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異世界、始めてみました。
さよなら日常
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趣味はガーデニング。
或いは、散歩。
そんな二十代にしては地味な趣味しかない私の名前は、世良 咲耶。
どこかの源氏名みたいな名前はれっきとした本名で、名前の由来はかの有名な女神様の名前から頂いたもの。
自分ではそれなりに気に入ってるのだけれど、名前負けしてる感じは否めない。
そんな、平均顔の私は本当に何処にでもいる普通の一般市民だ。
仕事だって、よくある接客業。
私の日常は、誰でも体験してるような些細な出来事が連なる、変化のない毎日だ。
いや、だった。
と、今は言うべきなのだけど。
仕事帰りの夜。
いつもは遅番が多い私には珍しく、早番で今日は帰れた。
そんな日は決まって買い物をするのが、私の小さな楽しみだ。
勿論、一人暮らしということもあり食料品や日用品の買い足しが主なんだけれども、早番の日は他にも少しだけご褒美のように買う物がある。
それが、私の趣味の一つであるガーデニング用の苗だ。
ガーデニングと言っても、小さなアパートのベランダで育てられる花など限られている。
そんな中でも季節を感じられるよう、または、お洒落に感じられるように寄せ植えたり、手入れしたりするのが私のストレス発散だった。
おかげで、いまでは洗濯物を干すスペースもないくらい緑で溢れてるが、私的には大満足。
今はちょうど真夏に向かう季節なので、植え替えには適さない時期なのだけど、それでもついつい花屋に足が向かってしまうのは、もうしょうがない。
買いたい物がなくても、行ってしまう。
それはもう、乙女心というやつだ。
それに、今日は先週オープンしたばかりの花屋に伺うつもりだったので、楽しみは更に倍である。
花屋はその店舗によって、大分傾向が違う。
同じ季節物の取り扱いなのに、アパレル商品の傾向が違うように、花屋は同じバラでも違う品種が置かれていたり、その個性は様々。
オープンしたばかりの花屋は、店内には入ったことはないものの、店頭には季節の花の苗が色とりどりに置かれていて、見た目的には酷く私のストライクゾーンだ。
そんなウキウキした気分で歩いていると、駅から少し離れた商店街の片隅に、目的地の花屋が見えてきた。
もうすぐ閉店時間なのか、店員さんが黙々と花の苗をしまっている。
時計を見ると、もうそろそろ七時。
そうか、つい自分が働いてるデパート感覚でいたから余裕だと思っていたけど、個人店などはそろそろ店じまいの時間帯だろう。
私は慌ててお店まで駆け寄ると、苗をしまっていた店員さんが笑っていらっしゃいませと声をかけてくれた。
短髪の店員さんは、遠目で見たら少年のようだったけど、どうやら女性らしい。
にっこりと笑いかけられて、思わず微笑み返した。もう接客業としては脊髄反射だと思ってもらいたい。
「すいません、まだ営業中ですか?」
そう問うと、店員さんは笑顔でまだ大丈夫ですよ、と答えてくれた。
店頭の看板には七時までの営業時間が書かれていて、申し訳ない気持ちになったが、サッとみて帰ればいい。
愛想の良い店員さんは、殆ど苗は店内にしまったので中へどうぞ、と、わざわざ案内してくれた。
中に入れば、小さなお店だと思っていたが、思いの外奥行のある店内に思わず驚く。床にはペチュニアやら千日紅やら可憐な苗達が所狭しと並んでいた。
花屋らしく切り花も奥に陳列されており、ひまわり達がこちらを向いて私はここよと言わんばかりに咲いている。
特別珍しい花が置いてあるわけではないけれど、所々に置いてある小物や、センスよく配置された花達がまるで魔法の世界のように並べられていて、私は思わずサッと見るだけで帰ろうという決意をあっさり忘れるほど興奮した。
特に店内の奥に飾られてる薔薇の植木鉢に、思わず目が釘付けになる。
小さな鉢に、不釣り合いなくらい大きな白い薔薇が五輪。
少し季節ハズレな気もするけれど、大輪の薔薇は、うっすらと香りを放ちながら生き生きと咲いている。
思わず手に取って目線の高さまで上げると、花が少しキラキラしてるのが分かった。
薔薇の品種にはそんなに詳しくないけれど、こんな品種があるのならぜひ育ててみたい。
そう思ってウットリと薔薇を眺めていると、最後の苗をしまい終えただろう店員さんがニコニコ笑いながら私に声をかけた。
「お客様、そろそろ閉店時間ですが何かご購入されますか?」
そうだ、もうそんな時間なのか。
私は慌てて、自分が手にした薔薇の鉢を店員さんに渡した。
「こ、これを買いたいのだけど・・・・・・!」
「こちらですか?しかし、お客様・・・・・・」
店員さんは、少し困ったように笑った。
もしかしたら、非売品なのかもしれない。そういえば、値段も付いてなかったし。
「あ、の、もしかして売り物じゃないんてすか?」
「いえ、ただ・・・・・・」
「ただ?」
もしかしたら、めちゃくちゃ高いのだろうか?
見たことない品種だし、その可能性は確かにある。
けど、それでも構わないくらい、私はこの薔薇に惹かれていた。もう何万払ったって良い。言い値で買ってやる。
「どうしても気に入ったんです!こんな品種見たことなくて!この綺麗な白薔薇をぜひ育てて見たくて!!」
「え、白薔薇?」
私がそう言った瞬間、店員さんは驚いたように私に渡された鉢を見た。
「お客様にはこれが、白薔薇に見えるんですか?」
「ち、違うんですか?私、そんなに薔薇の品種に詳しくなくて・・・・・・。
確かに花弁がキラキラしてるし、このあと色が変わるタイプの薔薇なんでしょうか?それはそれで、育てがいあるし、やっぱり」
欲しい!
そう言いかけた時、店員さんは何故か弾かれたように笑った。
今までの印象とは全く別の、おかしくてたまらないというような笑い方に、思わず私は後ずさる。
けれど、そんな私の気配を察したのか、ガシっと腕を掴まれた。まるで、逃がさないと言わんばかりに。
そして彼女はニッコリと私に微笑んだ。
或いは、散歩。
そんな二十代にしては地味な趣味しかない私の名前は、世良 咲耶。
どこかの源氏名みたいな名前はれっきとした本名で、名前の由来はかの有名な女神様の名前から頂いたもの。
自分ではそれなりに気に入ってるのだけれど、名前負けしてる感じは否めない。
そんな、平均顔の私は本当に何処にでもいる普通の一般市民だ。
仕事だって、よくある接客業。
私の日常は、誰でも体験してるような些細な出来事が連なる、変化のない毎日だ。
いや、だった。
と、今は言うべきなのだけど。
仕事帰りの夜。
いつもは遅番が多い私には珍しく、早番で今日は帰れた。
そんな日は決まって買い物をするのが、私の小さな楽しみだ。
勿論、一人暮らしということもあり食料品や日用品の買い足しが主なんだけれども、早番の日は他にも少しだけご褒美のように買う物がある。
それが、私の趣味の一つであるガーデニング用の苗だ。
ガーデニングと言っても、小さなアパートのベランダで育てられる花など限られている。
そんな中でも季節を感じられるよう、または、お洒落に感じられるように寄せ植えたり、手入れしたりするのが私のストレス発散だった。
おかげで、いまでは洗濯物を干すスペースもないくらい緑で溢れてるが、私的には大満足。
今はちょうど真夏に向かう季節なので、植え替えには適さない時期なのだけど、それでもついつい花屋に足が向かってしまうのは、もうしょうがない。
買いたい物がなくても、行ってしまう。
それはもう、乙女心というやつだ。
それに、今日は先週オープンしたばかりの花屋に伺うつもりだったので、楽しみは更に倍である。
花屋はその店舗によって、大分傾向が違う。
同じ季節物の取り扱いなのに、アパレル商品の傾向が違うように、花屋は同じバラでも違う品種が置かれていたり、その個性は様々。
オープンしたばかりの花屋は、店内には入ったことはないものの、店頭には季節の花の苗が色とりどりに置かれていて、見た目的には酷く私のストライクゾーンだ。
そんなウキウキした気分で歩いていると、駅から少し離れた商店街の片隅に、目的地の花屋が見えてきた。
もうすぐ閉店時間なのか、店員さんが黙々と花の苗をしまっている。
時計を見ると、もうそろそろ七時。
そうか、つい自分が働いてるデパート感覚でいたから余裕だと思っていたけど、個人店などはそろそろ店じまいの時間帯だろう。
私は慌ててお店まで駆け寄ると、苗をしまっていた店員さんが笑っていらっしゃいませと声をかけてくれた。
短髪の店員さんは、遠目で見たら少年のようだったけど、どうやら女性らしい。
にっこりと笑いかけられて、思わず微笑み返した。もう接客業としては脊髄反射だと思ってもらいたい。
「すいません、まだ営業中ですか?」
そう問うと、店員さんは笑顔でまだ大丈夫ですよ、と答えてくれた。
店頭の看板には七時までの営業時間が書かれていて、申し訳ない気持ちになったが、サッとみて帰ればいい。
愛想の良い店員さんは、殆ど苗は店内にしまったので中へどうぞ、と、わざわざ案内してくれた。
中に入れば、小さなお店だと思っていたが、思いの外奥行のある店内に思わず驚く。床にはペチュニアやら千日紅やら可憐な苗達が所狭しと並んでいた。
花屋らしく切り花も奥に陳列されており、ひまわり達がこちらを向いて私はここよと言わんばかりに咲いている。
特別珍しい花が置いてあるわけではないけれど、所々に置いてある小物や、センスよく配置された花達がまるで魔法の世界のように並べられていて、私は思わずサッと見るだけで帰ろうという決意をあっさり忘れるほど興奮した。
特に店内の奥に飾られてる薔薇の植木鉢に、思わず目が釘付けになる。
小さな鉢に、不釣り合いなくらい大きな白い薔薇が五輪。
少し季節ハズレな気もするけれど、大輪の薔薇は、うっすらと香りを放ちながら生き生きと咲いている。
思わず手に取って目線の高さまで上げると、花が少しキラキラしてるのが分かった。
薔薇の品種にはそんなに詳しくないけれど、こんな品種があるのならぜひ育ててみたい。
そう思ってウットリと薔薇を眺めていると、最後の苗をしまい終えただろう店員さんがニコニコ笑いながら私に声をかけた。
「お客様、そろそろ閉店時間ですが何かご購入されますか?」
そうだ、もうそんな時間なのか。
私は慌てて、自分が手にした薔薇の鉢を店員さんに渡した。
「こ、これを買いたいのだけど・・・・・・!」
「こちらですか?しかし、お客様・・・・・・」
店員さんは、少し困ったように笑った。
もしかしたら、非売品なのかもしれない。そういえば、値段も付いてなかったし。
「あ、の、もしかして売り物じゃないんてすか?」
「いえ、ただ・・・・・・」
「ただ?」
もしかしたら、めちゃくちゃ高いのだろうか?
見たことない品種だし、その可能性は確かにある。
けど、それでも構わないくらい、私はこの薔薇に惹かれていた。もう何万払ったって良い。言い値で買ってやる。
「どうしても気に入ったんです!こんな品種見たことなくて!この綺麗な白薔薇をぜひ育てて見たくて!!」
「え、白薔薇?」
私がそう言った瞬間、店員さんは驚いたように私に渡された鉢を見た。
「お客様にはこれが、白薔薇に見えるんですか?」
「ち、違うんですか?私、そんなに薔薇の品種に詳しくなくて・・・・・・。
確かに花弁がキラキラしてるし、このあと色が変わるタイプの薔薇なんでしょうか?それはそれで、育てがいあるし、やっぱり」
欲しい!
そう言いかけた時、店員さんは何故か弾かれたように笑った。
今までの印象とは全く別の、おかしくてたまらないというような笑い方に、思わず私は後ずさる。
けれど、そんな私の気配を察したのか、ガシっと腕を掴まれた。まるで、逃がさないと言わんばかりに。
そして彼女はニッコリと私に微笑んだ。
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