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Mと三人の魔女編

第二十五話:ドMと聖騎士と魔女裁判

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 さあ、マドンナを助けに行こう! ということになった。
 委員長は色々ひどい目に遭ったようでボロボロで、歩くのもやっとっぽい。
 だけど足を止めていたら、何があるか分からないのだ。

「さあ委員長、僕の背中に乗るんだ! なんならこの馬め! と蹴りながら罵ってくれていい! いや、むしろしてください!!」

「う、うん」

 あれっ?
 委員長がいつものように、嫌悪感に満ちた目を向けてくると思っていたのに。
 なんで顔を赤らめて大人しく僕の背中に覆い被さるんだろう。
 きっとまだ体調が悪いからそのせいだろう。

「げげえっ!? 委員長あんた本気っすか!? こやつただのドMっすよ!? この若さで自分の性癖を理解してしまった男っすよ!?」

「……新田さんには言われたくないわ! なんで新田さんは、こんなに近くにいて彼の事がわからないの?」

「おおー、しゅらばです! ながねんいきてるですけど、いつみても、しゅらばはおもしろいです!」

 意味が分からないよ!

「新聞屋、うちのシンパを呼んでよ。歩いていくと限界があるっぽいや」

「ええっ、あっし、そんな伝手はないっすよ? だって連中は張井くんの同類っすからね。深く触れ合ってあっしに伝染しては大変っすよ!」

「ええーっ!? じゃあ新聞屋、今まで毎日なにしてたのさ!」

「そりゃもう、美形を侍らせて豪遊っすよ! 酒池肉林っすよ! ……おっと、きちんと大事な貞操は取ってあるっすよ! いつかくる王子様に捧げるっす!」

「新聞屋に王子様は来ないと思うよ」

「にゃっ、にゃにぃいぃぃ!!」

 僕と新聞屋が、むきーと叫びながらぽこぽこ叩きあっていると、

「あっ、そ、そこを行かれるのは魔女ブンヤー様と不死身の少年様!!」

 委員長が僕の背中に顔を押し付けて隠れた。
 声をかけてきたのは、委員長の領地の職人さんだ。
 毎晩のようにうちの領地に通ってきて、主に首輪を付けられて全裸で犬のお散歩プレイを楽しんでいた人だったはずだ。
 これがいい顔で犬のプレイをするんだよこの人。

「あ、どうもどうも。実は、魔女イイーの領域をやっつけたので、次は魔女マドーのところに行きたいんですよ。でも、友達が怪我をしちゃって」

「ははあ、それは大変ですな。馬具職人の友人が小さな馬車を持っていたはずですよ。案内しましょう」

 そう言う事になった。
 委員長は服を破かれていたので、その辺の人の服を拝借して着せている。
 だから、だぶっとしてるし野暮ったいし、顔は殴られたあとで腫れているしで、彼女が魔女イイーだと気づける人は誰もいないみたい。
 お陰でとんとん拍子で話が進んだ。
 つまりは馬車を借りられたのだ。
 消耗している委員長を連れて歩くのはしんどいし、置きっ放しなんてとんでもない。
 ということで、馬車に彼女を座らせて、魔女マドーの領地へ急ぐのである。
 すると、何やら周りが込み合ってきた。
 何事かしら。

「なかなか進まないみたいですね」

「ああ、そうですねえ。なんだ、この込み方は。外から隊商が来た時みたいじゃねえか」

 馬具職人の人が御者をやってくれたのだけど、彼も首をかしげている。

「ちょっと聞いてみますわ。おうい、なんでこんなになってんだ?」

「お、馬具のとこのじゃねえか。いやあ、これはな、見ものなんだよ。どうやら魔女マドーが魔女裁判とやらにかけられるって言うじゃねえか」

「魔女裁判だって!?」

「ぎょ、ぎょえーっ!」

 驚いたのは僕。叫んだのは新聞屋だ。

「あっ、そこにいるのは魔女ブンヤー様! えっへっへ、俺ぁ、いつもブンヤー様んとこに蝋燭を納品してるもんでさあ。いやあ、低温蝋燭なんて不良品、どうやってさばこうかと思ってたら大量受注でうはうはですわ! うちのかかあにも新しい服を買ってやれまして!」

「は、はぁーっはっはっは! そうっすかそうっすか! うんうん、あっしに従う限り儲けさせてやるっすよ? だからこれからも励むがいいっす!」

「ははーっ」

「なに、ブンヤー様だって!?」

「本当だ、ブンヤー様だ!」

「ブンヤー様ってまだあんな子供なのかよ?」

「乳でかい」

 いけない、注目を集めてしまった。
 僕は後ろから、まだ馬鹿笑いをする新聞屋の口をふさぐと、

「ムグワー」

「とりあえず、急げるだけ急いで下さい!」

 馬具職人さんにお願いしたのだ。


 というわけで、時には新聞屋を外に出して、

「ええい、道をあけるっすよー!! あっしのお通りっすー!!」

 とかやってもらいながら、どんどん進んでいった。
 到着したのは、魔女裁判というだけあって裁判所……じゃなかった。
 多分、魔女マドーの屋敷と思えるものはひどい有様になっていて、暴徒がここを襲ったんだろう。
 誰かさんが魔術消去の魔法なんて使うから……。
 しかもまだ効果があるとか、どれほど強力なんだろう。

 さてさて、そこは屋外。
 青天井の場所に広場が作られていて、マドンナは広場の中央に跪いていた。
 いや、跪かされていた。
 すぐ近くには、キラキラ光る鎧を着た男の人がいる。

「魔女マドー! 人心を惑わし、人々を悪魔の道に誘った悪魔の使い! 貴様の罪は許されるものではない!」

 そうだそうだ! と群集から声があがる。

「ち、違う! あたしは……!」

「黙れ!」

 騎士みたいな鎧の人がマドンナを蹴った。

「ぎゃあっ」

 マドンナが顔面から地面に倒れる。
 周囲から快哉が上がった。

「聖騎士様! その女を処刑してしまってください!! あたしの息子たちも、その魔女にたぶらかされて!」

「魔女に見つめられると、俺が俺でなくなっちまうんです! おっそろしい魔術を使う女です! すぐに殺してしまってください!」

「今思えば、魔女に命令されてひどいこともやってしまった! 何もかも魔女が悪いのです!!」

 辺りの人たちが口々に叫んでいる。
 なんだかなあ。
 新聞屋、ガクブルしている。

「ひいー、こうも魔女魔女言われると、あっしの肝も冷えてくるっすー」

 新聞屋なら、ここにいる人たちを蹴散らせるくらいの力があるだろうに、性根の小心者は変わらないんだなあ。
 さて、こうしちゃいられない。行こう。

「す、すみませーん。とおしてくださーい」

「なんだ小僧、割り込むな」

「せっかくこれから魔女が処刑されるところなんだぞ!」

「あれは悪魔の使いなんだから、こうして処刑しなくちゃいけないのよ!」

 なんかみんな楽しそうだなあ。
 魔女の処刑が、まるで娯楽みたいだ。

「しっけいです! あくまだって、しもべをえらぶけんりがあるです!!」

 悪魔代表のようじょグレモリーちゃんが憤慨している。
 僕はとにかく、前に進めない。
 人が邪魔で邪魔で。
 そういうしているうちに、向こうでは変なものが組みあがっている。
 十字架みたいな大きな台が立てられて、足元にはたくさんの薪がくべられている。

「この魔女を、私は火刑に処しようと思う!」

「わあー!! 魔女を燃やしちまえ!!」

「知ってるぜ、火で炙る前に、槍で突き刺すんだよな?」

「ばっか、それは磔はりつけだっての」

 むむむむー!!

「グレモリーちゃん、お願いするよ!」

「ハリイ、ここでやったらいっぱんしみんも、まきこむですよ? いいですか?」

「なるべく巻き込まないようにお願い!」

「しかたないですね! どりょくするです!」

 グレモリーちゃんが、また鎌を召喚した。
 そしてそれを大きく振り上げると、飛び上がりながら鎌を下に向かって半回転。
 そのままの勢いを止めずに、僕を下から打ち上げた。

「いってくるですよー!!」

「いってきまーす!」

 僕はばびゅーんっと空に打ちあがり、火刑台の十字架目掛けて落下した。
 物凄い音を立てて激突する。
 おっ、真っ暗だ。
 どうやら火刑台を吹っ飛ばして、下に彫られていた台を立てる穴にはまってしまったようだ!

「な、なんだなんだ!?」

「人が地面にめり込んでいる!?」

「ひょ、ひょっほまっふぁー(ちょ、ちょっとまったー)」

 聖騎士の人も驚いているようだ。

「突然空から……! 貴様何者だ! 魔女の仲間か!」

 うわっ、顔を抜くまで待ってよ!
 股間に剣をつきつけるなよう。

「はっ、張井……! あんた……!」

 かすれた声が聞こえた。
 マドンナだ。良かった、まだ無事なようだ。どこまで無事なのかは分からないけど。

 僕はなんとか顔を地面から引っこ抜くと、一息ついた。

「お前は確か……魔女ブンヤーの手下の不死身の少年か!」

「手下じゃないです」

 僕はゆっくりと立ち上がる。
 目の前の騎士は身構えた。

「何用だ? 神聖な火刑を邪魔するとは……! 今まさにそこの魔女を処刑するところだったのだぞ? そのために私は聖王国から来たと言うのに」

「なんだかよく分からないけど、マドンナは僕の大切な友達なので助けに来ました!」

「貴様……この魔女とも繋がっていたのか! やはり魔女ブンヤーも所詮は魔女……!!」

 どうやらこの世界では、魔女は僕たちがいた世界の中世ヨーロッパみたいな、忌み嫌われる感じらしい。
 だけど、やらせないぞ。
 マドンナがいれば、僕をいじめてくれる美少女のバリエーションが広がるのだ。
 新聞屋に委員長にマドンナ。こんなハーレムを逃すわけにはいかない!!

「この聖騎士ザンバーが貴様を倒し、魔女を処刑する! 覚悟せよ、不死身の少年!」

「むむっ、いらっしゃい!」

 僕も見よう見まねで構えた。
 ちなみに格闘技経験とか無いです!

 ザンバーさんは、明らかに委員長のところで相手にした人たちとは違う。
 なんていうか、つわものオーラがすごいのだ。

「”隼切り”!! ジャッ……!!」

 一瞬、ザンバーさんの右手が動いた。
 左の腰から剣が抜かれる……と思った瞬間には、僕の体にすごい衝撃が走っている。
 うわ、なんだこれ!?
 見えなかったし、この技って、エカテリーナ様の部下の騎士が使ってたやつだ。
 でも、明らかにそれとは次元が違う威力。

「悪魔兵士を一刀で切り伏せる我が斬撃でも斬れぬか……! 噂に違わぬ化け物め!」

「いやー、普通に痛かったです!」

 しかもザンバーさんは男の人だから気持ちよくない。
 これは由々しき問題だよ!

「ハリイ! そのおとこ、じゅんえいゆうきゅうです! いまのハリイではにがおもいかもしれません!」

 準英雄級? つまりすっごい強いってことだな。
 大体、僕はビミョーな技ばかりしかないのだ。元から強いやつと戦う様にできてない。

「続いていくぞ! ”鎌鼬ソニックブーム”」

 またザンバーさんの右手が高速で動き、今度は振り切られた姿勢で剣が下を向いている。
 僕は反射的に、マドンナの前に立ちふさがっていた。

「あいたっ!?」

 物凄い衝撃が僕の全身を打つ。
 そして、周囲の地面がくるぶしの深さまで抉られる。

「ひっ……いぃ……」

 マドンナが細い悲鳴を上げて縮こまった。
 間違いなく、僕ごとマドンナを狙っていた。
 こいつ、その気になれば一人で集団を壊滅させられるやつだ。
 しかも、これもエカテリーナ様の部下が使ってた技だ。それの凄く威力が高いバージョン。
 つまり、多分基礎の技ってこと。

 こんなやつと、マドンナを守りながらやりあうって、ちょっと洒落になんないぞ。

「くっ、クロスカウンター!」

「むっ」

 僕は咄嗟にクロスカウンターを身構える。
 ザンバーはその時には隼切りを放っている。
 僕の反撃の拳は、隼切りを食らいながらも、ザンバーの顎に炸裂する。
 だけど、他の人たちみたいに彼は倒れない。

「っく……。なるほど、これが貴様の技か。重ねて受ければ危険だな……だが、覚えたぞ」

 やばい。
 なんかこれ、実力以外にも、戦いの経験とか違いすぎる。

「た、助けて、張井……」

 僕の後ろでマドンナはぴくりとも動けない。
 僕は、ここを動けない。
 そうしないとマドンナを守れないからだ。
 どうする、どうする……!?

「では、本気で行くぞ」

 ザンバーが宣言する。
 その途端、彼を包む空気が一変する。
 これって、グレモリーちゃんが初登場時、僕らを吹き飛ばした時みたいなプレッシャーだ。
 もう、こうなればこれしかない。
 僕は叫んだ。

「待ってくれ!」

「問答無用! いまさら命乞いか!」

「違う! 実は魔女イイーも、マドーも、全て魔女ブンヤーの手下だったんだ!! 全て背後で糸を引いていたのは魔女ブンヤーだったんだよ!!」

「なっ、なにいっ!!」

 驚愕で目を見開くザンバーさん。
 あ、この人悪い人じゃないのかもしれない。すぐ信じたぞ。

「た、確かに、この町に三人も魔女が現れた事に、そうなれば説明がつく……! なるほど、だからブンヤーが現れると同時に、イイーとマドーは力を減じていったのだな。魔女ブンヤー!! どこだぁっ!」

「げげーいっ」

 黙っていればいいのに、新聞屋はびびって人ごみの中で叫んでしまった。

「いたかっ!! おのれ、人々を肉の盾にするとは卑怯な!!」

 ザンバーさんの言葉に、周りの人たちは一瞬呆然。
 そしてすぐにパニックになる。

「ま、魔女ブンヤーがイイーとマドーの親分だって!?」

「ここにブンヤーがいるのか!?」

「くっ、こうなれば仕方がないっす!! おいお前たち! あっしの盾になるっすよ! ならなければここであっしがころーす!! ”光の爆発ブライトエクスプロージョン”!!」

「ウグワー」

 あっー!
 なんか見せしめっぽい感じで、遠くで無関係な人が百人単位で吹っ飛ばされた!!

「な、なにをする貴様ーっ!! この悪魔! 魔女めええ!!」

「げはははは!! 聖騎士であるお前には手を出せまいっすよ!! ほれ、あっしの腕には子供を人質にとってあるっす! しかもあっしは無詠唱でこの場の人間を抹殺できる魔法があるっす!!」

「くっ! なんと恐ろしい魔女なのだ! やはりやつが全ての魔女の首魁だったのか!」

「さあ、攻撃できない間に葬ってやるっすよ!! 諸共に死ねえいっ!! ”光の流星雨・改ブライト・スターフォールネクサス”!!」

 なんだそれ!?
 答えはすぐにやってきた。
 追い詰められた新聞屋は、新しい魔法を身につけたようだ。
 空から降ってくる流星雨は、以前にマドンナたちにはなったのと似ている。
 でも、スケールが違う。
 町を一個飲み込むレベルだ!

「やっば!」

 僕はマドンナを抱き上げて走った。

「きゃあっ」

 彼女が妙に女の子らしい悲鳴をあげるけれど、かまってる暇なんてない。

「ハリイ、うけとるです!」

 グレモリーちゃんが僕目掛けて委員長を放ってくる。

「ひいえええええ!?」

「ナイスグレモリーちゃん!」

 僕は委員長を走りながら、胸でキャッチ。空いてる方の腕で抱えて走る。

「”全体ガード”!!」

「ぬおお!! やらせるか魔女めえ!! 町はやらせんぞおおっ!! ”流星剣シューティングスラッ”ッ!!」

 ザンバーさんは降り注ぐ光の流星目掛けて、奥義を放ったようだった。
 彼の剣が強烈な光の帯をまとい、高速のスイングに合わせて光の帯が次々に撃ち出されて行く。
 うわっ、あれとんでもないな!
 この世界、強い人はとにかくとことん強いみたいだ。

 だけど、新聞屋渾身の大量殺戮魔法は止まらない。
 打ち漏らした光の隕石が、町を次々に直撃し始める。

「ぬううう!!」

「ひゃっ……ああああっ……」

「ひぃっ、ひぃーっ」

 委員長とマドンナが、僕にすがり付いてギュッと目を閉じる。
 僕は、とりあえず、建物一つが蒸発するようなダメージをガンガン食らっている状態でして。
 ええーと、さすがにザンバーさんとやりあった後でこのダメージはやばい。まずいかもしれない。

「マドンナ、マドンナ」

 声をかけると、僕の腕の中で彼女が身じろぎした。

「な、なに」

「回復魔法お願いします!」

「え、だ、だってあたし、魔法はもう使えなく……ひ、”水の癒しヒールウォーター”」

 じんわりと体が温かくなる。
 マドンナの手から生み出された暖かな雫が、僕のダメージを癒していく。

「あれ、どうして魔法が使えるってのよ……?」

 お陰で耐えられそうだ。
 僕はダメージを受けながら、阿鼻叫喚の地獄になった町の中を走る。
 目の前では、グレモリーちゃんが移動魔法のゲートを展開している。
 新聞屋はちゃっかり、一番先に逃げ出せるところに控えている。

 かくして僕たちは、町ひとつを灰にするような大騒ぎを引き起こしながら脱出したのである!
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