記憶と魔力を婚約者に奪われた「ないない尽くしの聖女」は、ワケあり王子様のお気に入り~王族とは知らずにそばにいた彼から なぜか溺愛されています
瑞貴◆『手違いの妻』4月15日発売!
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第1章 あなたは誰
出会い①
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う~ん、ここはどこかしら?
目を閉じて横になっているんだけど、この布団、肌触りに馴染みがないのよね。
それに、寝ている時に近くに人がいたことなんて、あったかしら? 何故か、人の気配を近くに感じるし。
だって、いつも一人で目覚める――……? あれ? 本当にそうだったかしら?
ん? えぇ? そもそもわたしは……誰だろう。
そう思いながら、むくりと起き上がれば、耳に心地良い穏やかな声が届く。
「あ、良かった……目が覚めましたか?」
「……」
体を起こすとほぼ同時。目の前にいる見知らぬ好青年が、赤い瞳……いいえ、黒い瞳を細め、にこりと笑う。
随分と見た目が良い。
一度見たら目の奥に焼きつく容姿にもかかわらず、「この顔に見覚えは……ないわよね」と自問自答しているんだけど、彼はわたしの知り合いかしら……?
どうしよう。よく知る人物の顔も見分けられないなんて、失礼にもほどがあるわ。
優しい雰囲気の彼が一体誰なのか? 一向に思い出せず、ただひたすらドギマギしてしまう。
彼を探るヒントを得ようと思ったけれど、あれれ……ここはどこかしら?
首を左右に動かし周囲を見渡すけれど、全くもって見覚えがない。
……どうしてここにいるのかと、首を傾げる。
目に映る部屋は狭くない。
けれど、窓と思き場所は、厚地のカーテンが隙間なく閉められ、時計の針は五時を示している。
それだけでは、朝なのか夕方なのかも分からない。
小さな木の机以外、家具らしいものが見当たらない殺風景な薄暗い部屋。漆黒髪の紳士が、ベットの横に木製のチェアーを置いて座っていた。
彼は読みかけの本を開いたまま手に持っているけど……やっぱり誰だろう? 分からない。
上質ではあるものの、ブランドとは無縁のセーターを着る男性は、笑顔を保ったままだ。
しばらく黙りこくっていれば、見知らぬ男性が読みかけの本をパタンと閉じ、椅子から立ち上がる。
そうして、わたしの瞳を覗き込む。
「ここはカステン軍の事務所で、そこを僕が家として借りしているんです。へぇ~。琥珀色の瞳ですか……珍しいですね」
「……」
琥珀色の瞳。それがわたしの瞳を指すのかも分からず、ぼんやりと聞き流す。
「あなたの名前は?」
と訊ねられてしまい、彼を見つめながら、こてりと首を傾げる。
わたしの名前……? そう聞かれても、さっぱり分からない……。
「さ、さあね――」
「ふふっ。何もしませんから、そんなに警戒しないでください。僕はアンドレです。……家族に捨てられた身なので、家名はありませんけどね」
「ぁ…。ええ、アンドレね……」
「あなたの名前くらい教えてくれませんか。なんて呼んでいいか分からないですしね」
「それが……自分が誰なのか分からないのよ」
事実を伝えると、それまで見せていた穏やかな表情から一変。顔をしかめた。
「あ~。僕としたことが、とんでもない失敗をしたようですね。よりによって、面倒なものを拾ってきたのか……」
と言いながら扉を一瞥する。
「ねぇ! 拾ってきたって、どこから? わたし……最後に何をしていたのかも思い出せないわ」
彼はわたしを追い出そうと考えたのだろう。
扉に向かい離れていこうとする。それに気づき、彼の腕を慌てて引き止めた。
わたしの記憶には、しっかり、はっきりとルダイラ王国で生まれ育った記憶が残る。
それにもかかわらず、周囲にいた人物の顔も名前も、何もかも思い出せない。
けれど自分は、毎日のように魔法や魔物について、勉強していたのかもしれない。
その類の知識に関しては、これでもかというくらい頭の中に詰まっている。
だが、いざ「それを誰から習っていたのか?」と聞かれてしまえば、そこはさっぱり分からない。
これまで培ってきた知識は残っているのに。自分は誰で、どこで、何をしていたのか、微塵も残っていない。
自分という存在だけが、頭の中からすっぽりと消えているんだから。
――酷く気持ち悪い。
「君……。本当に自分のことが分からないんですか?」
「ええ、自分のことはさっぱり分からないの。ここがどこか教えて欲しいわ」
「ここはカステン辺境伯領だけど、君は馬で三十分離れた森の中の道沿いで眠っていたんだ。あんな所で寝ていてよく狼に襲われなかったね」
平坦な口調で告げられた。
「どうして、そんなところで寝ていたのかしら。だけど、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
彼は当然のことをしたまでですと、微笑んだ。
そう言ってくれるなら、穏やかな彼に更に甘えたいところだ。
この部屋。どう見ても余っている客間だし、このまま居候したいと目論み、彼の人となりを探る。
「ねえアンドレの年齢は? 仕事は?」
そうすれば、はぁ~っと深いため息が返ってくる。
「君ねぇ……。記憶がないわりに、随分と踏み込んだことを聞いてきますね。図々しいですよ」
「だって、わたし……。行く当てがなくて。しばらくここに置いてもらいたいもの。それに、年齢くらいは普通でしょう」
「やれやれ。新手の詐欺師ですか。本当に、とんでもないものを家に入れたみたいですね」
「詐欺じゃないわよ」
「まあ大抵の詐欺師はそう言うでしょう」
「だから違うってば」
「さあさあ、目が覚めたのなら出て行ってください」
「えぇぇ~。そんな冷たいことを言わないでよ」
「冷たいも何もないでしょう。森から拾ってきて、目が覚めるまでここに置いてあげたんですよ。それも、名前さえ知らないと言う変な女性を。それだけでも十分親切だと思いますよ」
「変な女って酷いわ。……自分の方が、何者なのか知りたいのよ」
「どうせ、その辺にお仲間でもいるんでしょう。その方に聞くといいですよ。本気で迷惑なので立ち去ってください」
静かに怒りを露わにするアンドレに、バッと布団をはがされた。
目を閉じて横になっているんだけど、この布団、肌触りに馴染みがないのよね。
それに、寝ている時に近くに人がいたことなんて、あったかしら? 何故か、人の気配を近くに感じるし。
だって、いつも一人で目覚める――……? あれ? 本当にそうだったかしら?
ん? えぇ? そもそもわたしは……誰だろう。
そう思いながら、むくりと起き上がれば、耳に心地良い穏やかな声が届く。
「あ、良かった……目が覚めましたか?」
「……」
体を起こすとほぼ同時。目の前にいる見知らぬ好青年が、赤い瞳……いいえ、黒い瞳を細め、にこりと笑う。
随分と見た目が良い。
一度見たら目の奥に焼きつく容姿にもかかわらず、「この顔に見覚えは……ないわよね」と自問自答しているんだけど、彼はわたしの知り合いかしら……?
どうしよう。よく知る人物の顔も見分けられないなんて、失礼にもほどがあるわ。
優しい雰囲気の彼が一体誰なのか? 一向に思い出せず、ただひたすらドギマギしてしまう。
彼を探るヒントを得ようと思ったけれど、あれれ……ここはどこかしら?
首を左右に動かし周囲を見渡すけれど、全くもって見覚えがない。
……どうしてここにいるのかと、首を傾げる。
目に映る部屋は狭くない。
けれど、窓と思き場所は、厚地のカーテンが隙間なく閉められ、時計の針は五時を示している。
それだけでは、朝なのか夕方なのかも分からない。
小さな木の机以外、家具らしいものが見当たらない殺風景な薄暗い部屋。漆黒髪の紳士が、ベットの横に木製のチェアーを置いて座っていた。
彼は読みかけの本を開いたまま手に持っているけど……やっぱり誰だろう? 分からない。
上質ではあるものの、ブランドとは無縁のセーターを着る男性は、笑顔を保ったままだ。
しばらく黙りこくっていれば、見知らぬ男性が読みかけの本をパタンと閉じ、椅子から立ち上がる。
そうして、わたしの瞳を覗き込む。
「ここはカステン軍の事務所で、そこを僕が家として借りしているんです。へぇ~。琥珀色の瞳ですか……珍しいですね」
「……」
琥珀色の瞳。それがわたしの瞳を指すのかも分からず、ぼんやりと聞き流す。
「あなたの名前は?」
と訊ねられてしまい、彼を見つめながら、こてりと首を傾げる。
わたしの名前……? そう聞かれても、さっぱり分からない……。
「さ、さあね――」
「ふふっ。何もしませんから、そんなに警戒しないでください。僕はアンドレです。……家族に捨てられた身なので、家名はありませんけどね」
「ぁ…。ええ、アンドレね……」
「あなたの名前くらい教えてくれませんか。なんて呼んでいいか分からないですしね」
「それが……自分が誰なのか分からないのよ」
事実を伝えると、それまで見せていた穏やかな表情から一変。顔をしかめた。
「あ~。僕としたことが、とんでもない失敗をしたようですね。よりによって、面倒なものを拾ってきたのか……」
と言いながら扉を一瞥する。
「ねぇ! 拾ってきたって、どこから? わたし……最後に何をしていたのかも思い出せないわ」
彼はわたしを追い出そうと考えたのだろう。
扉に向かい離れていこうとする。それに気づき、彼の腕を慌てて引き止めた。
わたしの記憶には、しっかり、はっきりとルダイラ王国で生まれ育った記憶が残る。
それにもかかわらず、周囲にいた人物の顔も名前も、何もかも思い出せない。
けれど自分は、毎日のように魔法や魔物について、勉強していたのかもしれない。
その類の知識に関しては、これでもかというくらい頭の中に詰まっている。
だが、いざ「それを誰から習っていたのか?」と聞かれてしまえば、そこはさっぱり分からない。
これまで培ってきた知識は残っているのに。自分は誰で、どこで、何をしていたのか、微塵も残っていない。
自分という存在だけが、頭の中からすっぽりと消えているんだから。
――酷く気持ち悪い。
「君……。本当に自分のことが分からないんですか?」
「ええ、自分のことはさっぱり分からないの。ここがどこか教えて欲しいわ」
「ここはカステン辺境伯領だけど、君は馬で三十分離れた森の中の道沿いで眠っていたんだ。あんな所で寝ていてよく狼に襲われなかったね」
平坦な口調で告げられた。
「どうして、そんなところで寝ていたのかしら。だけど、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
彼は当然のことをしたまでですと、微笑んだ。
そう言ってくれるなら、穏やかな彼に更に甘えたいところだ。
この部屋。どう見ても余っている客間だし、このまま居候したいと目論み、彼の人となりを探る。
「ねえアンドレの年齢は? 仕事は?」
そうすれば、はぁ~っと深いため息が返ってくる。
「君ねぇ……。記憶がないわりに、随分と踏み込んだことを聞いてきますね。図々しいですよ」
「だって、わたし……。行く当てがなくて。しばらくここに置いてもらいたいもの。それに、年齢くらいは普通でしょう」
「やれやれ。新手の詐欺師ですか。本当に、とんでもないものを家に入れたみたいですね」
「詐欺じゃないわよ」
「まあ大抵の詐欺師はそう言うでしょう」
「だから違うってば」
「さあさあ、目が覚めたのなら出て行ってください」
「えぇぇ~。そんな冷たいことを言わないでよ」
「冷たいも何もないでしょう。森から拾ってきて、目が覚めるまでここに置いてあげたんですよ。それも、名前さえ知らないと言う変な女性を。それだけでも十分親切だと思いますよ」
「変な女って酷いわ。……自分の方が、何者なのか知りたいのよ」
「どうせ、その辺にお仲間でもいるんでしょう。その方に聞くといいですよ。本気で迷惑なので立ち去ってください」
静かに怒りを露わにするアンドレに、バッと布団をはがされた。
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