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第4章 離れたふたり
4-5 迫られる王女との結婚
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陛下の執務室へ平然と入っていくエドワード。
エドワードは、ルイーズ姿のときに何度か陛下の側近の姿を目にしていた。その度に彼は、陛下の依頼であることを察して逃げていたのだから。
彼はブラウン公爵を見掛ける度に、エドワード姿のルイーズに腕を組んでいたのだ。
回復魔法師であることを隠しているエドワード。自分の職位を知っている数少ない人物たちに、日頃は自分をその名で呼ぶなと命じてある。
そのため陛下の側近は、エドワードが1人になったときにしか声を掛けてこない。
それを逆手に取り、ブラウン公爵の姿を見掛けてはルイーズの体の自分が、エドワードの体にピッタリと張り付いていた。
エドワードが声を掛けられれば、応じられない理由を説明するのが簡単ではなかったから。
突然の入れ替わりで、しばらく仕事を休んでいたことに後ろめたさのあるエドワードは、回復魔法師としての口調にしては、日頃より丁寧だ。
自分がいなかった間に、きっと何かあったのだろうと、いつもより陛下を労わるように声を掛けている。
実のところ、エドワードは毎日ブラウン公爵の姿を見掛けていた。
エドワードと付き合いの長い陛下のことは、彼なりに心配している。
その上、事前の承諾もなく、一方的に仕事を放棄していたのが気に病んでいるようだ。
「最近、王宮にいないことが多かったから、陛下のことが気になって。たまには俺から来たけど、用事はなかったですか?」
「ずっと待っていたぞ。腰と肩が凝って痛くてな。エドワード様が捕まらないから他の回復魔法師様に頼んだが、やはり、いまいちだった」
陛下から待っていたと言われ、エドワードは申し訳なくなり目を伏せた。
けれど、その原因を聞いて白目を向いたエドワードは、いつもの調子に戻っていく。
「まさか、肩こりで俺を探し回っていたのか……。大概にしてくださいよ、ったくとんでもないな。調子がいまいちだから、しばらく仕事は休むと報告していたでしょう」
「そう水臭いことを言うな」
「はいはい、分かりましたよ」
そう言って、エドワードは、陛下の肌に触れるように手を握った。
しばらくして、エドワードが治療の終わりを告げる癖。反対の手で陛下の手の甲を2回軽くたたいて合図を送る。
治療の終了を理解した陛下は、おもむろに口を開く。
だが、その表情も口調も、辛気臭さく、明らかに落ち込んでいるようだ。
「エドワードは、フォスター伯爵家のルイーズ嬢がお気に入りなのか? 最近あちこちからその話を耳にする。恋人同士のように2人で腕を組んで歩いているんだって」
「どっから、そんな出鱈目……あ。まあ、親しいのは事実ですけどね」
(陛下の側近を見て、逃げるためにルイーズの体の俺が、エドワードの腕を組んで逃げ去ったからな。そのときの話か。
2人は元に戻ったわけだし、そんなことをすることは、もうないんだろうな……)
「ルイーズ嬢を伴侶にするつもりなのか?」
「あ、いや、そんな予定はないけど」
「ならば、レベッカと婚約してくれないだろうか。レベッカがやたらとエドワードに執心していてな。スペンサー侯爵家を公爵にする話も出したにもかかわらず、婚約の申し出がないと憤慨している。挙句にスペンサー侯爵家は王家への反逆とまで言いだした。私では、王女に説明する言い訳が見つからず、正直なところ困っている」
陛下はさらに全身に重苦しい空気をまとっているように映る。
レベッカ王女から、「なるべく早く婚約の話をちょうだい」と言われ、既に10か月以上たっている。王女の年齢的に、これ以上曖昧にするわけにいかないのは分かっている。
どう考えても、レベッカ王女を選ぶべきで、誰もがみんな、それが順当だと見立てているのが現状。ただ、エドワードの気持ちを除いては、だが。
(レベッカ王女ね……。俺の性格も全くの勘違いをして、変な期待をしているんだよな。それなら、ルイーズと一緒にいる方が落ち着くんだよな……)
「少し考えさせてください。断るなら理由は考えておきます。俺が王女の誰かと結婚しなくても、陛下の所にはいつでも来ますから、そう落ち込まないでください」
それを聞き、顔を上げてぱぁぁーっと笑顔になる陛下。
「そう言ってくれるのを待っていた」
「くくっ、ったく調子がいいな。そういえば、左膝も動かしにくかったでしょう。硬くなっていたから、ついでに治しておきましたから」
「先日転んだときのだな。エドワード様が捕まらなかったから、回復魔法師様に治してもらっていたんだ。痛くはなかったんだが、助かった」
「そうでしたか。それじゃ、また呼んでください」
エドワードは笑顔を陛下に向けてから退室していたが、独りになった途端に真顔に戻った。
そして、頭の中では直前の発言を撤回すべきかと、心がムズムズしている。
(冷静になれって、俺はどうしたんだよ。何故、王女よりルイーズの方が良いって思ったんだよ。そんなわけないだろう。
駄目だ。ルイーズのような何にも知らないあほでは、侯爵家の中のことさえ、ままならないだろう。どう考えたって、レベッカ王女の方が断然好都合だ。
王女に比べてルイーズの方が良い理由なんて、……気のせいだろう。
どうしちまったんだ……、何であんなことを陛下に言ったんだよ)
悶々とするエドワードは、救護室へ向かっていた。
心が乱れ、いつもより警戒心が薄れているエドワード。
彼は、いつもとは違う行動をとり、救護室で暴言をはいているモーガンと遭遇することになる。
エドワードは、ルイーズ姿のときに何度か陛下の側近の姿を目にしていた。その度に彼は、陛下の依頼であることを察して逃げていたのだから。
彼はブラウン公爵を見掛ける度に、エドワード姿のルイーズに腕を組んでいたのだ。
回復魔法師であることを隠しているエドワード。自分の職位を知っている数少ない人物たちに、日頃は自分をその名で呼ぶなと命じてある。
そのため陛下の側近は、エドワードが1人になったときにしか声を掛けてこない。
それを逆手に取り、ブラウン公爵の姿を見掛けてはルイーズの体の自分が、エドワードの体にピッタリと張り付いていた。
エドワードが声を掛けられれば、応じられない理由を説明するのが簡単ではなかったから。
突然の入れ替わりで、しばらく仕事を休んでいたことに後ろめたさのあるエドワードは、回復魔法師としての口調にしては、日頃より丁寧だ。
自分がいなかった間に、きっと何かあったのだろうと、いつもより陛下を労わるように声を掛けている。
実のところ、エドワードは毎日ブラウン公爵の姿を見掛けていた。
エドワードと付き合いの長い陛下のことは、彼なりに心配している。
その上、事前の承諾もなく、一方的に仕事を放棄していたのが気に病んでいるようだ。
「最近、王宮にいないことが多かったから、陛下のことが気になって。たまには俺から来たけど、用事はなかったですか?」
「ずっと待っていたぞ。腰と肩が凝って痛くてな。エドワード様が捕まらないから他の回復魔法師様に頼んだが、やはり、いまいちだった」
陛下から待っていたと言われ、エドワードは申し訳なくなり目を伏せた。
けれど、その原因を聞いて白目を向いたエドワードは、いつもの調子に戻っていく。
「まさか、肩こりで俺を探し回っていたのか……。大概にしてくださいよ、ったくとんでもないな。調子がいまいちだから、しばらく仕事は休むと報告していたでしょう」
「そう水臭いことを言うな」
「はいはい、分かりましたよ」
そう言って、エドワードは、陛下の肌に触れるように手を握った。
しばらくして、エドワードが治療の終わりを告げる癖。反対の手で陛下の手の甲を2回軽くたたいて合図を送る。
治療の終了を理解した陛下は、おもむろに口を開く。
だが、その表情も口調も、辛気臭さく、明らかに落ち込んでいるようだ。
「エドワードは、フォスター伯爵家のルイーズ嬢がお気に入りなのか? 最近あちこちからその話を耳にする。恋人同士のように2人で腕を組んで歩いているんだって」
「どっから、そんな出鱈目……あ。まあ、親しいのは事実ですけどね」
(陛下の側近を見て、逃げるためにルイーズの体の俺が、エドワードの腕を組んで逃げ去ったからな。そのときの話か。
2人は元に戻ったわけだし、そんなことをすることは、もうないんだろうな……)
「ルイーズ嬢を伴侶にするつもりなのか?」
「あ、いや、そんな予定はないけど」
「ならば、レベッカと婚約してくれないだろうか。レベッカがやたらとエドワードに執心していてな。スペンサー侯爵家を公爵にする話も出したにもかかわらず、婚約の申し出がないと憤慨している。挙句にスペンサー侯爵家は王家への反逆とまで言いだした。私では、王女に説明する言い訳が見つからず、正直なところ困っている」
陛下はさらに全身に重苦しい空気をまとっているように映る。
レベッカ王女から、「なるべく早く婚約の話をちょうだい」と言われ、既に10か月以上たっている。王女の年齢的に、これ以上曖昧にするわけにいかないのは分かっている。
どう考えても、レベッカ王女を選ぶべきで、誰もがみんな、それが順当だと見立てているのが現状。ただ、エドワードの気持ちを除いては、だが。
(レベッカ王女ね……。俺の性格も全くの勘違いをして、変な期待をしているんだよな。それなら、ルイーズと一緒にいる方が落ち着くんだよな……)
「少し考えさせてください。断るなら理由は考えておきます。俺が王女の誰かと結婚しなくても、陛下の所にはいつでも来ますから、そう落ち込まないでください」
それを聞き、顔を上げてぱぁぁーっと笑顔になる陛下。
「そう言ってくれるのを待っていた」
「くくっ、ったく調子がいいな。そういえば、左膝も動かしにくかったでしょう。硬くなっていたから、ついでに治しておきましたから」
「先日転んだときのだな。エドワード様が捕まらなかったから、回復魔法師様に治してもらっていたんだ。痛くはなかったんだが、助かった」
「そうでしたか。それじゃ、また呼んでください」
エドワードは笑顔を陛下に向けてから退室していたが、独りになった途端に真顔に戻った。
そして、頭の中では直前の発言を撤回すべきかと、心がムズムズしている。
(冷静になれって、俺はどうしたんだよ。何故、王女よりルイーズの方が良いって思ったんだよ。そんなわけないだろう。
駄目だ。ルイーズのような何にも知らないあほでは、侯爵家の中のことさえ、ままならないだろう。どう考えたって、レベッカ王女の方が断然好都合だ。
王女に比べてルイーズの方が良い理由なんて、……気のせいだろう。
どうしちまったんだ……、何であんなことを陛下に言ったんだよ)
悶々とするエドワードは、救護室へ向かっていた。
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