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第二部 氷の国の調停者編

熟練度カンストの会談者2

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 領主の家を出ると、コロスの住人たちが俺と魔王を注視した。
 二人で並んで出てきたので、何事かと思ったのだろう。
 俺は宇宙服を着崩しているし、魔王は明らかに人間ではない風貌だ。
 それに、氷魔の支配から解放された民衆は、事態の核になっているのがこの館であると認識しているはずだ。

 誰もが、無言で道を開けていく。
 俺たちの後ろからは、不満げな顔のヴァレーリアと、彼女をたしなめているリュカ。
 町の外に出たところで、ちょいと向こうから二人ほど、軽甲冑姿の男が飛んできた。
 空を飛んできたなあ。
 男の一人が佩いている剣が、緑色の輝きを放っている。
 空を飛ぶ魔法のようなものを使っているのだろう。……ということは、魔導騎士なのであろう。

「ヴァレーリア、状況の報告を……!? ま、ま、魔王!?」

 着地した魔導騎士が、口を開きかけたところで魔王に気づいたようだ。
 血相を変えて剣を抜く。
 俺はその頃には、既にその男の目の前にいて、バルゴーンの柄でそいつの手の甲を打って剣を落とさせる。

「ぬわあっ!?」
「き、貴様何奴……ぐわあっ」

 もう一人も剣を抜きかけたので、腕を打って取り落とさせた。

「ヴァレーリアから簡単な連絡は行ってると思うが、あんたらは見届人だ。え? 連絡行ってない?」

 俺に対する警戒心を露わにしつつも、訝しげな表情を見せる魔導騎士二名。
 ヴァレーリアが慌てて後からやって来た。

「だから言っただろう! 氷魔と戦うに際して、私は彼らを呼んだだけだ! それに先程決まったばかりの決闘とやらを、どうやって知らせると言うのだ!」

「あ、一応、遠くの仲間を呼べる通信の魔法はあるわけね」

「それはそうだが……お前がヴァレーリアの言っていた戦士か? 魔法も使えぬくせに魔王と戦おうなど、正気か?」
「その通りだ! ここは魔王を葬る千載一遇の機会! 素人は引っ込んでいてもらおう!」

 魔導騎士ども、俺がはたき落とした剣を拾っている。
 やれやれ、ってのはこういう時に使うんだな。

「よし、では魔王と戦う前にお前たち二人をまとめて倒すので、かかってきなさい」

 俺はごく自然体で構えた。
 魔導騎士二名は、一瞬唖然とすると、すぐさま怒りに顔を赤くした。

「なんたる傲慢! たかが一戦士が!」
「グラナートの守りの要たる魔導騎士! その力を叩き込んでやる! なに、命までは取らん!」

 かくして、魔導騎士二名とのデモンストレーションマッチ……俺にとってはだが……が始まるのだが。

「そいっ」

「馬鹿な!? 炎の斬撃を真っ向から切り伏せた!?」
「ぐわああ! 風の突撃を軽々といなすだと!?」

「せいっ」

「な、なにぃ!? 土の槍をことごとく切り払う!? あまつさえ槍をこっちに弾き飛ばし……ぐわあああ!!」
「氷の矢を、ど、どうしてそこまで正確に撃ち返してくるんだ!? ぐわあああ!」

 魔導騎士の魔法剣を、片っ端から叩き潰す俺。
 自ら体験して分かっているはずのヴァレーリアまでも、顔を青ざめさせてこの光景を見ている。
 傍から見ると分かるのだろう。
 俺は、最初の位置を一歩も動いていない。
 同じ位置から、体捌きと剣だけで全ての魔法剣をいなしているのだ。
 やがて、魔導騎士二名は力を使い果たしたと見えて、ばったりと地面に倒れ伏した。

「ば、化物……」
「この男、剣のみで魔王に匹敵するのではないか……」

「でしょー。ユーマは凄いのよ。でも、ちゃんと手加減してくれてるから、二人ともげんきでしょ?」

 リュカが投げかけた声で、魔導騎士たちは愕然とする。
 自分の体に大きなダメージが無いことに気づいたらしい。

「前のユーマだったら、多分すぐに首がポーンだったと思う」

「さすがに敵でも無い相手の首は刎ねないなあ……」

 そお? って顔をして首を傾げるリュカである。
 その背後で、魔王が無表情ながら、なんとなく興味深そうな空気を発してこちらを見ている。

『ふむ、良かろう。そ奴らは人の中では、なかなかの手練。それを歯牙にもかけぬなら、余と剣を交える実力はあるのだろう』

 魔王は空中に手を翳す。
 すると、大気中の水分が結晶化したのだろうか。
 透き通った氷の剣が生み出された。

『氷王剣アブソリュート。世界最強の一振りである』

「ほほう。では、俺も虹彩剣バルゴーンにてお相手しよう」

 魔導騎士たちを無視する形になり、即座に俺と魔王の対峙が始まる。
 正直意外だったのは、奴の得物が剣だったことだ。
 他の精霊王たちは、自らの属性が象徴する魔法に頼り切りだったことを考えると、氷の精霊王はいささか異質である。
 俺は奴の切っ先から、なんとなくヤバげな気配を感じた。

「魔導騎士たち、距離をとるように。リュカは風で防御してて」

「はーい!」

 リュカの元気な返事が響く。
 魔導騎士たちは僅かに躊躇したが、そこは帝国のエリートたちだ。
 即座に俺と魔王のいる戦場から距離を取る。
 すると、魔王が笑った。

『見事な判断。時をチル止める空間・ゾーン

 瞬時にして空気が凍りつく。
 広範囲の気温が極低温まで下がり、空気中に漂う水分があらわとなって煌めき踊る。
 ダイヤモンドダストだ。
 そして、俺の周囲に僅かに茂っていた草が凍りつき、砕け散る。

『これをも斬るか』

「無論よ」

 俺の手は魔王に向けられまっすぐ。
 振り下ろされた剣は、この凍りついた空間を二つに割っていた。

『では相手をしてやろう……!』

 魔王が動く。
 姿が消えた。
 まあ、よくある動きが可視範囲を超えた速度にあるというやつだ。
 問題なのは、こいつは音や衝撃波、気配すらも凍りつかせて、全く前兆なしに襲い掛かってくるらしいということだ。

「これはなかなかの強敵」

 俺は気配を研ぎ澄ませ、切り裂いた空間に空気の乱れを感じる。
 具体的には、俺が切り開き通常空間を維持しているはずの場所が、微かに凍てついたのだ。
 剣を構える。
 同時に、澄んだ金属音が響いた。
 魔王の剣である。
 俺は得物が噛み合った瞬間、手首を返しながら魔王の剣を絡める。

『むっ』

 魔王が武器を引こうとする。
 そこに合わせて、一毫程度の距離からの剣を使った寸勁。
 アブソリュートとやらに振動を叩き込む。

『なっ!?』

 振動が魔王の動きを狂わせる。身を引くことが出来ない。
 そのまま俺は剣を噛み合わせたまま、奴の切っ先を下に下げさせて、バルゴーンの刃を魔王の手目掛けて滑らせる。

虚無の嵐ヌル・ストーム……!』

 魔王を中心として、闇が噴出した。
 それが大地を抉り、空気を喰らい、一挙に展開していく。

「おっと、やべえ」

 俺は剣を自ら魔王から離し、この広がる闇を一刀のもとに切り伏せた。
 斬撃の瞬間、刃を大剣へと変える。 
 闇は霧散した。
 開けた視界の向こう、やや間合いを取る魔王の姿がある。
 ほう、冷静な顔に、一筋の汗が見える。

『神域の剣技……いや、その言葉すらぬるいな。虚無の嵐を放たねば、余が斬られておったわ』

「うむ。あんたの剣の技量は見切った。切っ先が届く距離ならば、俺が勝つ」

 そうは言うものの、この魔王、剣の腕もなかなかである。
 どれくらいかと言うと、俺の体感上、この世界に来て戦った相手の中で最強くらい。

『それは、余の中にある誇りをいたく刺激する言葉だな』

 魔王は笑いながら、一歩進み出た。
 おお、離れた距離で戦う気が無いらしい。
 むしろ、さっきのやり取りの後でも、こいつは俺と剣を交えられる距離で戦うつもりだ。

『速さに溺れれば、うぬには勝てぬ。力で押せば、うぬには勝てぬ。技でうぬに勝つことは困難』

 じりじりと距離を詰めてくる。
 その姿が、ぶれた。
 いや、分身したのだ。
 魔王の姿が二つになる。

『力と技と速さ。密度を保つなら、二つ身までが限度か。行くぞ』

 二つになった魔王が俺に襲いかかる。色彩は、白と黒。実にわかりやすい。
 右から致死の斬撃、左から俺の剣を叩き落とす牽制の一撃。
 俺は身を翻しながら、牽制の一撃をいなしつつ、跳ね上げた剣の柄で致死の一撃をぴたりと受け止める。

「とっ!」

 受けながら、背後になった白い魔王の腹を蹴り飛ばす。

『ぬうっ!』『せいっ!!』

 もう片方の魔王が、柄を力で押し込んでくる。
 人外の膂力である。
 だが、力は幾らでも技でいなせる。
 これの力を俺は斜め背後に向けて逸らしつつ、バルゴーンを走らせた。

『なんの!』

 白い魔王の剣が割り込んだ。
 黒の魔王に密着するかという距離で、俺の剣を弾き上げる。
 俺はこの衝撃に乗じて跳躍した。

「“ソニック”」

 剣を収めた。
 下方から、双方向の剣が襲いかかる。
 これを引き付けつつ、ここという瞬間に抜き放つ。
 俺の体の捻りを加え、加速した剣が二本のアブソリュートに叩き込まれる。
 澄んだ音とともに、アブソリュートが折れた。

『なんと!?』

「おお、絶対武器並の強度か!」

 着地しながら俺は返す刃で黒の魔王を斬る。

『くうっ!』

 黒の魔王の腕が宙に舞った。
 だが、魔王は即座に飛び下がると、残った片腕から青い輝きを放ち、飛ばされた腕を包んで引き寄せる。
 おうおう、繋がったよ。

『アブソリュート!』

 白の魔王が叫ぶ。
 その手に、再びあの魔剣が生まれる。
 魔力で形成する剣ゆえ、尽きることは無いのだろう。
 ならば、剣ではなく向こうの気持ちをへし折るしかない。
 俺は白の魔王に向き合いながら、無造作に突きを放った。

『迂闊な……!』

 魔王がその刃を真っ向から弾こうとする。
 正確無比な奴の技が、俺の突きを力づくで弾こうとして……俺はこの瞬間、魔王の一撃に呼応した捻りを加える。
 突きの動作のまま、相手の攻撃をいなす。
 軌道は変わらない。
 そこには黒の魔王も駆けつける。
 俺の背後に回り込み、背後からの一撃を加えようとする。
 バルゴーンの動きはそのまま、俺は体を横に倒す。
 頭があった場所をアブソリュートが奔って行く。
 だが、突きは止まらない。

『…………!!』

 目を見開いた魔王。
 奴の唇から、息が漏れた。
 それで終わりだ。

「よし」

 俺は体勢を起こしつつ、剣を腰に降ろした。

「お分かりであろう」

 俺の前で、魔王は一人に戻っていく。

『うむ……。余の負けだ』

 魔王の手から、氷の魔剣が消えた。
 魔導騎士たちは何も言えず、愕然とした表情で俺たちのやり取りを見守っている。

『それほどの力を持つうぬが、他者の力を必要とする事態。余が一人、この地をまとめたとて抗えるものではないのだな?』

「そういうことだ。だから、この星にいる連中全員で迎え撃つ必要がある。俺一人では、負けることは無いがそれまでの間に人が死にすぎる」

『大言を』

 魔王がさもおかしそうに笑った。

『良かろう、うぬに手を貸そう。見せてみよ、うぬの軍勢とやらを』

 話はまとまったのである。
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