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群島の海賊剣士編

熟練度カンストの航海者2

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 なんと言う時に襲撃してきてくれるのだ。
 俺は女子二人を外に連れ出し、とりあえず海沿いに顔を出させて順番に背中をさすった。
 あっ。
 顔を出した真下に海賊船らしき船があるじゃないか。

「おええ」

「うええ」

 おろろろろ、と二人がキラキラしたものを吐くと、下の甲板に落ちた。

「ヒャァー」

 おっ、海賊が悲鳴をあげている。

「おいこらぁ! お前、甲板に吐くんじゃねえ!」

「すまんな」

 だがやめんぞ。
 船酔いには、一旦腹の中の物を全部吐いてしまうのが良い。
 俺はそのパターンで、酔いを克服した経験がある。
 とにかく、耳の中にある三半規管が、船の絶え間ない揺れによって平衡感覚を失うことから船酔いは始まる。
 最終的には慣れるしかないのだ。

「こらぁー!! 畜生舐めやがって!! 姉御! 姉御ーっ!!」

「船長と呼びな!! うるさいよ! こちとら取り込み中なんだよ!」

 海賊が呼んだ姉御やら船長とやら。
 あれ、これは女の声ではあるまいか。

「そらそら、悪徳商人ども! こちとら、エルド教の馬鹿どもと日々戦う、泣く子も黙るオケアノス海賊団だ! 出来れば自主的に寄進を願えると嬉しいんだがね! 無論、強制的に寄付を貰うのもやぶさかではないよ!」

「お、おのれ海賊めえ」

 船長が歯噛みする声が聞こえるな。
 海賊船側の姉御にして船長は、つまりは大人しく金目のものを出せと言っているわけで、大変分かり易い。
 しかし、この翡翠の女神号にはたくさんの水夫がいたし、大体みんなガチムチの体型だったように思うが、大人しく海賊に従うものであろうか。
 俺は、リュカとサマラがへなへなと床に崩れ落ちたので、二人を船室に放り込んでから鍵をかけた。

「ちょっと見てくる」

「気をつけてー」

 なんとかリュカだけが言葉を返してくる。
 彼女よりも体力が劣るサマラはダウンだな。
 さて、ぶらぶらと甲板へ下っていくとだ。
 ……なんじゃありゃあ。
 甲板には、夕日を浴びてオレンジ色に輝く、透き通った人の形をしたものが何体もいる。
 で、そいつらと並んでいかにも海賊って外見の連中。
 これらを統括しているのが、中心にいる人影であろう。
 どーんと豪奢なマント、けれんみ溢れる海賊ハット。
 サーベルみたいな片手剣を腰に差した姿は、意外と小柄だ。
 帽子から溢れ出るのは、ボリュームたっぷりな美しい金髪。
 ははあ。
 女ですなー。

「お前が噂の女海賊アンブロシアか! まだケツの青い小娘じゃねえか! くそう、こんなガキに舐められて堪るか! おい、者ども、やっちまえ! 剥いちまえ!」

 ケツが青いと言う表現はこっちでも使うのか?
 蒙古斑から来ることわざだと思ったんだが。
 あと、船長、それは時代劇なんかだと、やられ役のセリフだ。

「ハッハァー! やっぱり反抗するんだね? 大体あたしの姿を見た奴は、最初は舐めてかかってくる。お陰で遠慮なく叩き潰せるってもんさ!
 そーらお前たち! 身の程知らずをぶちのめすよ!
 少しくらいの寄進で許してやるものかい! 有り金に荷物、残らず頂いていくよ!!」

「おおー!!」

 海賊どもが歓声をあげる。
 透明な人型も一緒だ。
 この人型……精霊じゃないのかなー。
 さあ、いよいよ戦いの始まりだ。
 俺は甲板へ下りる階段にどっかりと腰掛けると、リラックスした姿勢をとった。
 見せてもらおうか、オケアノス海賊団の実力とやらを。

「うおー!」
「うがー!」
「もがー!」

 ちゃんちゃんばらばらとサーベルとサーベルが交差する。
 あれは何かね。
 どっちも武器がサーベルな辺り、水上では得物はサーベルにすべしという法でもあるのだろうか。

「おいてめえ、そこをどきやがれ!」

 あっ。
 この見物人を気取る俺に向かって来る海賊がいる。
 なんと言う無法であろうか。俺はただ、海賊と水夫が争う様を眺めているだけだと言うのに。

「その上は上等客室だろう! つまり獲物がたっぷりあるって寸法だ! そら、どかないとこのサーベルで血を見るぞ! 俺たちはあのオケアノス海賊団だぞ!?」

「知らんがな」

 俺は立ち上がった。
 海賊は一瞬、ぽかんした。

「き、聞き間違いかな。俺たちは七十と七つのネフリティス群島に名を知られた、古代エルド教と戦う義士にして水の精霊の加護を受けた、あのオケアノス海賊団だぞ!? どかないと命の保証は」

「いや、だから知らんがな」

「おおおおおおお前ーっ!!」

 海賊が真っ赤になって怒り狂い、襲い掛かる。
 俺はとりあえず、手近に転がっていたガラスの酒瓶を握り締めて迎え撃つ。
 酒瓶の底がサーベルを受け止める音がする。
 哀れ、サーベルは刃が欠けてしまったことであろう。
 酒瓶とは言え、濁った色でガラスも分厚い。てなわけで、美味い按配で底で受け止めると、割れたりしないようだ。

「ぐわーっ、て、抵抗するかー!」

「よく喋る奴だなあ」

 俺は呆れながら、相手がサーベルを振り上げた隙に懐に入った。 
 そのまま、奴の顎を瓶で突き上げてやる。

「ぐへえ」

 ちょうどアッパーカットをもらったような形になり、海賊は膝から崩れ落ちた。

「伏兵か!」
「なんか黄色い肌をした奴がいるぞ!」
「あの格好はザクサーン教徒か!」

 注目されてしまう。
 なんと言うことだろう。
 大人しく戦いを見物する事も許されんのか。
 俺は少々嘆きながら、戦いに身を投じた。

「せいっ」

「ぐはーっ」

 酒瓶で一人を殴り倒す。

「そいっ」

「ぐわーっ」

 酒瓶でぶっ飛ばし、一人を海に落とす。

「おりゃっ」

 びしゃーっ。
 酒瓶で精霊らしき奴の核みたいなのを叩き、ただの水に変える。

「なん……だと……!?」
「さ、酒瓶で精霊がやられた!!」
「魔法の酒瓶か!?」

 やはり精霊だったか。

「へえ、只者じゃない奴がいるねえ……! お前たち、あいつはあたしが相手をするよ! 手出しするんじゃないよ!」

「へい、姉御!」

「船長と呼びな!」

「へい姉御!!」

「お前らー!!」

 おっ、目の前に、金髪の美少女が立ちふさがった。
 船長服と、一見して可憐な外見は不釣合いに感じる。
 だが、なんとも不思議な事に、彼女はこの豪華な海賊船長って服を着こなしているのだ。

「お客人! そ、そいつは女海賊アンブロシア! 怪しげな術を使う魔法使いだって噂だぞ!!」

 そりゃあ魔法を使うだろう。
 恐らく彼女は、精霊を使う人間だ。つまり、リュカやサマラと同じ巫女であろう。
 いやあ……まさか、これほど早く水の巫女と出会えるとは。
 それも敵同士で。

「さあ、お前たち! やっちまいな!!」

 ばしゃーんっ、と水が弾ける音がする。
 海面から、幾つもの影が飛び上がってきた。
 そいつらは、今まで甲板にいた透明な連中よりも姿がはっきりしている。
 水の精霊と言うのだから、ウンディーネなんていう女の子の姿を想像していたら……。

「カパーッ」

 河童だ!!

「ハッハァー! 驚いたかい!? こいつらは水の精霊ヴォジャノーイ! あたしは幾つもの水の精霊を従えているのさ!」

 彼女が俺に向けて指を突き出す。
 そこには、青く輝きを放つ指輪が嵌まっているではないか。
 これが精霊を従える媒介であろうか。

「さあ、あの男をやっつけちまいな!」

「カパーッ!」

 襲い掛かる河童! もといヴォジャノーイ。
 水夫たちが悲鳴をあげ、逃げ惑う。
 俺は向かって来る怪物目掛け、自ら突き進んでいった。
 さっき水の精霊をぶん殴ったところ、全身が水である事は確認した。そして、水の精霊はその水の中に浮かびながら、海水を操作しているのだ。
 リュカとの付き合いが長いから、段々精霊の癖や特徴が分かってきている。
 精霊と言うのは実体が無いようだが、実は殴ることができる。
 こう、このような要領で。

「そぉいっ!!」

 俺はヴォジャノーイが振り回す腕を掻い潜りながら、すれ違いざまの胴一閃。
 俺の目には、ヴォジャノーイの中で海水を操っていた精霊が弾き出されたのが見えた。
 ばしゃっと、河童に似た水の塊が崩れ落ちる。

「なにっ!?」

「もう一丁!」

 俺はヴォジャノーイの攻撃を酒瓶で捌きつつ、奴の腕が戻ったところで踏み込みながらの面。
 頭から胸元まで一撃が突き抜けて、尻の辺りから水の精霊が押し出された。
 またヴォジャノーイが崩れ落ちる。
 水の精霊はガラス瓶を透過出来んのだな。

「お前……精霊が見えてるのかい……?」

「うむ」

「なんて奴……なら死ね!!」

 いきなり女海賊は、懐から短い筒を突き出した。
 おっ、あれって銃じゃないか。
 パァーンと来たぞ。
 狙いが甘かったのか、そいつは俺の横を突き抜けて、奥にいた水夫の尻に命中した。

「オーウ!!」

 尻を押さえてのた打ち回る水夫。

「ちっ、避けやがったかい! ったく、エルドの連中、こんなわけが分からない道具をよく使いこなすもんだよ」

 彼女は筒を懐にしまうと、もう一丁筒を取り出す。

「今度は外さないよ」

「フーム」

 俺は素早く後退する。
 お尻を打たれた水夫から、

「ちょっとサーベル借りる」

 と得物を拝借。

「死にな!!」

 ぱぁんと来た射撃、今度は狙いが正確だ。俺に向けて飛んでくる、鉄の玉。

「ほっ」

 俺はこいつを要領よくサーベルの背で受け流し、跳ね返す。
 弾丸が飛び込む速度と角度に応じて、こうして的確にベクトルをずらしてやれば……ほら、このように撃った相手に向かって弾丸をそっくり返せるわけである。
 ばきゅーん、と帽子に穴が空き、女海賊アンブロシアは目を丸くした。

「えっ!?」

 しかし、銃撃とは懐かしいな。
 弾丸反射は近代化戦力を持つギルドとの戦いで必須だからな。
 昔はよく、ガトリングガンと剣一本で打ち合ったものだ。

「火を吹く筒が通じない……!? ば、化け物め!」

 アンブロシアが本気の目になった。
 いや、あなた俺に死ねって言ってたじゃないですか。

「お前たち! こいつを取り囲みな! 一気に押しつぶすよ! それから残った奴は船室で略奪してきな!」

「へい姉御!!」

「船長と呼びな!!」

 船室とな。
 それはいかん。
 既に甲板上の水夫はことごとく無力化され、船長に至ってはふん縛られて転がっている。
 つまり俺が海賊団とやら相手に孤軍奮闘しているのだが、その隙を衝かれてうちの部屋を狙われたのでは堪らない。
 これは相手に合わせてフェアに戦っている場合ではないぞ。

「させんぞ」

 俺はサーベルを投げ捨てると、

「来い、バルゴーン」

 腰に虹色の剣を呼んだ。
 モードは重剣。

「”アクセル”で一気に行く」

 俺は、行くぞ、とあらかじめ教えてやって、そのまま突っ走った。
 アンブロシア目掛けて。

「へっ!? ヴォ、ヴォジャノーイ!」

 前に立ちふさがった奴を、振り下ろす重剣でまとめて叩き斬る。
 その要領で体を回転させ、水の精霊を突っ切ったところで……。

「うっ、うわあああ!?」

 重剣の腹を、アンブロシア目掛けて叩き込んだ。
 女海賊がぶっ飛ばされて宙を舞う。

「あっ、姉御ーっ!?」
「姉御がやられたーっ!!」
「もうだめだー!!」
「カパーッ」

 海賊たちもヴォジャノーイも、慌てて船べりまで走ってきて下を見下ろす。
 すると、

「馬鹿やろーっ!! 船長と呼びなーっ!!」

 海から元気な声が聞こえた。
 おお、大変タフである。

「ええい、お前たち退却だよ! くそう、覚えてやがれザクサーンの剣士……ええと、ええと」

「戦士ユーマだ」

「戦士ユーマ! 覚えたよ! 絶対にこの借りは返してやるからね! 楽しみにしていな!」

 啖呵を切りつつ、アンブロシアは水の精霊を呼んだようだ。
 彼女が水の上に立ちながら、どんどん上に上ってくる。
 そして、自分の船へと乗り移ったようだ。
 海賊とヴォジャノーイたちも、どんどん海賊船へ戻っていく。
 やがて、全ての乗組員を回収し終えた海賊船。
 風も無いのに、どんどんと遠ざかっていく。
 まるで、波が海賊船を自らの意志で運んでいくかのようだ。
 なるほど水の巫女である。
 しかし、リュカともサマラとも違う、大変アレな感じの女性であった。
 あれは分かり合える気がしないな……。
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