幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃

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帰国と再会

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 ヴァイオレット姫の遺骸を載せた無蓋馬車が王都の中央通りを行く。故郷のアシノ大公領へと帰るのだ。葬送の列は深い悲しみの中を粛々と進んだ。

「お気の毒に…。飢え死にだって?」

 帽子を胸に見送る民がささやき合う。ケイオス王国の非道な仕打ち。夫である王太子は1年も気づかなかったとか。

「祟られるな。こりゃ。ウチもケイオスも」



            ◇



 オダキユ王城。姫の葬儀を終えたばかりのハルク王子は緊急会議に呼ばれた。国王夫妻が待っていた。

「手紙がきた?ヴァイオレットからですか?」

「そうだ」

 父王は青い顔をして頷いた。今朝、執務室を開けた侍従が机の上に置いてあるのを発見した。昨夜は異常なかった。出入りできる扉には厳重に鍵が掛けられていた。

「急遽、神官長に見てもらった。僅かに霊力が感じられるそうだ」

 手袋をした侍従が封を切る。1枚の紙きれが出てきた。侍従は震えながら読んだ。

『お元気ですか?おじさま。おばさま。ハルク兄さま。明日そちらに着きます。母上と父上もいたら呼んでください。お願いします。〇月×日 ヴァイオレット』

 筆跡は確かにヴァイオレットのものだった。ハルクは側近に訊いた。

「…どう思う。ミロ」

「どうとは?来るんでしょう。怨霊化した姫が」

 一同は震撼した。やはり恨んでいる。あんな結婚を強いた王家を。ハルクは立ち上がった。

「霊を鎮める儀式の準備を。私は大公家にこの事を伝えてきます」



            ♡


 ヴァイオレットはようやくオダキユに帰って来た。懐かしの我が故郷。駅馬車の旅も楽しかった。途中で食べたカマボッコという魚のすり身が美味しかったので、お土産に沢山買って来た。ナナコが保存の魔法をかけてくれている。国王陛下おじさま王妃殿下おばさま、ハルク兄さまの分もある。

「まず、おじさまたちにご挨拶をしましょう。両親がいなかったら1泊してアシノに向かおうね」

 王都近くの宿でナナコと打ち合わせる。

「あ。でも先触れしないと失礼ね」

「手紙書いたら?5グラムまでなら物だけ転送できるよ!」

 微妙な重さだ。封筒に紙きれ1枚しか入れられない。仕方なく明日伺う旨だけ伝えることにする。その夜は愛する家族に会える喜びでなかなか寝付けなかった。



            ◇



 王城は朝から静まり返っていた。今日の登城は関係者以外、原則禁止にしている。怨霊は速やかに大広間の祭壇前に誘導する。そこには飢え死にした姫の為に大量の料理が捧げられている。神官達が祈りで霊を鎮める手はずだ。

「城門より伝令!姫を名乗る女性が来ました!」

 事態は昼前に動いた。ハルク王子は命じた。

「よし。打ち合わせ通り誘導しろ。神官長も呼べ」

 王子自らも向かう。後ろに側近のミロードが続く。

「女性が祭壇前に到着!供物を食べています!」

 ハルクは胸が痛くなった。恨み出る程の怨念。生涯をかけて鎮めていかねばならない。愛する従妹の変わり果てた姿を想像しながら、王子は広間に足を踏み入れた。



            ◇



「あ!ハルク兄さま!」

 怨霊が振り向いた。生前と何ら変わらない。きちんとしたドレスも着ている。ハルクは拍子抜けした。

「先にいただいてました。でも何で私の席しかないの?」

 長テーブルに置かれた食器は1人分。椅子も1つだ。訝しんでいる。

「ヴァイオレット?本当に君なのか?」

「お待ちください。まだ安全確認できておりません」

 近づこうとするハルクを側近が止めた。姫の柳眉がひそめられる。

 そこへ神官長が来た。怨霊が馴れ馴れしく言う。

「おじーちゃん!聞いてよ。ミロが私を危険物扱いするの!」

(まさか自分が死んだことに気づいていないのか?)
 
 ハルクは寒気がした。綺麗な姿だけに恐ろしい。神官長は目を丸くして立ち止まったが、そのままスタスタと怨霊に近づいた。抱き着いてくるそれを受け止める。

「なんじゃ。ヴァイオレット。お前生きとったんか?」

「うん!」

 皆、驚きのあまり固まった。

「もういいぞ。ハルク。こりゃ悪霊じゃない」

 神官長の言葉に呪縛が解ける。ヴァイオレットは笑顔でハルクらを食事に誘った。

「いっぱい用意してくれてありがとう。一緒に食べましょう!」



            ♡


 何とこの料理は怨霊ヴァイオレット姫への供物だった。食べながらハルク兄さまと神官長のおじーちゃんと話をすり合わせる。偽ミイラは葬儀まで済んでいた。そこへ死者からの手紙だ。恐怖小説みたい。同盟まで破棄になって。ヴァイオレットはハルクに謝った。

「ごめんなさい…。良かれと思って工作したんだけど」

「もう良いよ。君が飢え死に寸前まで幽閉されていた事実は変わらない」

 優しい兄さまは怒らない。先ほども泣きながら抱きしめてくれた。

「当面は死んだままにしておきます。ケイオスからはまだ報告も来ていませんから」

 眼鏡の側近ミロード卿は広間に居た神官と護衛たちに口外を禁止した。更にヴァイオレットに怨霊として振る舞うよう求めてきた。

「何よ怨霊って。どうすれば良いのよ」

「角や牙を生やすとか黒い瘴気をまとうとかですかね」

 そんなのできるか。半眼で眼鏡を睨んでいると、神官長が助け舟を出した。

「精霊の力なら光ることができるじゃろ」

 早速ナナコに頼んでみる。不思議な事に、ナナコの姿はヴァイオレットにしか見えない。他人には声も聞こえないらしい。

(ナナコ。私を光らせてくれる?)

(了解!)

 ぼんやりと肌とドレスが光った。すごい。これなら夜、明かり無しに本が読めるわ。喜んでいると、従兄や眼鏡がぽかんとしている。おじーちゃんが呆れたように言った。

「怨霊じゃないな。天使だな。こりゃ」
 
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