背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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24 捕えられたマリオン

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          ◇


 その頃、マリオンは必死に森の中を逃げ回っていた。背後からはビュンビュン矢が飛んでくる。身体強化で弾いているが、一瞬でも気を抜いたらお終いだ。

 しかし馬にも疲労が見えてきた。限界が近づいている。

(どれくらい引き離せた?援軍は着いた?)

 霧が晴れてきたので、そろそろ敵もマリオン人形に気づくだろう。2人を乗せて出せる速さじゃない事にも。案の定、すぐに背後から敵の声が聞こえた。

「皇太子じゃない!偽物だ!」

(バレちゃった)

 その時、マリオンの馬が何かに躓いて転び、彼女は勢いよく投げ出された。身体強化をかけながらゴロゴロと転がって受け身を取ったが、フードが外れて白金の髪が溢れ出た。

「マリオン王女だ!クソっ!騙された!」

 敵の司令官らしき男が悔しそうに言った。それを聞いたマリオンは、自分が誇らしかった。初めて殿下のお役に立てた。あの方のフリができる女なんて私しかいない。しかし高揚感はすぐに消えた。

「忌々しい大女め。楽に死ねると思うな!」

 怒りと憎悪に満ちた男達に取り囲まれた。マリオンは恐怖にガタガタと震えた。

「止めろ。太公閣下の下へ連れていけ!」

 すると見覚えのある赤毛の男が命じた。彼女はハッとした。

(マリーに似ている)

 ではエルメ伯爵の令息、ピエールだ。彼は空馬にマリオンを荷物のようにくくり付けた。数分走って、別の大きな一団と合流した。豪華な馬車の中から出てきたのは、ダロワイユ太公だった。

「騙されました。コイツが皇太子のフリをしていました」

 ピエールは縛り上げたマリオンを太公の前に突き飛ばした。太公は跪いた彼女の顎を掴んで持ち上げた。

「ヴィクターも薄情だな。愛人を囮にして自分だけ逃げるとはね。どうだい、マリオン姫。私と一緒に来ないか?あんなに執着していた愛人が私の物になったら、我が甥っ子はどう思うかな?」

 違う。私が勝手にやった事だ。殿下は薄情じゃない。そう言いたいのに、舌が貼り付いたように声が出ない。マリオンはただ首を振って拒絶した。

「断るの?私たちはこれから西方に新しい帝国を建てるんだ。君は皇妃になれるんだよ?」

「に…西にある国々は?デメル王国とか…」

 マリオンはようやく出た掠れ声で訊いた。太公は恐るべき事実を明かした。

「デメル?ああ。再興なんて愚かな事を。せっかく私がデメルの王子を自殺させてやったのに」

「じ…自殺?どうやって?」

「簡単だよ。君の妻子は殺されたって教えただけだ。そうしたら首を吊ってしまった。まあ、妻子は生きていたようだけど。小国なんて必要無い。大帝国があれば良いんだ。西を統一した後、必ずゴダイバを手にいれる」

 どんなに小さな国にも誇りがある。それを踏み躙ってはいけない。それにもう勝負はついている。ヴィクター殿下を捕らえ損ねたのだから。

「殺してください」

 マリオンは静かに言った。その態度が気に食わなかったのか、太公は思いっきり彼女の頬をった。

「何だその目は。私はまだ負けてない!この…」

 倒れた彼女の髪を掴み、さらにとうとした時、太公の部下が飛び込んできた。

「皇太子がこちらに向かっています!」


          ◆

 隠密達が次々とマリオンの痕跡を探し出し、皇太子軍を導く。彼女はなんと2時間以上も逃げ続けたらしい。最後の手掛かりは太公領の森の中に落ちていた。

「…ここで落馬したようです」

 丸めた毛布にドレスを着せたものが転がっている。多くの騎馬に踏みにじられ、ズタズタだった。

「捕縛されて別の馬に乗せられました。只今、跡を追っています。少しお待ちください」

 先行している隠密が戻るまで、小休止を取る。シャルパンティアは目を瞑ったまま腕を組み、木にもたれていた。ヴィクターは彼に近づいて詫びた。

「すまない。俺が眠り込んでしまったせいだ」

 だがシャルパンティアは首を振った。

「義妹が自分で決めた事だ。褒めてやってくれ。あの泣き虫が見事に皇太子を救ったんだぞ」

 薄緑の目が涙をこらえている。その表情が実に彼女に似ていた。

「お前は…」

「気づいたか?俺とマリオンは双子の兄妹だ」

 クレイプでは双子は嫌われる。上に王子がいたため、女児を残し、男児は生まれてすぐにシャルパンティア家の養子となった。2人は乳兄妹として共に育てられたそうだ。

「我が国では小柄な女性が美しいとされるんだ。マリオンは何度も縁談を断られてな。俺が修行から戻ってきたら、すっかり引き篭もりになってたよ。『嫁き遅れの背高王女』なんて呼ばれて。あいつにだって良いところは沢山あるんだが…」

 知ってる。打たれても打たれても、しなやかに立ち上がる。自らを顧みずに他人を助けようとする勇気ある女性だ。ヴィクターはアンリに右手を差し出した。

「帝都に戻ったら、すぐにクレイプに使者を立てる。引き受けてくれるか?兄弟」

「いいとも。まずはダロワイユ太公とやらを微塵に斬ろう」

「ああ」

 アンリはしっかりと握り返してくれた。そこへ、隠密が戻ってきた。

「太公を見つけました。こちらの動きに気づいたようです。姫を馬車に乗せ、西に移動を始めました」


          ◆


 嵐の一夜が明け、伝書鳩便で息子の無事が知らされた。皇帝夫妻は安堵のあまりソファに倒れ込んだ。

「ああ、心臓に悪い…。ヴィクターは大人しくて良い子だったのに。これが反抗期ってやつなのか。何だか白髪が増えた気がするよ。それに何これ。アオキ達が証人になって婚約した?皇室典範的に大丈夫なの?」

 皇帝は報告書を握り締めて尋ねた。皇后は姿勢を正して答えた。

「彼らは外国人ですが、高位の貴族です。慣例に倣っております」

「あっそう。問題はヴィクターと護衛だけで太公を追っている事だ。向こうが反帝国同盟と合流したら、目も当てられない。連中も良い加減気づけよ!太公は小国同士の同盟なんて端から作る気は無い。良いように利用されてるっていうのに。ねえ、リーファ。乙女の宮は廃止にしない?人質制度は古いよ」

「私もウエスト王国からの人質でしたが」

 裏切るか裏切られるかの乱世では必要だった。しかし、平和が続く今では不満の種でしかない。夫は、少し怒った様子の妻の手を取った。

「うん。君と出会えたのは良かった。今だから言うけれど、リーファ姫と結婚できなければ、一生誰も娶らないと何日も母と口を聞かなかった。ヴィクターもだけど、どうも我が血筋はこだわりが強くて困るな」

「皇太后様から何回もお聞きしましたわ。では何としてもマリオン姫を取り戻さねば。彼女はヴィクターの『つがい』なのです。どうか陛下の直属軍をお出しください」

 彼女もコージィの本に大分毒されている。皇帝は安心させるように妻に言った。

「一応、手は打ってあるよ。奴に国境は越えさせない」
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