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02 サムライ
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◇
マリオンは広大な庭園の雑草をむしり、落ち葉やゴミを拾った。更に親方が大量の雑用を命じる。朝から晩まで働いて、ようやく食事にありつけた。毎日クタクタになって小屋に帰り、泥のように眠る。7日に一度の休日が待ち遠しかった。
労働など、慈善活動の食糧配布ぐらいしかやったことがない。ここでは教養もマナーも、何の役にも立たない。非力な王子と思われ、皆に憐れまれていた。
◇
「はい。おまけ。元気出しな」
配膳係の女が、昼食の肉団子を1つ多く入れてくれた。
「ありがとう」
マリオンは弱々しく微笑んで礼を言った。女は頬を染めて頷いた。食堂の隅で食べていると、庭師の先輩が嫌味を言ってきた。
「顔が良いと得だねぇ。王子サマ」
「…」
先輩は無遠慮にマリオンの皿から肉団子を奪っていった。そして隣の椅子にどかりと座り、訛りのキツい帝国語でおしゃべりを始めた。
「立派なお屋敷に住んでるしねぇ。羨ましいこっちゃ。知ってっか?あそこ、昔、何とかって言う国の王子が住んでたんだぜ」
「へえ。どんな方だったんですか?」
相槌を打つのも面倒だが、早く消えて欲しいので話を促す。
「20年も人質だったらしいよ。あと少しで年季が明けるっつう時に、自殺したんだと」
小屋の梁で首を吊ったらしい。それ以来、あそこには幽霊が出る。憑かれないよう気をつけなよ…先輩は言いたい事だけ言って立ち去った。
◇
時たまピシピシとかパシッとか小屋が軋む音がする。マリオンには霊感が無いのでそれ以上は感じない。衝撃だったのは、その王子が20年もここで暮らしたという事実だ。
(私はあと何年で帰れるのだろう?)
食べて眠るしか楽しみがない。家族や侍女との会話もない。たった一人で耐えていけるだろうか。その夜、暗い小屋で梁をじっとりと見上げていたら、急にガタガタと部屋が鳴った。
「ご…ごめんなさい!」
驚いて思わず謝ると、ぴたりと音は止んだ。まるで彼女の心の中を見透かしたようだ。
「頑張ります…」
20年は、無理かもしれませんが。すると小さな光がふわりと飛んで消えた。優しい幽霊だ。マリオンは見えない同居人を友達だと思う事にした。
◇
ある休日の午後、マリオンは小屋の近くでうずくまる男を見つけた。
「もし。大丈夫ですか?」
声をかけると、男は顔を上げた。脂汗を流して腹を押さえている。変わった服装だ。袖とズボンの裾はゆったりと広がり、腰帯に剣を2本差している。
「べ…」
黄味がかった肌に黒い長い髪。目が細い。外国人だ。
「はい?」
「便所は何処ですか…」
男は苦しそうに言った。マリオンは慌てて肩を貸すと、小屋のトイレに連れて行った。
◇
「助かり申した。水に当たったらしく。ご迷惑をおかけした」
異国の男は晴れやかな顔で頭を下げた。
「いいえ。何のおもてなしもできませんが、お腹に良い薬草茶です。どうぞ」
マリオンは貴重な燃料で湯を沸かして、庭に生えていたゲンノショウコを煮出した。小屋の初めての客は喜んで飲んだ。そして改めて名乗った。
「某はフジヤマ国のアオキ・コシロウ・サダハルと申す。此度、乙女の宮に入られた我が国の姫をお訪ねしたところだ」
「そうですか。私はクレイプ国のマリオン…です」
外国人同士、帝国語で挨拶を交わす。アオキという男はトイレを借りた礼にと、帝国銀貨を渡そうとした。マリオンは丁重に辞退した。
「おトイレぐらいで。それより乙女の宮とは、どんな所なのですか?」
代わりに、王女として行くはずだった場所の事を訊いた。アオキは細い目の上の眉を顰めた。
「それが、お会いできなかった。中にも入れぬ。腹立たしい!毎月50億イエンも納めていると言うのに!」
「50億イエン?」
「そうだ。姫の生活費として大金が要る。幽閉されているのに、そんなにかかるわけがない。実質の朝貢だ。金を出さねば姫を皇子の側妃にして、フジヤマ国の継承権を要求するつもりだろう。卑怯なり、帝国!」
マリオンは呆気に取られた。年間600億イエンともなれば、小国の国家予算だ。クレイプ国などあっという間に破綻する。
ひとしきり怒りを吐き出した後、アオキは懐から封筒を出した。
「だがお手紙はいただけた。健やかに暮らしていると書いてある」
「良かったですね」
このまま金を納めていけば3年で姫は帰国できる。フジヤマ国は金山を有する国だから何とか払えるらしい。腹も落ち着いたので、彼は薬草茶の礼を言って帰った。
マリオンは何度もアオキの話を思い返した。そんなにお金が要るとは知らなかった。1800億イエンで3年を安泰に暮らすか、草をむしって20年を過ごすか。迷うまでもない。これはクレイプ王族の責務だ。だが、今、25歳だから解放されるのは45歳。想像もつかないほど長い年月に、目眩がした。
マリオンは広大な庭園の雑草をむしり、落ち葉やゴミを拾った。更に親方が大量の雑用を命じる。朝から晩まで働いて、ようやく食事にありつけた。毎日クタクタになって小屋に帰り、泥のように眠る。7日に一度の休日が待ち遠しかった。
労働など、慈善活動の食糧配布ぐらいしかやったことがない。ここでは教養もマナーも、何の役にも立たない。非力な王子と思われ、皆に憐れまれていた。
◇
「はい。おまけ。元気出しな」
配膳係の女が、昼食の肉団子を1つ多く入れてくれた。
「ありがとう」
マリオンは弱々しく微笑んで礼を言った。女は頬を染めて頷いた。食堂の隅で食べていると、庭師の先輩が嫌味を言ってきた。
「顔が良いと得だねぇ。王子サマ」
「…」
先輩は無遠慮にマリオンの皿から肉団子を奪っていった。そして隣の椅子にどかりと座り、訛りのキツい帝国語でおしゃべりを始めた。
「立派なお屋敷に住んでるしねぇ。羨ましいこっちゃ。知ってっか?あそこ、昔、何とかって言う国の王子が住んでたんだぜ」
「へえ。どんな方だったんですか?」
相槌を打つのも面倒だが、早く消えて欲しいので話を促す。
「20年も人質だったらしいよ。あと少しで年季が明けるっつう時に、自殺したんだと」
小屋の梁で首を吊ったらしい。それ以来、あそこには幽霊が出る。憑かれないよう気をつけなよ…先輩は言いたい事だけ言って立ち去った。
◇
時たまピシピシとかパシッとか小屋が軋む音がする。マリオンには霊感が無いのでそれ以上は感じない。衝撃だったのは、その王子が20年もここで暮らしたという事実だ。
(私はあと何年で帰れるのだろう?)
食べて眠るしか楽しみがない。家族や侍女との会話もない。たった一人で耐えていけるだろうか。その夜、暗い小屋で梁をじっとりと見上げていたら、急にガタガタと部屋が鳴った。
「ご…ごめんなさい!」
驚いて思わず謝ると、ぴたりと音は止んだ。まるで彼女の心の中を見透かしたようだ。
「頑張ります…」
20年は、無理かもしれませんが。すると小さな光がふわりと飛んで消えた。優しい幽霊だ。マリオンは見えない同居人を友達だと思う事にした。
◇
ある休日の午後、マリオンは小屋の近くでうずくまる男を見つけた。
「もし。大丈夫ですか?」
声をかけると、男は顔を上げた。脂汗を流して腹を押さえている。変わった服装だ。袖とズボンの裾はゆったりと広がり、腰帯に剣を2本差している。
「べ…」
黄味がかった肌に黒い長い髪。目が細い。外国人だ。
「はい?」
「便所は何処ですか…」
男は苦しそうに言った。マリオンは慌てて肩を貸すと、小屋のトイレに連れて行った。
◇
「助かり申した。水に当たったらしく。ご迷惑をおかけした」
異国の男は晴れやかな顔で頭を下げた。
「いいえ。何のおもてなしもできませんが、お腹に良い薬草茶です。どうぞ」
マリオンは貴重な燃料で湯を沸かして、庭に生えていたゲンノショウコを煮出した。小屋の初めての客は喜んで飲んだ。そして改めて名乗った。
「某はフジヤマ国のアオキ・コシロウ・サダハルと申す。此度、乙女の宮に入られた我が国の姫をお訪ねしたところだ」
「そうですか。私はクレイプ国のマリオン…です」
外国人同士、帝国語で挨拶を交わす。アオキという男はトイレを借りた礼にと、帝国銀貨を渡そうとした。マリオンは丁重に辞退した。
「おトイレぐらいで。それより乙女の宮とは、どんな所なのですか?」
代わりに、王女として行くはずだった場所の事を訊いた。アオキは細い目の上の眉を顰めた。
「それが、お会いできなかった。中にも入れぬ。腹立たしい!毎月50億イエンも納めていると言うのに!」
「50億イエン?」
「そうだ。姫の生活費として大金が要る。幽閉されているのに、そんなにかかるわけがない。実質の朝貢だ。金を出さねば姫を皇子の側妃にして、フジヤマ国の継承権を要求するつもりだろう。卑怯なり、帝国!」
マリオンは呆気に取られた。年間600億イエンともなれば、小国の国家予算だ。クレイプ国などあっという間に破綻する。
ひとしきり怒りを吐き出した後、アオキは懐から封筒を出した。
「だがお手紙はいただけた。健やかに暮らしていると書いてある」
「良かったですね」
このまま金を納めていけば3年で姫は帰国できる。フジヤマ国は金山を有する国だから何とか払えるらしい。腹も落ち着いたので、彼は薬草茶の礼を言って帰った。
マリオンは何度もアオキの話を思い返した。そんなにお金が要るとは知らなかった。1800億イエンで3年を安泰に暮らすか、草をむしって20年を過ごすか。迷うまでもない。これはクレイプ王族の責務だ。だが、今、25歳だから解放されるのは45歳。想像もつかないほど長い年月に、目眩がした。
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