異世界・魔法薬の魔女

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異世界、始めてみました。

魔法の本

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 貴女の名前は何ですか?
 と、本に聞かれて私は咄嗟にペンを探した。
 けれど、テーブルには美味しそうな果物が籠に入っている以外、何も置いてない。
 本があるなら、ペンくらい置いておいても良いのに。私は思わず自分の寝室に探しに行こうとしたけれど、また文字が揺らめき、別の文章に変わった。

"貴女の名前を声に出して"

 ・・・・・・まるでスマホの人工知能のようだ。
 へい!とか声をかけそうになるのを我慢して、本に向かって名乗る。ちょっと独り言みたいで恥ずかしいけど、気にしたら負けだ。
  そうすると、本は僅かに浮き出し、私の目線の高さまでくると、淡い光を放ちながらページが勝手に一ページだけ捲れた。
「音声機能、発動。世良 咲耶を承認。貴女をマスターと認めます」
 本は僅かに振動して、どの性別とも言えない不思議な声で喋った。
「・・・・・・本が喋ったの?」
「音声機能をオフにしますか?」
 思わず問うと、本はなんの感情もない無機質な音で喋った。
「いや、便利だから良いんだけど」
 何というか、解せぬ。
 わざわざ書いたりしないのは楽だけど、魔法なんだろうけど、スマホみたいで魔法らしくなく何だか情緒がない。
「では、マスター。私に名前をおつけ下さい」
「え、名前ないの?」
「マスターにつけて貰って初めて私は貴女の物になります」
 おぅ、何とも微妙な言い回し。
 思わず、シリィとか名付けようと思ったけれど、この世界にはない版権とか気になるので、ここは無難にトムと名付けた。
 どこが無難なのか疑問に思う奴は、ファミリーネームにしなかっただけマシだと思って欲しい。
 「命名確認。私の名前はトム。
 以後、マスター・セラ サクヤの支配下に下ります」
 そうトムが言うと、性別不明だった声が男性の物に変わった。
 男性名を得たことで性別を認識したのかな。
 疑問は尽きないけれど、いつまでも本のトムと睨めっこしていても仕方ない。
「マスター、私の姿に希望はありますか?」
「希望?トムは本じゃないの?」
「私は本来、魔力の塊です。姿はありません。私はマスターの潜在意識にある、何かを調べる時の手段の形を借りて、ここに具現化しているのです」
 トムはそう言うと、本の形から姿を変え、スマートフォンの形になった。
 「マスターの扱いやすい形をご希望下さい。私は、マスターのイマジネーションで形を変えることが出来ます」
 スマホの形で喋っているトムは、まんま皆が知ってる人工知能のようで、何だかむず痒い。
 「とりあえず、本のままでいいよ。何か魔法のイメージが崩れるし」
「畏まりました。それでは最後に、コノハ女史からのメッセージを再生します」
 コノハさんから?
 あの夜、彼女に出会わなければ私はここにはいなかっただろう。
 それが良いのか、悪いのか。まだ判断はつかないけれど、少なくとも今の私はワクワクしている。
 それだけは、感謝してもいいかもしれない。
 そう思ってトムを見ていると、スマートフォンからまた本の姿に戻り、ページがパラパラと捲れる。
 そして、突然本の中からニョキッという擬音が似合いそうなくらい、まさにニョキッとコノハさんが頭を出した。
「ヒッ」
 ちょっとした恐怖である。しかし、目の前にいるコノハさんは幻らしく、私のドン引きな様子など全く気にしてない。
「おはよう、セラサクヤ!目覚めの良い朝は迎えられたかしら?」
 コノハさんは出会った時と同じように、相変わらずニコニコしている。
「まずは、私の世界へようこそ!家は気に入った?まだ見てなければ、作業小屋や畑、家畜小屋もあるからぜひ見てみてね!あと、勿論、貴女の好きなガーデニングが楽しめるバックヤードもあるわ!
 この世界を存分に楽しんでちょうだい」
 どうやら、想像したよりも広いスペースを私に与えてくれたらしい。家畜小屋や作業小屋はともかく、畑や裏庭は気になるから後ですぐ見に行こう。
「そして、この魔法は私からの贈り物。この世界で分からないことは、この魔法が全て教えてくれるから、使い方もこの魔法に聞いて見てね。
 貴女の努力や好奇心によって、この魔法も成長するから師として、友として側に置いてあげて」
 おぉ、まさに人工知能なのか。でも、成長する魔法というのは、ちょっと興味深い。さっきみたいに、名前や性別を与えることによって、人格も備わってくるのかもしれない。それはそれで楽しみ。
「あと、最後にもう一つ。
 貴女のおかげで、私はしばらく貴女の世界でバカンスを楽しめそうよ。本当に、ラッキーだったわ!異世界って興味深いし、私もこっちで勉強していくつもり。
 その感謝を込めて、貴女の趣味に少しでも彩りを加えられるようにプレゼントを用意してみたの。
 せっかくだし、魔法の使い方を覚える為にも召喚方式にしてみたから、ぜひこの魔法に聞いてみてね。
 それじゃあ、貴女の幸運を祈って!」
 そう楽しそうに言って、コノハさんはまた本の中に戻っていった。
 賑やかな彼女のメッセージは、何となく何から始めていいか分からない私にとって、いい指針だった。
 けど、まずはやっぱり。
「ねぇ、トム。お腹が空いたんだけど、この果物の中でそのまま食べられるのを教えて」
 さすがに、朝から何も食べてないのはキツい。
 私はテーブルの上にあった籠を引き寄せると、日本では見たことのない色合いの果物を並べた。
 

 
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