背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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16 本当は王女だった王子

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          ◆


 その頃。皇太子一行が異常な速さで北の砦に到着し、包囲していたシャトレー軍を撃破した、という知らせが皇宮に届いた。

「たった5騎で?嘘だろう?」

 温室で報告を聞いた皇帝は、思わず盆栽の枝を切り落としかけた。息子が出発してからまだ3日しか経っていない。信じられずに詳細を聞くと、何と替え馬を繰り返し、ついてゆけない者は振り捨てて行ったらしい。

「本当だ。コージィの字だ」

 彼女の伝書鳩便には、サムライ・マスターとソード・マスター、ペルティエ司令の3人で敵を薙ぎ払い、ヴィクターがマリオン王子を危機一髪、救ったと書いてある。無茶苦茶だ。

「陛下。皇后陛下がお越しでございます」

 そこへ妻が来た。

「ちょうど良かった。ついにヴィクターがキレてしまったよ…どうしたの?」

 妻の後ろには杖をついた老人がいた。病気療養中だったモロゾフ伯爵ではないか。伯爵が不自由そうな脚で跪こうとしたので、皇帝は押し留めた。

「良いよそのままで。急用みたいだね。人払いを」

 侍従らを下がらせ、妻に椅子を薦めたが、彼女は厳しい表情で立ったまま言った。

「陛下。私たちはとんでもない間違いを犯しました。マリオン王子は王女でした」

「え?」

 モロゾフ伯爵は、驚くべき誤解が生じた経緯を語った。


          ◆


 本来であれば、伯爵がマリオン王女の身支度を整えた後、乙女の宮に案内するはずだった。しかし後任のモック男爵は王女を見た目で男だと判断し、外宮の小屋に放り込んだ。帝国語ができなかったせいだ。

「王女が庭師に混じって肉体労働をしてた?半年も?更に太公の取り巻きに私刑リンチされた?」

「私は鞭打ち100回を命じました。侍女を孕ませた罪で」

 老伯爵が下がった後、皇帝夫妻は温室のソファにぐったりと腰を下ろした。

「おまけに軍隊に入れちゃったぞ。まずいなんてものじゃない。慰謝料を払うレベルの失態だ」

 モロゾフ伯爵が奇跡的に回復しなければ、この事は明るみに出なかった。何故、マリオン王女は自らの処遇について訴えなかったのか。皇帝は隠密を呼んだ。

「何か知ってる?」

 植物の茂みに向かって尋ねると、声だけが返ってくる。

「少々、お待ちください…先日、フジヤマ人とクレイプの騎士の話を聞いた者が」

「どんな話?」

「うちの人質の費用は年600億イエンだが、マリオン殿のためにクレイプは幾らなら出せるのか、と」

「ちょっと待った。何の話だ?人質の費用?」

 確かに姫君達のドレスや宝飾品は自分持ちだ。敗戦国には賠償金も払わせている。しかしそんな大金のはずが無い。

「100億で人質期間を10年に短縮してもらえるらしい、とクレイプの騎士は答えました」

「陛下。これは…」

 妻は言葉を失った。立派な横領、いや、詐欺事件だ。

「遠国は、その国の言葉ができる者に一任していた。失敗したな」


          ◇


 砦は再びシャトレー軍に包囲された。前回の数倍もの敵兵に、砦の者たちは恐れ慄いた。しかし殿下は冷静だった。

「コージィ。捕虜交換と会談の要請をしろ。こちらは私が行くと言え」

「はい」

 コナー卿は矢文を放った。

(なるほどー。降伏もこうやって申し込めば良かった)

 マリオンは殿下のお側で小姓をしている。全身包帯だらけでみっともないが、こんな時に寝ていられない。

 何回か矢文が行き来して、シャトレー族の族長が砦を訪れることになった。しかし帝国語が堪能ではないらしい。向こうの文を読みながら、コナー卿は提案した。

「族長の弟がこちらの捕虜になっていて、帝国語が話せるそうです。通訳をさせましょうか?」

 すると司令官が口を挟んだ。

「あー。多分無理です。先ほど、少し話しましたが、何言ってるのか全然分かりませんでした」

 あの、すごく訛っている男だろう。帝国人には聞き取れないようだ。マリオンは恐る恐る手を挙げた。

「あの…私、分かります。通訳できると思います」

 だが殿下は首を振って、

「シャトレー兵に痛めつけられたばかりだ。無理しなくて良い」
 
 と仰った。マリオンの心の傷を心配してくださっている。それが嬉しくて、彼女は何としてもお役に立ちたいと思った。

「大丈夫です。アンリもいますし」

 彼は剣聖の称号を得た、祖国の英雄だ。何があっても守ってくれる。そうお伝えしたら、殿下は一瞬、お顔を曇らせた。だが最後には通訳の役目を与えてくださった。


          ◆


 シャトレー族の族長が、僅かな供だけを連れて現れた。2メートルを超える体躯に、豪華な長い金髪と青い目。堂々たる美丈夫だ。会談の場に砦を指定するとは、余程腕に自信があるようだ。門で迎えるヴィクターに、アオキが『強いですぞ』と耳打ちした。彼が言うのなら相当なものだろう。

「大丈夫や。言葉なら分かるきにゃあ。何?おんしゃらが分からんがか?困ったねや」

 族長は何か言ったが、ペルティエの言う通りだった。マリオンがすかさず通訳した。

『大丈夫です。言葉なら分かります。そちらが分かりませんか?困りましたね』

 すると族長はマリオンに白い歯を見せた。

「まっこと美しい女子じゃのう!おんしゃ、わしの言葉が分かるがか?」

『…私の言葉が分かりますか。大変結構です』

 一瞬、間があった。マリオンが訳しづらい事を言ったらしい。族長は握手を求めてきた。

「族長のリエム・シャトレーじゃ。よろしゅうな」

 ヴィクターは大きなその手を握った。僅かに見下ろされるのが気に入らない。

「皇太子ヴィクター・ゴダイバだ。よろしく」

 砦の会議室に場所を移して、会談は始まった。まずは急な侵攻の理由をシャトレー族側から聞いた。


          ◇


 事の発端は、『反帝国同盟』からの要請だった。非道な帝国を共に倒そうと言うのだ。シャトレー族は北の諸部族を統一したばかりである。族長は慎重に状況を探っていたが、同盟に焚き付けられた一部の者たちが先走ってしまった。

「悪かったのう。わしは止めたんじゃが、ちっくとばかし目を離してしもうてのう」

 族長は豪快にワッハッハと笑った。全然悪いと思ってなさそうだ。おまけにマリオンに何回もウインクをしてくる。テーブルを挟んで座る殿下のお顔が、どんどん険しくなっていった。

「経緯は分かった。『反帝国同盟』の背後には帝国貴族がいる。反乱を煽り、領土の拡大を目論む一派だ。無視するのが賢い。幸いな事に、今回は死者が出ていない。今なら対等な条約を結べる。如何か?」

 それでも礼を尽くして、シャトレー族と帝国の友好条約を提案された。更に、コナー卿から王国化の話があった。

「わしもそれは考えちゅう。いずれは国にせないかんがやき。けんど、おまんらと付き合うには、人質にこじゃんと金が要るのやろう?同盟の奴らはそう言うちょったぞ」

「帝国が後見を務める国からは、金も人質は取らない。奴らは幾らかかると言ってきた?」

「年に600億とか言うちょったで。どいてうちらがそがな大金払わんといかん?ちゅうて、弟たちが怒りよったきに」

「…それも嘘だ。たとえ人質を取っても、金は要求しない」

 (えっ!?)

 殿下のお言葉にマリオンは衝撃を受けた。思わずアオキとアンリを見ると、彼らも驚いたように目を見開いている。初めてアオキの黒目が見えた。

「やったら迷うこと無いのう」

 族長は笑顔で頷いて、殿下と共に帝都に赴く事も了承した。

「ほんなら、また三日後に来るぜよ。待っちょり。美人さん」

 会談終了後、族長はマリオンにまたウインクをした。そして交換した捕虜を連れて、国境から引き上げて行った。
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