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最終章 熟練度カンストの魔剣使い編

熟練度カンストの終戦者

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 恐らく、この世界始まって以来最大の戦いが終わった。
 時間にしてたった一日だが、世界全土が同時に侵略されようとしたわけだ。
 いやあ、俺もその一日で、どれだけの国を、大陸を巡ったことか。
 まるで今まで旅してきた土地を、振り返るような戦いだった。

 僧侶からの報告では、全世界の人口の二割が失われたとか。
 一日で二割死んだんだから、とんでもない戦闘であったことだけは間違いない。
 で、全ての移民船は落とされ、解体された。
 ディアマンテ、アルマース、グラナート帝国では、移民もろともに彼らは亡きものとされた。
 はるばる千年掛けてやって来た移民も、根付かなかったのである。

 ネフリティス、アウシュニヤ、翡翠、蓬莱はちょっと違ったやり方を選択した。
 移民たちを目覚めさせ、取り込んだのである。
 ネフリティスとアウシュニヤでは、移民たちは奴隷だ。
 その世界に根付いていない人間なのだから、最下層として扱われるのはまあ仕方あるまい。

 翡翠は、広大な央原にある国だ。
 移民たちに皇帝への忠誠を誓わせた後、未開の大地を与えたらしい。
 開拓しがいがあるな。
 蓬莱は、移民たちを受け入れた。
 だが、侵略者である彼らと現地の人々にはしこりがあるため、やはり北部にある未開の土地を与えたようだ。
 そこには、大昔に民を失った荒御魂が暮らしており、彼が移民たちを庇護し、支配することになった。

 ネイチャーとパチャカマックは、そもそも極めて広大で、人が住まない土地も多い大陸だ。
 土地に住む者たちは、移民たちを放っておくことにした。
 生きるも死ぬも自由というわけである。
 ただし、全ての文明の利器は失われている。
 向こうが頭を下げてくれば、交流もしようというスタンス。
 大自然の掟的な感じだな。

 世界中が、戦いによって付けられた傷跡を癒やすべく、活動を始めた。
 減った人を増やし、食料を増産し、建物を再建し……。
 まあ、それで半年くらい平和な時代が続いている。
 世の中は平和だった。
 だが。
 俺にとっては激震の半年間だったと言えよう……!!

「むむ……むむむ……」

「なんだ貴様、これだけ教えてもまだ分からんのか? いいか、帝王というものはだな……」

 俺の前で、ローザが講義をしている。
 これまで実務全般を彼女に任せ、剣だけ振り回していればいい時代は終わった。
 俺は悠々自適のニート生活と洒落込もう……なんて思っていたら、彼女によるスパルタ教育が始まったのだ。

「貴様は世界的に凄まじい知名度を持った王となった。そんな王が飾りでいいと思うか? それになんだ、貴様のその身のこなしは! まるで無骨な平民か武人のものではないか! 貴族としての身のこなしをバシバシ叩き込んでいくからな! 私が動ける間はまともに休めないと思え!」

「お、おう……!」

 私が動ける間、と彼女が言うのは、ローザの腹の中には俺の子供がいるせいだ。
 あと半年はこの講義が続くのであろう。
 俺の午前中の日課である。
 午後からは、エルフの森からパスを通り、アリエルを従えながらあちこちを視察する。
 今は、火竜の山からこちらに里帰りしているサマラが、持って帰るお土産を選別しているところだ。
 後で彼女も連れて行かねばなるまい。
 後ろからサマラを見ていたら、気づかれた。

「あっ、ユーマ様! お土産どうしようか迷ってたんですよねー。あっちはほら、森とか少ないから果物とか喜ばれるんだけど……」

 顎に指を当てて首を傾げるサマラ。
 その髪の色は、普通の赤毛に戻っている。
 彼女にはもう、火の巫女としての力は無い。
 そう、俺と致しましたので。
 彼女の腹の中にいる子供は女の子らしい。
 巫女は女の子を宿すと、その権能を赤子に譲り、自分は人間に戻る。
 とりあえず、大事な体なので親切にせねば……。

「重い物もったらいけないだろ。なら軽くてたくさん運べるドライフルーツとかだな……」

「ええー! だって、みずみずしい果物とか欲しいし……。干したのは山にもたくさんあるんですよ!」

「難しいなあ……」

 散々迷いぬいて、比較的乾燥に強い果実を選んだ。
 これを向こうに植えて増やす計画も込みである。

「ユーマさん、アンブロシアさんから定例報告です。エルド教側との取引で、うちから輸出した品物の値付けでもめてるらしくて……」

「うわあめんどくせえ。デヴォラも融通効かせてくれないのか」

「はい。『それはそれ、これはこれですわ! わたくし情には流されませんの!』とデヴォラさんも仰ってまして」

 俺の横に付き従うのは、アリエル。
 今も世界中を巡り、俺こと灰王の支配地を、エルフの森と繋げてくれている。
 アンブロシアはまだ子供ができないので、水の巫女としての力を持ったままだ。
 だが、サマラと喧嘩できなくなってしまったのがちょっと残念らしい。

「そうかあ。じゃあ、今日は予定変更してそっちだなあ。……で、リュカの調子は?」

「今日は悪阻つわりもそこまででは無いみたいです。でも、食事の量が取れなくて悲しそうな顔をしてましたね」

「リュカはご飯大好きだからなあ……」

 とにかく、俺の生活は激変した。
 王としての責務を果たすこと、そして、夫としての役割をはたすことで大変忙しくなったのだ。
 とりあえず、巫女四人に対して責任は取った。
 エルフの森をあげて、盛大な結婚式をやったのだ。
 今でも、四人のドレス姿は目に焼き付いている。
 本当に綺麗であった。
 そして、あと六人くらい責任を取らなくてなならない女性が待っている。
 ひいー。

「私は人間より、少し寿命が長いですから、後でもいいですよ?」

 とは、最近ローザに次いで顔を合わせる事が多いアリエルの言葉。
 なんとも余裕である。

「それよりユーマさん、お昼は久しぶりにリュカさんと取ってはどうですか?」

「あ、久しぶりだったっけ……!? やばい、時間の流れが早くなりすぎてて」

「正確には二日ぶりです。リュカさんは文句はいいませんけど、ちょこちょこ会いに行ってあげないと」

「はい、全くその通りです」

 ということで、アリエルと一緒にリュカに会いに行くのである。
 彼女は、エルフの森からパスで繋がれている、風の民の村にいた。
 リュカが生まれ育った村だ。
 ラグナ教によって滅ぼされたが、今回の戦いで俺たちが存在感を示し、ラグナ教に譲歩を迫れるようになったため、世界中で散り散りになっていた風の精霊の信者たちが集まり始めているのだ。
 遠からず、村は町となり、国になるのではないだろうか。
 村の入口をくぐると、誰もが俺を振り返って表情を明るくした。

「いらっしゃい、灰王様!」

「ようこそ!」

「リュカ様なら奥だよ!」

「ニンジャの親子と一緒ですよ!」

 案内されるまでも無いのだが、集まってきた子どもたちが、俺を先導してくれる。
 村の中央を貫く道は、あちこちに藁を編んで作った案山子が立っている。
 これが、風の精霊王ゼフィロスを表すものらしい。
 どれも、微妙に形が違う。
 世界中のあちこちから集まってきた人々だから、ゼフィロスに対するイメージも違うのだろう。
 さて、村の一番奥。
 質素ながらも、やや大きめの家がある。
 家の前には花壇が作られており、ゆったりした衣装の娘が、伸びた銀髪を後ろで縛り、水をやっていた。

「リュカー」

 俺が声をかけると、彼女が顔を上げる。

「ユーマ!」

「調子は悪くないんだって?」

「うん、段々落ち着いてきたみたい。少しずつ、食欲も戻ってきてるかも」

 リュカは半年前と比べると、随分大人びている。
 虹色の輝きは、瞳や髪からは失われ、今は青い瞳と銀色の髪になっている。
 つまり、お腹の中の子どもは女の子。
 次代の風の巫女である。
 しかも、リュカのあのべらぼうな才能を受け継ぐわけだから、そりゃあ腹の中で暴れるよなあ、と俺は思う。

「いちおうね、亜由美と亜由美のお父さんお母さんが色々てつだってくれるの」

「おっ、そうかあ。やっぱり人の親をしてた人たちは強いな」

「なんで過去形なんすか!?」

 いきなり亜由美ちゃんが飛び出してきた。

「うわっ、聞こえてたのか!」

「あっし、ちょうど昼飯ができたんでリュカの姐さんを呼びに来たっすよ。そうしたらきちゃま、人の両親を過去形でぇ」

「両親と仲がいいな……」

「そりゃあもう。あっしを追いかけて、この異世界まで来た両親っすからね! なんか、リュカの姐さんがあっしの妹みたいなもんだって可愛がってくれててっすなあ。……あれ? リュカの姐さんなのに妹……? 妹で姐さん……ぐぬぬぬぬ」

「亜由美が考え込んじゃってる。だめよ。また知恵熱だすわよ」

 リュカが亜由美ちゃんの頭を撫でている。
 うむ、この二人がとびきり仲がいいな。

「おや、ユーマさん」

「ユーマさんもお昼ごはん、ご一緒にどうぞ」

 亜由美の両親も現れて、昼食は一緒にごちそうになることになった。

「それでユーマさん、うちの亜由美との式はいつごろに……」

「はっ、今年中に間違いなく」

「孫の顔が見たいわあ」

 ぬっ、プレッシャーを感じるぞ!
 亜由美ちゃんも、居心地悪そうにもじもじしている。
 俺はむしゃむしゃと飯を食うと、ちょこちょこ談笑をし、そろそろ出発を……と思った。
 そこで。

 外が騒がしくなる。
 悲鳴が聞こえる。
 何者かがやって来たようだ。

「ユーマ」

 立ち上がる俺。
 ふと目をやると、リュカが微笑みながら頷いた。

「行ってらっしゃい」

「行ってくる」

 それ以上の言葉は必要ない。
 俺は扉の外に出た。
 村の空に、赤く巨大な影がある。

「ワイルドファイアか」

『迎えに来たぞ、灰色の王。灰色の剣士。いや、戦士ユーマ』

「やっぱり、移民船をどうにかしたのはお前か」

『いかにも。僅かな間、お前の準備が整うのを待ってやったぞ。さあ、我に付き合え。世界最後の座興と行こうではないか』

 最強の火竜は、空を見上げる。
 そこには、いつの間にか、奇妙な物が浮いていた。
 巨大な、金属でできた板だ。

『お前は強くなった。我が心を躍らせるほどにな。我の長き無聊、晴らしてくれるものと信じているぞ』

 強制ではない。
 これは、竜からの誘い。
 そこには、何の脅しも、ペナルティもない。
 竜は、俺がこの誘いを断ったところで、世界を滅ぼすわけでも、俺に属する者たちに害を与えるわけでもないだろう。
 ただ、純粋な戦いの誘いだ。

 故に、俺はこう応える。

「いいだろう。全力で遊んでやる」

 最後の戦いだ。
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