護良親王転生記~南北朝時代の悲劇の皇子は異世界で魔法を極める~

二階堂吉乃

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外伝~アスカ大公子物語~ エルフの国へ

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               ◇



 ノースフィルド王国は数年前に即位した賢王の元、繁栄を続けていた。王の義弟であるアスカ大公は数々の魔法と魔道具の開発に成功し、王国を世界一の魔法大国に押し上げていた。

 王立魔法学園の学園長である大公は、ルクスソリア神殿の聖人でもある。すでに40代半ばを過ぎているはずだが、その輝かしい美貌には何の衰えも見られない。彼の3人の妻たちもまた、20前後の若々しい美しさを保っている。

「だからアスカ大公家は化け物だって?」

  マモルは眉を顰めた。今を時めくアスカ一族への羨望ややっかみには慣れている。だが長子として家族を貶める雑言を許すつもりはない。

「東の皇国の血が入った僕らは老けにくいだけだよ。女の子の生き血を啜って若さを保っている?面白い冗談だね。実は魔族だって?素晴らしい想像力だ。小説家にでもなったら?」

 父譲りの眼力で睨めば、10代の貴族子弟など瞬時に縮みあがる。金髪の異母弟に絡んでいた数人の少年は尻尾を巻いて逃げていった。学園の放課後、人気のない裏庭での一幕だ。

「兄上…ごめんなさい…」

 異母弟のユリウスが涙を袖で拭きながら立ち上がる。まだ9歳ながら高い知能を持ち、魔法学園に在籍しているが、虐めの的になりやすい。

「良いんだよ。でも最近多いね。やっぱり防御魔法習おうか?」

 護は浄化魔法で弟の服の汚れを消してやった。魔法の修行は10歳以上が推奨されている。あまり早く始めると成長に害があると言われているからだ。

 とは言え、弟が身を守るためには必要だ。後で父に相談しよう。護はユリウスの手を引いて家路に就いた。



               ◇



 夕食は家族全員で。アスカ大公家の決まりの一つだ。朝はそれぞれの母と取る。昼は学校に行く子供や仕事がある父や母たちはいない。だが夕食はできるだけ皆で食べるようにしている。戦争のような賑やかな夕食が終わった後、護は父に昼間の一件を話した。

「ユリウスに魔法の修行を許可してください。いつでも僕が助けられるとは限りません」

 父の書斎で護は頭を下げた。向かいのソファに座るのは父とユリア妃だ。妃は生まれたばかりの赤子を抱いている。

「まだ早いと思うけれど…。学園でそんなに苦労していたのね」

 ユリア妃の顔が曇る。王女であった妃には、虐めなど想像もつかないだろう。父は腕を組んで考えていたが、

「良いだろう。だが俺が教えるとなると、時間がな」

 と、困ったように言った。大公、魔法学園、神殿の仕事に加え、ヤマタイ皇国の上皇として度々向こうに赴かねばならない父は忙しい。

「僕がお手伝いできることがあれば。神殿の仕事は多分できます」

 護は自ら申し出た。父の全属性とスキル“再生”を受け継いだ己なら、純粋な治癒魔法の仕事ならできそうだ。

「そうだな。では神殿の治癒とエルフ族との外交を任せるか」

「エルフ族と?ではついに“ 転移門ゲート”が完成を?」

「ああ。技術的な問題はめどがついた。後は双方にゲートを設置し、テストを繰り返す段階に入る」

 父が開発した“瞬間移動”の魔法は必要魔力量が膨大過ぎて、できる魔法士が限られていた。そこでエルフ族の古代技術の提供を受け、瞬間移動装置が開発中だったのだ。まずはエルフ族と人族の都に1つ置く。この技術が大陸中に広まれば、人々の交流は飛躍的に広まるだろう。新しい時代の幕開けに護は興奮を隠せなかった。

「ぜひ!僕にやらせてください!」

 思わず出てしまった大きな声に、妃が抱く赤子がむずかり始める。護は慌てて謝った。

「ごめん。大きな声で怖かったね。…僕が抱いても良いですか?」

 ユリア妃から妹を受け取る。多くの弟妹の面倒を見てきた護は育児の達人だ。優しくあやして子守唄を歌ってやると、あっという間に眠ってしまった。

「…いつもながら見事だ。俺が抱くと泣くのにな」

「私より上手いわね」

 2人に褒められ、気恥ずかしい。妃に妹を返し、護は書斎を辞した。



               ◇



 先月はヴィレッジ伯爵領の盗賊団を討伐するために1週間休学した。今学期はこれ以上休めない。父が神殿の治癒の仕事を夜か週末の休みの日にしてくれた。エルフ国への出張も夏休みになった。

「では明日から1カ月ほど留守にします。緊急の場合は伝話に連絡をください」

 神殿で治癒の仕事を終え、護は聖女に頼んだ。盲目の聖女は笑顔で了承してくれた。

「承知いたしました。お気をつけて。護様」

「…様っていうの止めてください。僕は父じゃないので」

 どこに行っても親の七光りが消えない。偉大過ぎる父を持つのも考えものだ。聖女はにっこりと笑って「行ってらっしゃいませ。護」と見送ってくれた。



               ♡



 エルフ国の王城では、技術者と二人、簡易ゲートの前で人族の設置担当者を待つ人物がいた。エルフ王の1人娘・シルヴィア姫だ。人族に偏見のない彼女が、こちら側の担当となった。

(モーリーは来るかしら?)

 姫は人族の美貌の男を思った。最後に会ったのは10年以上前だ。噂では3人の妃を迎え、多くの子供に恵まれているらしい。彼の幸せを願いながらも、そんな話を聞けば胸が痛む。次代のエルフ女王として配偶者を決めなければならないのに、ずっと先延ばしにしていた。その間も人族たちは結婚し、子を産み、老いていく。時の流れが違いすぎる。

「いらっしゃいました」

 技術者が姫を物思いから引き戻す。簡易ゲートの魔法陣が青い光を放つと、中心に人影が現れた。

「!?」

 すらりとした黒髪の貴公子がいた。記憶よりも若い気がするが、エルフよりも美しい貌は間違いなくシルヴィア姫が恋焦がれた男だ。彼は姫を認めると一礼をした。

「お出迎え、ありがとうございます。シルヴィア姫」

 艶やかで心地よい声も同じだ。姫は思わず駆け寄った。

「モーリー?!」

 側に立つと視線が低い。訝しむ姫に、美貌の人族は戸惑った顔で詫びた。

「…申し訳ありません。父ではなく、息子の護です」

「!!!」

 時の流れが違いすぎる。シルヴィアは絶句して護を見つめた。



               ◇



 参った。最初から父と間違えられた。まだ身長が違うので大丈夫かと思ったのだが。エルフからしたら同じ顔だし、似たようなものか。護は与えられた部屋で荷解きをしながら考えた。

 彼らは長寿で滅多に人族の前に姿を現さない。数年前にエルフ王が和平協定に調印する為に王国に来たが、若々しい容貌なのに500歳以上だと聞いた。この分だと護の孫が現れても、父と間違えられそうだ。

「王が謁見されるそうです」

 侍従が呼びに来たので、護は謁見の間に向かう。エルフの王城は独特の曲線を多用した美しい建物だ。自然と調和した彼らの理念を象徴しているようだ。行き交う多くの人々は皆若く美しい。

(でも数百歳とかなんだよな)

 人族のせいか注目されている。護は意識して胸を張り、堂々と見えるように歩いた。

「アスカ大公子、護・アスカ殿です!」

 謁見の間では多くのエルフが護を見物に来ていた。彼は玉座に座るエルフ王に優雅に一礼した。

「お久しぶりでございます。護・アスカが偉大なるエルフ王にご挨拶申し上げます」

「よく来たな。公子。大きくなったものだ。幾つになった?」

 王は護を覚えてくれていたようだ。

「ありがとうございます。14に相成りました」

「えっ?!」

 玉座の横に立つシルヴィア姫が驚いて声を出した。他のエルフも同じ反応だ。人族は子供を送ってきたと思われては困る。護は普段は意図的に抑えている微笑を浮かべた。とたんに騒めきは止んだ。

「…実にアスカ大公に似ているな。ゲートの件は娘のシルヴィアと共に任せる。励めよ」

「はっ。ご期待に沿える様、精いっぱい努めます」

 王の信認がいただけた。護は紹介された高位のエルフたちに挨拶をする。気位が高い亜人だと聞いていたが、意外と普通に接してくれる。だが宰相だという男性は形式的な言葉を交わしただけで、あとは護に見向きもしなかった。

(ははあ。あれが亜人会議で父上と対立した奴だな)

 護はすばやく宮廷の派閥を観察した。人族との交流に賛成派と、反対派がいる。宰相は反対派の筆頭のようだ。今、護の周りに群がる美しい娘たちは賛成派か中立派だ。

「マモル様!王城の案内をいたしますわ!今は庭園の夏の花が見ごろなんですよ」

 何人もの金髪碧眼の娘たちが護の手を取る。人族の貴族令嬢ではありえない馴れ馴れしさだ。

「ありがとうございます。ですがこの後、さっそく打ち合わせなんです。また次の機会に」

「まあ残念。ではお茶会にご招待いたしますわ。ぜひいらして」

「楽しみにしております」

「約束ですわよ」

「もちろん。美しいお嬢さん方」

 護は適当に娘たちをあしらい、謁見の間を出た。部屋に戻ろうとすると後ろから声をかけられる。

「マモル。ちょっと」

 シルヴィア姫だった。なぜか怒りの表情だ。理由が分からず、護は首を傾げた。
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