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第13話 悪名高き伝説の海賊と空気を読まない二人組

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 キャプテンガイスト。
 海に暮らす人々でその名を知らぬ者はいない。

 曰く、出会って沈まずに生き残る船はない。

 曰く、町とあれば燃やさねば気がすまぬ放火魔。

 曰く、討伐の冒険者たちを単身で相手取り圧倒した怪物。

 曰く、一つの王国ほどの人数を抱える世界最大の海賊組織の頂点。

 様々な伝説を持つ実在の海賊である。
 世界の海を股にかけ、青い海を赤い血に染め、紫紺の夜空を燃え上がる家々の赤で染めた、魔王以来の千年間で最悪の犯罪者の一人。

『さあさあ諸君! 吾輩の復活だ! 世界よ、吾輩は帰ってきた! この輝かしき伝説を持つ我輩を! よりによってだまし討ちで捕らえ、公衆の面前で無様な縛り首などにしたこの世界に! 吾輩は復讐するために蘇ったのだよ!』

 海賊船の装甲板がバリバリと音を立てて剥がれ、大砲が顔を覗かせる。
 一発ごとに大量の魔力を必要とする武器であり、戦場で運用するにはコストが見合わないと言われている。
 だが、その問題点をガイストは独創的な手段で解決した。

 砲弾とともに粉々に砕かれたアンデッドが詰め込まれる。
 その存在そのものを魔力に分解し、砲弾を放つ力とする。

 轟音が上がる。
 放たれた砲弾が、船の一つを直撃した。

 海上で巨大な爆炎が上がる。
 船は砕け散り、竜骨が巨大な松明となって燃え上がりながら海中へ没していく。

 一瞬で、海賊船を取り巻いていた船団は浮足立った。
 統率を失い、その動きはバラバラ。
 だが、ただの一隻たりとも逃げることはできない。

 海賊船の存在するその場所に、渦潮が出現していたのだ。
 巻き込まれ、引きずり込まれていく船団。

 それを、幽霊船の全身に装備された大砲が釣瓶撃ちにしていく。

 海上は阿鼻叫喚の地獄と化した。

『見よ、世界よ! 昏い海の上に炎の華が咲く! 素晴らしい光景ではないか! 砲手を紹介しよう! 魔王が吾輩に授けた魂無き海の男たち! スケルトン! ゾンビ! グール! あの時のように裏切るなどということは絶対に無い! 人間は信用できんからなあ!』

 キャプテンガイストは呵々大笑。
 誰も彼を止めることなどできない。
 そのはずだ。

 少なくとも、この世界において彼と相対することが可能な存在はいないと、魔王は教えてくれたはずだ。

 現に、悪あがきのように放たれる攻撃の数々は、幽霊船の表面を僅かに削るばかり。
 多少の破壊であれば、この船は自己再生によってものともしない。
 そのエネルギーの源となるものは、この場にて殺した人間たちの魂である。

 故に、幽霊船は無敵。
 ガイスト船長が果たさんとする復讐を阻むものなどどこにもいない。

 過去を思い出す。
 それは、縛り首になろうとする、キャプテンガイストが人間であった頃の最後の記憶。




 吊るされ、頚椎が砕け、死の底へと真っ逆さまに落ちていくガイストの意識。
 そこに、囁きが届いたのである。

『私がそちらに降臨するために、舞台を整えておこうと思ってね。君の仕事ぶりはしっかりと見せてもらったが、ぜひ私の幕僚に加えたい』

「なんだ、てめえはあ……」

『魔王。どうだねガイスト。復讐をしたいかね? 君を嵌めた部下共を、君の人生をこんなところで不本意に潰してしまう人間たち全てに、復讐をしたいかね?』

「したい!! 吾輩は……吾輩は許さん! 吾輩を殺した全ての人間を、殺していない全ての人間も許さん!!」

『素晴らしい、契約は成立だ。では唱え給え。私に君の魂を捧げ、君を作り変える魔法の言葉だ』

 魔王が囁く。
 後戻りできぬ魔法の言葉を。

「は……Hello world……!!」

『Excellent!』

 次の瞬間。
 処刑台から、ガイストの姿は消えたのだった。



 ガイストは現実に意識を引き戻す。
 彼を裏切った部下たちは、全て殺してアンデッドに変えた。
 彼を処刑台に送った兵士や騎士、冒険者や役人たちもすぐに殺すつもりだ。 

 キャプテンガイストの栄光を阻む者たちに、呪いあれ!!
 かくして、世界はキャプテンガイストによって裏切りの重すぎる代価を払わされる……はずであった。
 だがしかし。

 降り注ぐ砲弾の雨を掻い潜り……いや。
 掻い潜るのではなく、真っ向から粉砕、突破してくるあの小舟は何か。

 一発や二発ではない。
 他の船に向けて放たれた砲弾を横入りで受け止め、また受け止め、すれ違いざまに受け流し、小舟が幽霊船へと一直線に走ってくる。

 あれは何か。

「ひょええええ! マイティ、すっごくうるさいんですけどー!!」

「えっ!? なんかドッカンドッカンうるさくて、エクセレンの声が聞こえないぞ! もっと大きい声で!」

「えっ!? 今なんて言ったんですかマイティ!!」

 軽快なトークを交わしつつ、小舟の上に立つ、鎧兜に大盾の戦士と、チェインメイルの女戦士。
 海上で金属鎧?
 悪い冗談だ。

 だが、その悪い冗談が今、大砲の砲弾をことごとく防ぎながら肉薄してきている。

 あれは何だ。
 何だというのだ。

 ガイスト船長の思考は一瞬停止した。

『全砲門! 前に移動せよ! あの目障りな船を狙ええい!!』

 命令のとおりに、幽霊船が変形を始める。
 引き寄せられる他の船など、今は無視だ。

 砲弾を防ぎながら突っ込んでくる、金属鎧の二人が乗った船!
 刻まれた船名を見て、ガイストは目を見開いた。

『シーモンキー号だと……!? 吾輩を……吾輩を馬鹿にしているのかああああああっ!! シーモンキーが、キャプテンガイストに、黒鯨に楯突くだとぉぉぉぉぉぉぉ!! 撃て! 撃て! 海の藻屑にしてしまえぇぇぇぇ!!』

 砲撃、砲撃、砲撃、砲撃、砲撃!

 連続の砲撃がシーモンキー号を襲う。
 だが。
 そのことごとくが、なんと引き寄せられるようにシーモンキー号に集まる。

 周囲の船には一切の被害がなくなった。
 そして、爆発、爆炎……! は、起こらない!

「ふんっ!!」

 船の甲板に大盾を突き立て、背筋を伸ばして立つ鎧兜の戦士。
 それが傷一つない姿で、砲弾が跳ね上げた水しぶきを割りながら出現する。

「よく分からん攻撃だが、ダメージはゼロだっ!!」

『なんだ! なんだお前はあああああああああっ!!』

 舳先に駆け上がったガイストの目が、鎧兜の戦士に注がれる。

「おお、声が聞こえたな!! 俺の名はマイティ! タンクだ! お前の相手は……俺だああああああっ!!」

 ガイストの目が、マイティに釘付けになる!
 幽霊船討伐は最終局面を迎えるのである。



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