どんかん恋模様

大郷夢望

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幸太side

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いつからだろうか。アイツを目で追うようになったのは…

俺は南野幸太、中3。一応、生徒会所属。
生徒会選挙の時に、「書記の前野幸太です」と言おうとして焦り、「しょっきの」と言ってしまったことは人生の汚点だ。あれから、部活や塾での俺のあだ名は食器になった。…忌々しい。

いや、そんなことはどうでもいいか。
自分で言うのもなんだが、俺はそこそこ頭がいい。故に担任からは中々な信頼を得ていて、生徒会に入るように勧められた。
それまで、特には生徒会に興味などなかったのだが、内申点も稼げるらしいし断らなかった。

ただ、すぐに思い知った。俺と違って、ほかの生徒会の奴らは、ほんとに学校のことを大切に思って此処にいる。
最初はそいつらの気持ちについていけず、適当に活動していたのだが最近になって考え方が変わってきた。
要するに、真面目にやってみようと思いだしたという事だ。
俺がこんな気持ちになったのは、藍沢の影響が大きい。あいつは、誰よりも強い意志でこの学校を変えようとしていた。その意志に、乗っかってみるのも悪くないと思うようになったのだ。

まあ、この本気もいつまで持つかわからないと思っていた。だが、生徒会に対する揺るがない姿勢を同じクラスで見続けたオレは、次第にあいつから目が離せなくなっていた。 

でも、俺にはその感情がなんなのか、よくは掴めないでいた。


しかし、ある日突然、この現状は変わった。

いつも通りの挨拶運動を終え、いつも通りだったはずのクラスでちょっとしたトラブルが起きたのだ。
簡単に言ってしまえば、先生への反抗。いつもと違う先生の態度に混乱したという方が正しいかもしれない。クラスは完全に先生を悪者にしていた。元はと言えば、俺らにも非があったはずなのに。

(まあ、どうせ誰かがなんとかするだろ)
基本、俺は事なかれ主義なので、自ら問題に口を挟むことはしない。それに、俺の周りにも、そういった揉め事に口を出す奴はいなかったはずなのだが

「ねぇ!」

教室中に、よく知った声が響いた。

「先生、多分泣くつもりじゃなかったと思う。そういうタイプじゃないじゃん。あの先生は。それだけクラスのことを思ってくれてるんだよ。私たちをほんとに心配してくれてるんだと思う。だから…」

思わず振り返ると、震え声で必死に言葉を紡ぐ藍沢の姿が目に飛び込んだ。

(おい、まじかよ)

あいつもどちらかと言えば、クラスの中では大人しくしてたはずだ。なんでいきなり…

そうこうしているうちにも、藍沢はみんなからひんしゅくの目を受けていた。
当然だ。みんなが先生に怒りの矛先を向けてる中、1人で先生を庇っているのだから。

(まあ、あいつの判断だ)

いつもの俺だったら、目を向けすらしなかったはずの事態。なのに…

「行けばいーんじゃねーの?謝りに」

勝手に俺の口は動いていた。一斉に集まるみんなからの視線と、藍沢の目。あいつは、目に涙を浮かべながら唖然としていた。
でも、誰より驚いていたのは俺自身だ。なぜ、俺に不利益がかかるかもしれないのに、このタイミングで口を挟んだんだ?

「え…?」

さらに呆然とする藍沢の顔がみえた。

「え…じゃなくて、そう言ってたのはお前じゃないの?」

そんな藍沢の態度に少し苛立ちながら俺は言った。

「そうだけど…」

さらに困ったようなあいつの顔。

「だからさぁ…あー、ちょっとこい!」

「は!?」

たまらずみんなの輪の中から藍沢を連れ出す。

「なんなの?みなっちはそういうことするキャラじゃないでしょ。」

分かってる、そんなことは。

「ああ、そうだ。」

つとめて冷静に、俺は返事を返す。

「じゃあ、なんでいきなりあんなこと言い出したの。」

自分でも分からないんだよ。俺は、なんでわざわざトラブルに巻き込まれにいったんだ。

「こっちのセリフだ。逆になんでお前は声掛けたの。」 

答えられず、質問し返す。

「なんでって…」

言い淀んだ藍沢を見て、確信した。こいつは、なにか言いたくないことでも抱えてるんだろう。

「わかった、質問を変えよう。なんでお前はあそこまで震えながら、1人でこえをかけにいったの。」

その瞬間、藍沢の目が変わった。

「そんなの、巻き込みたくないから!私の仲いい子たちが私の偽善の犠牲になるのなんか、見たくない!」

俺は胸をつかれるような気持ちになった。なんでこいつは、いつもとこんなに違うんだ。

「私が言えばそれで済む。誰かが犠牲にならないですむ。だから、周りに助けを求めちゃいけないの。」

少しだけ、辛そうな表情を浮かべる藍沢に、何故か少しだけ、怒りが湧いた。

「じゃあ、俺の一言は余計だったか?」

周りに助けを求めろよ。

「余計だったとかそういうのじゃなくて、巻き込まれて迷惑じゃないの?」

もっと、自分を大事にしろよ。 

「そう思ったら、そもそも関わったりしない。お前も言っただろ。そういうキャラじゃないって。」

そうだ、なんで俺は関わった。

「じゃあ、なんで…」  

藍沢を助けたいって思ったからだろ!

「別に、気まぐれだ。」

自分の中で見つけてしまった答えに、焦りながらもなんとか答えを返す。

「絶対違うよね!?」

疑いの眼差しを、とりあえず華麗にスルーし、

「それより、この状況をどうするかの方が大事じゃないか?」

全力で話題を逸らした。というか、本筋に戻した。
でも、またこいつは自虐的な笑みを浮かべ、

「そうだね。」

といってみんなの所に戻ろうとする。

「だから、なんで自分が犠牲になろうとするの。」

優しすぎるんだよ、お前は。

「俺に任せとけ。」

今まで1度も言ったことがないような言葉を、藍沢にぶつける。

「何言って…」

振り返り、キョトンとした顔をうかべるやつに、

「物わかりの悪いやつだな。俺がなんとかするって言ってんの。」

精一杯、頼りがいのありそうな顔を浮かべて笑った。

そのまま、藍沢を追いやり、すたすたとみんなの方へ歩いていく。そして

「ちょっと聞いて欲しいんだけど、いい?」 

いつもの軽いノリで

「先生も、多分ストレス溜まってんだよ。だから、それをちょっと大目に見てあげよう。俺らが大人になってさ。形だけでも謝ろう。そしたら丸く収まるんだから、な?」

俺の得意なうそで、藍沢を助けよう。


「まあ、南野がそういうなら…」
「仕方ないな」
「先生に、借り作っとくか!」
「学級委員、あとは適当に謝るセリフ考えて。」 
「はいはい、じゃあいくよ。」
「「「「はーい」」」」
なんか、上手くまとまってしまった。自分でも驚きだな、俺の人望。

…これで、あいつの印象も薄れただろう。助けられたかな?

「ありがとう。」

背後からかかったそんな声に

「別に、気まぐれって言ったろ。」

思わず顔が赤くなるのに気づきながらも、素っ気なく返した。



藍沢を好きだという気持ちを隠すために。
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