聖女の拳は暗黒魔術

狼子 由

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序章 チンピラ、聖女になる

3.チンピラ、姫抱っこされる

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 女たちに囲まれた俺は、裸であることに気付かれると、あっという間に布にくるまれた。ほとんどミイラのように全身を覆われ、森の外に止めてあった馬車の中へ運びこまれる。
 その上で、怪我がないことを念入りに確認され、そして改めてさっきと同じワンピースを着せられた。
 同じデザインのワンピースではあるが、汚れ一つついてないところを見ると、さっきのワンピースを拾ってきた訳ではないようだ。

 俺は、このワンピースを何着持ってるんだろう……。
 そこはかとなく不安だ。たんすを開けたら、同じワンピースがずらっと並んでたりしないだろうな。

 とは言え、そんなこと聞く間もなく、あっという間に馬車は動き始めた。着替えるまでは周りをうろうろしていたくせに、誰も俺と同じ馬車には乗ってくれない。
 疑問を持とうが気になることがあろうが、誰に尋ねることもできない。
 まあ、「このワンピース何着あるんだ?」って聞いたところでどうしょうもないが。

 道中、舗装が悪いせいか、馬の動きが悪いのか、ひどく揺れてグロッキーになった。
 ようやく馬車が止まり、到着の声が外からかかったときにも、一人では降りられないくらいキツイ。
 元の世界で乗り物酔いなんてなったことはなかった。
 もう絶対馬車なんて乗りたくない。二度と。

「聖女リュイーゼさま、大丈夫ですか?」
「うっぷ……おう、な、なんとか……うぇ」
「リュイーゼさま……?」

 女たちは遠巻きに俺を見守っていたが、そのうち、人垣が割れて向こうから鎧姿の人影が近付いてきた。兜に覆われていて顔は見えないが、騎士というやつだろう。
 手甲に覆われた腕が俺の肩と腰を支え、それでようやく地面に足をつくことができた。全身鎧だけにいかつい印象だったが、ちらりと横を見れば身長は俺の方がやや低いか、という程度だった。

 固い金属鎧の感触が心強い。ひんやりと気持ちいい感触に身体を預けていると、小柄な(残念ながら、今の俺と同じ身長の相手は俺から見ても小柄に見えるのだ)身体に見合わぬ力強さで、今度は膝までぐっと持ち上げ、背中を支えられた。いわゆる姫抱っこの状態だ。

「うぉい!?」
「失礼、ご気分が優れないようなので。お部屋まで、どうかこのまま我慢してください」
「うぅ!? なるほど、うーん……まあいいか。頼んだ」

 まさか自分が抱っこされる側になるとは思わなかった。とは言え、確かにふらつく足では歩きづらい。大人しく騎士に身体を預ける。
 騎士は、俺の身体をできるだけ揺らさないように、だが結構な早足で駆けていく。周囲には、俺たちを見守る人垣もあるようだが、俺の位置からは騎士の鎧が邪魔でよく見えない。誰も近付いて騎士を止めようとはしていないようだ。

 開けた前方を見れば、でかい砦のような建物がどんと建っていた。東京ドームに換算すると何個分だろう。ドームの大きさ自体がよく分からないし、自分で端から端まで歩いた訳でもないので、換算したところで実感は得られない。まあ、目の前の砦は、少なくともドーム十個分以上はあるだろう。勘だけど。
 なんの用途でこんな森の傍に建ってるのかは知らないが、ひどく立派な砦だ。

「すまない、通してくれ! 聖女さまをお連れしている」

 騎士のあげた声が、間近で聞こえた。
 えらく声が若いなと見あげたとき、ちょうど騎士がヘルメットの面頬を上げた。声を張るのに邪魔だったらしい。

 想像していたよりもずっと若い――少年と呼んだ方がいいだろうか。
 だが、さすが騎士だ。イケメン。この年にして既にイケメンだ。顔立ちも整っているが、それよりも、彫りが深くて印象的に見えるって部分が大きい。雰囲気イケメンというヤツだろう。
 なんとなく腹が立つ。生前から、俺はすべてのイケメンに腹を立てているのだ。あいつら、生まれてからずっと顔で得してやがるのだ。歩いてるだけで人が避けていく俺とは大違いだ。

 清廉さを感じさせる黒い瞳が俺を見下ろし、なんとなく目が合った。茶色がかったゆるいくせ毛が顔の周りを取り巻いている。その余裕ぶった髪型にイラっとしたのでよそを向いてやったが、少年騎士はさしたる感慨もないようだった。すぐに、俺から目をそらして前に向き直った。

 よそ見をしなかったのが良かったのだろう。俺の身体をほとんど揺らさないまま、俺の自室(らしい)部屋へと到着した。扉をくぐった後もそのまま運ばれ、寝台の上に優しく横たえられる。
 頭はぐるぐるしているし、イケメンに礼を言う気分にはなれない。俺はふん、と鼻を鳴らしてごろりと寝台を転がった。

「……リュイ、礼くらいは言ったらどうだ?」
「リュイ?」

 どうやら、俺が呼びかけられているらしい。
 問い返してから、そう言えばこのからだの名前はリュイーゼだったような、と思い出した。

「あー……そうか。うん、悪かったな、助かった。えっと……」
「……アデルベルトだ」
「おお、アベルデルトな。すまんすまん、忘れてた。はっはっは」

 笑って誤魔化そうとしたが、さすがに応対が雑過ぎたらしい。
 少年騎士の顔色が変わった。

「お前、リュイじゃないな?」
「あ? なにを根拠にそんなこと言うんだ、アルデルベト。俺――いや、あたしはリュイだぞ」
「馬鹿な。本物のリュイなら、僕をそんな風には呼ばない」
「あんたの名前が長すぎるんだよ。誰だってたまには呼び間違ったりするさ」

 強引に押し通そうとしたが、アデベルルト少年は俺の誤魔化しには乗らなかった。

「そういうことじゃない。リュイなら僕のことをアデルと呼ぶ。僕らは幼馴染なんだ。さっきから言葉づかいもぜんぜんリュイらしくないし……他の者が騙されても僕は騙されないぞ。リュイの振りをしているお前は誰だ」

 俺をまっすぐ睨み付ける目に、不信と隠し切れない怒りがちらついた。
 どうもバレたっぽい。
 いや、まあそもそも、聖女リュイーゼの人となりを全く知らない俺に、隠しようなんてないんだけどな。

 仕方ない。ぐらつく身体を起こして拳を握る。
 さっきの男のようにぶん殴ってしまえば、こいつも静かになるはずだ。
 構えた俺の手首を、少年騎士が横からひっつかむ――って、いや、ちょっと待て。そこ掴まれると動けねぇじゃねぇか。

「本物のリュイはどこだ。彼女は無事なのか?」

 ぐっと引かれて、思わずたたらを踏んだ。
 同じぐらいの体格の男に押し負けるなんて、以前の身体じゃ考えられなかった。が、この美少女の身体はほんとにか弱いらしい。あっという間に腕を背中に回され、締め上げられた。押さえつけられたまま、解くことができない。

「い、痛てててて! ちょ、ちょっと待てよ、おい! お前、なんか勘違いしてるっつーの」
「彼女をどうしたのか、正直に答えろ」

 耳元で脅されたが、そもそも俺には正直に言うべきことも何もないのだ。
 仕方ない。早々に白旗を振ることにした。

「わ、分かったから! ぜんぶ言うからちょっと緩めてくれ……これは、あんたの大事なリュイの身体だぞ! 怪我でもしたら大変だろう」
「……なんだと?」

 慌てた様子で少年は少し力を緩めたが、それでも手を振りほどくには至らない。
 身動きできない状況で、俺はちょっとばかり自分の考えを改めることにした。

 俺の力は便利だが、拳を当てることで発揮されるらしい。
 つまり、当てないことには何の効果もない。
 警戒心のないやつを後ろからぶん殴る分には最強だが、正面から構えたときにはただの無力な女に成り下がる。非力で無力な圧倒的美少女だ。
 次からはそういうの、ちゃんと対策しとかないとな……。
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