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幕開け 2
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あー、つまんねー。
なんてことを口に出してしまうと、また凰花に睨まれてしまうので、僕は言っても仕方が無い悪態を心のダストボックスに放り込む。
さっきダウンロードした資料を映した電子ノートを、頬杖を突きながらスクロールする。
内容は、現実世界と電脳世界の話。
現状、現実世界に現れた電脳世界、厳密には、『もう一つの世界』の世界は、少しずつではあるが、その生みの親である現実世界を電脳世界に造り替えていて、僕らはこれを侵食と呼んでいる。侵食の厳密な理論についてはよく分かっていないけれど、これを止めるための手段とやらは、電脳化の初期段階から分かっていた。
簡単に言えば、それは、電脳世界で生成されたマップクエストなるものをクリアすることだ。
『もう一つの世界』では、クエスト自動生成機能が存在していて、拠点MAP以外のMAPには、必ずクエストが存在していて、そのクエストがすべてクリアされると、MAPは消えて無くなるというシステムがあった。大抵は、初期段階から存在していたMAPにも、攻略難易度が非常に高い『マップクエスト』が存在していて、それのせいで大抵のマップは消えることがなかったようだ。それでも、いくつかのマップクエストは達成され、百を超えるMAPのうち、初期段階に実装された三割程度は消えたらしい。
実際に、猛者たちが組んだ旅団《レイド》がマップクエストをクリアしたことによって、現実世界を取り戻すことにも成功した例がいくつかある。その内容についての記述もあるけれど、あんまり面白くない。原則的には、一度侵食を受けたものは戻ってこない。というのが一般的で、データもろとも失われる。それが何処に行くのかは分からないけれど、エネルギー保存則がまだこの世界でも働いていることを鑑みれば、おそらく、仮にも現実世界に存在する電脳世界は、現実世界の法則に従わねばならず、そこで用いられているエネルギーに変換されたのではないか。という説が上がっているらしい。が、詳細は不明だ。
何にしろ、こちら側の世界の住人は、あまりに力がなさ過ぎる。物理的に。
とまあ、こんな風にざーっと内容を目で追って、大体頭の中で同じ内容を再現できるかどうかやってみる。一階では完璧にはできないから、数度同じこと繰り返す。これができれば、とりあえず終わりだ。
半分以上余ってしまった時間を、さて、一体何に使おうか。
暇なとき、僕はよく空を見る。
今日は珍しく曇り空だった。
灰色の重苦しい空のせいで、僕の気持ちまで重くなる。
しかも、こんな時に限って、あいつらはやってくるんだ。
そう思った矢先に、警報が鳴った。
あ~あ、めんどくさい。
『警告、警告、CCが発生、ランクはB、ランクはB。Aランク以上の討伐者《バスターズ》は、至急、本部に集合すること。繰り返します……』
騒然となる教室の中で、僕は凰花のほうを見た。目を合わせて、互いにうなずく。僕は電子ノートをもって立ち上がる。凰花は、もう教室を出かけていた。
「遅い」
僕が教室を出ると同時に、凰花に叱咤された。
「凰花が早すぎるんだよ」
そんなことを言っていると、別の教室から栗毛色の髪をした生徒が出てきた。
「また夫婦喧嘩??」
僕ら二人の横に並びながら、僕よりも頭二分高いところから、低い声が聞こえる。何かむかつくよね。やっぱり。
「そういうのじゃない」
「だそうです」
「伊月は尻に敷かれるタイプだな」
もう何回目になるかわからないそのセリフを聞き流して、僕は階段を下り、廊下を走り抜けて学校内にあるCC対策本部に到着した。
「伊月祓《いづきはらい》、廻間凰花・真榊鉄斎《まさかきてっさい》の三名、到着」
軽いノックの後に僕がそういって、三人は中に入る。そこには、もう二人の生徒がいた。
「やっほー、早かったね」
「あ! おーかちゃんおはよ~、後の二人はいらなかったのになぁ……とくに祓は……」
「燐ちゃん、煉ちゃん、おはよう。今日もよろしくね」
白酒燐《しろきりん》、黒酒煉《くろきれん》。ともに、A級の討伐証《バスターズライセンス》を持つ、校内どころか西日本きっての大戦力《ランカー》だ。と言っても、今回の呼び出しはAランク以上の討伐者が選ばれている。彼女たちが強いからと言って、僕らが浮かれていてもいい理由にはならない。
『各員、ご苦労』
雑談に花を咲かせる余裕なんて在るはずもなく、僕ら五人の前にあったディスプレイに壮年の男性が映し出された。とっさに雑談をやめ、僕たちはその方向に向かって敬礼する。不思議なことに、何百年たっても、軍において最も普遍的な敬意を表す動作に変わりはない。ここが軍かどうかは、ちょっと難しいところ泣きはするけれど。
『第七戦線の討伐者諸君。CC討伐戦線西日本支部支部長の出雲彌勒《いずも みろく》だ。急な呼び出しに答えてくれたことに感謝しよう』
壮年の男性は、そう口を開く。髪に白いものが混じり始めているが、未だ鋭い眼光と液晶越しにも感じられる存在感は、西国の鬼神と呼ばれた過去の面影を色濃く残している。
『現時刻をもって、諸君ら五名の討伐者《バスター》を第一部隊として、瀬戸内海第二地区の電脳界から生じたAlifeの討伐に派遣することとする。クリア易度はB。諸君らの実力があれば、達成は難しくないと思われるが、ゆめゆめ気を抜かぬように。任務は、指定範囲内のAlifeの全滅。ここまでで何か質問のある者は?』
挙手する者は、いない。
僕らが所属する防衛大学付属第七学校は、電脳生命体《Cyber-Creature》と戦う討伐者《バスター》を実践的に育成する機関であり、同時に西国の山陽道一帯を守護する役割の一端を担っている。
戦えば、当然死ぬこともある。
それでも、必要悪だと受入れるしかない。
CCは、生き物であって生き物ではない。
零と一の羅列の中から成り立つ膨大な情報が実体を持った姿であり、実体を持ちながらその存在は現実の世界には存在しない、現実と幻想の狭間に生きる情報生命体。
『現在、座標北緯34度44分、東経134度11分に、CCが大量発生中。これを殲滅することが、今回の任務だ。殲滅目標時間は、一四:〇五まで。現在からおよそ三十分。群衆CCの詳しい情報については、追って伝えるが、ランクC個体五百と考えてもらえばいい』
ランクC個体の強さの目安は、「C級の討伐者が一分間に同時に三体相手をして倒すことができる個体」というふうに設定されている。基本的に、ランクによる強さの定義は一〇倍と考えればいいので、B級の討伐者はCランク個体を三〇体。A級の討伐者は三〇〇体、同時に相手をして倒せると言うことになる。ただ、討伐者の職業《クラス》や戦闘スタイルによって、強さの方向性は違ってくるわけで、そう一概に言うことはできない。これは数字であって、ただの目安だ。
とはいえ、今いる五人を見渡せば、
廻間凰花:SS級
伊月祓:S級
真榊鉄斎《まさかきてっさい》:A級
白酒燐《しろきりん》:A級
黒酒煉《くろきれん》:A級
という戦力が並んでいるわけで、さっきの単純計算をしてみると、大体三万四千体のCCを一分間に倒せる計算になる。と言っても、凰花一人で三万体倒すことになるわけだけど。
単純とは言え、指標は指標。捜索時間込みでも、今回の任務はそこまで苦労することはなさそうだ。もちろん、油断は禁物だけど。
『では、各員、戦闘準備に入るように』
「了解しました!!」
煉と燐、そして僕と凰花と鉄斎は、敬礼してすぐさまその場から動き出した。
一口に本部と言っても、僕らがさっき出雲さんから指令を受けた会議室の他に、技術開発系の部屋があったり、情報処理の部屋があったりするわけだが、電脳世界にログインするための部屋もここにある。更衣室で、もう何度袖を通したか分からない専用の衣服に着替え、例の部屋に入る。
部屋の名前は、安直に転移室。
そこには、平べったい卵型で、人一人が入れるくらいのカプセルがざっと四十個ほど並んでいる。
と、僕ら全員が入ってきたのを見計らったように、正面の巨大スクリーンのスイッチが入り、ぼさぼさの髪を後ろで束ねた、不健康そうなおばさんが映し出された。
『電脳扉(ポルタ)の準備はできてるから、いつでもあっちの世界に飛ばしてあげるわ~』
針金みたいな細い腕で頬杖を突きながら、何処で手に入れたのか不明なパイプをスーハーしている。てか、研究所内でたばこ吸っても良いのか??
「了解しました。白木《しらき》室長。本日もよろしくお願いします」
凰花によるまさに見本のような敬礼に、僕ら四人も追従する。
『おう。礼儀正しくて宜しい。ところで、祓《ハライ》』
「は、はい。何でしょうか?」
あれ、もしかしておばさんとか思ってたのばれた? この人にばれるとなかなか面倒なことになる気がするんだけど……。
『この間の天空龍討伐で消費したとか言ってた七つ星ポーション補完しといたから。ありがたく思いなよ。まあ、お礼くらいは受け取っといてあげるから』
と、言って、白木博士はひらひらと手を振った。
言われたのが罵詈雑言では無かったことに一瞬胸をなで下ろせるはずだったんだけど、嫌な感じがして後ろを振り返ると、凰花を除く三人から忌み者を見られるような視線を投げつけられた。
「七つ星ポーションって、あの、S級クエを周回してもその日のうちに一つ手に入るかどうかっていうあれだろ?? あれを使い切った?? 補完??」
「天空龍って……天災級CCのウラノスですか?? あれを二人だけって、もしかして……」
「ズ、ズルいよ!! 私も凰花ちゃんと一緒に狩りに行きたかった!!!!」
呆れる鉄斎、驚く煉、そして怒るは燐である。
まあ、一番想像しやすいのは俺と凰花の組み合わせだろうなぁ。第七線戦のNo.1とNo.2は凰花と一応は僕なわけだし。ただまあ……。
「勘違いは困るよ。僕だってわざわざ単体攻略何度SSSランクのCC討伐に行きたかったわけじゃ無いよ。ストックしてた七つ星を全部消費しないとリアルに死ぬところだったし、ブレスかすったり風圧くらうだけでHP一割削れるし、攻撃当たったら半分以上抉られるし、ホントマジで何回死にかけたかわかんないんだから」
と、凰花を見ると、彼女は彼女で慌てて弁明をはじめた。
「だ、だって仕方が無いでしょう。今の武器を強化するにはどうしても必要だったのよ天空龍ウラノスの討伐が。人数が少ない方がボーナスで素材もたくさん手に入るし、それに、生きて帰って来れたんだからいいじゃない!!」
ぷいっと横を向いてしまった凰花に、お前の自己中な理由でマジで僕が死んだらどうするんだと言いたかったが、それは討伐時に「私が守ってあげるに決まってるじゃ無い」とかいう、女の子にかけられるには少し寂しい言葉をかけられたので、胸に止めておく。
『まあ、仲が良いのは良いことだが、そろそろ準備しておくれよ。あと、祓は人を見た目で判断しないように。私は君が思うほど優しくないからな』
「あ、うっす。気をつけます……」
と言う成り行きで、僕らはそれぞれ【電脳扉(ポルタ)】なんて呼ばれているカプセルの中に入った。電脳扉の中は、ツルッツルの外面からは想像出来ないくらいにメカっぽくなっている。上半分が観音開きになったカプセルに入った僕は、自分専用にカスタマイズされ、ちょうど自分の両手を伸ばした先にある半球状のマウスのうえに掌を乗せた。
僕らは、こうやって電脳世界にログインする。
プシュー。という音がして、両側から扉が閉まった。同時に、高密度生命維持流体がカプセルの中に充満されていく。目の前に三次元ディスプレイが現れる。
国内ランキング七位。西日本ランキング二位。
伊月祓。
目の前に現れた『出撃しますか?』の文字の下に写る『Yes』のボタンを、右手のマウスでタッチする。
何度繰り返しても慣れることの出来無い寒気が全身を覆い、刹那の後、僕の意識は一時的に遮断された。
なんてことを口に出してしまうと、また凰花に睨まれてしまうので、僕は言っても仕方が無い悪態を心のダストボックスに放り込む。
さっきダウンロードした資料を映した電子ノートを、頬杖を突きながらスクロールする。
内容は、現実世界と電脳世界の話。
現状、現実世界に現れた電脳世界、厳密には、『もう一つの世界』の世界は、少しずつではあるが、その生みの親である現実世界を電脳世界に造り替えていて、僕らはこれを侵食と呼んでいる。侵食の厳密な理論についてはよく分かっていないけれど、これを止めるための手段とやらは、電脳化の初期段階から分かっていた。
簡単に言えば、それは、電脳世界で生成されたマップクエストなるものをクリアすることだ。
『もう一つの世界』では、クエスト自動生成機能が存在していて、拠点MAP以外のMAPには、必ずクエストが存在していて、そのクエストがすべてクリアされると、MAPは消えて無くなるというシステムがあった。大抵は、初期段階から存在していたMAPにも、攻略難易度が非常に高い『マップクエスト』が存在していて、それのせいで大抵のマップは消えることがなかったようだ。それでも、いくつかのマップクエストは達成され、百を超えるMAPのうち、初期段階に実装された三割程度は消えたらしい。
実際に、猛者たちが組んだ旅団《レイド》がマップクエストをクリアしたことによって、現実世界を取り戻すことにも成功した例がいくつかある。その内容についての記述もあるけれど、あんまり面白くない。原則的には、一度侵食を受けたものは戻ってこない。というのが一般的で、データもろとも失われる。それが何処に行くのかは分からないけれど、エネルギー保存則がまだこの世界でも働いていることを鑑みれば、おそらく、仮にも現実世界に存在する電脳世界は、現実世界の法則に従わねばならず、そこで用いられているエネルギーに変換されたのではないか。という説が上がっているらしい。が、詳細は不明だ。
何にしろ、こちら側の世界の住人は、あまりに力がなさ過ぎる。物理的に。
とまあ、こんな風にざーっと内容を目で追って、大体頭の中で同じ内容を再現できるかどうかやってみる。一階では完璧にはできないから、数度同じこと繰り返す。これができれば、とりあえず終わりだ。
半分以上余ってしまった時間を、さて、一体何に使おうか。
暇なとき、僕はよく空を見る。
今日は珍しく曇り空だった。
灰色の重苦しい空のせいで、僕の気持ちまで重くなる。
しかも、こんな時に限って、あいつらはやってくるんだ。
そう思った矢先に、警報が鳴った。
あ~あ、めんどくさい。
『警告、警告、CCが発生、ランクはB、ランクはB。Aランク以上の討伐者《バスターズ》は、至急、本部に集合すること。繰り返します……』
騒然となる教室の中で、僕は凰花のほうを見た。目を合わせて、互いにうなずく。僕は電子ノートをもって立ち上がる。凰花は、もう教室を出かけていた。
「遅い」
僕が教室を出ると同時に、凰花に叱咤された。
「凰花が早すぎるんだよ」
そんなことを言っていると、別の教室から栗毛色の髪をした生徒が出てきた。
「また夫婦喧嘩??」
僕ら二人の横に並びながら、僕よりも頭二分高いところから、低い声が聞こえる。何かむかつくよね。やっぱり。
「そういうのじゃない」
「だそうです」
「伊月は尻に敷かれるタイプだな」
もう何回目になるかわからないそのセリフを聞き流して、僕は階段を下り、廊下を走り抜けて学校内にあるCC対策本部に到着した。
「伊月祓《いづきはらい》、廻間凰花・真榊鉄斎《まさかきてっさい》の三名、到着」
軽いノックの後に僕がそういって、三人は中に入る。そこには、もう二人の生徒がいた。
「やっほー、早かったね」
「あ! おーかちゃんおはよ~、後の二人はいらなかったのになぁ……とくに祓は……」
「燐ちゃん、煉ちゃん、おはよう。今日もよろしくね」
白酒燐《しろきりん》、黒酒煉《くろきれん》。ともに、A級の討伐証《バスターズライセンス》を持つ、校内どころか西日本きっての大戦力《ランカー》だ。と言っても、今回の呼び出しはAランク以上の討伐者が選ばれている。彼女たちが強いからと言って、僕らが浮かれていてもいい理由にはならない。
『各員、ご苦労』
雑談に花を咲かせる余裕なんて在るはずもなく、僕ら五人の前にあったディスプレイに壮年の男性が映し出された。とっさに雑談をやめ、僕たちはその方向に向かって敬礼する。不思議なことに、何百年たっても、軍において最も普遍的な敬意を表す動作に変わりはない。ここが軍かどうかは、ちょっと難しいところ泣きはするけれど。
『第七戦線の討伐者諸君。CC討伐戦線西日本支部支部長の出雲彌勒《いずも みろく》だ。急な呼び出しに答えてくれたことに感謝しよう』
壮年の男性は、そう口を開く。髪に白いものが混じり始めているが、未だ鋭い眼光と液晶越しにも感じられる存在感は、西国の鬼神と呼ばれた過去の面影を色濃く残している。
『現時刻をもって、諸君ら五名の討伐者《バスター》を第一部隊として、瀬戸内海第二地区の電脳界から生じたAlifeの討伐に派遣することとする。クリア易度はB。諸君らの実力があれば、達成は難しくないと思われるが、ゆめゆめ気を抜かぬように。任務は、指定範囲内のAlifeの全滅。ここまでで何か質問のある者は?』
挙手する者は、いない。
僕らが所属する防衛大学付属第七学校は、電脳生命体《Cyber-Creature》と戦う討伐者《バスター》を実践的に育成する機関であり、同時に西国の山陽道一帯を守護する役割の一端を担っている。
戦えば、当然死ぬこともある。
それでも、必要悪だと受入れるしかない。
CCは、生き物であって生き物ではない。
零と一の羅列の中から成り立つ膨大な情報が実体を持った姿であり、実体を持ちながらその存在は現実の世界には存在しない、現実と幻想の狭間に生きる情報生命体。
『現在、座標北緯34度44分、東経134度11分に、CCが大量発生中。これを殲滅することが、今回の任務だ。殲滅目標時間は、一四:〇五まで。現在からおよそ三十分。群衆CCの詳しい情報については、追って伝えるが、ランクC個体五百と考えてもらえばいい』
ランクC個体の強さの目安は、「C級の討伐者が一分間に同時に三体相手をして倒すことができる個体」というふうに設定されている。基本的に、ランクによる強さの定義は一〇倍と考えればいいので、B級の討伐者はCランク個体を三〇体。A級の討伐者は三〇〇体、同時に相手をして倒せると言うことになる。ただ、討伐者の職業《クラス》や戦闘スタイルによって、強さの方向性は違ってくるわけで、そう一概に言うことはできない。これは数字であって、ただの目安だ。
とはいえ、今いる五人を見渡せば、
廻間凰花:SS級
伊月祓:S級
真榊鉄斎《まさかきてっさい》:A級
白酒燐《しろきりん》:A級
黒酒煉《くろきれん》:A級
という戦力が並んでいるわけで、さっきの単純計算をしてみると、大体三万四千体のCCを一分間に倒せる計算になる。と言っても、凰花一人で三万体倒すことになるわけだけど。
単純とは言え、指標は指標。捜索時間込みでも、今回の任務はそこまで苦労することはなさそうだ。もちろん、油断は禁物だけど。
『では、各員、戦闘準備に入るように』
「了解しました!!」
煉と燐、そして僕と凰花と鉄斎は、敬礼してすぐさまその場から動き出した。
一口に本部と言っても、僕らがさっき出雲さんから指令を受けた会議室の他に、技術開発系の部屋があったり、情報処理の部屋があったりするわけだが、電脳世界にログインするための部屋もここにある。更衣室で、もう何度袖を通したか分からない専用の衣服に着替え、例の部屋に入る。
部屋の名前は、安直に転移室。
そこには、平べったい卵型で、人一人が入れるくらいのカプセルがざっと四十個ほど並んでいる。
と、僕ら全員が入ってきたのを見計らったように、正面の巨大スクリーンのスイッチが入り、ぼさぼさの髪を後ろで束ねた、不健康そうなおばさんが映し出された。
『電脳扉(ポルタ)の準備はできてるから、いつでもあっちの世界に飛ばしてあげるわ~』
針金みたいな細い腕で頬杖を突きながら、何処で手に入れたのか不明なパイプをスーハーしている。てか、研究所内でたばこ吸っても良いのか??
「了解しました。白木《しらき》室長。本日もよろしくお願いします」
凰花によるまさに見本のような敬礼に、僕ら四人も追従する。
『おう。礼儀正しくて宜しい。ところで、祓《ハライ》』
「は、はい。何でしょうか?」
あれ、もしかしておばさんとか思ってたのばれた? この人にばれるとなかなか面倒なことになる気がするんだけど……。
『この間の天空龍討伐で消費したとか言ってた七つ星ポーション補完しといたから。ありがたく思いなよ。まあ、お礼くらいは受け取っといてあげるから』
と、言って、白木博士はひらひらと手を振った。
言われたのが罵詈雑言では無かったことに一瞬胸をなで下ろせるはずだったんだけど、嫌な感じがして後ろを振り返ると、凰花を除く三人から忌み者を見られるような視線を投げつけられた。
「七つ星ポーションって、あの、S級クエを周回してもその日のうちに一つ手に入るかどうかっていうあれだろ?? あれを使い切った?? 補完??」
「天空龍って……天災級CCのウラノスですか?? あれを二人だけって、もしかして……」
「ズ、ズルいよ!! 私も凰花ちゃんと一緒に狩りに行きたかった!!!!」
呆れる鉄斎、驚く煉、そして怒るは燐である。
まあ、一番想像しやすいのは俺と凰花の組み合わせだろうなぁ。第七線戦のNo.1とNo.2は凰花と一応は僕なわけだし。ただまあ……。
「勘違いは困るよ。僕だってわざわざ単体攻略何度SSSランクのCC討伐に行きたかったわけじゃ無いよ。ストックしてた七つ星を全部消費しないとリアルに死ぬところだったし、ブレスかすったり風圧くらうだけでHP一割削れるし、攻撃当たったら半分以上抉られるし、ホントマジで何回死にかけたかわかんないんだから」
と、凰花を見ると、彼女は彼女で慌てて弁明をはじめた。
「だ、だって仕方が無いでしょう。今の武器を強化するにはどうしても必要だったのよ天空龍ウラノスの討伐が。人数が少ない方がボーナスで素材もたくさん手に入るし、それに、生きて帰って来れたんだからいいじゃない!!」
ぷいっと横を向いてしまった凰花に、お前の自己中な理由でマジで僕が死んだらどうするんだと言いたかったが、それは討伐時に「私が守ってあげるに決まってるじゃ無い」とかいう、女の子にかけられるには少し寂しい言葉をかけられたので、胸に止めておく。
『まあ、仲が良いのは良いことだが、そろそろ準備しておくれよ。あと、祓は人を見た目で判断しないように。私は君が思うほど優しくないからな』
「あ、うっす。気をつけます……」
と言う成り行きで、僕らはそれぞれ【電脳扉(ポルタ)】なんて呼ばれているカプセルの中に入った。電脳扉の中は、ツルッツルの外面からは想像出来ないくらいにメカっぽくなっている。上半分が観音開きになったカプセルに入った僕は、自分専用にカスタマイズされ、ちょうど自分の両手を伸ばした先にある半球状のマウスのうえに掌を乗せた。
僕らは、こうやって電脳世界にログインする。
プシュー。という音がして、両側から扉が閉まった。同時に、高密度生命維持流体がカプセルの中に充満されていく。目の前に三次元ディスプレイが現れる。
国内ランキング七位。西日本ランキング二位。
伊月祓。
目の前に現れた『出撃しますか?』の文字の下に写る『Yes』のボタンを、右手のマウスでタッチする。
何度繰り返しても慣れることの出来無い寒気が全身を覆い、刹那の後、僕の意識は一時的に遮断された。
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