ELYSIUM

久保 ちはろ

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Part 4-3

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 夕食が終わると、まどかたちはソファで寛ぎながら、ババ抜きをしていた。
 トランプは、まどかがワミから貸りてきた。
 皆、「すぐに帰れないショック」からすでにだいぶ回復していた。
 悩んでも仕方が無いと開き直ったのか、意外と元気で、遊びに興じている。
 負けたら水タンクの補充、という過酷なバツゲームが課せられていたからかもしれない。
「山口はすぐに顔に出るからわかり易いよね。今、吉野から引いたでしょ。ババ」
「こいつがポーカーフェイス過ぎるんだよ! 少しは反応しろよ!」
 わいのわいのと盛り上がっている最中だった。
 ばたんと、勢い良くドアが開き、一人の女性が飛び込んで来た。
 ワミだった。彼女は肩で大きく息をしていた。やがて少し落ち着くと、まどかに向いた。
「まどかさん……助けてください。ネフ婆さんが倒れて……」
 胸を片手で押さえている彼女の目は、まどかを縋るように見ていた。
「鳳乱さんが薬を持って来てくださったんですけど、ネフ婆さんは薬を飲みたがらなくて……村の癒し手は昨日から隣村に行ってしまって」
「行きます。私で役に立てるなら」
 まどかはトランプを放り出し、急いで靴を履くと、ワミの後を追いかけた。
 ネフ婆さんの古いテントに入ると、ロウソクがいくつかともされた薄暗い空間には鳳乱がいて、お婆さんの小さなベッドの脇に座っていた。彼はまどかを見るとすぐに顔を背けた。
 まどかは彼の存在を、極力意識から引き離し、ネフ婆さんの側に膝をついて座ると、彼女の顔を覗き込んだ。
 皺だらけの顔に汗が浮かび、長い白髪が数本纏わりついていた。目を固く閉じ、時折喉の奥から「うう……」とうめき声を漏らしている。
(レイキ、してみよう)
 直感だった。昼間、有吉に施した時に、今までにない無い大きなエネルギーの波を感じたていたからだった。
 きっと、自分が媒体になることで、ユランの強いエネルギーをネフ婆さんに届けられる。
 まどかは深呼吸をすると、昼間と同じように手を動かしていった。
 長い時間を掛けて一通り終わると、ネフ婆さんの呼吸がずっと楽になっていた。
 ワミがほっと息をつく。まどかはワミに向き直った。
「一応、応急処置的なことをしたんですが、原因は私にもわかりません。感染かもしれないし、どこか炎症しているのかもしれない。明日の朝早く『癒し手』を呼び戻して、すぐに診て上げてください。ただ……」
「ただ?」
「胸の上に手をかざした時に、すごく冷たいものを感じたんです。もしかしたらお婆さんは淋しいのではないでしょうか。病気って、気持ちが病を引き起こすことが多いんです。だから、お婆さんは誰かに自分の所へ来てもらいたくて、病気になっちゃったんじゃないかな……。何となくそう思うんですけど。ほら、強い人ほど寂しさを口にできないってあると思うので」
 ワミは頷く。
「もしかしたら、二、三ヶ月前に、お孫さんが嫁がれたのが原因かも。お孫さんはほとんど毎日の様にネフ婆さんの所に来て世話をしていたのですが、少し遠くの村へ嫁がれました。それ以降、私もたまに様子を見たり娘さんが食事など運んでいるみたいですが、やはり、お孫さんをとても可愛がってらしたから。そのせいかもしれません」
 まどかとワミが話をしている間に、鳳乱はそっと外に出ていった。
「ワミさん。今夜はネフ婆さんに付いてあげてください。それと、あの、髪のお願いのことなんですけど……」
 まどかは、部屋の隅にあるネフ婆さんの祭壇らしき、朱に染められた小さな木のテーブルの上に置いてある木の盆を見た。
 その盆の上には、まどかの髪の毛が置いてあった。
「ワミさんは口外しない、と信用しているのでお願いするんですが、ネフ婆さんに伝えておいて欲しいんです……」
 ワミはまどかに顔を近づける。まどかは彼女の耳元で、願いを囁く。
 まどかの言葉を聞いたワミは、微笑んだ。
「わかったわ。ネフ婆さんにちゃんと伝えておく。願いはきっと叶うわ」
「ありがとうございます。じゃあ何かあったらまた、いつでもすぐに呼んでください」
 まどかは外に出た。
 人影が顔に影を作り、はっと息をのむ。鳳乱がまだそこにいて、静かにまどかに近づいたのだった。
「送ろう」
 短く言って彼は歩き出した。しばらく二人無言で、並んで歩いた。
「あれは、おまえの髪だったな」
 突然、鳳乱が口を開く。
「え? あ、ああ……」
 祭壇の上、気がついたんだ。
 ーー沈黙。
 今夜は風さえ吹かない。
「何か、願をかけたのか」
「うん」
「そうか……それはやはり……」
 彼はそこまで言うと口をつぐんでしまった。まどかは、今、昼間言えなかったことを伝えようと思った。
「今日……」
「ん?」
「有吉にも、レイキをしたの。ネフ婆さんにしたのと同じ様に」
 一呼吸あって鳳乱は「そうか」と短く答えた。
 それから何も話すことがなくなり、まどかは再び黙って広場を回って、部屋に着いた。
「送ってくれてありがとう」
「礼はいい。きみもよく働いた」
 三日月の弱い光の下で俯く彼の顔は彫りの深さが際立ち、彫刻のようだった。
「おやすみなさい」
「ああ」
 彼は立ち去り、まどかは静かにドアを閉めた。


 バーシスからの迎えが来るまで五人は、鳳乱と獅子王の元で「植物学」を学ぶことになった。
 このユランでは数えきれないほど、研究し尽くされていない植物、薬草があると言う。
 遊んで暮らす、というのは鳳乱の選択肢には無いらしい。

 大抵、朝食後に広場にある木のテーブルを囲み、獅子王(たまに鳳乱)が集めて来た幾つかの植物のにおいをかぎ、口に含んで、そして鳳乱(たまに獅子王)からそれぞれがどんな病気に使われ、どんな効能を持つのか、その説明を聞く。
 午後は獅子王がそれぞれの植物が生えている所へ五人を連れて行き、そしてその植物の好む環境を観察した。そしてジャングルに住む、初めて見る生き物達の名前を覚え、危険かそうでないかも学んだ。
 つまり、フィールドワークというやつだ。
 何か新しい事を学び、知識が増えていくのは楽しかった。
 そして普段何気なく目にしていた植物の名前を知ると、その存在がぐっと近いものになった。

「今日は少し遠出してみるか」
 獅子王は言い、彼の仲間(?)の獣達を人数分呼んでくれた。ゼルペンスの村はジャングルの入り口に住まいを構えていたが、北西には高い山脈広がり、そこまで行くと高山植物が見られるらしい。
「遠出だから、鞍を着けよう。そうしないと尻が焼けるからな」
 獅子王は近くにいた村人に頼んで人数分のサドルを持ってきてもらった。
 獣、キマイラたちは、慣れたもので背にサドルを乗せられても、軽いハミを咥えさせても嫌がらなかった。
 鳳乱はもちろん、この遠足には不参加だ。
 途中、ゼルペンスよりも小さな村を通過する時に休憩を兼ね、食事をとった。
 目的の高原までは随分時間を要し、着いたのは昼も随分過ぎた頃だった。
 ゼルペンスの、むっとした熱のこもった気候とは全く違い、涼しく乾いた風が背の低い茂みを揺らしている。
 驚いたことに、そこではたんぽぽや、よもぎや、オオバコ、ドクダミなど、地球で馴染みの野草が繁茂していた。
 キマイラをサドルから解放して、皆も穏やかな日差しの中、草の上にそれぞれ寝転んだり、木いちごを集めたりと久々に地球と似た自然を満喫した。

「ねえ、獅子王の体にはライオンの血が混じってるの?」
 草地に座って、集めた野草を袋に選り分けていたまどかは、手を止めて隣の獅子王に訊いてみた。
 以前、みちるが聞いた時には答えを得られなかった。
「まあ、そう言われると『そうだ』って答えるしかないだろうな」
「あれ、教えてくれるの」
 あっさりと返事が返ってきて、少し拍子抜けした。
「まーね、別にこっちでは珍しいことじゃないしな。半人半獣っていうのは。いろいろいるぜ。ウサギとか、鳥とか、竜とか魚とか。でも、半人半獣の全てが姿を変えられるわけじゃないけど。例えば、妙に鼻が効くとか、暗闇でも見えるとか、泳ぎが早いとかっていう能力を発揮したり」
「竜とかいるんだ! すごい。見たことある?」
「あるある。オレが見たのは手の平に乗るくらいのヤツだけど。たまにゼルペンスのジャングルにいるぜ」
「それ、とかげじゃないの」と突っ込むと、獅子王は「ちげーよ」と苦笑した。
(今なら訊けるかも)
 まどかは、長い脚を投げ出して座る獅子王の顔色をうかがった。
「じゃあ……、鳳乱もやっぱりそうなの?」
 まどかは敢えて『半人半獣』という言葉は避けた。獅子王は金色の前髪の隙間から、ちら、と横目で見る。
「おまえだったらなぁ、言ってもいいかも。まあ、口止めされているわけじゃないし、時期がくればあいつもお前らに言うと思うけどな。……フェニックス」
「え?」
「あいつはフェニックスなんだよ。不死鳥ってやつ」
「私たちが来た所では、伝説の鳥よ」
 サーッと風が吹き、雲が陽を隠した。急に空気が冷たくなった。獅子王は立ち上がり、尻をはたいた。
「数は少ないけどな、いるんだ。あいつはその数の少ない一人」
 彼は大きく伸びをし、木に登っている山口や、その下で遊んでいる仲間に声をかけた。
「おーい、もう戻るぞ。帰りは肉喰わせてやるぞー!」
 わーい、と子供の様に歓声をあげ、皆すぐに集まった。五人はバーシスに行く日まで、そんな風に毎日を過ごしていた。
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