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第5章 祝福されるふたり
5-2 ルイーズとエドワードの婚約②
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エドワードが立ち去ってから、エントランスに残る伯爵夫妻とルイーズの3人。
ルイーズが立ち去りたくても、継母が、目の前に立ちふさがっている。
どうしたらいいものかと思っていれば、まだ興奮が冷めていない伯爵夫人から、相変わらず見下した言われよう。
それでも、ルイーズは大人しく聞くしかない。
「お前がまさか、スペンサー侯爵家のエドワード様を、本当に捕まえてくるとは。向こうがお前を婚約者にしたいと言っているなら、支度金も期待できるわね」
聞き捨てならない言葉に、ルイーズは思わず口を出している。
「お母様……。モーガンのときは、お金の話はなかったのに、どうしてそんな話になるんでしょうか?」
「ホイットマン子爵家に、お前なんかに用意できる金はないからよ」
「それなら、エドワードからも、もらわなくたっていいじゃないですか……」
「そんなことをしたら、スペンサー侯爵家の顔が立たないだろう。こっちが言わなくても用意するものなの。これで、ミラベルから頼まれていたドレスを買ってあげられる目途が立ったわ」
(ちょっと、どうしてその大事なお金を姉なんかに使うのよ……)
「それなら、アランに勉強を……」
ルイーズが話し始めると、伯爵夫人は手を大きく振り上げる。
……バチンッッと響き渡る大きな音。
苦痛で顔を歪ませるルイーズ。ヒリヒリした痛みが、少しでも和らぐようにと、頬を手で抑えている。
「お前が、わたしが管理するお金に口を挟むんじゃない」
そう言われてしまえば、ルイーズは口をつぐむしかない。無言で頷くだけだった。
かわいい自分の娘、結婚適齢期を迎えるミラベルは、一向に婚約が決まらない。何とかしたいと伯爵夫人は焦っている。
それでも、当主の指示で、この日からまた、ルイーズの食事は他の家族と同じものになっていた。
エドワードからもらった指輪が、ルイーズの指でキラキラと光輝き、存在感を主張するようになって数日。
ルイーズに会えるのを心待ちにしているエドワードが、伯爵家を訪ねていた。
伯爵夫妻との話より、一刻も早くルイーズの元に向かいたいエドワードは、すぐさま本題に入る。
「ルイーズとは、すぐにでも結婚したいと思っている。できれば、次の舞踏会の後に、そのまま我が家へ迎え入れ、正式な婚姻の前に侯爵家に慣れてもらうつもりだ」
「まさか、エドワード様がそこまでルイーズに入れ込んでいるとは思っていませんでした。そちらのご希望どうりで構いません。ですが、こちらも娘を嫁に出すわけですし、ね」
エドワードの提案に、食い入るように話し始めたのは伯爵夫人だ。
夫人の目は笑っていない。だが、口元を緩ませ、上機嫌に浮かれている。
(売るより高くなるとは、たまには使えるじゃない。彼が隠していることで、あの単純な娘をおどせば、こっちのものよ。ふふ、これなら結婚後もお金を運んでもらえる)
当主を差し置き、真っ先に夫人が口を挟んだことを、エドワードは鼻で笑う。
「ふっ、そうだったな。支度金のことだろう。先日、ルイーズ本人へ我が家へすぐに来ないかと誘えば、アランの勉強のことを気にして断られてしまったからな。俺の希望を叶えるために、アランが成人するまでの家庭教師の謝礼代を俺が全て持つ。それなりに名の知れた講師を、俺が直接雇いフォスター伯爵家を訪ねる手筈はもう整えている。早速、あしたからやって来るだろう」
難色を示す夫人は口ごもりながらポツリとこぼす。
「いや、それでは……」
ルイーズとの時間を奪う伯爵夫人に、エドワードは嫌悪感を隠し切れない。不快の色が顔に出る。
「次期当主のために、家庭教師を5年派遣する費用をこちらで持つと言っているのに、まだ足りないというのか? 夫人は金の計算ができないようだから、アランと一緒にその家庭教師から教えてもらう必要があるんじゃないか?」
エドワードは、眼光鋭く夫人をにらみつけていた。
エドワードは端から、夫人に対して、物腰の柔らかい貴公子を演じる気はない。
ルイーズを送りとどけた日。しきりに見せた違和感のある伯爵夫人の反応。
おそらく夫人は、自分の正体に気付いていると、エドワードは思っている。
「そういう意味ではなくてですね、できれば現金で」
(この夫人、すごい執念だな……。まあ、そっちの事情は知ったことではない)
「伯爵夫妻は、あしたから家庭教師を雇う目途はあるのか? また、ルイーズに断られたらどうしてくれるんだ。さっきは俺の希望の日で良いって言っていたのにな。話が変わったのか?」
エドワードが不機嫌そうに荒い口調に変えると、当主が慌ててその場を収めるように、初めて口を開いた。
「わっ、分かりました。それで結構です」
その言葉を聞いて夫人は当主をにらんでいるけれど、そんなことには目もくれないエドワード。
「舞踏会の日、ルイーズを迎えにくるが、彼女はもうこちらに帰ってこないので、そのつもりでいてくれ。それと、今からルイーズに会っていきたいが、彼女は部屋にいるか?」
「はい、部屋におります」
「承知した。勝手に向かわせてもらう」
待ち切れず、言葉よりも早く体が動いているエドワード。約束のリンゴを抱えて、既に歩きだしていた。
ルイーズが立ち去りたくても、継母が、目の前に立ちふさがっている。
どうしたらいいものかと思っていれば、まだ興奮が冷めていない伯爵夫人から、相変わらず見下した言われよう。
それでも、ルイーズは大人しく聞くしかない。
「お前がまさか、スペンサー侯爵家のエドワード様を、本当に捕まえてくるとは。向こうがお前を婚約者にしたいと言っているなら、支度金も期待できるわね」
聞き捨てならない言葉に、ルイーズは思わず口を出している。
「お母様……。モーガンのときは、お金の話はなかったのに、どうしてそんな話になるんでしょうか?」
「ホイットマン子爵家に、お前なんかに用意できる金はないからよ」
「それなら、エドワードからも、もらわなくたっていいじゃないですか……」
「そんなことをしたら、スペンサー侯爵家の顔が立たないだろう。こっちが言わなくても用意するものなの。これで、ミラベルから頼まれていたドレスを買ってあげられる目途が立ったわ」
(ちょっと、どうしてその大事なお金を姉なんかに使うのよ……)
「それなら、アランに勉強を……」
ルイーズが話し始めると、伯爵夫人は手を大きく振り上げる。
……バチンッッと響き渡る大きな音。
苦痛で顔を歪ませるルイーズ。ヒリヒリした痛みが、少しでも和らぐようにと、頬を手で抑えている。
「お前が、わたしが管理するお金に口を挟むんじゃない」
そう言われてしまえば、ルイーズは口をつぐむしかない。無言で頷くだけだった。
かわいい自分の娘、結婚適齢期を迎えるミラベルは、一向に婚約が決まらない。何とかしたいと伯爵夫人は焦っている。
それでも、当主の指示で、この日からまた、ルイーズの食事は他の家族と同じものになっていた。
エドワードからもらった指輪が、ルイーズの指でキラキラと光輝き、存在感を主張するようになって数日。
ルイーズに会えるのを心待ちにしているエドワードが、伯爵家を訪ねていた。
伯爵夫妻との話より、一刻も早くルイーズの元に向かいたいエドワードは、すぐさま本題に入る。
「ルイーズとは、すぐにでも結婚したいと思っている。できれば、次の舞踏会の後に、そのまま我が家へ迎え入れ、正式な婚姻の前に侯爵家に慣れてもらうつもりだ」
「まさか、エドワード様がそこまでルイーズに入れ込んでいるとは思っていませんでした。そちらのご希望どうりで構いません。ですが、こちらも娘を嫁に出すわけですし、ね」
エドワードの提案に、食い入るように話し始めたのは伯爵夫人だ。
夫人の目は笑っていない。だが、口元を緩ませ、上機嫌に浮かれている。
(売るより高くなるとは、たまには使えるじゃない。彼が隠していることで、あの単純な娘をおどせば、こっちのものよ。ふふ、これなら結婚後もお金を運んでもらえる)
当主を差し置き、真っ先に夫人が口を挟んだことを、エドワードは鼻で笑う。
「ふっ、そうだったな。支度金のことだろう。先日、ルイーズ本人へ我が家へすぐに来ないかと誘えば、アランの勉強のことを気にして断られてしまったからな。俺の希望を叶えるために、アランが成人するまでの家庭教師の謝礼代を俺が全て持つ。それなりに名の知れた講師を、俺が直接雇いフォスター伯爵家を訪ねる手筈はもう整えている。早速、あしたからやって来るだろう」
難色を示す夫人は口ごもりながらポツリとこぼす。
「いや、それでは……」
ルイーズとの時間を奪う伯爵夫人に、エドワードは嫌悪感を隠し切れない。不快の色が顔に出る。
「次期当主のために、家庭教師を5年派遣する費用をこちらで持つと言っているのに、まだ足りないというのか? 夫人は金の計算ができないようだから、アランと一緒にその家庭教師から教えてもらう必要があるんじゃないか?」
エドワードは、眼光鋭く夫人をにらみつけていた。
エドワードは端から、夫人に対して、物腰の柔らかい貴公子を演じる気はない。
ルイーズを送りとどけた日。しきりに見せた違和感のある伯爵夫人の反応。
おそらく夫人は、自分の正体に気付いていると、エドワードは思っている。
「そういう意味ではなくてですね、できれば現金で」
(この夫人、すごい執念だな……。まあ、そっちの事情は知ったことではない)
「伯爵夫妻は、あしたから家庭教師を雇う目途はあるのか? また、ルイーズに断られたらどうしてくれるんだ。さっきは俺の希望の日で良いって言っていたのにな。話が変わったのか?」
エドワードが不機嫌そうに荒い口調に変えると、当主が慌ててその場を収めるように、初めて口を開いた。
「わっ、分かりました。それで結構です」
その言葉を聞いて夫人は当主をにらんでいるけれど、そんなことには目もくれないエドワード。
「舞踏会の日、ルイーズを迎えにくるが、彼女はもうこちらに帰ってこないので、そのつもりでいてくれ。それと、今からルイーズに会っていきたいが、彼女は部屋にいるか?」
「はい、部屋におります」
「承知した。勝手に向かわせてもらう」
待ち切れず、言葉よりも早く体が動いているエドワード。約束のリンゴを抱えて、既に歩きだしていた。
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