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一章 聖女、旅に出る
3.聖女、状況を把握する
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部屋に戻る。ごてごてした装飾を取りながら、俺はベッドに転がり込んだ。
「うぉー、疲れたぜ。偉いやつらの会合なんて出るもんじゃねぇな」
「そう思うなら、皇帝との会談なんて断れば良かったのに」
アデル少年はまだ恨めしそうな顔で俺を見ている。
俺はベッドから頭を起こさないまま片手だけ振って答えた。
「楽しいのは会談じゃねぇよ。道中だろ」
「その間ここを留守にするんだぞ? お前、それで困るのは誰だと思ってるんだ」
「俺じゃねえな」
「ぐっ……」
困るのは多分、アデルくんか、もしくは元の身体に戻ったリュイーゼさまちゃんだろう。
その頃には俺は……あー、海の藻屑以外の行く先があればいいな。
「や、そんなことよりよ、アデル少年」
「なんだ」
「あんたさぁ、なんか俺に隠し事してねぇか?」
「……は? なんのことだ」
少年の鉄面皮は動かない。
が、ちらりと視線が外れたのを足の裏で感じた。
見えていないと思っているのだろうが、長い間、裏稼業の隅っこにいただけあって、俺は人の視線には敏感なのだ。
まったく、少年だけにまだまだ甘い。
「あんたよぉ、俺が本当に本物のリュイーゼさまじゃないって、なんで思った?」
「な、なんでもなにも、その人を食ったような態度、どう見てもリュイじゃない。いや、そもそもリュイじゃなくても普通、そんなごろごろしながら人と会話しないぞ」
「はっはっは。だよなぁ」
「だよなぁって……」
「だけどさぁ、今日会った三組織の長は、あんだけぽんこつくらわしても、誰も俺がリュイーゼさまちゃんじゃないって思わなかったらしいんだよな」
ぐっ、と少年が息を呑む音が聞こえた。
しのび笑いをもらしつつ、指先を振って答える。
「多少はおかしいと思ったらしいが、まさか中身が違うとは思いもしない。そりゃそうだよな。俺もまあ、例えばダチがいつもと違う様子だったら、中身が入れ替わったなんてことより先に体調を心配するさ。そりゃ、第一使徒のチェーロルあたりはこれ幸いと俺を追い出したがってたが」
「ルーチェロだ」
「それにしても、あんたがいきなり俺をリュイーゼさまじゃないと見破ったのはおかしいって話だよ。どういう人間なら、突然そんな発想ができるんだろうな?」
「それは……」
「そうだな。最初からその可能性を知っているヤツ――つまり、あんたはリュイーゼさまちゃんが他の人間と中身だけ入れ替わったりできるってことを知ってたわけだ」
「さまちゃんなんて馬鹿みたいな呼び方はやめろ……」
アデル少年はしばらく黙り込み、それから脱力したようにベッドの端に腰をかけた。
ベッドがでかいせいで、俺からは座り込んだアデルくんの姿は見えない。揺れたから、かろうじてどの辺にいるのかが分かったくらいだ。
「……リュイの手には聖女の力が宿っている。それは、生まれつきの能力で、神なる存在の祝福によるものだ」
「ほう、聖女の力ね。ぶん殴ったヤツが改心したヤツだな」
「ああ。自分の魂と他の存在の魂を入れ替えたりな」
「なるほど、こいつも聖女の力によるものって訳か。しかも……その言い方じゃ、リュイーゼさまは今、俺の身体の中にいる……ってことか?」
アデル少年は小さく頷いた。愛しいリュイちゃんの魂は他人と入れ替わってる。最初からそれを知っていたからこその落ち着きだった訳だ。
しかし、俺とリュイーゼさまちゃんが入れ替わってるとすると、一つ問題がある。
「あのさ、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「なんだ」
「俺、こっちに来る直前に、海に沈められたとこだったんだが……リュイちゃんさま、ほんとに大丈夫なのかな?」
「……はあ!?」
アデル少年がベッドから立ち上がり、俺の胸倉をつかむ。
「海に沈められるってどういうことだ!? なぜそんな状況に――いや、そもそもなんでそんな状態のお前と、リュイはわざわざ入れ替わったんだ!?」
「さ、さあ……?」
「待て、待てよ、落ち着け。リュイのことだ、なにか考えがあるはず……いや、リュイだもんな。なんも考えてない可能性の方が大きいぞ、どうするんだ!?」
「いや、落ち着けって……どうするんだって俺に訊かれても知らんよ。そもそも、どうすりゃ戻れるんだ?」
がくがく揺さぶられながら答える。
アデル少年はしばらく血走った目で俺を見ていたが、はっと気づいた顔をして、同時に俺から手を放した。
「いでっ!?」
「そうだ! リュイの力が、リュイの身体を使っているお前に引き継がれているのなら、今のお前はリュイを自分の身体を戻す力が使えるんじゃないか?」
「痛ててて……あん? リュイーゼさまちゃんをこの身体に戻す力だって?」
確かに今の俺の拳には人を改心させる力があるようだ。アデル少年の思いつきも、もっともだろう。
しかし。
「……やり方とか、ぜんぜん分かんねぇぞ」
「くっそ! これだから細かい引継ぎをしておけって、リュイにはあれほど言ったのに……あいつ!」
普段は年の割に冷静なアデルくんが頭を抱えて転がりまくってるので、多分だいぶ問題が大きいと気づいたんだろう。
まあ、戻り方分かんねぇ訳だから、そりゃそうだよな。
そして実は、俺は、もう一つ問題があることに気付いている。
もちろんそれは、トイレだ風呂だなんて肌の上だけの問題じゃない。
その問題とは、つまり――向こうの世界の俺、交換直前に溺死しかけてたんだがリュイちゃんさまはほんとに無事生き延びられてるのかっていう割とでかい問題のことなのだった。
「うぉー、疲れたぜ。偉いやつらの会合なんて出るもんじゃねぇな」
「そう思うなら、皇帝との会談なんて断れば良かったのに」
アデル少年はまだ恨めしそうな顔で俺を見ている。
俺はベッドから頭を起こさないまま片手だけ振って答えた。
「楽しいのは会談じゃねぇよ。道中だろ」
「その間ここを留守にするんだぞ? お前、それで困るのは誰だと思ってるんだ」
「俺じゃねえな」
「ぐっ……」
困るのは多分、アデルくんか、もしくは元の身体に戻ったリュイーゼさまちゃんだろう。
その頃には俺は……あー、海の藻屑以外の行く先があればいいな。
「や、そんなことよりよ、アデル少年」
「なんだ」
「あんたさぁ、なんか俺に隠し事してねぇか?」
「……は? なんのことだ」
少年の鉄面皮は動かない。
が、ちらりと視線が外れたのを足の裏で感じた。
見えていないと思っているのだろうが、長い間、裏稼業の隅っこにいただけあって、俺は人の視線には敏感なのだ。
まったく、少年だけにまだまだ甘い。
「あんたよぉ、俺が本当に本物のリュイーゼさまじゃないって、なんで思った?」
「な、なんでもなにも、その人を食ったような態度、どう見てもリュイじゃない。いや、そもそもリュイじゃなくても普通、そんなごろごろしながら人と会話しないぞ」
「はっはっは。だよなぁ」
「だよなぁって……」
「だけどさぁ、今日会った三組織の長は、あんだけぽんこつくらわしても、誰も俺がリュイーゼさまちゃんじゃないって思わなかったらしいんだよな」
ぐっ、と少年が息を呑む音が聞こえた。
しのび笑いをもらしつつ、指先を振って答える。
「多少はおかしいと思ったらしいが、まさか中身が違うとは思いもしない。そりゃそうだよな。俺もまあ、例えばダチがいつもと違う様子だったら、中身が入れ替わったなんてことより先に体調を心配するさ。そりゃ、第一使徒のチェーロルあたりはこれ幸いと俺を追い出したがってたが」
「ルーチェロだ」
「それにしても、あんたがいきなり俺をリュイーゼさまじゃないと見破ったのはおかしいって話だよ。どういう人間なら、突然そんな発想ができるんだろうな?」
「それは……」
「そうだな。最初からその可能性を知っているヤツ――つまり、あんたはリュイーゼさまちゃんが他の人間と中身だけ入れ替わったりできるってことを知ってたわけだ」
「さまちゃんなんて馬鹿みたいな呼び方はやめろ……」
アデル少年はしばらく黙り込み、それから脱力したようにベッドの端に腰をかけた。
ベッドがでかいせいで、俺からは座り込んだアデルくんの姿は見えない。揺れたから、かろうじてどの辺にいるのかが分かったくらいだ。
「……リュイの手には聖女の力が宿っている。それは、生まれつきの能力で、神なる存在の祝福によるものだ」
「ほう、聖女の力ね。ぶん殴ったヤツが改心したヤツだな」
「ああ。自分の魂と他の存在の魂を入れ替えたりな」
「なるほど、こいつも聖女の力によるものって訳か。しかも……その言い方じゃ、リュイーゼさまは今、俺の身体の中にいる……ってことか?」
アデル少年は小さく頷いた。愛しいリュイちゃんの魂は他人と入れ替わってる。最初からそれを知っていたからこその落ち着きだった訳だ。
しかし、俺とリュイーゼさまちゃんが入れ替わってるとすると、一つ問題がある。
「あのさ、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「なんだ」
「俺、こっちに来る直前に、海に沈められたとこだったんだが……リュイちゃんさま、ほんとに大丈夫なのかな?」
「……はあ!?」
アデル少年がベッドから立ち上がり、俺の胸倉をつかむ。
「海に沈められるってどういうことだ!? なぜそんな状況に――いや、そもそもなんでそんな状態のお前と、リュイはわざわざ入れ替わったんだ!?」
「さ、さあ……?」
「待て、待てよ、落ち着け。リュイのことだ、なにか考えがあるはず……いや、リュイだもんな。なんも考えてない可能性の方が大きいぞ、どうするんだ!?」
「いや、落ち着けって……どうするんだって俺に訊かれても知らんよ。そもそも、どうすりゃ戻れるんだ?」
がくがく揺さぶられながら答える。
アデル少年はしばらく血走った目で俺を見ていたが、はっと気づいた顔をして、同時に俺から手を放した。
「いでっ!?」
「そうだ! リュイの力が、リュイの身体を使っているお前に引き継がれているのなら、今のお前はリュイを自分の身体を戻す力が使えるんじゃないか?」
「痛ててて……あん? リュイーゼさまちゃんをこの身体に戻す力だって?」
確かに今の俺の拳には人を改心させる力があるようだ。アデル少年の思いつきも、もっともだろう。
しかし。
「……やり方とか、ぜんぜん分かんねぇぞ」
「くっそ! これだから細かい引継ぎをしておけって、リュイにはあれほど言ったのに……あいつ!」
普段は年の割に冷静なアデルくんが頭を抱えて転がりまくってるので、多分だいぶ問題が大きいと気づいたんだろう。
まあ、戻り方分かんねぇ訳だから、そりゃそうだよな。
そして実は、俺は、もう一つ問題があることに気付いている。
もちろんそれは、トイレだ風呂だなんて肌の上だけの問題じゃない。
その問題とは、つまり――向こうの世界の俺、交換直前に溺死しかけてたんだがリュイちゃんさまはほんとに無事生き延びられてるのかっていう割とでかい問題のことなのだった。
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