。
 彼は、五分丈のカーゴパンツに白いデッキシューズを合わせ、グレーのTシャツの上にチェックのサマーシャツを羽織っていた。
「得よね、顔いいし、背が高いから流行り物じゃなくても、すごく垢抜けてる」
「ファッションチェック? あんたデフォルトなの? それ」
 まどかは有吉の隣に座って、ミニトートを膝に乗せた。
「今年も蒸し暑いな」
 有吉はまどかを見る目を細めた。
「何?」
「髪、下ろしている方が好きだけどな」
「髪も長いとかなり暑いの。それに有吉の趣味に合わせるほど気が利いていません」
 ワンピースの裾を指でつまんだ。なんだか落ち着かない。
 あの頃の気まずさはないが、後ろめたさはある。
「で、どうしたの?」
 薄々と答えがわかっていたものの、まどかはとぼけて話を切り出した。
「十年前のあの日の続き。付き合えよ」
 有吉は目をそらさずにはっきりと言った。
「でも……あの日はあれで終わったんじゃなかった?」
 有吉は苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。
「あれが終わりって……おまえかなり冷たい女だな。オレに何も言わせなかったくせに」


 **


 まどかはブランコにゆっくりと近づくと有吉の隣のブランコには座らず、彼から離れた側の支柱に寄りかかった。
 目の端に、しっかり有吉をとらえている。
 沈黙と夕闇が二人をひっそり包んでいた。
 まどかは、母から貰ったばかりのクリスマスプレゼント、濃紺のカシミアのマフラーに鼻を埋めていた。まだ自分の匂いのしないマフラー。
 そして、相手が何かを言うのをじっと待っていた。
 これって、判決を言い渡されるのをじっと待つ被告人と同じかも、と思ったりして。
 きい、きい、とブランコが二人の沈黙に口を挟んでいた。どれくらい経っただろう。いい加減まどかがしびれを切らし始めた頃、
「あのさ……」
 やっと有吉が呟いた。
「うん……」
 まどかもマフラーから少し顔を上げて答えた。でも、敢えて彼を見ない。目を合わせるのが怖かった。
 再び沈黙。
 時がゆっくりと流れているのか、速く流れているのかわからない。まどかはだんだん耐えられなくなってきた。
ーー話があるって呼び出したのはそっちなのに、なんで私が寒い中、こんな居心地の悪い思いをしなきゃいけないんだろう。
 頭の中で呟いたら、声が自然と出てしまった。
 パッと有吉に向き、
「あたし、これからまだ約束があるの。話が無いなら、帰るね?」
 彼は少し肩を落として「うん」と言った。
 まどかはそのまま公園を後にした。有吉の視線を痛いほど背中に感じながら。

 **

「なんでおまえ、あの時逃げたの?」
「逃げたって……」
 まどかは有吉を睨んだ。
「オーケー。じゃあ質問を変えよう。金目は……A.有吉が好きだった、B.好きじゃなかった、C.好きだったけど、十年前の十二月二十五日は好きじゃなかった」
「うわ……マークシート……んーと、C、かなぁ」
「え、何それ」
 大げさに仰け反ってみせた有吉に、まどかは大きく息を吐いてから、言い切った。
「怖かったの」
 彼は、意外、というように目を見開いた。
「怖かったって、何が? は? 好きだった、って言うのは事実なんだろ? え、なにそれ」
「別れるのが、怖かったの」
「はぁ!?」
 有吉の声が裏返っていた。まどかは、彼が何かを言いだす前に慌てて口を開いた。
「私って、昔からなんだけど、すっごく考え過ぎちゃうの。あのCDのメッセージを読んだ後もすごく考えちゃって……。確かに私は有吉の事がずっと好きだったけど、なんか最後の方には逆に諦めっていうか、好きな時期が長すぎて、もう疲れたっていうか、仲間でいる事がラクチンというか、だから我に返ると、それまでの気持ちは恋に恋していた、っていうか。それで吹っ切れたっていうか。で、昨日メッセージ読んで、『うわ~、どうしよう』って。告られるのは前提でしょ、『じゃあ、なんて答えよう』って思うじゃない。嫌いじゃないんだから断る理由がないし、でも、じゃあ男女関係っていうのはやっぱり違う気がしたし、で、もし気持ちを受けたとしても、付き合いには別れがつきもの。別れることを考えたら、付き合わない方がいい、絶対。ってわかったの。でも、実際当日はどうなるかなんてわからなかったから、とりあえず約束の場所に行ってみたら、有吉、何にも言わないし!」
 一気に吐き出し、まどかがはあ、と息をつくと二人の間にすとんと沈黙が落ちた。
 ふいに耳にひぐらしの声が届くと、有吉は目を瞬かせた。やっと、まどかの長い話が終わった事に気がついたようだ。
 そして、そのままグラウンドの方を向き「はーっ」という大きなため息とともに、がくっと頭を落とした。
「おまえって……短気だったんだな?」
 有吉はぐったりした様子で、それだけ言った。まどかはその横顔を覗き込む。
「そうだね。あまり自覚してなかったんだけど」
「……どこから突っ込んでいいのかわかりませんが……それって、フラれるよりも始末悪い感じ。結構長い間トラウマだったんだぜ。強いて言えば今日まで疑問符飛んでた」
「私もだよ」
 まどかが笑うと、有吉は口を尖らせた。
「なんでおまえがトラウマになるんだよ」
「えー、だって、結局『逃げた』っていう形になったでしょ。終止符の打たれていない物語だもん。やっぱり私も自分のしたことで、傷ついたし。でも有吉はもっと傷ついたんだ、って思ったら、やっぱりそれは私にとってもトラウマになりますよ」
 まどかはリボンの付いた青いフラットシューズのつま先をトントンと、打ち合わせた。
「そう思ったなら、連絡の一つもよこせよなぁ」
 彼はうーん、と伸びをした。いつの間にかテニス部はコートのネットを片付け始めている。
「あの頃は小心者だったんで。ゆるしてください。恋って拗らせるとほんと、面倒だよね」
「時効ってやつか?」
 有吉は立ち上がり、ズボンの後ろををパンパンとはたいた。そしてまどかに手を伸ばす。その手を取り、よいしょっと横に並んだ。
「まだちょっと早いけど、行くか」
 彼は左腕のダイバーズウォッチを見た。
 待ち合わせの駅前まで、歩いて十五分ほどだ。今行くと早すぎる気がしたが、ここにいても仕方がないので、頷いた。
「そうだね。女子テニス部員のパンチラも今日はもう拝めないし?」
「ですよねえ」
 顔を合わせて笑う。二人の高校時代の思い出の綻びは、今、やっと繕われた、と思った。

 駅までは長く緩い坂道を上って行く。
 この辺りは、昔からある古い洋館や日本家屋がひっそりと並ぶ静かな通りだ。街灯も少なく、田舎といっても夜遅くに一人では歩けない。
 二人は黙って、ゆっくりと並んで歩いた。お互いの思いは昇華したのに、それでも明らかに、二人の間には制服を着たあの頃の空気が流れていた。
「ちょっと、こっち」
 ちょうど高校と駅との中間あたりで、神社へ続く道に分かれる。有吉がまどかの手を取り、その神社の方へ向かった。道はさらに暗い。
「やだ、ちょっと気持ち悪いよ……肝試しとか、嫌だよ」
 有吉は無言だ。夏虫の声だけが響く中、まどかはそのまま手をぐいぐい引っ張られ、ただ付いて行った。
 鳥居をくぐり、暗い参道をひたひたと歩く。もちろん、この時間には誰もいない。
 さほど大きくはない神社だが、社殿の両側に人の背丈ほどもある立派な台座にお稲荷さんが君臨している。
 有吉はその台座の裏側へ回り、まどかの背をそこに押し付ける様にして立たせた。
「ちょっと、何するのよ」
 背中にひんやりとした石の感触が気持ちよかったが、手には嫌な汗をかいていた。有吉は両腕をまどかの顔の横に置き、真顔で正面から見つめた。
「キスさせろ」
 まどかは眉をひそめたが、同時に心臓がドキンと大きく跳ねた。あまりにも突然で、思考がついていかない。
「な、なんで命令形!? なんでオレ様なのよ!?」
 いった直後、そこか、と自分に突っ込む。
「じゃあ……、おまえとキスがしたい」
 まどかを見つめる切羽詰まった目が、優しさを取り戻した。
「恋人じゃないのに?」
 上目で有吉を見る。そういえば、彼はまどかより頭一つ分背が高い。二人の顔がこんなに近づいたのは、初めてかも知れない。
「金目、オレたちはもう大人だ。キスくらいで何も失いはしないし、残念ながら大して得る物もない。子供も出来ない」
 まどかはその言葉にプッと吹き出した。それをイエスのサインと思ったのか、有吉は人差し指で、軽く顎を持ち上げた。
ーー嫌じゃない。むしろ、どきどきする。
「本当にするの?」
 まどかはまっすぐに相手の目を見た。簡単に言いなりにならないぞ、と小さな抵抗のつもりだった。
 そんなまどかを見つめる有吉の口元は笑んでいたが、目は笑っていなかった。
「うん。ずっとしたかったから。ずっと、今日まで。拗らせに、ケリつけさせて」
「スケベ……」
「黙れ。あ、初めてじゃない……よな?」
 まどかは軽く頷き、かなり前に別れた恋人の面影を追い出して、まぶたを閉じた。
 すぐに唇が重なる。温かくて、柔らかい。
 有吉の唇は下唇を優しく啄んだ。
「あ」
 まどかが小さく声を上げると、相手の唇の動きが一瞬止まる。
「ん?」
 ほとんど体重を預けるようにしてキスをしていた有吉は、器用に片目だけ開けた。
「冷たい女って言ったの、訂正してくれる?」
 暗闇の中で、まどかは相手を軽く睨んだ。
ーーまだ、負けたくない。
 唇の上で有吉は笑った。
「ごめん、そうだよ。おまえはいつも優しいやつだった」
 そう素直に唇の上で低く囁くと、今度は上唇をぺろりと舐め、舌をゆっくり侵入させた。まどかの舌を探り当て、誘い出すように舌先でちろちろとくすぐり始める。
 まどかも、舌の感触を味わうように、そのぬるりとして温かく、少しざらついた彼の舌を求めて追いかける。有吉はそれを強く吸い上げた。
「あ……ふ」
 脚の付け根の奥から頭の芯までぞくっと痺れ、まどかは思わず彼のシャツの胸を掴んだ。有吉もまどかの腰と背に腕を回し、キスをしながら体をゆっくりと反転させる。
 今度は彼が台座を背に、まどかが彼に体を預ける形になった。
 キスはどんどんエスカレートしていき、何度も角度を変え、舌は戯れ合う。有吉は舌を舐め合い深く侵入したり、させたりしては舌をしゃぶり、歯を軽く立てた。
 甘く、妖しい感覚がだんだんとまどかの理性に絡みつく。
 ぴちゃぴちゃと音を立ててお互いの唾液を味わい、唇を吸い上げた。
 あんなに涼しげな口元をした有吉が、こんなに熱いキスをする。まどかはそれが自分のせいだと思うと、ぞくりと肌を粟立たせた。
「んっ、ふぅうん……」
 徐々にまどかの膝から力が抜け、立つのもやっとだ。
 ふと有吉が唇を離し、耳元で「おまえのキス、すげえ気持ちいい」と囁いて耳たぶを口に含む。
「あっ」
 思わず声がでてしまい、人が来ないか一瞬顔を上げた。有吉が声を殺してクスクス笑った。
「オレはもっとその声を聞きたいけど、ちょっとガマンしてな?」
 そう言うと、今度は唇を耳たぶから首筋へとゆっくりと滑らせる。
「ん……」
 新しい波が下から上へ湧き上がる。彼の唇は軽く吸い付くように上下した。
「やん……」
 彼にしがみ付いている手に力が入る。
「なあ?」
 有吉はまどかの目を覗き込んだ。
「オレ、もうやばい。ここでおまえとやりたい」
 その言葉に我に返ると、確かに下腹に押し付けられた有吉の熱く、硬い存在を感じた。
「それは、だめ。私は思い出の延長でそれが出来るほど、優しくない」
 朦朧とする頭を軽く左右に振って、やっと答える。
 有吉の瞳は一瞬曇った様に見えたが、すぐにまたいつものように温かく光った。
「わかった。でも、じゃあ、もう少しお前の舌、食べさせろ」
 そのまま、まどかの頭を片手で支え、再び自分の方へ引き寄せた。舌を優しく絡めとり、裏側を舐め、下唇を甘噛みする。
「舌、もっと出して?」
 有吉の声は興奮に掠れていた。
 まどかが言われた通り、舌をぺろっと出すと、有吉はまるで獣のように舌全体を舐め始めた。
 その二つのざらついた舌の表面がこすり合わされる度に、頭と下腹部にじんじんとした快感が湧き起こる。
 体重を全て彼に預け、なんとか立っている状態だった。
「あん、もうだめ……」
 まどかは息も絶え絶えだえに有吉の肩に頭を持たせかけて、見上げた。二人の唇の間にやっと、距離ができた。
 有吉の息も乱れ、顔も上気しているようだった。
「そんな潤んだ目で見るなよ、そそられるだろ」
「そんな……」
「嫌なの? オレとキスするの」
「そんなこと、ない……」
 まどかは少し恥ずかしくなって下を向く。有吉はまどかの腰を支えていない右手でまた、ひょい、と彼女の顎を上へ向けた。
「じゃあ、よかった?」
 ニッと笑う。
「え、うん……すごく……」
 オレも。と言ってまどかを胸に抱え込んだ。
「あ、有吉……そろそろ行かないと……きゃあ!」
「しーっ。動くなよ」
 有吉の右手は、今度はワンピースを少し捲り上げた。そしてそこから太股をゆっくり上へ撫で上げてお尻の方から内股の、下着の縁から指を侵入させようとした。
「イヤ」
 まどかが身じろぎをすると、腰に回した手の力を一層強め、
「大丈夫。じっとしてて。オレ、おまえを傷つけるような事はしない」
 耳元で囁く。
 その言葉で、体の力が一気に抜けてしまった。そして再び有吉の胸の中に落ち着く。
 有吉は額にチュッとキスをして、同時に下着の中に入った指は、そっと脚の付け根の奥を撫でていた。
 今までの激しいキスで、そこはじんじんと熱を帯びている。指先が優しく襞の間をそっと往復している、と思うと、ぬちっと指はまどかの中に飲み込まれた。
 有吉は軽くくるりとかき回し、そのまま引き抜くと、囁いた。
「すごく熱いし、濡れてる」
 彼は濡れた指先を口に含んだ。
「誰のせい……」
 まどかは恥ずかしさのあまり、顔を硬い胸に押し付ける。
「だよな。このままで行ったらパンツ、汚れるぜ? オレが綺麗にしてやるから」
 そう言って自分はするりと台座とまどかの間から抜け出し、まどかを、今自分が立っていた場所へ押し付けた。
 そして、戸惑う彼女の前に膝を付き、ワンピースの中へ手を入れて一気に下着を下ろしてしまう。
「いや……ほんとうに、やめて……」
 まどかは、少し泣きそうになって相手を見下ろした。
「嫌だね、そんな顔見たら余計に」
 スカートの下に潜り込んだ有吉の温かい息が、太股にかかる。
 まどかの体が微かに震えた。
 こんな場所で、嫌なはずなのにすごく、興奮している。鼓動がこれでもかというほど速い。
 気持ちはまだ高校生の、あの時のままのようで、でも、成熟した体はもう全て知っている。
 どこをどうして欲しいのか。今、何が欲しいのか。

 有吉は、まどかの記憶の中では、まだ幼さ残る少年のような高校生なのに、でも今は強い力で体を押さえつけ、性のにおいを嗅ぎ、相手を本能のままに求める雄となっている。
 有吉の、まどかに寄り添いたがっていた恋心。まどかが無視し続け、付けた彼の古い傷は、今その赤い裂け目にまどかを飲み込んで塞ぎ、完治しようとしている。
 有吉はそれを知っている。どうすれば傷が癒えるのか。
 そして、それがまどか自身の『トラウマ』を消し去る事も。
 有吉だけではなく、まどかだけではなく、二人で癒す傷。
 まどかは思考力の無くなった頭ではなく、感覚のどこかでそれを認識した。

 有吉の柔かく、濡れた舌は既にゆっくりと前後に蠢いていた。溢れる蜜と彼の唾液が混じり、舌は時折ぬちゃりと水音を立てる。
 何度か襞の間を往復していた舌は、中心の硬くなった芯をとらえ、撫で上げた。
「ひゃんっ」
 まどかは突き上がる快感にびくっと体を震わせた。
 有吉もそれに応えるように、太股に添えている手に少し力を入れた。そして両手を徐々に上へと這わせ、指で襞を押し広げると、その硬く、脈打つ蕾をあらわにした。
 くるりくるりと円を描くように蕾の周りを尖らせた舌先で何度も舐め、時々、押し潰した。
「はぁ……あ……ぅんん……」
 下から押し寄せる甘い波に、幾度ものまれそうになりながら、まどかは声を出さないように、必死で耐えた。
 喉がカラカラに乾いている。体中の体液はもうすでに、有吉の愛撫する一点に集中して注がれてしまったようだった。
 いきなりズズッと、音を立てて彼が蕾を強く吸うと、体を稲妻が突き抜けた。
「ああっ」
 我慢しようとしても、つい声が出てしまう。それでも、有吉はますます激しく動く。
 蠢きながら、舌はまどかの中にさらに深く侵入し、溢れる泉をぐちゃぐちゃと掻き回した。いくら吸い上げられても、蜜はしとどに溢れ出る。いや、吸い上げるから湧き出てくる。
 目の前がくらくらし、限界が近かった。支えが無ければ立っていられない。
 頭を台座に押し付け、息も絶え絶えにやっと言った。
「あ、有吉……はぁっ……もう、わたし……だめ…………」
 有吉はやはり無言で、さらに両手で脚を撫で上げ、そしてお尻を強く、ゆっくりと揉みだした。また鈍い快楽が腰を痺れさせる。と、同時に有吉は舌先で蕾を素早く、強く擦り始めた。
 何度も何度も。繰り返し、痛いくらいの傲慢な愛撫。でも……。
「あっ、あっ、あぁん……」
 舌の動きに合わせて声が漏れてしまう。
 腰が小刻みに、そのリズムを追ってしまう。
 熱い蕾は熱烈な愛撫に既に敏感になり過ぎていて、その行為があまり長く続かないうちにーーやがて目の前が真っ白になった。
「ふぁっ……あ……っ」
 全身が震え、両脚が強張った。手は自然に、有吉の頭を脚の間に押し付けていた。気持ちよすぎて、呼吸を忘れた。
 突然、細かく空気が振動した。
 意識はもうほとんど飛んでいて、ただ遠くで「何かが鳴っている」くらいにしか思わなかったが、それが自分の携帯のバイブ機能だと気がついた。
 慌てて、まだ脚の間にある有吉の頭を軽く叩いた。
「ケータイ鳴ってる! きっとみちるたちだよ! ちょ! もーやめてよぉ……」
 有吉は動くまどかの太股を押さえて放さないかわりに、足元にあるトートをごそごそと片手で探ってケータイをまどかの手に押し付けた。
「出ろよ」
 ニッと見上げて、またスカートの中に潜り込む。まどかは着信ボタンを押し、ケータイを耳に当てた。
「あ、みちる。うん.今近くにいて……あっ」
 有吉が、まだ震える蕾に蜜を絡めるように舐めている。
「ううん……なんでもない……はぁぁ……え? 今走ってたから……んんっ……ちょっと息が……あふぅ……大丈夫。すぐに着く」
 すぐにケータイを切る。
 一度は退いた快楽の波が再び押し寄せて、うっかりのまれてしまいそうになったが、それでも有吉の頭を押しのけた。
「ちょっ……本当に困る……みんなもう待ってるし……」
 やっとの思いで抵抗した。
 有吉は頭を離したものの、立つことはなく、そのうえまた、トートバッグの中に手を突っ込んでいた。
「何……してるの?」
 脚の間に彼のぬくもりが無くなって、急に心細くなった。
 有吉は脚にチュッとキスをし「ちょっと待ってろ」と言うと、ティッシュを見つけ、まだ熱く、濡れそぼっている部分を丁寧に拭った。
「はい、脚閉じて」
 彼はするすると下着を再びはかせる。それからやっと立ち上がり、口元をティッシュで軽く押さえた。
「ケータイ鳴ってよかったな。そーじゃないと、止まらなくなっちゃうもんな」
 まだ情欲を湛えた流し目をまどかに向ける。
「どっちが!」
「それと。おまえのパンツの心配をする男なんて、そうそういないぜ?」
 まどかを自分の方へ引き寄せながら、ポケットから片手で器用にタバコを取り出し、火をつけた。
「え? 行かないの?」
 まどかは驚いて相手を見上げた。
「ばぁか。オレはこんなになっちゃったこいつを落ち着けてからじゃないと行けねーよ。先に行け」
 自分の膨らんだ下半身を楽しげに指した。まどかの顔に一気に血がのぼる。一歩有吉から離れると「早く来てね!!」と
 囁き、駅に向かって、今度は本当に走り出した。

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