魔王とたのしい閨教育

狼子 由

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第一章 心得編

2夜目 さらけ出された肌を隠すな

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「よし、今日はここまでだ! 解散!」

 指揮官の号令で、捕虜たちは三々五々ねぐらへ戻っていく。
 今日も今日とて労働に勤しんだユインは、肩を回しつつ割り当てられた牢に向かった。
 その途中で、彼を待っていたのは魔王の側近トレスカだった。
 行く先を塞ぐように立つ側近は、涼やかな目元を不機嫌にゆがめ、ユインに対し厳しい視線を投げてくる。

「お前、一体どうやって陛下に取り入った?」
「なんだと?」
「あんな思い付き、すぐに飽きて放り出すと思っていたのだが……」

 苦虫を噛み潰したような顔で呟くと、ため息とともに腕組みを解いた。

「お前をお召しだ。何がそんなに良かったのか分からないが、今宵も閨事の教えを乞いたいと仰せだ」
「…………」

 とっさに吹き出しそうになって、無言で頭を伏せた。
 どうやら魔王陛下はユインの手練手管をおきに召したらしい。
 その上、重用するトレスカにすら昨夜のことを告げていないのは……言いつけを守っているせいか。

「返事が聞こえんぞ、捕虜よ」
「仰せのままに、と答えたのさ」

 小馬鹿にしたような答えに、トレスカは顔をしかめた。
 が、強いてそれ以上をユインに求めなかったのは、アグラヴィスに直訴する方が早いと考えたからだろう。
 迎えが来るのを待て、と言い残すと、何事もなかった顔で踵を返し、ユインを置いて去っていった。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「勘違いしないよう、先に言っておくのだが」

 寝台を警戒してか、扉にぺたりと背をつけたまま、魔王アグラヴィスはユインを睨み付けた。

「俺はお前に気を許した訳ではない」
「……ほう」
「だが、お前の言葉の中にも一抹の真実はありそうだと、そう考えた訳でだな」
「具体的には?」
「閨の中の話など誰にも言えな……いや、誰に言うにも適していない、ということだ」

 紅潮したアグラヴィスの頬を見ていると、何とも言えない笑いが勝手に浮かんできそうになる。
 陛下と持ち上げられてはいても、見た目通り年若い魔王にとっては、あれだけで頬を赤らめるようなことなのだろう。

 口元を隠して笑みを殺し、ユインは何事もなかったかのように目で寝台を指した。

「つまり、おれに教えを乞う以外、お前に選択肢はない訳だ」
「そうは言っていない!」

 逆毛を立てる猫のように、アグラヴィスは怒りに満ちた表情でユインに掴みかかった。

「お前でなくても誰だって構わんのだ! だが……その、あんな恥ずかしい思いを、そう何度も味わいたくはない」
「では、やはりこのおれが、昨夜の続きも手取り足取り教えてやるということでいいのだな?」

 襟首を掴まれた至近距離からのぞき込めば、紅の瞳が宝石のように鈍く光った。
 悔しげに、だが確かに頷くのを待ってから、ユインは大きな手を細い腰へ伸ばした。

「……何をする気だ?」
「今宵の教えだ。閨では服を脱ぐことが求められる」
「それくらいは……分かるが」

 ゆっくりと、腰から背へと這う手のひらに戸惑いながら、ユインを見上げてくる。
 ユインは目を逸らさぬまま、軍服の飾りじみた純金のボタンに手をかけた。

「そのまま黙っておれを見ていろ」
「ふん、見ているだけでいいのか?」

 何を簡単なことを、とでも言いたげな声に、ユインは苦笑を噛み殺す。
 歪んだ唇を、銀髪の揺れる喉元に押し付け、舌先で舐め上げた。同時に動いていた手は、多少勝手は違うえど、そもそも軍服というものを知り尽くしている。いとも簡単にボタンを外し、まずはジャケットを細い肩から滑り落とした。
 襟元に豊かなひだのあるシャツに手がかかると、さすがに魔王は腰を引こうとする。
 だが、その身体が腕のうちから逃れるより先に、器用な指はシャツの下に潜り込んでいた。

「……おい!」

 胸元に手を這わせれば、滑らかな肌は吸い付くようだ。微かな凹凸を感じて、指をこすりつけた。触れていた胸がびくりと上下する。

「っ……いい加減にしろ!」

 乱暴に手を引き抜かれ、振り払われる。ユインは両手を軽くあげると、無抵抗の姿勢で首を傾げた。

「教えを乞いたいのではなかったか?」
「そっそれにしても突然……」
「落ち着け。男の胸など、触ったところでなんともない。そうだろう?」
「そ、そ、それはそうだが……んっ」

 再び手を差し込んで、固くなってきた胸の先を弾いてやる。触れるたびに軽く声があがるのを楽しんでいると、シャツの前が庇うように閉じられた。

「何をしている?」
「なっ、な、それは俺の台詞……」
「手を放せ、魔王。閨では脱ぐものだと言っているだろう。さらけ出された肌を隠すな」

 困惑と羞恥に震えながらも、アグラヴィスは両手を放した。

「いい子だ」

 再び胸を撫でまわしたときには、もうユインの手を邪魔するものはなかった。
 そこで、胸の頂を摘まみ上げたり、爪の先で軽く引っかいたりと、好き放題に遊んでやった。

 怖いものなど何もない。
 どうせ殺すなら殺せばいい。
 ユインには、もう戻る場所もないのだから。
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