護良親王転生記~南北朝時代の悲劇の皇子は異世界で魔法を極める~

二階堂吉乃

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外伝~トモと友~10 神との知恵比べ

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          ♥



 3年前。トモと名乗る黒髪の娘がタキア大神殿に来た。吐き気とめまいが酷いという。神殿の治療室で働いていた女は、すぐに分かった。子が出来たのだ。娘はショックで寝込んだ。しかし、起きられるようになると旅支度を始めた。

『木を隠すなら森の中だ。王都に戻る』

 上等な鞄や宝石、飾り紐。売れる物は全て売り払って路銀を作っていた。暴力亭主から逃げたかった女は提案した。

『一緒に王都の母子寮に行かない?出産もタダだし、安く住めるよ』

 トモは頷いた。妊婦と子連れ女は助け合いながら王都に出た。そして数か月後、彼女は出産した。輝く金髪の男の子だった。

『貴族の子だね。どうするの?知らせないの?』

『知らせない。1人で育てる』
 
 女は察した。それほど高位の貴族なのだと。それからトモは工場と酒場のピアノ弾きの仕事を掛け持ちして稼いだ。夜は女が息子を預かった。トモは子守賃を十二分に払ってくれた。女も助かった。

 ある日、金髪の貴族が訪ねて来た。トモはわざと身を売っている振りをした。失望した貴族が帰ると、母子寮を去った。その後は知らない。



          ◆



 隣人の女の話を聞き終わると、ユリウスは両手で顔を覆った。その大馬鹿貴族は自分だ。

「ありがとう。これ少ないけど」

 ミーナ妃は菓子折りを女に渡した。中には銀貨が入っている。

「ご丁寧にどうも。息子さん、大丈夫かい?」

 女はそれを受け取り、ユリウスを心配した。優しい女だ。彼も何とか礼を言った。

「…ありがとう。マダム。トモを助けてくれて。感謝します」

「トモをどうするんだい?噂じゃ…」

「結婚を申し込みます。許してもらえれば」

 ユリウスはきっぱりと噂を否定した。トモに求婚し、子供と3人で暮らしたい。そのために超えるべき大きな壁が立ちはだかっている。父だ。



          ◇



 謁見を無事に終えた大尉と息子は平穏な日々を送っていた。休みの日は2人でよく浜遊びに行く。

「おたあさま。見ててね。お城作るから」

「ああ。作れ作れ」

 夢中で砂遊びをする子の側で、大尉はぼんやりと海を眺めた。最後に見たk島は、爆撃と火炎放射で燃えていた。この亜熱帯の島はどこまでも平和で美しい。どちらが現実なのだろう。初めはこちらが夢だと思っていたが。

「こちらが現実だよ。分かっているだろう。花鳥宮友久王」

 急に声が聞こえた。気づくと、すぐ横に8歳くらいの少年が座っていた。黒髪黒目だが族長の子息ではない。

「今何て?」

 大尉は脇に置いていた軍刀を取った。聞き間違いだろうか。怪しい少年は微笑を浮かべて大尉を見上げる。

「天宮侯爵と呼んだ方が良いかい?」

「君は?」

 人とは思えない気配に大尉は緊張した。閣下に匹敵する力を感じる。先手必勝、仕掛けるべきか迷う。

「どうした?さあ魔法を使いたまえ」

(なるほど。私に魔法を使わせたいのか)

 大尉は軍刀を砂上に置いた。慎重に言葉を選び、少年に提案をした。

「賭けをしよう。不思議な少年。お互いの秘密を当てるんだ。質問は3つまで。どうだい?」

「面白いね!受けて立とう。勝った報酬は?」

 少年は乗って来た。好奇心に勝てない性格のようだ。
 
「この場から去る。穏便にな。君から問題をどうぞ。少年」

「僕は誰でしょう?」

 大尉は質問を考えた。見た目は7、8歳。日本人のようだ。気配が人間じゃない。幼くして死んだ幽霊か神だ。

「君の死因は?」

「…溺死」

「享年は?」

「…8歳」

「お母さんは皇后?」

「…そう」

「では第81代天皇・安徳帝だ」

 少年はむすっとした顔をした。当てられて悔しいようだ。次はこちらが問題を出す番だが、向こうは既に大尉の名も身分も知っている。おそらく思考も読めている。

「私のスキルはなーんだ?」

 大尉の出した問題は回答不能だ。なぜなら。

「え?自分でも知らないの?」

「知らない。合ってるか試しにやってみるよ」

「詐欺だよ…。よく考えたら『穏便に去る』って、君に都合が良い条件じゃないか」

 今頃気が付いたか。神のくせに鈍いな。

「はあ。知恵比べは僕の負けだ。今日は帰ろう」

 何しに来たんだ。出産ならとっくに終わってるぞ。安産の神よ。

「知ってるよ。君の様子を見に来たんだ。何故こちらに根を下ろそうとしないのかと思ってね」

 立派に下ろしてるじゃないか。大尉は息子を見た。波打ち際で貝を拾っている。ずぶ濡れだ。

「ああ言えばこう言う…。また来るよ。友久」

 少年は唐突に消えた。瞬間移動だろうか。

(ああ良かった。閣下と族長以外にあんな化け物が居るのか。怖い世界だ…)

 頭の先までびしょびしょの息子を回収し、大尉は引き上げた。



          ◆



 ユリウスは父にトモの居場所を教えて欲しいと頼んだが、断られた。しかし彼は粘りに粘った。最後には父が折れた。

「友久に求婚するのは良いが、断られたらどうする?」

 父の書斎のソファで両親と向かい合う。父は呆れたように訊いた。

「何度でも求婚します」

 反対されても彼女と一緒になる。継承権も放棄する。どうか許してほしいと、深く頭を下げた。

「継承権は待て。アレクの了承が要る」

「そうよ。まだユージーンも幼いし。陛下に男児が生まれるまでは…」

 母も放棄に反対する。ユリウスは顔を上げ、初めて胸の内を2人にぶつけた。

「それはいつです?王妃殿下はもう40代半ばで、側妃を取らなければ無理です。父上はいつもおっしゃってました。結婚相手は自分で見つけてこいと。兄さんや姉さんたちは好きな人と結ばれた。なぜ僕だけダメなんですか?」

 両親は驚いていた。一度口を開くと止められなかった。

「僕は良い王にはなれません。護兄さんのような優れた魔法士じゃないし、父上のようなカリスマも無い。人づきあいが下手だから、貴族の派閥も押えられないでしょう。それに、きっと陛下みたいに1人の女性しか愛せない」

 既に大公家の威信に傷をつけた、ダメ公子だ。

「今はトモと彼女の子供のことしか…。不出来な息子で申し訳ありません…」

「止めろ。不出来などと言うな。お前は、俺たちの…」

 父が言葉に詰まる。自慢の息子と言ってほしかった。ユリウスは項垂うなだれた。母は泣いている。

 その時、書斎のドアが勢いよく開いた。白い何かを持ったミーナ妃がつかつかと入って来る。

「アホか!ユリ坊は我が家が誇る超絶美形男子だっ!おまけに魔法学の大天才だろ!勝手におとしめるな!」 

 ぱしーんとユリウスの頭がはたかれる。それは蛇腹に折られた大きな紙だった。音のわりに痛くない。父も母も驚きのあまり固まっている。

「ミーナ義母さま…」

「あたしは王位がどうとか、よく分からない。でもこの世界の人がユリ坊の血筋をどれほど尊重してるか知ってる。昔、あたしのいた国もそうだった。多くの人が国のため、帝の名の下に戦ったから」

 初めて聞いた。ミーナ妃は平和な時代から来たと言っていたのに。

「トモが自殺した時の言葉の意味はね、訳すなら『国王陛下万歳!』だ。だからトモが一番知ってる。お前はこの国で最も尊くて、多くの命を預かる人間の1人なんだって。その血を誇れ。逃げたらダメだ。誇りが無い男に妻子は守れない」

 ユリウスは衝撃を受けた。己はまた間違うところだったのか。

「ミーナ!ごめんなさい。私…この子のこと全然…」

 泣く母を、ミーナ妃はそっと抱きしめた。

「いいんだよ。ユリア。泣かせてごめん。君のお父さんとお母さんに約束したのに。きっと幸せにするって…」

「私は幸せよ。ありがとう。ミーナ」

 変な芝居が始まった。除け者にされた男2人は顔を見合わせた。そして噴き出した。

「トモは神人族領にいる。会いに行け。先触れをしてからな」

 笑いがおさまると、父は穏やかに言った。ユリウスは高い壁を突破したのだ。

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