藍の憧れ〜兵器だった竜は生まれ変わって主人に会いに行く〜

二階堂吉乃

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01 インディアナ

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            ◇


 インディアナは兵器だった。銃弾すら避ける敏捷性と、人間を切り裂く鋭い爪や牙を持っていた。夜目も利くから敵はさぞ闇を恐れただろう。何より知能が高かった。彼女とその姉妹は指示された目標を排除することができた。

 欠点はローエンにしか従わない事だ。本当は他の人間の言葉も理解できる。でも彼女達を動物扱いするから嫌いだった。大好きな主人ローエンにペコペコ頭を下げる連中を見ると、スカッとした。

 数えきれない程の人間を殺して戦争が終わり、ローエンは男爵になった。インディアナ達も広い放飼場で暮らせるようになった。

『あれが竜?もっと近づけないの?』

 ある日、甲高い声が頭上でした。見上げると柵から小さな人間が身を乗り出している。姉妹達もそちらを見た。子供は下を見ようとして落ちた。運よく茂みが受け止めた。

『キャーっ!殿下っ!』

『殿下が落ちたぞ!』

 人間達は大騒ぎをしているだけで誰も降りてこない。唯一、放飼場に入れるローエンは不在だった。姉妹が震える子供の匂いを嗅いだ。興味があっただけだ。

『く…喰われる!』

 子供なんか食べない。インディアナは傷つけないように子供の服をそっと噛んで、放飼場と外を隔てる扉の前に運んだ。近づきたがる姉妹を尾で牽制しながら離れた時、

『バージェス!撃てっ!』

 逃げる間も無く撃たれた。運が悪かった。ローエンがいたら、敵意が無いと分かったのに。頭に何発も喰らってインディアナとその姉妹は死んだ。


            ◇


 姉妹達は故郷の島に還ると言う。卵のうちに運ばれ、大陸で孵化したのに記憶があるのだ。

「ディア姉はどうする?」

 空色の妹が訊いてきた。インディアナは答えた。

「こっちにする。ローエンにもう一度会いたい」

「そう。元気でね」

 暗緑色の妹と鼻先を擦り付け合った。もう会えないと思うと寂しい。

「忘れないよ。あんたもローエンも」

 瑠璃色の姉とも親愛の表現で別れを惜しんだ。やがて3匹は消えていった。

「さよなら。みんな」

 インディアナは姉妹を見送ると、人間への道を選んだ。


            ◇


 15年が経った。デヴォン王国トリアス公爵領の修道院にディアという孤児がいた。藍色の長い髪に金色の瞳の少女だ。明日から領都の公爵邸に奉公にあがるため、院長から延々と注意を聞かされていた。

「髪はボンネットかスカーフで常に覆いなさい。下を向いて目を見せないように。なるべく女性といなさい。男性だけの部屋に入らないこと」

「はい」

 ディアは素直に頷いた。反抗すると余計に話が長くなる。それに15年育ててもらった恩義を忘れてはいない。院長は皺だらけの顔に笑顔を浮かべて、

「よろしい。これはあなたが修道院の門に置かれていた時に、くるまれていた布です。持ってお行きなさい」

 と、花模様の古びた布を差し出した。少女は受け取らなかった。汚すぎて一シルバにもならない。

「私の親は神様と院長先生だけです」

「まあ。ディアったら。分かりました。預かっておきますね」

 善なる老女は養い子を抱きしめて送り出した。ディアは領都行きの馬車に乗り込んだ。小さなカバンには着替えと手拭いの他に1冊の本が入っている。彼女はそれを取り出すと読み始めた。

『竜種の飼育と調教  ローエン・クリティシャス著』

 彼女は主人を忘れていなかった。手がかりはこの本しかない。王都の出版社を訪ねるために、まずは奉公して金を貯めるつもりだった。


             ◇


 ディアは公爵邸の下女として真面目に働いた。コツコツと給料を貯めて、もうすぐ旅費ができそうだった。

「水汲みは終わった?次は馬小屋の掃除をしといて」

 メイドの女が言いつけにきた。また馬屋番と相引きするつもりだ。彼氏の仕事を下女に押し付けると笑顔で去っていった。ディアは馬小屋に行った。汚れた敷き藁を掃いて捨て、新しいものと取り替えるだけだ。

「ブルルル」

 馬がふざけてボンネットを引っ張った。

「やめろ。馬肉」

「!」

 動物はディアと遊びたがる。鬱陶しいので脅すと、すぐに離した。彼女は落ちたボンネットを被り直した。掃除道具を仕舞って小屋を出ようとしたら、入り口に大きな男がいた。旦那様の護衛だ。

「…お前は?馬屋番はどうした?」

 デートに行ってます。しかし密告するとあのメイドがうるさい。

「下女のディアです。ポールさんは急にお腹が痛くなったって」

 適当に言って馬小屋を出た。その夜、仕事を上ろうとしたディアは執事に呼ばれた。メイドの手抜きがバレたのかと思ったが、違うようだ。執事は彼女を屋敷の奥深くに伴うと大きな扉をノックした。

「下女を連れてきました」

「お入りなさい」

 女の声が許可する。扉が開いてディアだけ中に通された。深く頭を下げて素早く室内に目を走らせた。見たこともない豪華な調度品にフカフカの絨毯。ソファには美しい女性と男性が座っていた。間違いなく公爵夫妻だ。扉の横に護衛が2人いる。かちりと鍵が掛けられた。

「…脱がせろ」

 旦那様が護衛に命じた。失敗した。女性がいるから大丈夫だと錯覚してしまった。ディアは後ろから伸ばされた男の手を避けてしゃがみ込んだ。思い切り護衛の足を払い、壁を蹴って手近な窓に体当たりした。高価な窓ガラスが音を立てて割れる。弾みでボンネットが取れたが、彼女はそのまま飛び降りた。

「待て!」

 阿呆か。叫ぶ護衛をチラッと見上げて下女は逃げた。旅費も貯まったから潮時かもしれない。金はいつも身につけている。騒ぎを聞きつけた警備の兵が騒ぎ始めた。絶対に捕まるものか。ディアは夜の森に向かって走った。
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