背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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26 皇太子の求婚

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          ◇


 太公軍の残党を捕縛してから、マリオンは殿下とコナー卿と同じ馬車で帝都に出発した。その道中、白髪赤目の男が刺されて消えたと聞いた。きっとあの幽霊だ。マリオンが太公から聞いたデメルの王子の話をしたら、お二人は驚いていた。

「恨みを晴らして消えたのか。…コージィ、父にどう報告する?」

 殿下がコナー卿に尋ねた。

「陛下はその王子と面識があるんですよね?信じてくださると思いますよ。ふーん。若き日の陛下と異国の王子…ああ!傑作が生まれる予感が!」

「やめておけ。それよりあの武器は何だ?いつの間に開発した?」

 コナー卿はペロっと舌を出して答えた。

「あのクソ野郎どもを絶対殺すって、言ったじゃないですか。あれからです。ご安心ください、コナー兵器工房しか作れませんから。本当ならこの新兵器で、華麗に奴らを片付けるはずだったのに~」

 マリオンは思い出した。太公の部下に私刑リンチされた時のことだ。そんな前の事をずっとコナー卿は覚えていてくれたのだ。

「ありがとうございます…」

 涙ぐんでお礼を言ったら、コナー卿は笑顔でマリオンの手を握った。

「いいえ。今後ともよろしくお願いします。殿下はちょっと言葉が足りないし、むっつりでSでツンデレで、時々意味もなく不機嫌になるけど、マリオン様なら支えていけると思います!」

「え?またお仕えしても宜しいのですか?」

 あまりの嬉しさにマリオンは涙が止まらなかった。殿下のお怒りは解け、コナー卿もお許しくださった。今度は性別を隠す事なく、堂々とお側にいられる。

「ありがとうございます!一生懸命働きます!まだドアマンの職は空いていますか?」

「え?」

 コナー卿はびっくりしたように目を見開いて、殿下を見た。

「まさかまだ?」

「…言うタイミングが無かった。少し外してくれ」

 と殿下が仰ったので、小休止となった。コナー卿が馬車を降りて二人きりになると、マリオンは急に心配になった。

(やっぱり女が仕えるのはお嫌なのかしら…)

 殿下は彼女の手を取り、真剣な表情で忠誠を求められた。

「マリオン。君の一生を俺に捧げてほしい。死ぬまで側にいると誓ってくれ」

 感激したマリオンは殿下の御手に額をつけた。

「勿論でございます!生涯の忠誠を誓います!」

「違う。…君を妻にしたいんだ」

 彼女は顔を上げた。帝国語で『妻』の同音異義語は何だったか。

「ツマというのはどんな仕事ですか?」

 分からないので素直に訊いた。すると殿下は眉を顰めて、向かいに座るマリオンの腕をグイッと引いた。

「こういう仕事だ」

 マリオンは殿下に口付けられた。


          ◆


「分かったか?妻になるな?」

「…」

 ヴィクターは彼女が「はい」と言うまで口付けた。しかしその後、マリオンは気を失ってしまった。昨日からの疲れもあるだろう。腕の中で安らかに眠らせた。

 皇宮に着いたのは夜だった。そのまま皇妃宮へと言われたので、馬車をそちらに回し、ヴィクター自ら彼女を抱き上げて運んだ。侍女に世話を任せ、部屋を出たら両親がいた。

「お帰り」

「お帰りなさい」

 事後処理はコージィがしているだろうから、ヴィクターは長い説教を受ける覚悟を決めた。

「只今帰りました。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 しかし頭を下げて謝罪すると、父は疲れた顔で許してくれた。

「うん。分かっているよね。自分の命の重さは。なら良い」

 叱責と罰は無かった。それが余計に重かった。

「それと父上。マリオン姫と結婚します」

「分かった。姫の了承は取ったね?」

「はい」

「おめでとう、ヴィクター。家族が増えて嬉しいわ」

 母は笑って息子を抱きしめた。成人してからはこんな愛情表現はなかったので驚いた。

「あれ?眼鏡してないけど。大丈夫?」

 父の指摘で気付いた。山小屋で目覚めた時はぼんやりとしていたが、今朝からくっきりと見える。それを聞いた母は生暖かい笑顔で息子を見た。

「大人になったのね」

「どういう意味ですか?」

「陛下もお若い頃はかけていたのよ。真実の愛に触れると、治るみたいね」

 嘘だ。ヴィクターは父をチラッと見たが、父は肯定も否定もしなかった。


          ◇


 翌朝。目覚めたマリオンは見覚えのない部屋に困惑したが、すぐに侍女がやってきて皇妃宮の一室だと教えてくれた。風呂に入り、美味しい食事をいただいた。疲れがまだ残っているのか、頭がぼんやりとしている。

 その後、女性の書記官が来て、今回の事件の聞き取り調査が行われた。

「どこからお話しすれば…」

「一昨日のご出発からお願いします」

 マリオンは思い出せる限り正確に話した。幽霊が敵の接近を教えてくれた言うと、書記官は一瞬、筆を止めた。でも何も言わなかった。その後はひたすら逃げ回り、結局太公に捕まってしまった、と話した。

 
「最後に山小屋でのお話を伺います。慣例なので。できるだけ詳しくお聞かせください」

 二人の服装から立ち位置までを細かに記していく。マリオンは不安になってきた。書記官が何度も『それだけですか?本当に?』と確認するからだ。もしや帝国法に触れてしまったのだろうか。

「ありがとうございます。以上です」

 書記官は書類の最後に大きくバツを書いた。あれは有罪ってこと?マリオンが涙目で震えていると、

「大丈夫です!殿下とマリオン様のご婚約は問題ございませんよ」

 と言われ、はたと思い出した。マリオンは書記官に質問した。

「あの、帝国語で『つま』とは、どんな意味ですか?」

 彼女は驚いたような顔で答えた。

「本妻、正妻です。それ以外は『側室』あるいは『妾』と言います。おめでとうございます。マリオン様は皇太子妃に決まりました」

 それを聞いたマリオンは、あまりの衝撃にパタリと倒れてしまった。
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