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精霊の守り手編

熟練度カンストの相談人

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「まず……これを見てください」

 サマラは言うなり、体を覆っていた布をはだけてみせた。
 あらわになった豊かな胸元に、俺はちょっと中腰になりかける……が、またリュカにお尻をつねられてはたまらないので堪えた。
 リュカは、サマラの胸元に違和感を覚えたようで目を細めている。

「うん……? そこ、何かが埋まってるよね?」

「はい。火を祀る部族では、素質がある娘が成人した時、火口石ティンダーストーンを胸に埋めるんです。足らない娘は、そのまま火口石の炎に焼かれて死にます。アタシの代では、五人いて、これって歴代でもすごく多くて、それで、百年ぶりくらいの巫女が生まれるかという話だったんです」

 俺とリュカは隣り合い、差し向かってサマラ。
 あの豪華なソファに座っているのである。
 目の前にはテーブルがあり、ウェルカムドリンク的な、花の香が付いたお茶が載せられていた。
 いつも飲んでいる『リュカ謹製川の水を殺菌する薬草の味がする不味い水』と比べると、大変美味しい。

「で、アタシだけが生き残って巫女になりました。アタシはこの火口石を使って、火の精霊ヴルカンを呼び出すことが出来ます。火は自然には無いものだから、こうして媒介となるものを体に宿さなくちゃいけないんです」

 なるほど。
 それで、路地では彼女の胸元で、布が焦げたのか。
 ちなみに後から聞いた話だと、松明やランタンが近くにあれば、火の精霊は呼び出せるのだそうだ。
 それでも、サマラのように多量の精霊を呼ぶことはできないのだそうで、やはり才能やこういった媒介になるものが必要になるのだとか。

「そっかー。大変だったねえ」

 一見、適当そうなリュカの物言いである。
 だが彼女は、誰よりも大変な目に遭い、果ては人と精霊の時代の終焉を託された上、火刑に処せられそうになっていた経歴を持つ当代最後の巫女である。
 話を聞く分には、リュカが死ぬことで、こうして精霊を行使するシステムみたいなものが終わるのではないかと俺は考えている。

「でも、アタシは結構、自分って凄いって思ってきたんですけど、やっぱ大巫女様にお会いして、大巫女様はもっともっと凄いって知りました! 何の媒介もなしに、涼しい顔をして精霊を使役するなんて!」

「違うの」

 リュカが難しい顔をした。
 サマラはハッとして、いけないことを言ったのだろうかと、ちょっとオロオロする。

「精霊さんは、お願いするのよ。そうしたらちゃんと言うこと聞いてくれるから」

「リュカは、ゼフィロスともお話できるもんな」

「うん。ゼフィロス様はねー。下手に呼ぶと街なんか一つ吹き飛びかねないからねー」

「せっ、精霊王をも使役っ、じゃない、お願いして言うこと聞かせられるんですか!? や、やっぱり大巫女さまって凄い!!」

「そんなことないよー。ゼフィロス様だって用事がある時もあるから、いつも来るとは限らないでしょ」

 大変リスペクトされて満更でもない顔のリュカである。
 なんだろう、この、女子高生くらいの女の子が、女子中学生くらいの女の子を憧れの目で見る絵は。
 どこからどう見ても、サマラはリュカよりも年上である、
 だが、巫女としての格は圧倒的にリュカが上なのだな。
 俺がほっこりして彼女たちのやり取りを眺めていると、ドアがノックされた。
 頼んでおいた食べ物が来たのだろう。
 どれどれ。
 到着したのは、皿に盛られた果実のようなものと、ナッツ類。
 そして豆が大量に入った赤いスープである。
 大変良い匂いがする。

「とりあえず食おう」

「うん、食べよう!! たのしみー」

「えっ、あ、アタシも食べていいんですか!? うわああ、まともなご飯、いつぐらいぶりだろう……」

 という訳で飯である。
 果実と見えたのは、甘みが少ないトマトのようなものだった。
 これは野菜だな。
 品種改良がされていないため、水気ばかり多くて味はほとんどない。
 だが、このからりと暑い気候に、この野菜は大変合う。
 三人で物も言わずに食った。
 そしてナッツを貪る。味付けは塩だけだというのに、ナッツそのものに大変コクがある。これで貴重な脂肪分を補充するのだな。
 締めは山のように豆が入ったスープ。
 ついてきた匙でほじくり返すと、ほぐした鳥肉が入っている。
 これはご馳走ではないか。

「おおいしいー!」

 口の周りをスープでベタベタにして食べるリュカ。
 子供か。

「ううう、美味しい、美味しい……! みんなにも食べさせてやりたかったよぉ」

 こちらはだばだばと涙を流しながら食べるサマラ。
 俺はガツガツと果実を食い、スープを啜り、豆を頬張り、ナッツを口に詰め込む。
 三角食べである。

「ユーマ何その食べ方! なんでそんな器用に色々食べれるの!」

 リュカが興味を持った様子である。
 そういえば、この世界でしてきた食事は、品数がそう多くなかったな。
 三角食べなどできようはずもない。

「こうして色々なものを順々に食べると、味に飽きないのだ」

「す、すごい!! 私もやる!」

「あ、アタシも!」

 ということで、しばらく無言で食事を貪る俺たちであった。
 この赤いスープは、香辛料がたっぷり使われいてなんとも辛い。じんわり汗が出てくるが、辛味の中にある豆から染み出した旨みのようなものがあり、これがまた堪らない。
 勢い任せに食事を食い尽くし、締めに出されたよく冷えた香茶を飲む。
 花の香りがする薄黄色の茶である。
 口の中がサッパリし、残った辛味が引いて行く。

「ご馳走様でした……」

 思わず呟いた。
 いやあ、凄い。
 アルマース帝国凄い。飯が物凄く美味い。
 食材の種類はエルフェンバインよりも少ないような話を聞いていたから、どんなものかと危惧していたのだが。
 なるほど、この国には豊富な香辛料があるのだ。
 香辛料は偉大である。
 しばらく、三人とも放心状態であった。
 皿が下げられた後も、満腹感に浸って小一時間。

「あっ、話さなきゃいけないことがあるんでした!」

 サマラがぐっと身を乗り出した。
 腹もこなれてきたらしい。

「あの、アタシがここに連れて来られた状況を話さないとなんです。えっと、アタシ、火の精霊王アータル様を祀る部族の人間で、その部族って、一つじゃなくてたくさんあって。アタシがいた、鷹の部族は傭兵たちにやられてしまったんです。アタシたちは家畜を連れて旅をする部族なんで、移動し続けていれば簡単には捕まらなかったんですけど、ちょうどガトリング山の祭事を狙われてしまって……」

「そうかあ……大変だったねえ」

「はい……。鷹の部族の祭器も奪われてしまって……。もしこれから、狼の部族と鹿の部族もやられてしまったら、アータル様の祭器が全部、ザクサーンの連中に盗られてしまう……!」

 彼女は部族最後の生き残りらしい。
 我が身を削りながら、火の精霊を呼び出して必死の抵抗をした結果、殺されずにああやって奴隷市に出される事になったのだとか。
 生きてるだけで儲けものではあるのだが、やはりリュカといい、サマラといい、ハードな境遇にある事に違いは無い。
 エルフェンバインでは話してはくれなかったが、恐らく辺境伯も壮絶な過去がありそうな気がする。

「だから、これ、あつかましくって頼めることじゃないですけど、でも、アタシ一人だけじゃ無理で、だけど、祭器はどうしても取り返さなくっちゃいけなくって……」

 サマラはそこで、立ち上がるなり床に膝を突いた。
 それはもう、土下座に近い姿勢になる。

「お願いします! 大巫女様! 剣士様! アータル様の祭器を取り戻すために、力をお貸し下さい……!!」

「いいよ」

 俺は快諾した。
 リュカがそんな俺をチラリと見て、ニコニコした。

「ああ、やっぱりそんな簡単にはいかないよね……って………えっ!? あ、あ、あの、えっ? えええっ!?」

「いいよ」

 俺は繰り返す。

「手を貸そう。祭器、どこだか分かってる?」

「あ、は、はい。でも……そんな簡単に。だって、アタシの味方をするってことは、ザクサーン教を敵に回すのと一緒なんですよ……!?」

「うーん、それを言われたら、私はラグナ教全部と喧嘩しちゃってるし。ユーマなんか、ラグナ教のすっごく偉い人に睨まれたけど、勝っちゃったし」

「うむ」

 それに、リュカの境遇からして、ラグナ同様に一神教たるザクサーン教が彼女を放置するとは思えない。
 ラグナ教のリベンジも有り得るだろう。
 俺としてはリュカの気持ちを最優先だ。
 そのリュカがサマラに入れ込んでいるようであるから、答えは自ずと決まってくる。
 毒を食らわば皿まで、とでも言おうか。
 我ながらどうしてここまでリュカに入れ込むのかは分からないが、一つ言える事がある。
 俺は権威や権力と言ったものが死ぬほど嫌いなのである。
 俺はやったもの勝ちの世界を許さない。
 やったからには、自分がやったことを倍返しされるくらいの覚悟はしてもらおう。
 そういうスタンスだ。
 幸い、俺には今、力がある。
 力があり、振るう機会があるならば躊躇無く振るおう。
 俺がこうして、毅然たる決意を固めた時である。

「それじゃ、話もまとまったし、お風呂入りに行こうか。サマラも体を綺麗にしないといけないし」

「あ、は、はい!」

 俺はガタッと立ち上がった。

「ユーマは別よ。女の子だけで入るんだもんねー」

「あ、は、はい。あの……」

 サマラがチラチラこちらを見てくる。
 俺のことは気にするな。
 行くが良い。

「この国のお風呂は蒸気浴? とか言うんだって。どんなのなんだろうね。楽しみー」

「フーム」

 俺は唸った。
 果たして……覗ける環境なのであろうか。
 俺は少女たちが立ち去った後、捻った足の痛みも忘れ、いそいそと後を追ったのである。
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