護良親王転生記~南北朝時代の悲劇の皇子は異世界で魔法を極める~

二階堂吉乃

文字の大きさ
4 / 134

神主ではなかった

しおりを挟む
       ◇


「…神主さんじゃないの?」

「ああ」

「じゃあ何?光源氏?」

(それは物語の人物だろう)

 皇子はため息をついた。そしてこの女に素性を話すべきか考える。
 どのみちこの世界では前世の身分など役には立たないのだ。正直に話しても問題はあるまい。

「大塔の宮 護良親王だ」

「おおとおのみやもりよししんのう?」

 女はまるで分っていない様子で繰り返す。庶民だったのか、皇子の名など知らぬようだった。

「えーっと、もしかしてめっちゃ時代が違うような気が…。失礼ですが最後にいた時代の年号は?」

 再び敬語に戻って女が聞いてくる。

「建武2年だ」

 女の顔色がさっと青ざめ、

「 1334イザミヨ建武の新政だ!」

 興奮した様子で意味不明な言葉を叫んだ。御新政を知っているなら、それほど無知ではないようだが。

「そうだ。お前はどうなのだ?」

「…令和4年です…」

 聞き覚えの無い年号だ。ふと皇子の脳裏に「時代が違う」という女の言葉が浮かんだ。

(もしや、俺よりもずっと後の時代から来たのか!)

「ぶっちゃけ、687年後です…。マジか…」

 茫然自失の女は恐ろしいことをつぶやいた。皇子も衝撃を受ける。
 女は別のことに気づき、また叫ぶ。

「『しんのう』っていうことは皇族?!」

「今は違う。俺は…」

 皇子はルクスソリアに来る顛末を、かいつまんで女に話すことにした。


       ♡

 
 神主さんじゃなく皇子様だった。

 ミナミは皇子の話を聞いて『なるほど』と思った。彼のきらきらしいオーラは皇子様由来だったのだ。

「じゃあ、皇子様は死んでこっちに転生してきたんですね」

 おかゆを食べ終えた皇子に茶を出す。日本茶などは無いから、その辺で摘んだ野草茶だ。

「そうなる。菅公は、俺以外に転生者がいるなどと言っていなかったが」

「あーあたしは死んでないんで。正確には転移者なんですよ」

 塾帰りに、気がついたらこちらの森にいたこと。
 木こりのおっさんが村に連れてきてくれて、この家のおばあさんが引き取ってくれたこと。
 雪掻き当番で行った祭壇で皇子を見つけたこと。

 ざっくりと皇子に説明してみるが、たまに単語が通じない。鎌倉時代人とのコミュニケーションは難しい。

「いいなぁ。神様、私も会いたかったー。天神様でしょ?高校受験の前に、お参りに行ったのにー」

「『こうこうじゅけん』とは?」

「えーとね、平安時代の大学寮的なものを目指す試験?学生だったし」

「お前、学生だったのか?女なのに?」

「出たな男尊女卑。600年後の日本は男も女も平等なんですぅ」

 ミナミは口を尖らせて抗議した。皇子がいた時代もこちらの世界も、ジェンダー論的に遅れている。田舎のザワ村ですら女の地位は低く、就ける職業は限られている。

「…すまん」

 素直に皇子が謝る。

(昔の皇子様なのに、全然偉ぶらない。めっちゃ良い人だ)

 ミナミの好感度ゲージはアップし続けた。

「じゃあ明日、村長さんちに行って、滞在許可をもらおっか。そういや、なんて呼べば良いのかな?護良親王?大塔の宮さま?こっちの人たち、日本語の発音難しいらしくて。簡単にしないと」

「親王はやめてくれ。護良でいい」

「護良…モーリ…モーリーとか?」

 平民は苗字を持たないので、ファーストネームだけでいい。
 ミナミが適当な名前を挙げていると、皇子は今初めて気が付いたように聞いてきた。

「お前の名前を聞いていなかった」

「言ってませんでしたっけ?ミナミです。藤原南。東西南北のミナミ」

 フルネームを告げると、なぜか皇子は驚いていた。美男がすごい目力で見つめてくるので、爆死しそうだ。

だと?」

「いや、父親が好きなアニメの、ヒロインの名前をつけてくれちゃってですね…」

 わたわたと焦って説明する。

(何?地雷?皇子様の地雷を踏んだ?)

「いや…何でもない」

 それ以上皇子は何も言わず、第一回日本人会は終わったのだった。


       ◇


 皇子は寝台に横たわり、朝を待っていた。
 暖炉とやらの火はすでに落としてあるので、狭い部屋は暗い。
 目覚めてから数時間、驚いてばかりで頭が追い付かない。
 
みなみ

 異世界で初めて会った女の名が、前世の妻の名だった。
 同じなのは名だけだ。ミナミは丸顔の派手な顔立ちの少女だ。
 皇子に最期まで寄り添った妻は、細面ほそおもてはかなげな女だった。

(俺が死んだ後、南はどうなったのだろう?)

 眠れないまま、長い夜が過ぎていった。


       ♡


 冬の朝まだき。
 体内時計で6時半過ぎころ、ミナミは皇子の部屋に湯を持っていった。
 ノックをすると返事があったので、元気に扉を開ける。

「おっはよーございまーす!」

「おはよう」

 ミナミは単純な娘だ。昨日の地雷はもう忘れている。
 部屋の板戸は皇子が自分で開けたらしい。部屋は明るく冷たい空気に満ちていた。

「顔を洗ったら、朝ごはんの前におばーちゃんに挨拶してください。一応、大家さんなんで」

「分かった」

 皇子はうなずくと、湯を張った桶を受け取った。少し目が赤いような気がする。

(異世界初日、眠れないよね。あたしは…ぐーすか寝てたな) 
 
 図太さはミナミの長所だ。図太いが鈍感ではない。
 気づかぬふりをして、皇子にタオルを手渡した。

「どうぞ」

 その時時、奇妙な感覚を覚えた。

 どこかで見た光景だ。デジャヴというやつか。

「ありがとう」

 タオルを返す皇子の声に、ミナミは我に返った。

「あ、じゃあ、おばーちゃん、もう起きてるんで。食堂で待ってます」

 桶を片付け階段を降りる頃には、先ほどの違和感は忘れてしまっていた。
  
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...