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Part 11-1
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語学研修が無事修了した。五人は一度も『減給』されることなく、だいぶ言葉に不自由は無くなった。
この三ヶ月の間にバーシスと街の間も行き来し、アカルディルの生活にも慣れてきた。
吹く風も日を追うごとに寒さを増し、森は針葉樹の一帯を残して黄色く色を変えた。
管理部からはジャケット、ニットとコートが支給された。
「明日から三日後、お前達はまたユランへ戻るぞ」
仕事から帰った鳳乱は、Vネックの黒いコットン地のニットとコットンパンツに着替えると、ソファに寝転がって残りの課題を片付けているまどかの足元に座った。
「ええ! なんでそんな、いきなりい!?」
まどかは、勢いよく体を起こすと鳳乱の顔を唖然と見つめた。
「知らん。上の……というか、シャムの辞令だ。明日は全員でシャムのところへ顔出し。辞令を受ける」
「せっかく、バーシスの生活にも慣れてきたのに……言葉も覚えて、これから本格的にいろいろ研修が始まるんじゃないの? ユランに何があるの? また植物学?」
まどかはガジェットをオフにして、テーブルの上に置いた。
「いや、『実戦』の方だろう。銃や剣、それともっと体力的に鍛える訓練かな。あとは……火山が最近動き出しているという噂があるらしい。まあ、はっきりしたことはわからないが、そのための調査も僕と獅子の仕事になっている」
「ええ、穏やかじゃないなあ。ていうかむしろ危険?」
「まあ、でも、ここにいたら僕は朝から晩まで研究室だろ。ユランではおまえ達の監督が仕事だから、ここよりもまどかと一緒にいる時間が増える。アカルディルもだんだん寒くなってきたし、冬は厳しいからな。ユランはいいぞ。常夏だ。そうだ、ゼルペンスからキマイラで二日くらい行くと、ビーチがある。休暇申請してそこでのんびり、っていうのどうだ?」
珍しく浮き足立った彼はそう言いながら、まどかの両脇に手をついて、迫り上がってくる。
鳳乱の、V字の首の開きから見える、くっきりと浮いている鎖骨はやけに色っぽい。まどかは鎖骨から目を逸らして、彼の肩を両手で突っぱねた。
「そんなふうに考えるのは、職務怠慢だと思います!」
「まどかは、固いんだよ」
彼は手首を掴んで自分の方に引き寄せた。そのまま彼が少し体を前に傾けると、唇が重なっていた。片手でまどかの顎を抑え、唇が開いたところに舌をゆっくりと侵入させる。
歯茎をなぞり、丁寧に、それでも口内の隅々を犯すように舌を這わせて、唾液を吸った。
何度も顔の角度を変え、そうして深く舌を絡ませてじっくりとキスを堪能すると、鳳乱はやっと身を離した。
彼は、濡れた唇を人差し指でそっとなぞる。まどかは彼の濃厚なキスにぼうっとしながら、彼の瞳が挑発の光を帯びてくるのに気がつき、最後の抵抗のつもりで言った。
「……こっちのほうは職務怠慢、てことにはならないのね?」
「まどかが誘うから」
彼は指に唇を押し付けた。
「あ、そうだ」
不意に彼は顔をあげ、身を離して部屋の入り口へ向かう。
「どうしたの?」
まどかは体を捻って彼を視線で追った。鳳乱は紙袋を抱えて戻って来た。
「ルイがさ、これ、おまえにって」
「何?」
彼が差し出した袋を受け取り、中に入っているものを取り出す。
透明なボトルに、黒い液体。と、手のひら程の大きさの容器に、ピーナッツバターに似たペースト状のものが入っている。まどかはボトルの栓を開けてにおいを嗅いでみた。
「あ!! これ! 醤油だ! じゃあ……」
容器の方も開けて少し指の先ですくって舐めると、それはまさしく味噌だった。
「やーん。すっごく嬉しい! あるんだ! こっちにも」
女性へのプレゼントにしたら随分と的をはずしたようなこの贈り物でも、まどかにはかなりストライクだった。
さすがに日本人を母に持った、ルイならではの心遣いだろう。
「なんだ、そんなもので大騒ぎするなら、僕だって明日にでも箱ごと届けさせるよ」
その小さな贈り物を抱きしめてはしゃぐまどかを、面白く無さそうに眺めながら、鳳乱はぼそりと言う。
「ええ? それも嬉しいけど……あ! お礼言おう! お礼! 鳳乱、イルマ教官の番号、ちょうだい!」
かなりテンションの上がっているまどかは、不機嫌な鳳乱を気にもとめず、彼が渋々まどかのパルスに移したルイの番号に交信をした。
根気強く呼び出し音を聞いていたが、ルイが出る気配がないので、やがて諦める。
「そうだよな、ルイは忙しいからなあ。残念だなあ」
鳳乱は言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべながら、まどかのニットの下に手を潜り込ませてきた。
そんなわかり易い恋人に体を弄られながら、まどかは微かに震えてしまう声で、ルイにお礼のメッセージを送信しておいた。
*
久々のユランの熱い日差し。
手をかざして空を仰ぐ。重くて濃い緑の空気が懐かしい。足元に舞う土埃り。
「やっぱ、俺はユランの方が好きだな」
有吉がまどかの隣で同じように、目の上に手をかざした。
「蛇の心臓飲んだのがすごく昔の気がするーー」
みちるが大きなショルダーバッグを肩にかけ直しながら言う。
それが昔のことの様に思えるのは、確実に経験を重ね、前に進んでいる証拠だ。
そしてそれは、『帰る日』への距離が、少しずつ近づいていることを暗に意味している。
まどかも体に斜め掛けにした大きなバッグを担いで、馴染みのある道を歩き出す。醤油と味噌が入っている分、重い。
今回は荷物が多い。この『実戦演習』に、なんと半年のユラン滞在を言い渡された。
五人は古巣に戻り、早速自分たちの荷物を整理すると広場の端のベンチと木のテーブルに集まった。鳳乱はまた長のところへ挨拶にでも行ったのだろう、姿がなかった。
「おまえ達が今回習得するのは、剣と銃だ」
獅子王が腰に手を当てて歩きながら説明を始めた。
金色の髪が、ユランの強い光を吸収して輝いている。ここにいる獅子王は、なんだかのびのびして見えた。
「午前中は剣と銃の両方を重点的に訓練して、午後は体力を作るために岩に登ったり、村人たちと狩りに行ったり、と、他にもいろいろアトラクションを用意してある」
「いや、それ、アトラクションの使い方間違ってるから……」
吉野が気の利いたことを言うと、横で獅子王が薄く笑った。
「そうじゃ無かったら『シゴキ』って言ったほうがいいかぁ?」
その獅子王の言葉通り、翌日から毎日、本当に厳しい訓練を強いられた。
「剣術」とは言っても、もちろん始めから本物の剣を使うのではなく、練習用の棒。しかし長さも重さも適度にあり、これで本気で打たれたら確実に骨の一本や二本は折れるだろう。
操刀法や、足のさばき方、基本的な型などの指導をする獅子王はさすがに「カネラ」の称号を持つだけあり、正確で、確実だった。
銃の方は獅子王と鳳乱のもとで、手入れの仕方から分解、射撃訓練をした。
短銃は2タイプを扱った。
一つは日本でもテレビや映画でよくお目にかかった、いわゆる『拳銃』で、もう一つはバーシス仕様の、軽くて、トリガーがスムーズで、まるでオモチャみたいなもの。
鳳乱は『拳銃』を弄びながら「こんなのはもう殆ど使わないけど、まあ、古典ということで、一応扱えるようになっておけ。星によってはまだ、刃物や、これがまだ主流のところもあるしな。窮地で操作がわからず逆にやられる、なんて馬鹿馬鹿しいし」
と、口の端を上げた。
「ちょっと待って。ホントに前線に派遣されるみたいだな」と吉野が苦笑しながら突っ込んだ。
『拳銃』は見た目よりもずしりと重く、しかもそれを持つ手に、嫌な存在感が伝わる。
「脇が甘い」
射撃訓練ではまどかはよく獅子王に姿勢を正された。吉野は左利きなので、慣れるまでに苦労していたようだ。
バーシスの銃の方は『シープ』と呼ばれていた。
軽くて、カメラのオートフォーカスではないが、狙いをつけやすく、すぐに扱えるようになった。
「こういうオモチャみたいに簡単に扱えるヤツはなー、人もオモチャみたいに殺せちゃうんだよな」
そんなことを言う獅子王の顔には、軍人には不釣り合いな憂愁が浮かんだ。
午後はジャングルに入り、ひたすら歩かされた。10kgの負荷をつけて。バックパックに芋を入れられ、それを背負って20km以上は歩かされた。それから岩壁も登らされた。脚や背中の筋肉はパンパンになり、腕は上がらないし、一日で、すでにぼろぼろになった。
訓練が終わり、食事を済ませたまどかは、大抵鳳乱の部屋へ(彼の要請により)行くことになっていた。
シャワーを浴びてベッドに倒れ込むと、もう動けなかった。
さすがにこのハードな訓練を不憫に思ったのか、鳳乱はほとんど毎晩、背中や脚をマッサージしてくれた。それも時間が経つと、だんだん妖しい手つきになるのが常だったが。
「ねえ、鳳乱……」
ある夜、まどかはまどろみながら、後ろからぴたりと身を寄せている鳳乱に訊いてみた。
「ん?」
乳房を揉んでいた手の動きが、止まった。
彼には、まどかにはその先に進む体力が残っていない、と一応理解しているようだが、そうしないではいられないらしい。
「私たち……たぶん、地球に帰る組なのに、どうしてこんなにハードなことするの?」
彼は髪に顔を埋めた。
「んー、やっぱり契約している以上、『何か』があった時に、戦力に数えられているからだろう。今、フーアのチームがおまえ達のために働いている限りは、まどか達もバーシスに貢献しなきゃいけないだろうな。辛いとは思うけど」
「そう……」
まどかは彼の答えを聞き終わるか終わらぬうちに、眠りの沼にずるずると沈んでいった。
二ヶ月も過ぎると、剣も銃も、なんとか形だけはまともになってきた。空薬莢に当たって火傷をすることもなくなった。
今や剣は本物を。そしてゼルペンスの勇者達との対人訓練ばかりになった。
ジャングルを歩くときの距離は長くなり、負荷は、15kgになった。
今日は午前中に軽く銃と剣の訓練をした後、キマイラに乗ってルプーの高原まで行くことになった。
鳳乱が倒れた時にイラクサとタンポポを摘みに行った、そこだ。今回は獅子王ではなく、鳳乱が同伴している。
遠乗りは楽しい。森を抜けると青い空き地がずっと向こうまで広がっているのがいい。そこで思い切りキマイラを走らせるのだ。風が髪を煽り、耳元にその息を勢い良く吹きかける。
ルプーの高原に着くと、もちろん遊ばせてくれるわけもなく、高原の薬草を採集をさせられた。ゼルペンスの地域では穫れない種類も多いので、なるべくそれらを選ぶ。あとで村人に分けるためだ。
「見て、鳳乱。タイムをいっぱい集めたの。乾燥させてお茶にしよう。花ごと飲むとほの甘くて美味しいよ。肉にも野菜にも使えるし、免疫力を高めるんだよね。特に気管支系に効くし」
鳳乱は草の上でパルスをいじっていたが、まどかが隣に座ると、その機械を仕舞った。
「まどかは人の病気を治したり、痛みを和らげる仕事をしてたと言ったな」
「そう。向こうの薬草学、ハーブの勉強も独学でしたの。ここでそれらが見つかったのに少し驚いてるけど」
「おまえ、こっちでもその仕事をしないか?」
まどかは一瞬耳を疑った。鳳乱の顔をまじまじと見つめたが、冗談を言っている様子はない。
「どういうこと?」
「まどかは、いつも自分の足で立とうとしているだろ。このバーシスの訓練でもただ受け身でその日その日のプログラムをこなしているわけじゃない。自分なりにいろいろ努力している。それをもっと自分の得意なもの、やりたいことに注げたら、まどかはもっと幸せなんじゃないかって思ったんだ」
「鳳乱……」
彼がそこまで自分を見てくれて、また考えてくれるのがとても嬉しかった。
「こっちにいる間、ルイともその件で連絡をとってみた。心当たりがあるって言ってたぞ。鍼を使って、つまりおまえが日本でやっていた治療法を使っている所が。ルイがそこでまどかができることがあるか聞いておいてくれるらしい。こっちと日本では多少やり方に違いがあるかもしれないしな。どうだ、興味あるだろう?」
まどかは鳳乱の首に飛びついた。彼はその勢いで草の中に倒れそうになる。
「ありがとう鳳乱、すごく好き! 嬉しい!」
「どういたしまして」
そこで、ふとまどかは我に返った。
「嬉しいけど、それじゃあバーシスから抜けるってこと?」
「それは追々、シャムと相談すればいいだろう。バーシスは新しい分野を積極的に取り入れる組織だから、使えると思えば、バーシスの看護チームにでも入れる可能性はあるな。どっちにしろ、まどかに悪いようにはならない。アカルディアに帰ったらすぐにでも取りかかれるようにしよう。楽しみだな」
鳳乱は、この高原の風のように爽やかに笑うと、「そろそろ帰るか」とまどかの腰を抱いて、立ち上がった。
「あいつら、呼んで来いよ」と言い、側に寝転がっている自分のキマイラに舌を鳴らして合図する。
まどかはくるりと踵を返すと、仲間達を呼びに走り出した。
この三ヶ月の間にバーシスと街の間も行き来し、アカルディルの生活にも慣れてきた。
吹く風も日を追うごとに寒さを増し、森は針葉樹の一帯を残して黄色く色を変えた。
管理部からはジャケット、ニットとコートが支給された。
「明日から三日後、お前達はまたユランへ戻るぞ」
仕事から帰った鳳乱は、Vネックの黒いコットン地のニットとコットンパンツに着替えると、ソファに寝転がって残りの課題を片付けているまどかの足元に座った。
「ええ! なんでそんな、いきなりい!?」
まどかは、勢いよく体を起こすと鳳乱の顔を唖然と見つめた。
「知らん。上の……というか、シャムの辞令だ。明日は全員でシャムのところへ顔出し。辞令を受ける」
「せっかく、バーシスの生活にも慣れてきたのに……言葉も覚えて、これから本格的にいろいろ研修が始まるんじゃないの? ユランに何があるの? また植物学?」
まどかはガジェットをオフにして、テーブルの上に置いた。
「いや、『実戦』の方だろう。銃や剣、それともっと体力的に鍛える訓練かな。あとは……火山が最近動き出しているという噂があるらしい。まあ、はっきりしたことはわからないが、そのための調査も僕と獅子の仕事になっている」
「ええ、穏やかじゃないなあ。ていうかむしろ危険?」
「まあ、でも、ここにいたら僕は朝から晩まで研究室だろ。ユランではおまえ達の監督が仕事だから、ここよりもまどかと一緒にいる時間が増える。アカルディルもだんだん寒くなってきたし、冬は厳しいからな。ユランはいいぞ。常夏だ。そうだ、ゼルペンスからキマイラで二日くらい行くと、ビーチがある。休暇申請してそこでのんびり、っていうのどうだ?」
珍しく浮き足立った彼はそう言いながら、まどかの両脇に手をついて、迫り上がってくる。
鳳乱の、V字の首の開きから見える、くっきりと浮いている鎖骨はやけに色っぽい。まどかは鎖骨から目を逸らして、彼の肩を両手で突っぱねた。
「そんなふうに考えるのは、職務怠慢だと思います!」
「まどかは、固いんだよ」
彼は手首を掴んで自分の方に引き寄せた。そのまま彼が少し体を前に傾けると、唇が重なっていた。片手でまどかの顎を抑え、唇が開いたところに舌をゆっくりと侵入させる。
歯茎をなぞり、丁寧に、それでも口内の隅々を犯すように舌を這わせて、唾液を吸った。
何度も顔の角度を変え、そうして深く舌を絡ませてじっくりとキスを堪能すると、鳳乱はやっと身を離した。
彼は、濡れた唇を人差し指でそっとなぞる。まどかは彼の濃厚なキスにぼうっとしながら、彼の瞳が挑発の光を帯びてくるのに気がつき、最後の抵抗のつもりで言った。
「……こっちのほうは職務怠慢、てことにはならないのね?」
「まどかが誘うから」
彼は指に唇を押し付けた。
「あ、そうだ」
不意に彼は顔をあげ、身を離して部屋の入り口へ向かう。
「どうしたの?」
まどかは体を捻って彼を視線で追った。鳳乱は紙袋を抱えて戻って来た。
「ルイがさ、これ、おまえにって」
「何?」
彼が差し出した袋を受け取り、中に入っているものを取り出す。
透明なボトルに、黒い液体。と、手のひら程の大きさの容器に、ピーナッツバターに似たペースト状のものが入っている。まどかはボトルの栓を開けてにおいを嗅いでみた。
「あ!! これ! 醤油だ! じゃあ……」
容器の方も開けて少し指の先ですくって舐めると、それはまさしく味噌だった。
「やーん。すっごく嬉しい! あるんだ! こっちにも」
女性へのプレゼントにしたら随分と的をはずしたようなこの贈り物でも、まどかにはかなりストライクだった。
さすがに日本人を母に持った、ルイならではの心遣いだろう。
「なんだ、そんなもので大騒ぎするなら、僕だって明日にでも箱ごと届けさせるよ」
その小さな贈り物を抱きしめてはしゃぐまどかを、面白く無さそうに眺めながら、鳳乱はぼそりと言う。
「ええ? それも嬉しいけど……あ! お礼言おう! お礼! 鳳乱、イルマ教官の番号、ちょうだい!」
かなりテンションの上がっているまどかは、不機嫌な鳳乱を気にもとめず、彼が渋々まどかのパルスに移したルイの番号に交信をした。
根気強く呼び出し音を聞いていたが、ルイが出る気配がないので、やがて諦める。
「そうだよな、ルイは忙しいからなあ。残念だなあ」
鳳乱は言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべながら、まどかのニットの下に手を潜り込ませてきた。
そんなわかり易い恋人に体を弄られながら、まどかは微かに震えてしまう声で、ルイにお礼のメッセージを送信しておいた。
*
久々のユランの熱い日差し。
手をかざして空を仰ぐ。重くて濃い緑の空気が懐かしい。足元に舞う土埃り。
「やっぱ、俺はユランの方が好きだな」
有吉がまどかの隣で同じように、目の上に手をかざした。
「蛇の心臓飲んだのがすごく昔の気がするーー」
みちるが大きなショルダーバッグを肩にかけ直しながら言う。
それが昔のことの様に思えるのは、確実に経験を重ね、前に進んでいる証拠だ。
そしてそれは、『帰る日』への距離が、少しずつ近づいていることを暗に意味している。
まどかも体に斜め掛けにした大きなバッグを担いで、馴染みのある道を歩き出す。醤油と味噌が入っている分、重い。
今回は荷物が多い。この『実戦演習』に、なんと半年のユラン滞在を言い渡された。
五人は古巣に戻り、早速自分たちの荷物を整理すると広場の端のベンチと木のテーブルに集まった。鳳乱はまた長のところへ挨拶にでも行ったのだろう、姿がなかった。
「おまえ達が今回習得するのは、剣と銃だ」
獅子王が腰に手を当てて歩きながら説明を始めた。
金色の髪が、ユランの強い光を吸収して輝いている。ここにいる獅子王は、なんだかのびのびして見えた。
「午前中は剣と銃の両方を重点的に訓練して、午後は体力を作るために岩に登ったり、村人たちと狩りに行ったり、と、他にもいろいろアトラクションを用意してある」
「いや、それ、アトラクションの使い方間違ってるから……」
吉野が気の利いたことを言うと、横で獅子王が薄く笑った。
「そうじゃ無かったら『シゴキ』って言ったほうがいいかぁ?」
その獅子王の言葉通り、翌日から毎日、本当に厳しい訓練を強いられた。
「剣術」とは言っても、もちろん始めから本物の剣を使うのではなく、練習用の棒。しかし長さも重さも適度にあり、これで本気で打たれたら確実に骨の一本や二本は折れるだろう。
操刀法や、足のさばき方、基本的な型などの指導をする獅子王はさすがに「カネラ」の称号を持つだけあり、正確で、確実だった。
銃の方は獅子王と鳳乱のもとで、手入れの仕方から分解、射撃訓練をした。
短銃は2タイプを扱った。
一つは日本でもテレビや映画でよくお目にかかった、いわゆる『拳銃』で、もう一つはバーシス仕様の、軽くて、トリガーがスムーズで、まるでオモチャみたいなもの。
鳳乱は『拳銃』を弄びながら「こんなのはもう殆ど使わないけど、まあ、古典ということで、一応扱えるようになっておけ。星によってはまだ、刃物や、これがまだ主流のところもあるしな。窮地で操作がわからず逆にやられる、なんて馬鹿馬鹿しいし」
と、口の端を上げた。
「ちょっと待って。ホントに前線に派遣されるみたいだな」と吉野が苦笑しながら突っ込んだ。
『拳銃』は見た目よりもずしりと重く、しかもそれを持つ手に、嫌な存在感が伝わる。
「脇が甘い」
射撃訓練ではまどかはよく獅子王に姿勢を正された。吉野は左利きなので、慣れるまでに苦労していたようだ。
バーシスの銃の方は『シープ』と呼ばれていた。
軽くて、カメラのオートフォーカスではないが、狙いをつけやすく、すぐに扱えるようになった。
「こういうオモチャみたいに簡単に扱えるヤツはなー、人もオモチャみたいに殺せちゃうんだよな」
そんなことを言う獅子王の顔には、軍人には不釣り合いな憂愁が浮かんだ。
午後はジャングルに入り、ひたすら歩かされた。10kgの負荷をつけて。バックパックに芋を入れられ、それを背負って20km以上は歩かされた。それから岩壁も登らされた。脚や背中の筋肉はパンパンになり、腕は上がらないし、一日で、すでにぼろぼろになった。
訓練が終わり、食事を済ませたまどかは、大抵鳳乱の部屋へ(彼の要請により)行くことになっていた。
シャワーを浴びてベッドに倒れ込むと、もう動けなかった。
さすがにこのハードな訓練を不憫に思ったのか、鳳乱はほとんど毎晩、背中や脚をマッサージしてくれた。それも時間が経つと、だんだん妖しい手つきになるのが常だったが。
「ねえ、鳳乱……」
ある夜、まどかはまどろみながら、後ろからぴたりと身を寄せている鳳乱に訊いてみた。
「ん?」
乳房を揉んでいた手の動きが、止まった。
彼には、まどかにはその先に進む体力が残っていない、と一応理解しているようだが、そうしないではいられないらしい。
「私たち……たぶん、地球に帰る組なのに、どうしてこんなにハードなことするの?」
彼は髪に顔を埋めた。
「んー、やっぱり契約している以上、『何か』があった時に、戦力に数えられているからだろう。今、フーアのチームがおまえ達のために働いている限りは、まどか達もバーシスに貢献しなきゃいけないだろうな。辛いとは思うけど」
「そう……」
まどかは彼の答えを聞き終わるか終わらぬうちに、眠りの沼にずるずると沈んでいった。
二ヶ月も過ぎると、剣も銃も、なんとか形だけはまともになってきた。空薬莢に当たって火傷をすることもなくなった。
今や剣は本物を。そしてゼルペンスの勇者達との対人訓練ばかりになった。
ジャングルを歩くときの距離は長くなり、負荷は、15kgになった。
今日は午前中に軽く銃と剣の訓練をした後、キマイラに乗ってルプーの高原まで行くことになった。
鳳乱が倒れた時にイラクサとタンポポを摘みに行った、そこだ。今回は獅子王ではなく、鳳乱が同伴している。
遠乗りは楽しい。森を抜けると青い空き地がずっと向こうまで広がっているのがいい。そこで思い切りキマイラを走らせるのだ。風が髪を煽り、耳元にその息を勢い良く吹きかける。
ルプーの高原に着くと、もちろん遊ばせてくれるわけもなく、高原の薬草を採集をさせられた。ゼルペンスの地域では穫れない種類も多いので、なるべくそれらを選ぶ。あとで村人に分けるためだ。
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鳳乱は草の上でパルスをいじっていたが、まどかが隣に座ると、その機械を仕舞った。
「まどかは人の病気を治したり、痛みを和らげる仕事をしてたと言ったな」
「そう。向こうの薬草学、ハーブの勉強も独学でしたの。ここでそれらが見つかったのに少し驚いてるけど」
「おまえ、こっちでもその仕事をしないか?」
まどかは一瞬耳を疑った。鳳乱の顔をまじまじと見つめたが、冗談を言っている様子はない。
「どういうこと?」
「まどかは、いつも自分の足で立とうとしているだろ。このバーシスの訓練でもただ受け身でその日その日のプログラムをこなしているわけじゃない。自分なりにいろいろ努力している。それをもっと自分の得意なもの、やりたいことに注げたら、まどかはもっと幸せなんじゃないかって思ったんだ」
「鳳乱……」
彼がそこまで自分を見てくれて、また考えてくれるのがとても嬉しかった。
「こっちにいる間、ルイともその件で連絡をとってみた。心当たりがあるって言ってたぞ。鍼を使って、つまりおまえが日本でやっていた治療法を使っている所が。ルイがそこでまどかができることがあるか聞いておいてくれるらしい。こっちと日本では多少やり方に違いがあるかもしれないしな。どうだ、興味あるだろう?」
まどかは鳳乱の首に飛びついた。彼はその勢いで草の中に倒れそうになる。
「ありがとう鳳乱、すごく好き! 嬉しい!」
「どういたしまして」
そこで、ふとまどかは我に返った。
「嬉しいけど、それじゃあバーシスから抜けるってこと?」
「それは追々、シャムと相談すればいいだろう。バーシスは新しい分野を積極的に取り入れる組織だから、使えると思えば、バーシスの看護チームにでも入れる可能性はあるな。どっちにしろ、まどかに悪いようにはならない。アカルディアに帰ったらすぐにでも取りかかれるようにしよう。楽しみだな」
鳳乱は、この高原の風のように爽やかに笑うと、「そろそろ帰るか」とまどかの腰を抱いて、立ち上がった。
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