異世界・魔法薬の魔女

文字の大きさ
32 / 51
魔女の仕事、挑戦してみました。

お散歩はディナーの後で

しおりを挟む
 結局、三人で冷めた食事を食べ終わる頃には、夜はたっぷりと暮れていた。
 この世界に時計はないらしく、体感と月の動きだけが頼りだ。
 私はその月の動きがまだ判断が出来ないけれど、トムが私の世界の基準でどれくらいか教えてくれるのが便利すぎて、暫く覚える気もない。
 トム曰く、今の時刻は、夜の十時くらい。
 メリアローズが一口食べる度に感動するので、だいぶゆっくり食べていたようだ。
 私の世界では、人によっては夜の十時など寝るにはまだ早い時間だけれど、この世界では深夜に等しい。
 そろそろ寝ようかと、立ち上がったその時、メリアローズが私のスカートをそっと引っ張った。
「どうしたの、メリアローズ?」
 視線を合わせるようにしゃがむと、メリアローズがモジモジとして視線をそらした。
 この、彼女の感情の昂りでニョロニョロする蔓さえなければ、百点満点で可愛いのになぁ。
「あ、あのね。お礼をしたくて・・・・・・」
「お礼?」
 極力、ドレスの裾からはみ出る蔓を見ないようにしながら、答える。
「ご飯のお礼よ。ニンゲンは一宿一飯の恩義とかがあるのでしょう?」
「一宿一飯って、そんな大袈裟な・・・・・・」
 メリアローズさんは、随分と難しい言葉をご存知のようです。
「お礼なんて、いらないのよ。私の方こそ、何とか魔力をコントロール?出来る?ようになったし」
 感謝したいのは、本当に私の方だ。
 多少疑問系なのは、トムが凄い目で睨んでくるからであり、そっとしておいてほしい。
「それでも、ワタシは貴女にお礼がしたいの。とっておきがあるの!素敵な場所なの!
 ねぇ、ねぇ!そこまでお散歩しない?」
 メリアローズが少し興奮気味に言う。あぁ、蔓がニョロニョロしすぎて、ちょっと怖い。
「深夜に散歩など、危険過ぎます」
 間髪入れずにトムが反対する。
 けれど、メリアローズはその反論など分かっていたかのように、鼻で笑ってみせた。
「魔法の本は、誘ってないわ。ワタシはセラサクヤをお誘いしてるのよ。
 それに、ワタシの森よ。ワタシが側にいるのに、危険など起きるはずもないわ」
 けれど、トムも負けていない。
 トムはトムで優雅にハーブティーを飲みながら、メリアローズの言葉に静かに反論する。
「私とマスターは一心同体なので、マスターを誘うなら私を誘うも同じこと。
 それに、幾ら貴女の森だからといって、危険が全くないとでも?
 魔物は魔法のバラの配下なので、襲ってこないかもしれませんが、この森に危険な輩が潜んでるかもしれません。
 脅威は幾らでもあるんです。わざわざ夜に出かける必要はありません」
「夜じゃなきゃ意味がないのよ!」
「ほぉ?」
 トムは意地悪そうにニヤリと笑うと、本の姿に戻り、私の側にフヨフヨと近づいた。
「そこまで魔法のバラが言うならば、見る価値のある物でしょう。
 マスター、何かあれば必ずお守りしますので、出掛けてみては?」
「ちょっと、トム?」
 出掛けるのは構わないけど、トムにしてはヤケにスンナリと引き下がった気がする。何か企んでるかと睨むと、本の姿のトムはどこ吹く風で漂うばかり。
 本の姿のトムは、当たり前だけど無表情だ。ポーカーフェイスの彼からは、何も読み取れない。
 メリアローズはメリアローズで、期待に胸を膨らませている。
 散歩は好きだし、この世界ではまだ夜の外出をしていないから、むしろ出掛けるのは賛成だけど。
「まぁ、いっか」
「本当?」
「えぇ、だってメリアローズとお散歩しようって約束したもんね」
 そういって笑う、メリアローズは飛び上がって喜んだ。
 支度というほど、大した支度はなかったけど、歩いての散歩はメリアローズのリーチが足りなさすぎるということで、彼女を抱えて行くことになった。
 メリアローズを抱えて出掛けるに辺り、ちょっと・・・・・・いや、かなり蔓が気になるので、彼女にはピクニックに使うような籠の中に入って貰る。
 籠の中から頭を出して、じっとしている姿は、本当にお人形のようだ。
 トムは、本の姿でついて来るらしい。
 さて、出発ということで家を出れば、まるで昼間と違う様子の森に、一瞬だけど足が竦む。
 私の守られている、その敷地の先は闇だった。
 昼間でも鬱蒼としていた木々は、夜に呑まれて姿すらも危うい。
 あんなに大きな木が近くに行かないと見えないくらい、ほんの一歩先でも不安になるような暗さ。
 私の庭は月の光で燦々と照らされていたのに、この違いは何なんだ。
 つくづく不思議な家の原理は、また後でトムに聞こう。
「さぁ、行きましょうセラサクヤ。ワタシのとっておきは、きっと貴女も気に入るわ!」
 無邪気にはしゃぐメリアローズの籠を、しっかりと両手で握り締め、私は勇気を出して一歩、森の先へと進んだ。


世の中のお盆休みが終わったようなので、更新ペース戻りますー
ご迷惑おかけしました!
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...