ELYSIUM

久保 ちはろ

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Part 4-1

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 昨夜、早くベッドに入ったお陰で、朝早く目が覚めた。いつものように皆でキッチンでのんびり朝食をとっていると、獅子王が入って来た。
「今日、お前らフリーだから。適当にしてて。俺たちはあの三人をどうするか決めなきゃいけないからさ」
 それだけ言って、さっさと出て行った。

 フリーとか適当に、とか言われても、ここで何をすればいいのか全く見当がつかない。
 とりあえず、まどかとみちるは村を巡回することにした。
 すれ違う村人が皆が皆、二人に微笑みかけ、また握手を求めて近寄り、感謝を述べる人もいた。
 今夜はどうやら祝宴になるらしかった。広場の中心では逞しい男達が、丸太を格子に高く組んでいた。
 きっと、あそこで火を起こすのだろう。
「なんかさ、こうやって見ると普通に平和だよねぇ。映画村に遊びに来てると思えば」
 みちるの、赤みを帯びた茶色の前髪が風にそよぐ。
 二人は広場と居住地を区分している木の柵に腕をかけ、上体を預けていた。
「鳳乱達は私たちのこと、バーシスに頼んでくれてるよねぇ?」
 まどかの言葉は尻すぼみになる。
「あいつ、かなり嫌な奴だけど、責任感はありそうだから大丈夫なんじゃない? あ、噂をすれば」
 みちるが顎を上げた方を見ると、広場の向こうを鳳乱と獅子王が三人の軍人を連れて横切るのが見えた。
 背の高い獅子王の方が明らかに目立つのだが、まどかの目はやはり鳳乱を追ってしまう。
 日本ではあれほど綺麗な男性は周りにいないから、つい見てしまうだけ……。
 まどかは彼の存在を意識してしまう自分に、そう言い訳をした。
 ぼんやり眺めていると、急に振り向いた鳳乱と目が合った。
 たちまち顔が熱くなって焦ったが、すぐに気がつく。
 この距離ではまどかの表情の変化など、相手にわからないはず。
 そっと深呼吸して、早い鼓動を鎮める。
 鳳乱は隣を歩いている獅子王に何か耳打ちした。すぐに獅子王が小走りで二人の前まで来て、にっこりと白い歯を見せた。
 彼が笑顔だなんて、嫌な予感しかない。
「鳳乱から伝言。今日はフリーと言えど、そんなに暇そうにアホ面さらしてるなら村人を手伝え。以上!」
 それだけ言うと片手を上げ、戻って行った。
「なに、今の」
 みちるは呆気にとられている。
「自分で言いにくればいいのに。そんなに私たちと話すのが嫌ってわけ」
 やっぱりやなやつー、と、みちるは腕を上げて伸びをした。
「どうする? 言う通りにしておく?」
 まどかは柵に手をついてみちるを見る。
「いやだいやだ。あんなヤツの言いなりになるの。私たちはやる事やったんですからね。もー、部屋に帰ってゴロゴロしてるよ。もう少ししたら昼ご飯だろうし」
「私は……もう少し村を歩くね」
「そう?」じゃあ、あとで。と、みちるは踵を返した。


 この地域の日差しは強い。
 それでも木陰に入ると大分涼しいので、木陰を選びながら村の中を進んだ。
 喉の渇きを覚え、水を飲もうと井戸まで行くと、瓶に水を満たしている一人の女性がいた。
 獅子王が「長の第二夫人」と教えてくれた女性だ。
「こんにちは」
 先に彼女がまどかに気がつき、にこりと笑った。
「こんにちは」
 まどかも笑みを返した。
「あなた方のお陰で、また村に平和が戻ってきます。長も大変喜んでいます。ありがとうございました」
「いえ、そんな……。私が何かしたわけでは……」
「あなた方がいらした時から、神は私たちの味方でした。それだけでも、なんて村人達の強い支えになったことでしょう」
 本当に自分は何もしていない。
 まどかは照れくさくなり、足元に視線を落とした。瓶から溢れた水が地面を黒く染めている。
「あ、私、鳳乱から村の人たちを手伝って来い、って言われたんです。この瓶、持って行きましょうか?」
 まどかは瓶に手をかけた。だが、ビクともしない。
(お、重い)
「あら、重いから無理だと思うわ。コツがあるんです。大丈夫。これくらいいつもしていますから。まどかさん、お時間があるなら私の所へ来ませんか? 一緒にお昼を食べましょうよ」
「いいんですか? 行きます、行きます。え……と、あの、お名前伺ってもいいですか?」
 彼女はひょい、と慣れた手つきで瓶を頭に乗せ、両手で支えた。
「すごい」
 まどかは思わず呟いた。
「あ、自己紹介、まだでしたか。ごめんなさい。私はワミって言います。よろしくね」
 じゃあ、行きましょう。とワミは歩き出し、まどかは隣に並んだ。
 道々、ワミから今夜行われる祭りの内容を軽く聞いた。
 と、言っても最初に長から感謝の言葉が述べられたら、後は皆朝まで歌って、食べて飲んで、踊るだけ、と彼女は笑った。

 小ぶりのワミのテントは、地面に手織りと思われる厚みのある敷物が敷かれており、真ん中には火の焚けるいろりがあった。
 子供の頃、歴史博物館でこんな展示物を見た気がする。
 見回して、まどかはそんな既視感にとらわれた。
「どうぞ、これに座って」
 ワミはクッションのようなものを部屋の隅から取って来た。染めた糸で織られたカバーの模様が、独特な民芸調で可愛い。
「中にね、藁と綿を混ぜて入れているのよ。ベッドもそうなの。毛皮なんかを敷いても、固い地面の上に寝るのはなかなか慣れないわね」
「あれ、慣れないって、ワミさんはここで育ったんじゃないんですか」
 ワミは、茶葉をぱらぱらと沸騰した湯の鍋の中に入れた。
「違うのよ。私はイリア・テリオから四年前にここに来たの。そういう人たち、結構いるのよ。イリア・テリオって、すごい都市よ。何でもあって、便利で。医療も技術も何でも常に研究されていて。でもね、そんな世界ってすべてが上手い具合にコントロールされている様な気がして。あ、もちろん、私たちは自由よ。誰からも束縛はされない。でも、便利になれば成る程、なんだかどんどんつまらない気がしたの。自分が努力しなくてもある程度のことはうまくいく。なんだか、どんどん怠け者になって行く気がして」
 ワミは顔を上げ、そこにイリア・テリオの過去を見るように、視線を宙に留めた。
「もっと、偉大な自然と……、自分にはどうにも出来ない力の働く所に住んで、困難なことにぶつかったら、自分の力でひとつひとつ丁寧に解決したい、あるいは、仲間達の協力を得て困難を乗り越えていきたい……そんな人との繋がりが大切な環境に身を置きたいな、って思ってこのユランに移り住んだの。もちろん、先住民はいるから、彼らを尊敬して、接する。彼らはいつでも私たちを受け入れてくれるの。規律は厳しいものが多少あるけど、それは村を守るためのもので、それさえ気をつけていれば後は面倒くさいことはないの。もともと、争いを好まない人たちだし。そういった村がこの星には沢山あるの。それでね、私はこう見えてもイリア・テリオではヘアスタイリストだったのよ」
 彼女は話終えると、柄杓で青いカップにお茶を注いだ。ふわりと花の香りが漂った。
「ヘアスタイリスト」
 なんだか懐かしい響きに、思わずワミの言葉を反芻した。
「あ」
「何?」
「じゃあ、私の髪……切ってくれませんか? それとも道具が無ければやっぱりだめですか」
『僕は長い髪が嫌いなんだ』
 鳳乱の言葉がずっと頭の片隅にあったのかもしれない。ここでは暑いから、というのはただの言い訳だと自覚していた。
 彼女は、まどかの突然の頼みごとに相当驚いたようだった。
「うーん、道具は持っているのよ。さすがに長年やってたから、そうそう道具は捨てられなくて。ただ……」
「ただ?」
「この村の慣習だと、女性が髪を切る時って意中の人を手に入れたい時か人の命を救いたいとき、その願をかけて切ると成就するって言われているのよね。まどかさん、誰か好きな人、います?」
 彼女はやさしく目を細める。
「い、いないですよ。それに、日本……私たちの住んでいた所は、そんな慣習が無いですし。むしろ失恋したときに髪を切る人もいますけど」
 ふうふう、と湯気のたつお茶を冷まして、飲む。
「じゃあ、こうしましょう。切った髪には三日間、まだ生命が宿っていると言われているから、それをまじないのネフ婆さんの所へ届けておいて、もし三日以内に願をかけたければ、ネフ婆さんに頼んで祈ってもらいましょうよ」
「そ、そうですね」
 三日以内で自分の中で何かが変わるとは思わなかったし、ここにいるかもどうかわからなかったが、それに同意し、髪を切ってもらう事にした。
 取りあえず、先にご飯食べさせて。と、彼女は豆の粉を団子にして揚げたものと、サラダにヨーグルトソースをかけて、薄いパンを添えて出してくれた。
 ワミのテントの横に椅子を出し、青く染めた布で体を覆われた後、彼女は髪をよく梳いてくれた。
「でも、勿体ないですね、こんなに綺麗な髪」
「いいんです。暑いし」
「そうですか? じゃあ、肩の辺りで一度ばっさり切っちゃいますよ」
 さくさくさく、と、きちんと研がれたハサミが、髪を切断していく。
「これ、取っておきますね」
 彼女が片手に、切り離された一束の髪を見せた。そして、丁寧に木の盆の上に置く。
 髪を見せられても、まどかには何の感傷も湧かない。
 むしろ、清々しい気持ちで鳳乱に会えると思った。
 さらに、彼がなんらかの反応を見せたら、こちらの勝ちだ。
(なんでここまで意地になっちゃうんだろう……)
 鳳乱の顔が瞼に浮かび、まどかは思わず頭を振った。
「わ、動かないでください」
 ワミに言われて、まどかはすぐに謝った。
「まどかさんは、日本で何をしていたんですか?」
「えーと、まあ、一応人の病気を治す仕事を。鍼とか使うんです。あと、レイキというエネルギーワークもしていました。聞いたことないかもしれないけど……」
「イリア・テリオにいたとき、私の仕事仲間で鍼で治療してもらったって人はいましたよ。そういう所は本当に数が少ないんですって。でも、すごく効いたって、よろこんでいましたね。へえ、すごいな、病気を治すって」
 しばらく彼女はサクサクとハサミを動かしていたが、最後に手櫛でささっと整えると、
「はい、終わりました。どうでしょう」
 と、木枠の鏡を差し出した。
 まどかは鏡に映る、新しい自分をじっくり眺めた。
 顎のあたりで切り揃えられたボブだったが、毛先を軽くしてある。
「ほら、前髪をこう横に流したらキリッとした感じで。まどかさんは顎のラインが綺麗なんで、それがきちんと出るように顔の周りをラインに沿って軽くしておきました」
 彼女は、自分の腕が落ちていないことに満足しているようだった。
 まどかも一目でこの髪型が気に入った。
「ありがとうございます。嬉しいな」
「じゃあ、三日以内ですよ」
 まどかがワミのテントから出てもう一度彼女と握手をすると、彼女はまどかの目をしっかり見て言った。
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