ELYSIUM

久保 ちはろ

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Part 19-3

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 そのまま階下したへ下りて正面から庭へ出るのかと思いきや、彼は広間を出て、右に曲がり奥へ続く廊下を行った。頭上に、天使のモチーフが抱えるランプが、点々と廊下に小さな灯りを落としている。奥に行く程プライベートなのだろう。人の通りも殆どない。
「教官、いいんですか、勝手に」
 彼はどっしりとした扉の前に立ち、金のノブに手をかけて中に入ろうとしている。
「いいんだよ」
 妙にきっぱり答えて、部屋に体を滑り込ませた。まどかは一瞬ドアの前で入るのを躊躇った。
 彼と二人きりになるなんて、まるで、虎がぱっくりと開けている口の中に小さなネズミが、手を洗い、毛繕いし、足まで拭いて「失礼します」と入って行くようなものだ。
「早く入れ」
 この一言で、選択肢が無いと悟る。
 部屋は、書斎だった。大きな机や、天井まではめ込まれた本棚。来客用の贅沢な布張りのソファ。
 月の薄青い光が頼りなくそれらを浮き上がらせていた。
「こっちだ」
 教官はバルコニーに続く背の高いガラス戸を開けて待っていた。逆光なので、彼が自身が影のようだ。
 毛の長い絨毯が足音を消す。
 隣に並ぶと、背中に手を回されてバルコニーの前へ軽く押し出された。そのまま彼はまた室内に戻ってしまう。
「あっ」
 まどかは息を飲んだ。数歩前へ進み、月明かりに鈍く光る石の手すりに身を乗り出す。
 眼下に広がるのは、色とりどりの植物を使った、広大な織物。月光の浮かぶ庭園いっぱいの芸術のパノラマ。夏の夜の空気に、数えきれない花の香りが交わり合い、立ち昇る。
「すごい……」
「いいもんだろ」
 再びまどかの横に来た彼は、どこから持って来たのか、グラスに入った水をまどかに差し出した。それを受け取り、一気に飲み干す。慣れないダンスの後で、喉がカラカラだった。
「もっと?」
「あ、はい」
 彼はボトルからグラスに水を注ぐと、それを煽った。そしてすぐに片手でまどかの顎を引き寄せて、キスをする。
 まどかは彼の口から水を吸った。口の端から漏れた水が、顎から胸の縁へ伝った。
 全ては彼の成すままだ。
 彼はぺろりとまどかの唇をひと舐めし、顔を離した。手の甲で口を拭う。そして、まどかの顎につたった水の跡を指の腹で軽く擦った。
「このガーデニングが、オレの仕事バイトでもある。広大な庭に、植物の数約一万五千。まぁ、オレ一人じゃムリだから部下三人とでね。プログラム作っていろいろいじってる次第。それで氏がこの書斎をオレの好きなように使えってさ」
 彼は手すりに腰掛けるようにして、寄りかかっていた。まどかはまだ視線を庭に落としたままだ。
「で、もう決めた? オレのところに来るって」
 まどかは彼を正面から睨んだ。
「もう一度聞きますが、それは、教官が少しでも私に想いがあると受け取ってもよろしいんですか。愛情表現の一つだと思ってもいいんですか」
「そういうわけじゃないけど……前にも言っただろ。とにかくおまえと獅子はだめだって」
 彼はにこりともせずに答えた。
「私に愛情を感じられないのに側に置いて、どうして居心地がいいと思うのですか。それは、結局教官だって虚しくなるだけなんですよ?」
「じゃあ、なに? おまえは獅子王に愛情を感じているわけ? そうじゃないことぐらい、ちょっとよく見ればわかるよ。その偽善者ぶったり、それでオレに愛情求めたりする態度がムカツク。それとも、おまえ、自分の気持ちも分からないで動いてるのか?」
 その言葉に、頬を強く打たれた気がした。
 まどかは庭に再び視線を落とした。相手の顔をまともに見れなかった。気持ちのよい夏の夜のはずなのに、手すりに置いた指先が、細かく震えた。
 そんなまどかを哀れに思ったのか、彼は声のトーンを和らげた。
「なあ、金目。オレはおまえをいじめているわけじゃないんだ。オレはおまえよりも獅子王のことを少しばかり長く知っているし、あいつの今の気持ちが手に取るように分かる。おまえはあいつと、鳳乱を失った悲しみを分かち合おうとするが、それはそれでいい。ただ「悲しみ」は、お前達二人をつなぎ止めるものではない。生物学的に言って、雌は痛みに強いし、それは肉体面でも精神面でもそうだ。悲しみという痛みにも強いんだ。おまえは遅かれ早かれ、悲しみを乗り越えるだろう。でも、雄はそうじゃない。悲しみをずっと引きずるんだ。痛みとともに生きる。痛みに慣れてしまうんだ。それは痛みが消え去るわけではない。いつもそこにあって、ふとしたことでまたぶり返す。そんな時に、痛みを乗り越えたおまえは絶対に獅子王を理解することは出来ない。疎ましくさえ思うようになるだろう。オレにはそれがはっきりと見えるんだ。そして、決定的なことは、この場合、やっぱり獅子王は加害者で、おまえは被害者だ。そこには決して愛は育たない。おまえの存在は獅子王を責め、彼はその責めを喜んで受け入れるだろう。そんなのは、健全な男女の関係じゃない。むしろその関係でおまえは自分自身を破壊することになる」
 なんだか占い師か、預言者のような物言いだった。
「それでは教官のもとに私が行くことだって、今の話だと矛盾していることになりませんか。それとも、教官は親友を失ったことを悲しんでいないのですか。心が痛んでいないんですか」
 言ってから、後悔した。
 自分がかねてから薄々感じていたことを、彼にいとも簡単に暴き出された焦燥、そして自分を防御しようとするあまり、相手に対して言葉の暴力を振るってしまったことに、言ってしまってから気がついた。
 親友を失って悲しまない者がどこにいようか。
 しばらく、彼は何も言わなかった。
 まどかには、彼がどんな表情かおをしているかはわからない。
「あいつと……鳳乱ともう話を出来ないことは、寂しいな。でも、心が痛んでいるのとは違う。オレはあいつの行為を、決断を受け入れるだけだ。それだけなんだ。そこが獅子王と違う。ヤツは、自分のしたことも、鳳乱がとった行動も、受け入れられないと思う。自分がした事を後悔し続けるだろう。矛盾だらけで、哀れなことなんだが……。でも、この世で矛盾していないことなんて一体どれだけあるだろう」
 こつ、と彼の靴の踵が鳴った。まどかは、背後に彼の気配を感じる。
「話が長くなったな。少し風が涼しくなってきた。……おまえ、寒くないか」
 そう言いながら、彼は手すりにあるまどかの手に自分のを重ね、すっと体を引き寄せた。そのまま、大人しく教官の腕の中に収まる。まるで、彼の方が暖をとるように、腕をまどかの胸の前で交差させて体を密着させた。
「女が男に愛されたいと思うのは、自然なことじゃないですか」
 まどかは小さな声で、批難した。彼はそれには何も答えなかった。
 しばらくそのままで、広間から庭へ微かに流れ、花の香りに重なるオーケストラの響きを聴いていた。
 広間に戻ろう、と彼は手をつないだまま書斎を横切り、ドアノブに手をかけた。
「あ」
 彼は思いだしたように声を上げ、まどかに言った。
「この機会チャンスを逃す手はないよな」
ーーえ……?
 そして、彼をただ見上げるまどかの隙を突き、ほんの少しだけ身を屈めると、いきなり唇を覆った。全て食べてしまうかのように。彼のもう片方の手はそっと頬に添えらる。まどかが数歩後ずさりをすると、すぐにその堅いドアに押し付けられる。
 背中が一瞬ひやりとするが、その木材の表面は体温とすぐに馴染む。
「おまえ……本当に綺麗だよ。夜会の中で一等美しい」
 じっと瞳を見つめたまま、鼻と鼻を微かにすり合わせるようにして彼は言った。熱い吐息が重なる。彼の視線から伝わる熱はまどかの理性ににじわじわと浸食しつつあったが、なんとか言葉を絞り出した。
「リップサービスはいいですから、やるだけやって満足されたのでしたら解放していただけませんか」
 まどかは矜持を支えにやっと立っていられる状態だった。それでも簡単に落ちるよりもずっと、マシだ。そう。格好悪い、ただの意地だ。
 相手はちょっと驚いたように眉をぴくりと動かし、そして鼻で笑った。
「おまえ、その口、ほんっとに可愛くないね」
 甘い拘束は、この言葉で容易く解かれた。綺麗だと言ったその直後に『可愛くない』と、本当にころころと好き勝手なことを言う。『オレのところへ来い、だが愛情はない』だの、どれだけ人の感情を弄んだら気がすむのか。
 そうだ。彼はそう言う男だった。なにしろ「好きでもない女」に、これだけ情熱的なくちづけが簡単にできるような。
 まどかは呆れ、彼の指に絡まっている手を振りほどこうと体を捩った。
 逃れるよりも早く、その手はさらに強く握られ、引き戻された。同時に彼は手をまどかの顔の横に置き、逃走は完全に阻止される。
 まどかはそれに対して、眉根を寄せるのが精一杯だ。
「キスはこんなに甘いのに……なあ、オレ、まだ……満足してないんだよ」
 甘えた子供のような口調で囁き、体を押し付ける。彼が猫なら、ごろごろと喉を鳴らしているのがはっきりと聞こえてきそうだ。
 再び顔を寄せられ、ゆっくり唇を含まれた。相手は、唇の端を啄むようにしながら、言葉を継ぐ。
「おまえとこうするのが好きなんだ。もう少し……いいだろ」
 今まで彼が言った言葉のなかで、なんだか一番真っ当な気がした。
 薄暗がりの中、お互いの視線が絡み合う。もう、抗う気力がなかった。彼の唇の動きに、警戒という糸がゆるゆると解かれていくのを感じた。
 啄むようなカジュアルなキスがだんだん唇を食むようになり、そしてクリームを舐めるようにゆっくりと、柔らかな舌をまどかの唇に這わせる。上も下も、口の端から反対側へ……満遍なく時間をかけて。湿った舌先が往復する度に、瞼の裏に渦が巻いた。
「く……口紅が……」
「もう遅い」
 逃げないだろうと確信したのか、彼は掴んでいたまどかの手を解き、頬を包むようにして親指の腹でそっと目尻をなぞる。
 そして、まどかが漏らした言葉の隙間を縫うように、舌を滑り込ませた。迷いの無い動きで舌を捕らえると、それをすくうようにリズミカルに出し入れする。まどかが彼のものに絡ませようとすると、それをかわしながらも左右ざらついた舌を擦り合わせてくる。
「は……あっ」
 頬が熱い。彼は指先で軽く耳たぶを弄びながら、時折指を首筋に上下に滑らせる。キスと、その触れるか触れないかの愛撫に体の力がするすると抜けていく。思わず彼のコートの胸の辺りを掴んでしまう。
 彼はドアに付いていた手を背中に差し入れ、腰をぐいと引き寄せた。服越しに、彼の熱が伝わる。そのタイミングでさらに唇を押し付けられた。隙間が無くなるほど唇を密着させ、さらに傲慢に口腔内で舌を絡ませる。
 まどかも目の前の快楽に煽られるように、彼に誘われるまま唾液を絡ませ、吸い、甘噛みをする。
「んっ……んん………」
 腰に回された手の辺りから、火がついたように熱がじりじりと広がっていくようだ。その手も今は背骨をなぞるように時間をかけて上り、そして、下りる。
 手の全体を使った穏やかな動きは、まるでまどかが小さな子供であるかのような気持ちにさせる。……大丈夫。そんな風に語りかけているようだった。
 彼の手の、安堵を生み出すような愛撫とは反対に、キスはますます激しさを増し、彼は顔の角度を変えては強く舌を吸い上げる。絡められた舌のぬめりが、すごく気持ちがいい。
「う……ふぅ……」
 喉の奥から声が漏れる。腰は彼に支えられていたが、既にぼうっと、逆上せて彼にしがみつき立つのがやっとの状態だった。彼のもう一方の手はドレスの上から胸を包んでいる。縁に親指がかかり、肌とドレスの境界線を彷徨っている。その手つきも初めはやんわりとしたものから次第に緩急をつけ、その指に力がこもっていく。
「ふぁ……」
 彼が執拗なくちづけから、やっとまどかを開放したと同時に、吐息が漏れた。
「体中柔らかくて……最高だな」
 彼の唇はそっと頬の上を通過し、耳たぶを挟む。舌先でぺろりと弄んでは、甘噛みをする。
「やめて……」
 これ以上彼の愛撫を受けたら、自分から求めてしまいそうで怖かった。体中が桃色の濃い霧で覆われているようだ。甘くて、気だるくて、ほんのり湿っていて。
「どうして? この震えは……感じてるんだろ」
 可愛いよ、と囁いた唇は首筋を喉元に向かって下りていく。ドレスの上で胸を包んでいた手は今や既にその薄い布を開き、露になった膨らみを揉みしだいていた。ふわりと、中心にはわざと触れないように……やさしく、意地悪な手つきで。それでもまどかは体が揺れているような気がして、彼の肩に手を滑らせる。
 唇がやがて乳房にたどり着くと、彼は膨らみに舌を這わせた。手は胸を捏ね回すように刺激を続ける。
「はぁ……ぅん」
 無意識に吐息がこぼれた。
「やっぱり、感じてるんだ」
 胸の上で彼の熱い息を感じると、余計に体の中心に火がついたようにカッとなった。
「ち……がいます……っ……はぁ……っ」
 抗議の言葉もまったく無意味で、その瞬間に彼は堅くなった先端を口に含んでいた。口に蕾を含んだまま、まだ舌で触れようとせず、その状態で指に力を入れて乳房の形を自由自在に歪めている。
 その、焦らすような、禁欲的な愛撫に気が狂いそうになった。思わず哀願の言葉が出そうになる。
 背中を羽で撫でるように動いていた片手は、それには飽きて来たのかゆっくりと腰骨の形を確かめるようになぞりながら通過し、太腿を何度かさすった。直後、深いスリットの間に入るとドレスをたくし上げた。そして、内股をゆっくり撫で上げる。
「あ……っ……だめぇ……!」
 とうとう、彼は胸の先端に一気に吸い付いた。びりっと電流が体を貫き、思わず背中が反り返る。彼に乳房を差し出すような格好になると、彼はさっきとは打って変わって、今度はそこだけに集中して攻め始めた。
 舌先で上下に弾き、軽く歯を立てる。ますます硬さを増す蕾をゆっくりと転がし、唾液を擦り付け、吸い上げる。
「あぁあ………っ……はぁ……っ」
 もう、押さえようとしても押さえられない。堰を切ったように嬌声が上がり、何かを彼に訴えようとした。
ーー助けて。
 それに応えるように彼は下着の際から指を差し入れ、内側の粘膜を擦るようにそっと、しかし一定の力を加えて動かした。
「あぁ……」
 彼は乳房から顔を上げると、まどかを見上げた。
「……わかる? 指を伝ってお前のが滴り落ちる」
「いや……」
 まどかは息を乱しながら、かぶりを振った。快楽に火照った顔が暗がりで見られないだけマシだった。
「オレは、好きだけどな……」
 彼の掠れた声に、何かがぱちん、と体の中で外れた。その音が彼に聞こえるはずはない。それでも彼はすっと体を落としてまどかの前に跪いた。
 まどかの手は彼の肩にかかったまま、つられて下りていく。
「もう……ゆるして……」
 これから起こるであろう、背徳で甘美でな予感に、全身に戦慄が走った。
「いい子だから……、な、もう少し……」
 彼の両手がストリングにかかり、勿体ぶるようにずらした。そして、それは膝からいとも簡単に足首まで滑り落ちる。彼は丁寧に片足を抜いた。
「もっと脚を開かないと、倒れるぞ……」
 ゆっくりと、それでも諭すように言う。まどかは魔法にかかったように、従順にそのとおりにしてしまう。
「蜜のにおいでむせびそうだよ」
 彼の息が茂みにかかる。
「や………止めて下さい………」
 彼の肩を押し返そうとしたが、それは自分の体を支えるのに精一杯で、それ以上力が入らなかった。
「もう、無理」
 彼はつうっ、と指で秘裂をなぞった。指先で、そっと、何度も。そんな些細な動きにも、肌が粟立つ。
「やぁ……」
 彼はいきなり二本の指で、肉芽を優しく護っている襞を持ち上げた。そして小さな蕾を剥き出したまま、もう片方の人差し指で、既に溢れている愛液をすくうと、露出した肉芽に塗り付けた。
「ひゃぁぁ………ン」
 裸にされた花芯を峻烈な刺激が襲い、体が弾けた。それは決して強く、激しい愛撫ではなかったが、一瞬目の前で光が明滅するほどの強烈さだった。
 彼はその指の動きを止めずに、さらに指が当たるか当たらないかの繊細さで、そこだけを愛でる。
「すごく濡れてるよ……どんどん溢れてくる……これが、好きなんだな」
「ン……はぁ……いやです…………あぁ……」
 動きは繊細で優しいものなのに、敏感な部分に直接ぬるぬるとあたっている。そこから断続的にぴりぴりと、小さな電流が走るように快感が湧き上がる。彼の肩に体を預けていないと、今すぐにでも崩れ落ちそうだった。ぞわ、と子宮の辺りでうねりが起こる。
「皮を剥いて擦ってるからすごく気持ちがいいだろ……堅くなってきてるぞ……ひくひく震えてる」
 彼の言葉があまりにもリアルで、いやらしくて、さらに体が熱くなる。
「あん……い、い………」
 彼の指は決して乱暴に肉芽を攻めず、おだてて、宥めて、そして常にぬらぬらと粘液を塗り付けながら一定の愛撫を続ける。
「ああっ………だめっ!」
 それはあまりにも急に来た。愉悦が、理性の網からするりと逃れ、ものすごい勢いで突き抜けていった。まどかはあっさり昇りつめた。
 まどかは目眩を覚えたが、彼の肩にほとんど伸しかかるようにして、なんとか倒れないように火照った体を支えていた。
 はぁはぁ……と肩で荒く呼吸をしながら、これで解放されることに内心ホッとしていた。
「悪いけど、ねえ、ドアに背中預けてくれない? そうじゃないと、この後やりにくいから」
「えっ……」
 まどかの声は掠れていた。それでも彼を見下ろすと、目の前が霧でかすんだように見えるその中の、まどかを見つめ返す顔は真剣だった。
「早くしろよ」
 頭では、その言葉を受け付けてはいけないと警鐘を鳴らしているのに相反し、体は彼の言葉に素直に従い、その厳ついドアに背を凭せ掛けた。
 彼の声が「支配」だった。
 彼は脚を押し広げるように腿に手を当てると、その内側全体にぬるりと舌を這わせた。
 まるで舌だけが別の生き物のように、肌を這い、湿らせていく。
「くぅ……ぁはぁ……」
 絶頂を迎えた体は、大きな疲労感に包まれていたが、その淫靡いんびな動きに再び体の中の炎がちらちらと揺れ出した。
「ふぁ………っ」
 濡れそぼった入り口の周りをゆっくりとねぶる。ときどきそこに与えるリップ音を響かせたキスは、目の前にぱちぱちと火花を生んだ。
 はぁ……まどかは上唇をうっとりと舐める。腰で疼くうねりが行き場を探してどんどんその大きさを増していく。彼が脚を押さえているので体が不自由な分、大きく打ち付ける快感はどこにも逃げ出せず、全て受け入れると壊れてしまいそうだった。どうしようもなくて、体を捩った。
 くちゅくちゅと水音が立つ。彼は顎を大きく動かし、花弁の間に舌を差し入れる。悦びで蠢くそれらを丁寧に、舌全体を使って舐める。
「あぁぁぁ……!」
 声がひときわ高く上がる。まどかは胸を喘がせ、ドアに体を押し付けるようにして立っているのがやっとだ。
 再び彼は指で襞を捲り上げ、押さえつけると、むき出しにされた肉芽を唇で挟み込むようにキスをした。
「ひぁアアっ……ン」
 一度上り詰めた体はより敏感になり、特に張りつめた突起は、再び出会った彼の柔らかな舌の感触に喜び、打ち震えた。
 まどかは、体中に吹き荒れる甘い嵐に、何度も意識を飛ばされそうになったが、かろうじてドアのレリーフに爪を立てて持ちこたえていた。
 それでもどんどん大きくなる快楽を鎮めるのには、まるで役に立たなかった。
 指とは違う、その肉芽を柔らかく包み込む、それでいて舌のざらついた刺激がピリピリと背中を伝わり、脳に絡みつく。
「はっ……はぅう……気持ち、いい……」
 愛撫されているその部分だけが孤立して存在しているようだった。後は全て溶け出して、彼に一滴も残さずに吸われてしまう。そうなれば、いい。
「あっ、あん……あン……」
 嬌声を押さえることはすでに諦めていた。広い書斎に甘い声が反響する。
 彼は両手で花弁をいっぱい押し広げるようにして十分に入り口を開くと、膣の中に尖らせた舌を差し入れて、とろりと中をかき混ぜた。ぐいぐいと舌を中に押し入れ、ときに音を立てて蜜を吸い上げる。粘膜の中でぬらぬらと動かされる舌の質感は、濡れた肉壁を擦り、気持ちのいいところを求めて大胆に撹拌する。
 彼はちゅぷ、と舌を抜き、脚を押さえていたもう一方の手を離すと、蜜の湧き出す泉の中に中指を挿入し、抽送を始めた。突然の異物の侵入だったが、十分すぎる程に濡れた、ふっくらとした肉壁は容易くそれを飲み込む。くちゅ、ちゅくちゅくと水音は絶えない。舌で花芯を、指で膣の中の粘膜を擦られ、まどかは限界に近かった。
「もう……だめ……っ……」
 その時、膣の中を掻き回していた指は、入口近くまで何かを探るように粘膜をゆっくりと下りてきた。それがある一点を捕らえると、急に動きが早くなる。
「ンぁああああっ!!」
 粘膜を通した振動は、小刻みに恥骨に伝わった。今まで感じたことのない快感の大きな波が一気に押し寄せ、奥から愉悦が突き上がる。
「ここが……中で……ざらざらしてる……すごいだろ」
「ぁはあっ………はっ……」
 彼が何か言っているが、まったく理解出来なかったし、もうどうでも良かった。息が、苦しい。
「いやぁああ………っ!」
 彼が再び、充血した花芯をむき出しにすると、そっと、愛でるように舐めた。
 その、まどかの感じる場所への刺激と、とろけるような陰核への愛撫が暫く続くと、腰はがくがくと痙攣し、両脚が強張った。
「ンぁあああっ……!」
 咄嗟に彼の髪の間に手を差し入れ、その頭を脚の間に押し付けるように力を込めた。そして…………白く、弾けた。


 まどかが気がつくと書斎のソファの上で彼に包まれるようにして、彼の膝の上に横抱きにされていた。顔を上げた気配で、相手が気がついたようだ。
「あ……大丈夫?」
 彼が顔を覗き込む。まどかはまだ視点の定まらない目で彼の視線を捕らえようと試みる。
「はい……」
 どこにいるか把握したまどかはすぐに、この慣れない場所から逃れようと、体を捩った。しかし、相手は腕に力を込めてそれを許さず、子供をあやすように再び抱き寄せた。
「おまえ、意識飛ばすから……体が倒れてさ。あ、支えたけどね」
 教官の声が胸から直接耳に届く。
「すみませんでした……」
 彼はくいっとまどかの顎をすくう。その顔に困惑が浮かんでいる。
「おまえが謝るところじゃないよ。……感情、抑えられなかった。……悪かったな」
 そこで謝られても、どう答えていいかわからなかった。今度はまどかが困っているのを見て、彼はクスッと小さく笑った。
「これ以上おまえとここにいたら、オレ、最後までやっちゃいそうだから、今夜は先に帰れ」
 『帰れ』という突き放すような響きに少し寂しさを感じて、俯き、彼のベストの胸をきゅっと掴んだ。なんとなく、自然に手が動いた。
 イルマ・ルイはそんなまどかの背を落ち着かせるようにゆっくりと撫で、頭の後ろを軽く押さえると、額に柔らかなキスを落とした。
「おまえのバッグをとって来るから、待ってろ。……すぐに戻るから」
 さほど待たずに、バッグを手に部屋へ戻って来た彼は、まどかをほとんど抱えるようにして廊下を行った。実際、まどかの足元は覚束なかった。
 広間の前は通らずに奥の階段からテラスに下りると、玄関前でタクシーに乗せられた。
「オレはもう少し上の奴らと話さなきゃなんないし。またおまえにウロウロされたらガードしきれん……」
 タクシーの屋根に手をついたまま、頭を低くしてしばしまどかの顔を覗き込んでいた。
 まどかの顔というより、まどかを通して、なにか違うものを見ているようだった。
 それから、ふと、こっちの世界に戻って来たようで、そのまま少しまどかの方に身を乗り出すと、軽く触れるだけのくちづけをした。
「おやすみ。今夜は楽しかったな」
 彼は外からボタンを押してドアを閉めた。

 車の中で髪を解いた。はらりと髪はこぼれ、肩をくすぐる。
 閉じた瞼の裏には、悔しいけれど、教官のやや俯き加減の顔が浮かぶ。まどかの思う、一番美しい角度だ。
 崖の上に立っているなら、もう、足場は崩れかけている。
 落ちるのは時間の問題。
 両手の甲を目の上で重ねて、じんと熱くなった目頭を押さえた。
(どうしろっていうのよ)
 ーー泣いちゃいけない。アイラインが、流れるから。
 まどかが獅子王の部屋に戻り、寝室を覗くと、獅子王は枕を背もたれに、天井から彼だけを照らす灯りで本を読んでいた。
「おかえり。楽しかった?」
 彼は本から顔を上げた。
「うん……でも、疲れちゃった」
 彼の体に乗り上げるようにして、胸にもたれかかった。
 獅子王は、胸預けたまどかの頭をゆっくりと撫でた。
 まどかは目を閉じる。彼の穏やかな手の動きに、やっと自分が戻って来た気がした。
「ナンパされまくっただろ。おまえヤバいよ、その格好。百戦錬磨って感じ」
「ううん……ずっと……長官のお伴だったから」
 ずきっと心が疼いたのは、やはり後ろめたいのだろうか。
「そうか。ご苦労さん」
「シャワー浴びてくる」
 そう言って寝室を出かけたまどかの背中に、獅子王はつぶやいた。
「シャムは香水を変えたのかな」
 ゆっくり振り返る。
 すでに獅子王は、再び本に目を落としていた。
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