10 / 337
4・ドーナツ誕生
第10話 僕の油がついに
しおりを挟む
「そうそうそう。ナザルさん覚えがいいわ。うちの人と大違い。一つ教えたらすぐに覚えてしまうんだもの」
「いやいや、奥さんの教え方が上手いんですよ。本当に分かりやすくて、最高の先生です」
僕はすらりとした黒髪の美女と談笑している。
彼女は、ギルドマスターの奥様。
僕が依頼書紛失事件を解決したご褒美として、料理を教えてくれることになったのだ。
この奥さん、見た目が異常に若い。
というのも、ギルドマスターが若い頃にアーラン地下遺跡を探索していた際、謎のポッドに包まれて眠っていた彼女を発見したのだそうだ。
ギルドマスターは彼女を目覚めさせ、連れ帰り、この世界の色々なことを教えた。
そして二人はパーティを組み、冒険したのだとか……。
その時から、奥さんは年を取っていないらしい。
ギルドマスターとの間には息子さんも三人こさえたのだが、とうとう一番下の息子に外見年齢で追い越されてしまったのだとか。
話を元に戻そう。
今重要なのは、僕が料理を習っているということだ。
「まあ、ありがとうナザルさん。やっぱり若いっていいわね。うちの人ったら、何を言っても最近はすぐに忘れてしまうから」
「ははは、年を食うというのはそういうものですからね。あっ、ここで生地はざっくりこねるくらいでいいんでしたよね」
「ええ。空気を含ませないといけないから。ぎゅうぎゅう押したら、硬いクッキーになってしまうかも」
クスクス笑う奥さん。
名前をドロテアと言って、多分人間ではない。
ギルドマスターが、自分の目が黒いうちは魔術師ギルドに奥さんを調べさせないぞ、と言っているので、誰も彼女の種族を知らないのだ。
この世界、戸籍なんかが結構いい加減で、人頭税さえ払っていれば何も文句は言われないところがある。
なので、ドロテアさんはどさくさに紛れて人間としてずっとアーランで暮らしている。
そして僕に教えられるほどの料理スキルを身に着けたのだ。
これはまさに運命。
ちなみに僕はいい年になってから死んで転生したので、老いとともに記憶力というのが落ちていくのはよく分かっている。
この若い肉体は素晴らしい。
なんでもすぐに覚えるし、肉体の切れは生前の僕とは比べ物にならない。
ああ、人生、楽しい!
「ふふふ、こんなに楽しそうに生地をこねる人、初めてだわ。あなたは生きていることを楽しんでいるのね。とっても珍しい人」
「そうですね。生命が有限だということを身を以て知っているので、だからこそ若いこの時間が楽しくて仕方ありませんよ。よしよし、いい感じになって来た……。ここでどうするんです?」
「しばらく寝かせるの。お茶にしましょ」
ということで。
僕は永遠に若いままの人妻と、二人きりでお茶をするのだった。
隠語ではない。
普通にお茶を飲んだだけだ。
こういうところで欲望に負けて手出しをしたら泥沼になる。
僕は生前、そういう下半身の締まりが無い知り合いがおり、彼が破滅するさまを始まりから終わりまで眺めていた経験がある。
彼のニの轍は踏むまい。
トラブルを排して、二度目の人生をエンジョイするのだ。
「このクッキーは美味いですね。アーランは料理は全体的に不味いのに、菓子だけは甘くて美味しい。このアンバランスさはなんなんでしょうねえ」
「それはね、うちの人の功績なの。発見した遺跡はサトウキビの栽培に適していたの。流通しているお砂糖の大半はアーランで作られているのはご存知でしょう? 私が眠っていた場所の奥は巨大なプラントになっていて、そこで当時は高価だったお砂糖をうちの人は栽培することにしたの。それで今に繋がっているのよ」
「ははあ、それは大したもんですねえ……。じゃあ、砂糖の流通を一手に握って? その割にはギルマス、羽振りがいいように見えませんけど。毎日奥さんのお弁当持って出勤してきますし」
「あの人、平民の生まれだもの。平民生まれで下町のギルドマスターまでいけたのなら大したものだわ! あとは……うちの人は欲がなくてね。お砂糖の権利は国に売ってしまったわ。その代わりに何を求めたのかは教えてくれなかったのだけど」
ははーん。
僕はピンと来たぞ。
ドロテアさんがエルフでもないのにいつまでも若いままでいるのに、調査機関の手が回らない。
これは国が関与していると見た。
あくまで僕の想像だ。
だけど、それがとてもらしい考えだと思った。
それならば、僕はもう関わらない。
ややこしい事には首を突っ込まないと決めているのだ……。
最後のクッキーを食べて、お茶で流し込む。
「いやあ、美味しかった! ごちそうさまです! そろそろです?」
「そろそろね。油を熱して揚げていくのだけど、うちの人が、ナザルさんに限っては油の心配はいらないと言ってて……」
「その通り! 全くもってその通りです奥さん!」
僕のテンションが跳ね上がった。
ギルドマスター、粋なはからいをしてくれるじゃないか!
「お鍋の用意は?」
「はい」
「よろしい! ではここに生み出しましょう、僕の……油を……!」
ドロテアさんが用意したお鍋に、僕は彼女がよしと言うまで油を流し込んだ。
奥さんは目を丸くしてこれを眺めている。
「凄いわ! あっという間にお鍋が油でいっぱいになっちゃった!」
「奥さん、まだ注ぎます?」
「あっ、ストップ! ……ちょっと多いかも」
「量の微調整もお任せ下さい」
するするっと油を消して魔力に戻す。
たっぷりの油を火にかけて……。
「とっても澄んでいて、素晴らしい油ね」
「ええ、そうでしょう。僕の油の素晴らしさを分かってくれたのは奥さんが初めてですよ。何せ、これは飲める油なんですから」
「まあ!」
嬉しそうなドロテアさんなのだった。
いやあ、実にいい人だ……。
「いやいや、奥さんの教え方が上手いんですよ。本当に分かりやすくて、最高の先生です」
僕はすらりとした黒髪の美女と談笑している。
彼女は、ギルドマスターの奥様。
僕が依頼書紛失事件を解決したご褒美として、料理を教えてくれることになったのだ。
この奥さん、見た目が異常に若い。
というのも、ギルドマスターが若い頃にアーラン地下遺跡を探索していた際、謎のポッドに包まれて眠っていた彼女を発見したのだそうだ。
ギルドマスターは彼女を目覚めさせ、連れ帰り、この世界の色々なことを教えた。
そして二人はパーティを組み、冒険したのだとか……。
その時から、奥さんは年を取っていないらしい。
ギルドマスターとの間には息子さんも三人こさえたのだが、とうとう一番下の息子に外見年齢で追い越されてしまったのだとか。
話を元に戻そう。
今重要なのは、僕が料理を習っているということだ。
「まあ、ありがとうナザルさん。やっぱり若いっていいわね。うちの人ったら、何を言っても最近はすぐに忘れてしまうから」
「ははは、年を食うというのはそういうものですからね。あっ、ここで生地はざっくりこねるくらいでいいんでしたよね」
「ええ。空気を含ませないといけないから。ぎゅうぎゅう押したら、硬いクッキーになってしまうかも」
クスクス笑う奥さん。
名前をドロテアと言って、多分人間ではない。
ギルドマスターが、自分の目が黒いうちは魔術師ギルドに奥さんを調べさせないぞ、と言っているので、誰も彼女の種族を知らないのだ。
この世界、戸籍なんかが結構いい加減で、人頭税さえ払っていれば何も文句は言われないところがある。
なので、ドロテアさんはどさくさに紛れて人間としてずっとアーランで暮らしている。
そして僕に教えられるほどの料理スキルを身に着けたのだ。
これはまさに運命。
ちなみに僕はいい年になってから死んで転生したので、老いとともに記憶力というのが落ちていくのはよく分かっている。
この若い肉体は素晴らしい。
なんでもすぐに覚えるし、肉体の切れは生前の僕とは比べ物にならない。
ああ、人生、楽しい!
「ふふふ、こんなに楽しそうに生地をこねる人、初めてだわ。あなたは生きていることを楽しんでいるのね。とっても珍しい人」
「そうですね。生命が有限だということを身を以て知っているので、だからこそ若いこの時間が楽しくて仕方ありませんよ。よしよし、いい感じになって来た……。ここでどうするんです?」
「しばらく寝かせるの。お茶にしましょ」
ということで。
僕は永遠に若いままの人妻と、二人きりでお茶をするのだった。
隠語ではない。
普通にお茶を飲んだだけだ。
こういうところで欲望に負けて手出しをしたら泥沼になる。
僕は生前、そういう下半身の締まりが無い知り合いがおり、彼が破滅するさまを始まりから終わりまで眺めていた経験がある。
彼のニの轍は踏むまい。
トラブルを排して、二度目の人生をエンジョイするのだ。
「このクッキーは美味いですね。アーランは料理は全体的に不味いのに、菓子だけは甘くて美味しい。このアンバランスさはなんなんでしょうねえ」
「それはね、うちの人の功績なの。発見した遺跡はサトウキビの栽培に適していたの。流通しているお砂糖の大半はアーランで作られているのはご存知でしょう? 私が眠っていた場所の奥は巨大なプラントになっていて、そこで当時は高価だったお砂糖をうちの人は栽培することにしたの。それで今に繋がっているのよ」
「ははあ、それは大したもんですねえ……。じゃあ、砂糖の流通を一手に握って? その割にはギルマス、羽振りがいいように見えませんけど。毎日奥さんのお弁当持って出勤してきますし」
「あの人、平民の生まれだもの。平民生まれで下町のギルドマスターまでいけたのなら大したものだわ! あとは……うちの人は欲がなくてね。お砂糖の権利は国に売ってしまったわ。その代わりに何を求めたのかは教えてくれなかったのだけど」
ははーん。
僕はピンと来たぞ。
ドロテアさんがエルフでもないのにいつまでも若いままでいるのに、調査機関の手が回らない。
これは国が関与していると見た。
あくまで僕の想像だ。
だけど、それがとてもらしい考えだと思った。
それならば、僕はもう関わらない。
ややこしい事には首を突っ込まないと決めているのだ……。
最後のクッキーを食べて、お茶で流し込む。
「いやあ、美味しかった! ごちそうさまです! そろそろです?」
「そろそろね。油を熱して揚げていくのだけど、うちの人が、ナザルさんに限っては油の心配はいらないと言ってて……」
「その通り! 全くもってその通りです奥さん!」
僕のテンションが跳ね上がった。
ギルドマスター、粋なはからいをしてくれるじゃないか!
「お鍋の用意は?」
「はい」
「よろしい! ではここに生み出しましょう、僕の……油を……!」
ドロテアさんが用意したお鍋に、僕は彼女がよしと言うまで油を流し込んだ。
奥さんは目を丸くしてこれを眺めている。
「凄いわ! あっという間にお鍋が油でいっぱいになっちゃった!」
「奥さん、まだ注ぎます?」
「あっ、ストップ! ……ちょっと多いかも」
「量の微調整もお任せ下さい」
するするっと油を消して魔力に戻す。
たっぷりの油を火にかけて……。
「とっても澄んでいて、素晴らしい油ね」
「ええ、そうでしょう。僕の油の素晴らしさを分かってくれたのは奥さんが初めてですよ。何せ、これは飲める油なんですから」
「まあ!」
嬉しそうなドロテアさんなのだった。
いやあ、実にいい人だ……。
54
あなたにおすすめの小説
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
リヴァイヴ・ヒーロー ~異世界転生に侵略された世界に、英雄は再び現れる~
灰色キャット
ファンタジー
「君に今の時代に生まれ変わって欲しいんだ」
魔物の王を討伐した古き英雄グレリア・ファルトは死後、突然白い世界に呼び出され、神にそう言われてしまった。
彼は生まれ変わるという言葉に孫の言葉を思い出し、新しい人生を生きることを決意した。
遥か昔に生きていた世界がどう変わっているか、発展しているか期待をしながら700年後の時代に転生した彼を待ち受けていたのは……『英雄召喚』と呼ばれる魔法でやってきた異世界人の手によって破壊され発展した――変貌した世界だった。
歴史すら捻じ曲げられた世界で、グレリアは何を求め、知り……世界を生きるのだろうか?
己の心のままに生き、今を知るために、彼は再び歴史を紡ぐ。
そして……主人公はもう一人――『勇者』、『英雄』の定義すら薄くなった世界でそれらに憧れ、近づきたいと願う少年、セイル・シルドニアは学園での入学試験で一人の男と出会う。
そのことをきっかけにしてセイルは本当の意味で『勇者』というものを考え、『英雄』と呼ばれる存在になるためにもがき、苦しむことになるだろう。
例えどんな困難な道であっても、光が照らす道へと……己の力で進むと誓った、その限りを尽くして。
過去の英雄と現代の英雄(の卵)が交差し、歴史を作る!
異世界転生型アンチ異世界転生ファンタジー、ここに開幕!
――なろう・カクヨムでも連載中――
【完結】テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜
沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。
数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる