異世界・魔法薬の魔女

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魔女の仕事、挑戦してみました。

初めては誰だって興奮するもの

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「良い、匂いね」
 日が暮れて、夜になり、月が天高く輝く頃。
 ささやかな夕飯をトムと二人で食べていると、客間のベッドに寝かせていたメリアローズが目を擦りながら、触手・・・・・・いや、蔓をニョロニョロさせながら、階段をえっちらおっちらと這い下りてきた。
 小さな声で、彼女は羨ましそうに私達の食卓を見ているが、植物の彼女に向きそうな物はテーブルに並んでいない。
 なんて言ったって、今日の夕飯は野菜のスープに小麦粉を練っただけのパン的なやつに、塩漬けの肉をハーブで煮た、ドイツ風肉煮込み料理、と。
 味は悪くないと思うけど、人間の私が作った人間向けの料理だ。ほぼ野菜なので、彼女的には共食いになるんじゃないかな。
「食べれるの?」
 一応、礼儀なので聞いてみる。
 もし食べれなくても、確か作業小屋に肥料とか色々あったから、見た目は悪いかもしれないけど、それを渡せばいい。
 メリアローズは暫くテーブルの料理を見つめた後、ちょこんと私の膝に座り、口を開けて物欲しそうに私を見た。
 それはまさに、親から餌を貰う雛鳥のようで、私は思わずデレっとしてしまった。
「マスター、植物ほど雑食な種族はいませんよ。
 彼女達はどんな生き物でも分解して、土に還し、そして養分にするんですから」
 そういったのは、魔法の塊の癖にスープを上品に啜るトムだった。
 トムとは、初日から散々駄々を捏ねた努力が実り、食事を共にする約束をしている。
 彼的には物理的に食料を取らなくても良いのらしいけど、無駄ではないらしい。
 魔法薬の影響がやっとなくなったのか、色の落ち着いたトムは、どこからどう見ても日本人なのが違和感があるけど、こうやって誰かと食事をするのは楽しいからいい。
 メリアローズは雑食と言われてムッとしたが、すぐに口を開けて私からの餌付けを待っている。 
 その小さな口に、まぁ野菜よりは良いだろうというぐらいの気持ちで、肉を入れてあげた。
「美味しい?」
 小さな口をモグモグと動かす姿は、本当にお人形さんのようで、ついつい頭を撫でたくなる。
 それを我慢しつつ、メリアローズの反応を見ていると、小さな手で、その小さな頬っぺたを押さえて、突然私に頭突きをかましてきた。
「グッ!!」
「マスター!?」
 慌ててトムが私とメリアローズを離そうとするけど、メリアローズの蔓が私に巻き付きうねって、中々上手くいかないようだ。
 身体に這う蔓よりも、グリグリと押し付けてくる小さな頭の方が痛い。
「め、メリアローズ?」
 お腹に圧力がかかって上手く喋れないけど、何とかメリアローズを呼んでみる。
 私の声に反応したのか、メリアローズはゆっくりと顔を上げた。その顔は、真っ赤になっている。
「メリア」
「ワタシね!」
 もう一度、名前を呼ぼうとすると、それに被せる勢いでメリアローズが叫んだ。
「口から物を食べるの初めてだったの!」
「・・・・・・はぁ」 
 いや、興奮してるのは分かるんだけどね。えっと、これってどういう反応が正解??
「初めての食事で興奮する気持ちは分かりますが、さっさとマスターを離しなさい!」
 トムの怒声でメリアローズは我に返ったのか、脚の蔓が元のサイズに収まり、ドレスの中にすっかり隠れた。
「全く、これだから油断が出来ないのです。やっぱり、家の中に入れるべきではありません」
「まぁまぁ、そう言わずに」
 トムは何度もメリアローズを家の中に入れるべきではないと、私に忠告していた。
 魔法のバラのような存在は、本来、意思などなくルールを守る番人のような存在らしい。
 なので、異世界から移住者を選定する時に、彼らの力を借りるんだとか。
 それが何の因果か・・・・・・いや、私が熱烈なアプローチをかけたせいなんだけど、魔法のバラが意思を持っちゃって、移住者に取り憑くなど前代未聞らしい。
 思い返せば、コノハさんにも魔法のバラがペンダントになった時は珍しいねーなんて、言われてたもんね。
 私の住んでるこの家は、そもそも私に敵意があるモノを通さない魔法がかかっている。だから、メリアローズ自体は私にとっては悪いモノではないのだと思うんだけど、その巨大な力を秘めてる彼女がトラブルを連れてこないか、トムは心配らしい。
 けど、トラブルといえばこの世界に来たのだって、立派なトラブルだし、前代未聞といえば、グリンダ様のお墨付きで、トムだって前代未聞の存在だと言われた。
 いまさら前代未聞が増えたところで、別にどうってことない。
「ごめんなさい、セラサクヤ。痛かった?」
 可哀想なメリアローズ。反省してるのか、さっきの興奮はカケラも見つからない。
「まぁ、ちょっと頭突きは痛かったけど、大丈夫よ。
 それより、美味しかった?」
 そう聞くと、彼女はまた少し頬を染めて嬉しそうに頷いた。
「初めて口で食べて、初めて味覚を感じたわ!塩の味がしたの!」
 おぅおぅ、まずはそこからか。
 しょっぱいという感覚を初めて感じた彼女に、もっと色んな物を食べさせてみたくなる。
 「あぁ、セラサクヤ!貴方って本当に素敵だわ!ワタシにこんな感覚があったなんて、驚きよ!」
 まるで、小躍りしそうなくらい飛び跳ねて喜んでるメリアローズに、さすがのトムも黙って見守っている。
 きっとトムも、私が気付かないだけで色んなことに感動してるのかもしれない。
 そう思うと、メリアローズを抱きしめて、近くにいたトムを引き寄せて、自然と頭を撫でてしまった。
 驚きのあまり、トムは固まったまま真っ赤になったけど、あまりに微笑ましいので、私の手は止まらない。
 大人しく撫でられるトムと、大人しく抱き締められてるメリアローズを暫し堪能し、私が満足する頃には夕飯はとっくに冷めて、窓から見える月は頭の真上まで進んでいた。
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