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第5章 離さない

ジュディットの記憶の修復①

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 ――深い森の奥。
 小鳥のさえずりが、美しい音楽を奏でるようにピィーピィーと響く。

 夢か──……。
 と、思ったけれど……違った。
 おかしいわね。歩きながら意識が混乱するなんて、なんだか疲れているのかしら。

 そんな風に考えながら、草に足を取られないように注意を払う。

 二十人規模で瘴気の浄化に向かった、その帰り道。彼らの視界から逃げるように、一人、離れた所を歩く。

 すると、腰に携える剣をカシャカシャと鳴らしながら、わたしに駆け寄る一人の青年の気配を感じる。

 自分の手元を注視していた瞳を動かす。そうすれば、王宮騎士団、第二部隊長であるシモンの姿が見えた。

「また一人で歩いて。筆頭聖女は何をされているんですか」
「あら? わたしのことを茶化しているのかしら。そう呼ぶのは三週間早いわよシモン」

『筆頭聖女』と呼ばれたが、わたしはまだ筆頭聖女ではない。
 それは、婚姻の儀を終えた後に王妃様から受け継ぐ呼び名である。

「いいえ、茶化すなんてとんでもございません。王太子殿下とのご結婚に関係なく、ジュディット様の実績は、現筆頭聖女様を遥かに超えているんです。そう呼んでもよろしいでしょう」

「駄目よ。王妃様に失礼なことを軽々しく口にすると処分されるわよ。わたしが王妃様から聖女のクラウンを引き継ぐまでは、この国の筆頭聖女である王妃様へ、正しく敬意を持ってちょうだい」

「はい承知いたしました、偉大なる未来の国母、大聖女のジュディット様」

「もう、だからなんなのよ! さっきからわたしのことを揶揄って遊んでいるでしょう⁉」

「ははっ、まさか滅相もない。森の中を歩きながら、『魔力の結晶』を作るのは危険なので、止めていただこうとしているだけです」

「だって仕方ないじゃない。……忙しくて、こんな時しか作れないんだもの」

「それは重々承知ですが、『ジュディット様のガラス玉』へ意識を集中して、周囲の危険から注意を逸らすのは、無防備ですよ」
 わたしの秘密を知るシモンが、ぺろりと口走る。

「ちょっと! この魔力の結晶は『大司教のガラス玉』よ。さっきから、呼び方を間違いすぎよ」

 けれど、全く反省の色が見えないシモンは、「むしろ国民全員が、呼び方を間違っているのでしょう」と、声に出して笑うため、口元に人差し指を立てる。

「シィーッ。シィーッ――。ちょっと、声が大きいわよ。前を歩く隊員たちに聞こえるでしょう」
 ガラス玉の製作者はごく限られた者しか知らない極秘事項だ。

 大司教とわたし、国王陛下の三人だけの秘密だった。

 それなのに、こうやって歩きながら作っているのを、数か月前にシモンに見つかり、今は、彼を含めた四人だけの重要な秘め事である。

 油断してシモンにバレる大失敗をやらかしたことを、まだ陛下にも打ち明けていない。

 今さら、製作者が違うと国民にバレてしまえば、王室と中央教会の信用を失墜しかねない。

 そうならないためにも、筆頭聖女になった暁に、それとな~く、ジュディットとガラス玉を結び付けていく計画が立っている。

「それでは、間もなくそのガラス玉の名前も変わるのでしょうね。筆頭聖女様の名前が、現王妃のイリヤ様からジュディット様へ替わるタイミングで」

「まさか。すぐに変わるわけがないでしょう――王妃様の立場もあるのよ」

 シモンの悪ふざけを聞き流すと、出来上がったガラス玉を外套のポケットへ、いつもの調子で入れる。

 それを無造作に転がせば、中に入っているものとぶつかり、コツンと音を立てているのを感じた。

 彼に従うのはなんだか癪だ。だけど、そろそろポケットの中が重くなってきたし、作るのを止める。

 そうすれば、シモンがわたしの顔を、まじまじと見てくる。
「最近、どういうわけか瘴気だまりの発生が多いですよね」
「そうね」

 昨日の夜から感じ始めた今回の瘴気だまりは、朝、妹と、もめたせいで、到着が相当遅れてしまった。

 そのせいで、既に多くの魔物が周囲に広がっていた。

 生まれたばかりで知恵の乏しい魔物とはいえ、殲滅までに時間がかかった。
 不幸中の幸いは、魔物が人里まで降りていなかったことくらいか。

 シモンが顎を撫でながら、訝しむ。

「こんな美しい自然が広がる空間で、どうして瘴気だまりができたのでしょうか? 淀んだ水もなかったのに……」

 瘴気を発生させる原因となる、濁った水は一切なかった。

 活き活きとした緑が広がる地面にできた、謎の気配。
 違和感が拭えない場所に、突如として真っ黒な瘴気だまりが発生していた。

 ――何かがおかしい。
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