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17 ゲニア君
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◆
昨日、王子を見送っていたディアの髪は肩先まで伸びていた。今日、馬車から降りてきた時には、背中まであった。カツラだろうか。ローエンの疑問に公爵閣下が答えてくれた。
「トリアス領北部にしかない毛生え草という薬草を飲ませた。通常の200倍早く髪が伸びる」
副作用として異常に腹が減るらしい。聞いたこともない薬草だ。
閣下とディアはこれで王都に戻る。ローエンはジュラ島で姉妹とティー・レックスを放してくる。往復7日の予定だ。出航前夜に、珍しく威圧的でない閣下と挨拶を交わした。
「ではな。良い航海を」
翌朝早くジュラ島行きの船は出たが、見送る人の中にディアの姿はなかった。
◆
1週間後、ローエンは港に戻ってきた。何となくディアが待っている気がしていたが、いなかった。代わりに王城からの使者が豪華な馬車で迎えに来た。そこで陞爵を知らされた。
「ローエン・クリティシャス男爵に伯爵位を授ける」
子爵を飛ばして一気に伯爵だ。更に王立古生物研究所の所長を命じられた。欠勤していた学園に相談に行くと、下にも置かない歓迎ぶりだった。
「もちろん承知してましたよ。竜害を防ぐために尽力なさっていたことは!」
揉み手をせんばかりに学園長は誉めそやす。良い気分ではなかったが、研究所ができるまでは教師を続ける事にした。ついこの間までローエンを落伍者と見ていた生徒共も態度を一変させた。
変わらなかったのは生物部の部員だけだ。『祝ティー・レックス討伐!』と書かれた横断幕を部室に貼り、ささやかな祝勝会を開いてくれた。中でもカリス嬢は涙を流して喜び、
「先生とディアナ様のお式には!ぜひ呼んでくださいまし!」
とせがまれた。しかしローエンは陞爵の手続きや研究所の準備で忙しく、ディアも休学中で、かれこれ1ヶ月以上会っていない。父親が説得をして人間に戻った。そう思っていた。
◆
ある日、昔出した本の改訂版を出さないかと、編集者のゲニア君が研究室を訪ねてきた。
「お久しぶり!博士!」
「久しぶり。どうしたのゲニア君。急に」
「竜を退治した英雄の本だよ?今でしょ!」
ゲニア君は原稿用紙の束をテーブルに置いた。読んでみると、既刊の内容に四姉妹にしか分からないような事や、先日のティー・レックス捕獲作戦が赤字で書き加えられている。ローエンは驚いた。
「これは誰が書いたんだ?!」
「さて。無記名で送られてきたよ」
ローエンは次々と原稿をめくった。
『竜が人間に従うか否かは、殻を破って初めて見る相手の性別と容姿に拠る。雌なら男性に、雄なら女性に従うが、その他、髪色や目の色、声質、匂いや雰囲気といったもので相性を測る』
(ディアだ)
そうとしか考えられない。ゲニア君は上機嫌で言った。
「来月には出そうよ。予算はスポンサーがいるから大丈夫」
「誰だい?」
「秘密。社長しか知らないんだ」
「…」
結局、ゲニア君に押し切られた。奥付の肖像画も描き直して出版すると意外にも売れた。ローエンの顔と名前は国中に広まり、古生物学会も頭を下げて復帰を頼んできた。
◆
怒涛の数ヶ月が過ぎ、仕事が落ち着いた頃、ローエンはトリアス公爵に面会を申し込んだ。ディアの様子も気になるし、本のスポンサーも恐らく閣下だ。礼を言いたい。だが何日経っても返事が来ない。
「それで暇だから顔を出したって?ほんと失礼な男ね」
黄金街のバーの主人に睨まれた。その通りだから反論できない。ローエンは謝りながらカウンターの椅子に座った。
「ごめん。来ようと思ってたんだ。水割りで」
「ダメよ。飲ませないように頼まれてるから」
レモンを浮かべた水が出された。
「頼まれてる?誰に?」
「金の瞳の美少女ちゃんよ。最後に来た時に、潰れたアンタを連れて帰ったでしょ」
ディアのことか。とりあえずレモン水代を払おうとすると、主人はいらないと言った。
「あの日、美少女ちゃんが500万シルバを置いてったのよ。ローエンと別れてくれって」
何の話かさっぱり分からない。主人は説明した。
「あたしをアンタの愛人だと思ったらしいわ。手切れ金を置いってったワケ。酒を絶たせなきゃダメだって」
◆
彼女、何かの薬草を弁当に混ぜてたんだって。それでアンタ飲めなくなったの。何で知ってるか?彼女の護衛君がたまに来るのよ。毎朝早く起きて作ってたけどフラれちゃって。お嬢様、可哀想に。だって。
この間、美少女ちゃんがまた来たの。やっぱりローエンを頼むって1000万シルバ置いてったわ。アンタ、伯爵になったんだって?正妻になりたければ力を貸すとか言ってたわよ。もうおかしいを通り越して呆れたけど、これだけは確かよ。アンタ、愛されてるわ。
◆
季節は移ろい、年末となったが、面会許可は一向に下りなかった。ローエンは花束を持って何度か公爵邸に行ってみた。しかし花は受け取ってもらえるものの、ディアに会うことはできなかった。体調が優れないという理由だった。
だが新年を祝う舞踏会でディアを見かけた。
昨日、王子を見送っていたディアの髪は肩先まで伸びていた。今日、馬車から降りてきた時には、背中まであった。カツラだろうか。ローエンの疑問に公爵閣下が答えてくれた。
「トリアス領北部にしかない毛生え草という薬草を飲ませた。通常の200倍早く髪が伸びる」
副作用として異常に腹が減るらしい。聞いたこともない薬草だ。
閣下とディアはこれで王都に戻る。ローエンはジュラ島で姉妹とティー・レックスを放してくる。往復7日の予定だ。出航前夜に、珍しく威圧的でない閣下と挨拶を交わした。
「ではな。良い航海を」
翌朝早くジュラ島行きの船は出たが、見送る人の中にディアの姿はなかった。
◆
1週間後、ローエンは港に戻ってきた。何となくディアが待っている気がしていたが、いなかった。代わりに王城からの使者が豪華な馬車で迎えに来た。そこで陞爵を知らされた。
「ローエン・クリティシャス男爵に伯爵位を授ける」
子爵を飛ばして一気に伯爵だ。更に王立古生物研究所の所長を命じられた。欠勤していた学園に相談に行くと、下にも置かない歓迎ぶりだった。
「もちろん承知してましたよ。竜害を防ぐために尽力なさっていたことは!」
揉み手をせんばかりに学園長は誉めそやす。良い気分ではなかったが、研究所ができるまでは教師を続ける事にした。ついこの間までローエンを落伍者と見ていた生徒共も態度を一変させた。
変わらなかったのは生物部の部員だけだ。『祝ティー・レックス討伐!』と書かれた横断幕を部室に貼り、ささやかな祝勝会を開いてくれた。中でもカリス嬢は涙を流して喜び、
「先生とディアナ様のお式には!ぜひ呼んでくださいまし!」
とせがまれた。しかしローエンは陞爵の手続きや研究所の準備で忙しく、ディアも休学中で、かれこれ1ヶ月以上会っていない。父親が説得をして人間に戻った。そう思っていた。
◆
ある日、昔出した本の改訂版を出さないかと、編集者のゲニア君が研究室を訪ねてきた。
「お久しぶり!博士!」
「久しぶり。どうしたのゲニア君。急に」
「竜を退治した英雄の本だよ?今でしょ!」
ゲニア君は原稿用紙の束をテーブルに置いた。読んでみると、既刊の内容に四姉妹にしか分からないような事や、先日のティー・レックス捕獲作戦が赤字で書き加えられている。ローエンは驚いた。
「これは誰が書いたんだ?!」
「さて。無記名で送られてきたよ」
ローエンは次々と原稿をめくった。
『竜が人間に従うか否かは、殻を破って初めて見る相手の性別と容姿に拠る。雌なら男性に、雄なら女性に従うが、その他、髪色や目の色、声質、匂いや雰囲気といったもので相性を測る』
(ディアだ)
そうとしか考えられない。ゲニア君は上機嫌で言った。
「来月には出そうよ。予算はスポンサーがいるから大丈夫」
「誰だい?」
「秘密。社長しか知らないんだ」
「…」
結局、ゲニア君に押し切られた。奥付の肖像画も描き直して出版すると意外にも売れた。ローエンの顔と名前は国中に広まり、古生物学会も頭を下げて復帰を頼んできた。
◆
怒涛の数ヶ月が過ぎ、仕事が落ち着いた頃、ローエンはトリアス公爵に面会を申し込んだ。ディアの様子も気になるし、本のスポンサーも恐らく閣下だ。礼を言いたい。だが何日経っても返事が来ない。
「それで暇だから顔を出したって?ほんと失礼な男ね」
黄金街のバーの主人に睨まれた。その通りだから反論できない。ローエンは謝りながらカウンターの椅子に座った。
「ごめん。来ようと思ってたんだ。水割りで」
「ダメよ。飲ませないように頼まれてるから」
レモンを浮かべた水が出された。
「頼まれてる?誰に?」
「金の瞳の美少女ちゃんよ。最後に来た時に、潰れたアンタを連れて帰ったでしょ」
ディアのことか。とりあえずレモン水代を払おうとすると、主人はいらないと言った。
「あの日、美少女ちゃんが500万シルバを置いてったのよ。ローエンと別れてくれって」
何の話かさっぱり分からない。主人は説明した。
「あたしをアンタの愛人だと思ったらしいわ。手切れ金を置いってったワケ。酒を絶たせなきゃダメだって」
◆
彼女、何かの薬草を弁当に混ぜてたんだって。それでアンタ飲めなくなったの。何で知ってるか?彼女の護衛君がたまに来るのよ。毎朝早く起きて作ってたけどフラれちゃって。お嬢様、可哀想に。だって。
この間、美少女ちゃんがまた来たの。やっぱりローエンを頼むって1000万シルバ置いてったわ。アンタ、伯爵になったんだって?正妻になりたければ力を貸すとか言ってたわよ。もうおかしいを通り越して呆れたけど、これだけは確かよ。アンタ、愛されてるわ。
◆
季節は移ろい、年末となったが、面会許可は一向に下りなかった。ローエンは花束を持って何度か公爵邸に行ってみた。しかし花は受け取ってもらえるものの、ディアに会うことはできなかった。体調が優れないという理由だった。
だが新年を祝う舞踏会でディアを見かけた。
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