背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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18 怒りの皇太子

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          ◆


 中央皇宮門では皇帝自ら、シャトレー族長を出迎えた。接待役に客人達を預けた後、ヴィクターは父に呼び止められた。

「マリオンは?」

「はい?」

 父は舌打ちをして、機嫌が悪い声で訊いてきた。

「マリオンは何処にいる?サムライ大将と剣聖は?」

「外宮の小屋です。アオキとシャルパンティアも一緒です」

「急いで迎えの馬車を回して。マスター達も皇帝宮に」

 命じられた侍従達が慌ただしく散る。ただならぬ雰囲気に、コージィが小さな声で尋ねた。

「もしかして、例の詐欺事件の件ですか?何か進展が?」

「最初の手紙に書いたじゃないか。読んでないの?マリオンは王女だ。乙女の宮に迎え入れるべき姫君だったんだよ」

 詳しい話は後ですると言って、父は行ってしまった。

「え…?」

 残されたヴィクターとコージィは、呆然と皇宮門の前に立っていた。


          ◇


 マリオンは久しぶりに小屋に帰って来た。中は誰かが掃除をしていたみたいに綺麗だった。まず井戸で水を汲んで湯を沸かし、アオキやアンリとお茶を飲んだ。

「古いな。小さいし。こんな所で一人で暮らしていたのか…」

 アンリはまた辛そうに言った。

「大丈夫。同居人もいるんだよ」

 信じないだろうけど、と前置きしてから幽霊の話をした。するとアオキは庭を指差して、

「あの、白い髪で赤目の男だろう?成仏しかけてるぞ」

 と言った。

「本当だ。うっすら見えるな」

 アンリまで同意する。マリオンは鳥肌が立った。

「…聞くんじゃなかった。2人とも、何で見えるの?」

「さあ。氣の流れが見えるから?…む。馬車が近づいているな。おい、アンリ」

 急にアオキが立ち上がり、ドアの横に張り付いた。アンリもマリオンを庇うように立つ。暫くして、馬車が小屋の前に停まる音が聞こえた。そしてドアがノックされた。

「何者だ?」

 アオキが尋ねると、恭しい口調で返事があった。

「皇帝陛下のお召しでございます。マリオン姫とお二方は、至急、皇帝宮にお越しください」

「!!」

 迎えの使者は今、『姫』と言った。とうとうバレてしまったのだ。彼女はガタガタ震え出した。

「どうする?マリオン殿。まあ、断れんが」

 仕方なく3人は馬車に乗り込んだ。すぐに皇帝宮という壮麗な宮殿に着いた。煌びやかな一室に通された時には、マリオンは緊張のあまり、倒れる寸前だった。


          ◇


 その部屋には、皇帝陛下と皇后陛下がいらっしゃった。お二人はソファに座り、入ってきたマリオン達を笑顔で迎えて下さった。

「さあ。まずは座って。マスター達も、今回は皇太子の護衛をありがとう」

 陛下はアオキ達を労い、皇后様は御手ずからお茶を入れてくださった。恐れ多くて味がしない。

「先に人質の費用の話をしようか。既に大使とその部下、乙女の宮の職員など100名以上が詐欺罪で拘束されている。今は騙し取られた金額を調べている段階だ。もちろん全て被害国に返還するよ。慰謝料も上乗せするし。すまなかったね、アオキ君」

「いえ。公正なるご処分、ありがたく存ずる。しかし、それほどの大金、誰が何の目的で集めていたのです?」

 アオキの質問に、陛下は黒い笑顔でお答えになる。

「首謀者はダロワイユ太公、私の弟だよ。『反帝国同盟』の資金源だったみたいでね。いやー。とうとう愚弟の尻尾を掴めた。ちょうど今頃、憲兵が乗り込んで証拠を押さえてるから。ふふふふふ。全財産押収してやる。あいつの派閥も全員、すっからかんだ。ざまあみろ…」

「あなた。心のお声が」

 皇后様がそっと陛下のお手に触れられた。恐い方だと思っていたけど、優しく愛情に満ちた仕草だった。陛下は咳払いをなさった。

「さあ、フジヤマ国はこれで済んだし、次はクレイプ国だ。モロゾフ伯爵から事情は聞いている。全てこちらの思い込みと悪しき慣例が原因だった。心からお詫びする。申し訳なかった、マリオン姫」

 マリオンは頭が真っ白になった。両陛下に頭を下げさせてしまった。天罰がくだりそう。冷や汗を流していると、陛下から思いもかけない提案をされた。

「姫の人質期間は今日を持って終了とする。クレイプ国にも慰謝料を払う。どうだろう?」

(自由?)

 全身にのしかかっていた、重い何かが急に消えた気がした。隣に座るアンリがマリオンの手をギュッと握り、陛下に頭を下げた。

「ありがとうございます…義妹に代わり、御礼申し上げます」

「うん。良かったら、来週のシャトレー族歓迎パーティーまではいてよ。君たちは主役なんだから。リーファ、姫のドレスとか、頼むよ」

「かしこまりました。マリオン姫、帝都のドレスメーカーなら、あなたに似合うドレスが作れるわ。もう男装はやめましょう」

 皇后様から、乙女の宮に引っ越すように勧められた。王女と分かったからには、小屋にいてはダメらしい。沢山ドレスを作らせて、たっぷりお土産を用意して。それから帰国しては?…皇后様のお声が、ふわふわと聞こえる。

 すると、ドアがノックされた。

「皇太子殿下がお越しです」

 途端にマリオンの意識は現実に引き戻された。


          ◆


 皇太子宮に帰ったヴィクターは、事のあらましをモロゾフ伯爵という老臣に聞いた。それでも信じられなかった。あのマリオンが女。酷い頭痛の時のような眩暈がする。

 その後、父の宮に行った。

「やあ。ヴィクター。改めて紹介しようか?こちら、クレイプ王国第1王女、マリオン・クレイプ姫だ」

 マリオンは青い顔で応接室のソファに座っている。2、3時間前まで、共に旅をしていたはずなのに、別人のようだった。

「会いたいなら乙女の宮に来てね」

 両親の嬉しそうな様子が気持ち悪い。ヴィクターの目とマリオンの薄緑の目が合った。彼は目で怒りをぶつけた。

(何か言うべきことがあるだろう!)

 しかしマリオンは震えるばかりで黙っている。皇子は目を逸らし、彼らに背を向けると無言で部屋を出ていった。

 裏切られた。それしか考えられなかったのだ。
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