上 下
120 / 255
第一部終章 熟練度カンストの凱旋者

熟練度カンストの海戦人2

しおりを挟む
「行け、者ども……!!」

 アンブロシア……の肉体を操るオケアノスが命令を下す。
 水で作られた透明な船からは、数名の人間が姿を現した。
 連中、どうも他にいた金色の武器の奴らと異なり、おどおどしていて頼りない。

「いくら水の上を歩けるからってさあ……」
「金髪のボインの姉ちゃんの命令とは言え、俺って泳げないから……」

 泳げない組である。
 泳げないのに海に配属されてしまったのか。哀れ。

「命令を聞けぬか……」

 アンブロシアがぼやいた二名に向けて指先を突きつけた。
 すると、彼らの足元にある、水の甲板が急に実態を失う。

「あ、あ、あ、あああああがぼごぼぼっ」
「た、たすけっ、がばばっ」

 沈んでいってしまった。
 水の精霊王だから、浮力くらい操れるのだろう。
 船の中に沈んだ奴らは、もう浮かび上がってこない。
 これは強権政治ですなあ。
 残る金の武器の連中、怯えた顔をしているではないか。

「行け……!」

「う、う、うわああああ!」

 やけくそっぽい声を上げながら、連中は海に飛び込んできた。
 水上を走れる加護を得ているから、海面に着地してこちらまで駆けて来る事が出来る。

「ユーマ様、また海を剣で行くんですか?」

「いや、多分オケアノスは浮力をコントロールして、俺を沈めにかかるだろう。今この船が浮いていられるのは、常時クラーケンが水を吐き出して浮き続けているからだ」

 少し考え込む俺。
 海上という場は、正にオケアノスのフィールドである。
 今までの戦いで、最も俺にとってアウェーな環境であると言えよう。
 ならばどうするか。
 決して沈まない足場があればいい訳だ。
 俺、じっと船べりを見つめる。
 そこへ、ふわふわとクラーケンの触腕が上がってきた。
 これだ。

「パラム、頼むぞ」

 俺は声をかけるなり、触腕へ飛び乗った。
 間違いなく、これは俺以外には不可能な戦いである。
 小船だろうと、水の妖精だろうと、オケアノスの前には無力。
 自ら浮き上がる力を持ったクラーケン以外では、奴と渡り合うことは出来まい。
 だが逆に、クラーケンを足場に出来れば充分に戦えると言う話にもなる。

「クラーケン、振り回して!」

 パラムの指示が飛び、クラーケンは触腕をあちこちに振り回し始めた。
 俺はその上を突っ走る。
 ゲソ部分のヌメヌメを水に見立て、基本移動方法は大剣を使ったサーフィンだ。

「な、なああっ!?」

 敵の一人の目の前に触腕が迫り、そいつは慌てて武器を振り回した。
 ただでさえ水上と言う慣れない環境。
 そこに襲い掛かる、大質量の触腕。
 で、触腕の影から飛び出してきた俺が放つ、必殺の斬撃。
 呆気なく、首が一つ飛んだ。
 そのままゲソ部分へターンする俺。

「ユーマさん、今度は逆から来ます!」

「よし、イカ足追加してくれ! 逆に飛ぶぞ!」

 俺が乗っていた側のクラーケンが、触腕を高らかに跳ね上げる。
 こいつをジャンプ台にして、俺は反対方向へ跳躍した。
 それをもう一杯のクラーケンがキャッチする。
 ナイスである。
 駆け下りざま、クラーケンのえんぺらに接近していた奴を叩き切った。

「あ、やばい、アンブロシア魔法を使おうとしてる!」

 サマラの声がした。

「任せた、サマラ!」

 俺はこの件に関して、サマラに全権を委任する。

「任されましたっ!! ええい、サラマンダーッ!!」

 向こう側でド派手な水蒸気爆発が起こる。
 男たちの悲鳴も聞こえるのは、連中巻き込まれたな。
 しかし、例の勇者とやらの仲間もピンキリである。
 この間しとめた弓使いは、顔こそ拝んでいないがかなりの使い手だろう。
 だが、それ以外の連中、恐らく慣れた環境で油断せず、チームでの戦いになれば強いのだろうが……。
 戦いとは、常に予想外の状況が起こるものである。
 故に、不利な戦場で有利に戦う事を考えておかねばならない。
 このように。

「ああああっ、なんでっ、なんで海上なんて初めてのフィールドなのに、そこで強キャラと戦闘なんだよーっ!! クソゲーだああああっ」

 とか叫んでいた槍使いの首を刎ねる。

「ちょっと、チュートリアル! チュートリアルくらい普通用意するだろう!? くっそ、くそくそくそぉっ!!」

 何やら罵声をあげていたボウガン使いを袈裟懸けに断つ。
 俺は基本的に油断しない。
 なので、こんな相手だって舐めたりはしないのだ。
 キッチリとこの場で仕留める。不利な足場や戦場に慣れる前に全滅させておかなければいけない。

「おい、みんな!? ちっくしょう、なんなんだよこれ!! 俺たちはすげえ力をもらったんじゃなかったのかよぉ!! お前、お前だってそうなんだろう!? なんで、お前と俺たちでこんなに違うんだよぉ!」

 クラーケンの触腕の先に、最後の相手がいる。
 奴は取り乱して、俺に向かってまくし立てた。
 ふむ、そうだな。

「違いと言うなら……何だろうな。よく分からん」

「なっ、お前、そんなっばっ」

 そこで真っ二つに断った。
 意識してやってる訳じゃ無いからな。
 色々必死に生きてたらこうなっていた。それだけである。
 さあ、本命の元に向かおうではないか。

「むぐぐぐぐ!! こ、こいつ、アンブロシアよりも全然強いんだけどぉっ!! っていうかアンブロシアの魔法はそこまで凄くなかったしっ」

 サマラが大声で不満をぶちまけながら、火の魔法を放っている。
 うむ、多分それ、アンブロシアに聞こえてるぞ。
 彼女は元々、才能豊かな巫女という訳では無かったみたいだからな。指輪の力でドーピングして、リュカやサマラに並んだだけだ。
 待てよ。
 それを言うなら、サマラもアータルに取り込まれたときに火の精霊王の力を受けて変化した、言わば強化人間的な存在で……。

「ひえーっ!」

 サマラが吹っ飛ばされてきた。

「あぶないっ」

 俺は慌てて触腕から飛び上がり、サマラをキャッチして甲板へ着地。
 サマラは結構なボリュームのある子なので、俺は滑り止めのため、大剣の腹をマストに叩き込む要領で態勢を固定する。

「ユーマさん、折れちゃう折れちゃう」

 あっ、マスト折れちゃうか。

「うへへ」

 サマラは何を緩んだ顔をしておるか。
 あっ、俺に抱き着いてすりすりするのはおやめなさいっ、今は戦いの最中……やわらかぁい。

「おのれら何をしておるかーっ……!! やはり、灰色の王はここで消さねばならぬ……!!」

 オケアノスが凄い顔をしている。
 アンブロシアのシワになっちゃうからそういう顔は止めてほしい。
 何故だ。何でそんなにヒートアップしているんだオケアノス。

「死ねいっ!!」

 アンブロシアがはめている指輪がギラギラと輝く。
 指輪の手前の空間が歪み、巨大な水の渦がそこに発生した。
 渦はこちらを目掛けて、まるでガトリングガンのように水の弾丸を吐き出してくる。

「やべえ」

 俺はこれが洒落にならない攻撃だと判断した。
 他でもない精霊王が、ぶち切れながらぶっ放す攻撃である。しょぼいはずがない。
 という事で、サマラを抱えたままバルゴーンを抜いて突っ走る。
 アリエルの前に立ちふさがり、パラムをその後ろへと誘導しながら……可能な限り大剣のサイズを大きくして目の前に突き立てる。
 次の瞬間、ダガガガガガガガガッとバルゴーンの刀身が音を立てた。
 折れはしない、折れは。
 だが、周囲の甲板が、まるで弾丸で紙をぶち抜くような勢いで穴だらけにされていく。
 どれだけの水圧で撃ち出してるんだ、あれは。
 当たったらジ・エンドである。

「ひいいいいっ!? アンブロシアって、こんなに魔法を使えなかったはずなのにぃぃっ!」

「ぬっ、そんなにしがみつくと身動きが取れん……! サマラ、ステイ、ステイ!」

 サマラが落ち着き、俺から離れたところで、水の弾丸が降り止んだ。
 流石に連続して攻撃は出来ないという事か。
 だが、次の攻撃をじっと待っている訳には行くまい。
 俺は頭をフル回転させる。
 庇わないといけないのは三名。
 彼女たちを守っていたら、俺は攻撃に移れない。
 だが、幸い、彼女たちにも攻撃能力はある。ここは……。

「サマラ、アリエル、パラム!」

「いつでもいけますよ!」

「は、はいっ!?」

「はいーっ!」

 三者三様の返事だが、サマラは理解しているようだ。
 後方に熱気が生まれたのを感じる。火の魔法が使われているのだ。
 それを見て、アリエルも合点がいったようで、周囲に風が生まれ始める。

「な、なるほど……! では私は、水の魔法の勢いを少しでも弱め……」

 パラムの言葉が終わらないうちに、水のガトリングが降り注いできた。
 こちらからも応戦で火の玉が飛ぶ。
 風がガトリングを逸らし、少なからぬ火の玉がアンブロシア目掛けて飛ぶ。

「小癪な、巫女どもめぇっ……!」

 オケアノスの声は怨嗟に満ちている。

「何故、何故そのような男について、わしはこの女を無理やり抑え付けねば操る事も叶わんのかっ……!! 世の中は不公平である……!!」

 あっ。
 俺、分かってしまいました。
 オケアノス、あれは嫉妬だ。
 奴は嫉妬から来る怒りで攻撃をしている。
 とにかく、俺が巫女たちとイチャイチャしているのが大変腹立たしいらしい。
 そうか、そう言えばアンブロシアがオケアノスの指輪を嵌めた瞬間、こいつはアンブロシアを手に入れるためか、己の眷属に変えようとしていたからな。
 それが分かってしまえば、攻略の糸口が見える。

「サマラ! 頼みがある!」

「なんですかーっ」

 ヴルカンを射出しながらサマラが答える。
 俺は彼女の目を見ながら言った。

「俺にキスしたまえ」

「はい……って、はい? はいぃぃぃぃぃっ!?」

 あ、いかん、射出されるヴルカンの流れが乱れた。
 俺は慌てて大剣を振り回し、水のガトリングを弾き飛ばす。

「い、いやあ、アタシ的には遅かれ早かれ、将来的に必ずするもんですし? あの、その、すっごく嬉しいんだけど……その、でも、人目があると恥ずかしいし、こんな緊急時にそんな事言われても……。あと」

「お、おう」

「リュカ様にころされそう」

「おお……。べ、別に唇にしろってことじゃない。ほっぺでいいんだ、ほっぺで。俺だって唇は経験無いんだから。だが、頬ならリュカが既にしている……! つまり問題ないという事だよ……!!」

「な、なるほどぉ……!!」

 サマラが目をキラキラと輝かせた。
 そして、火の魔法を使いながら俺ににじり寄ってくる。

「で、では失礼しまっす……!!」

「よし来い、来いよう……!」

「むっ!? 貴様ら何をするつもり……むぎゃーっ!!」

 訝しげなオケアノスの呼びかけが、次の瞬間悲鳴に変わった。
 サマラが見せ付けるように、俺の頬に強烈なキスをしたのである。
 効果は抜群だ!!
 水のガトリングが停止する。
 恐らく、頬にハッキリとキスマークを付けながら、俺は宣言した。

「よし、ここから反撃だ!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:13

ホウセンカ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:14

人類戦線

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

勇者と偉人(不動の焔番外編)

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

処理中です...