聖女の拳は暗黒魔術

狼子 由

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一章 聖女、旅に出る

2.聖女、休暇をすすめられる

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 とにかく座って落ち着こうということになり、円卓を囲んで大人しく腰を下ろした。
 が、三方向からじろじろと俺を観察する視線を感じる。
 あからさまに疑っている第一使徒の爺に、様子見で観察中の第一衣冠の片眼鏡モノクル、そして無意味に面白そうに笑う第一金貨のナイスバディねえちゃん。

 それぞれの名前を思い出そうとして、俺は早々に諦めた。
 そもそも、最初に呼んだときにうまいこと掠ってたのも奇跡みたいなもんだ。
 俺は、絶望的に人の名前を覚えるのが苦手なのだ。特に長いやつ。

 アデル少年の説明をものすごくざっくりとはしょると、アジール聖教会はこの西ディラ……ディスティラ? ディラティスラ? なんかそんな名前の大陸の中で、最大の宗教組織なのだという。
 その教義についても少年は色々説明してくれていたが、俺の頭にはさっぱり残っちゃいない。それよりもちゃんと組織だってるって話を聞いて、簡単に思った訳だ。
 なんだ、暴力団と同じじゃねぇかって。

 アジール聖教会は大きく三つの組織から成っている。
 一つは、軍事をつかさどる十九使徒。そのトップが第一使徒の爺。
 二つ目は、周辺との政治的協調をつかさどる聖七冠位。そのトップが第一衣冠の片眼鏡モノクル
 そして最後が、経済をつかさどる八貨祭祀。そのトップが第一金貨のねえちゃん。

 つまり、あれだ。
 カチコミの指揮をする若頭が爺。
 周りの調整をする舎弟頭が片眼鏡モノクル
 金を引っ張ってくる本部長がねえちゃんだ。
 その三者を取りまとめるのが、組長――聖女ってことなんだろ。
 仲良さげに見えて、組長とその下がそれぞれ反目してるのもおんなじ。つまり、このアジール聖教会の中でも、聖女は疎まれているのだった。宗教的にはトップなのになぁ。
 ま、宗教組織だなんて言っても、結局は娑婆の世界と同じだ。色々と生臭い話も必要になってくるってことで。

「では、本題に入りましょうぞ――と思っておったが、どうも聖女リュイーゼさまにおかれては調子のすぐれぬご様子ですな」
「そうでもありませんわよ、チェロール」
「ルーチェロです。あなたがわしの名を呼び間違えるなぞ、初めてのことだな」

 おう、初手から間違った。どうもうまくないな。
 俺は頭を掻いて、優しげなおっぱい――もとい、第一金貨のねえちゃんに顔を向ける。

「ルチェローはああいってますが、わたくし、そんなにおかしいでしょうか?」
「早速間違ってるしねぇ。ね、あたしの名前、分かる?」
「ラドマディでしょ?」
「あらー、深刻」
「マドラディ、笑っている場合じゃありませんよ。リュイーゼさま、私の名前も分からないのですか?」
「クジャッセルだろ」
「セルジャックですよ」

 真顔で返されて、ちょっと困った。背後からアデルのため息が聞こえてくる。
 むむ、どうしたもんか。

「ねえ、聖女さまはちょっとお疲れなのじゃなくて? ここんとこさ、忙しかったし」
「おう、それそれ! それなんだよ――ですわよ、ドマラディ!」
「マドラディね。うん、やっぱりちょっと疲れがたまってるみたいじゃない? ほら、あの大ブラムシェ皇国とのやり取りがさ……」

 アデルが背後で軽い咳払いをした。なんだ? 風邪気味なのかな。
 振り向く暇もなく、片眼鏡モノクルが頷いてしゃべりだす。

「確かにそうかもしれませんね。聖女さまにおかれては、休養が必要なのかも」
「へー、休みか……いいじゃねぇか、休暇。休めるもんなら俺は……おっと、わたくしはいくらでもお休みさせていただきますわ」

 途端に、俺の正面で爺がにまりと頬を緩めた。

「よし、では決まりじゃ。聖女さまには少し休養をお取りいただこうぞ。それまでは、天上議会は聖女さま抜きで――」
「うん、俺抜きじゃなんにも決められねぇだろうから、手紙でもやり取りしようぜ。な?」

 あからさまに爺が肩を落とした。どうやら俺を議会から追い出すいい口実だと思ってたらしい。そうは問屋がおろすもんか。
 が、片眼鏡モノクルとねえちゃんはそれで構わないと頷いた。

「リュイーゼさま、明らかに様子がおかしいもん。ほんと、ちょっと休んだ方がいいって」
「先ほどから、言葉遣いがずいぶん揺れてますよ」

 あれ? そうか?
 思わず後ろを振り向くと、アデル少年が首を捩じ切りそうな顔で俺を睨んでた。やばいやばい。

「正直に休養なんて言うと心配かけちゃうからさ、挨拶ってことにしましょ。ちょうど大ブラムシェ皇国に圧力かけようと思ってたし」
「そうですね。皇国の皇帝と会談などどうですか? 到着まで、のんびり歩いていけば少しゆったりできますよ」
「あんたら、それなんだかんだ言って俺に仕事押し付けてないか?」
「やだー、そんなことあるわけないじゃない♪」

 完全にそんなことしかなさそうだが、正直な話、俺にとってもありがたいとこだ。
 だって、聖女だなんて言われても、俺はなんにも知らねぇぞ。
 マジでこの場でめちゃくちゃシリアスな話題が出てみろ……なんにも言えなくなるのは目に見えている。

 ということで、三者三様の思惑により、聖女と皇帝の会談が急遽セッティングされることになったのだった。
 浮かない顔の爺とアデル少年はなにやら言いたげな顔をしていたが……知らん知らん!
 俺は勢いで押し切った。
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